表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
19/32

ダンジョン崩壊

「それで、それでね、そのドラゴンがね、すっごく(いや)なやつなんだ、僕を八つ裂きにしたし! 大武闘会にも出てくれないんだって!」 

「そうかそうか、それは悪いドラゴンだな。いつかお父さんがらしめてやるぞ」

「わーい、お父さん、ありがとう!」


 頭がふわふわする。幸せだ。

 僕は明るいリビングで、家族団欒(かぞくだんらん)を楽しんでいた。

 窓からは陽光がさんさんと降り注ぎ、テーブルには焼きたてのアップルパイが並んでいる。


「お父さんも、お母さんも、だーいすき!」


 お母さんからケーキを食べさせてもらったりしつつ、僕は満足のいく時を過ごしていた。

 なんて恐ろしい魔術なんだ、次元呪縛牢イリュージョニウム

 居心地が良すぎて、ずっとこの部屋にいたくなってしまう。

 くっ、敵のダンジョンマスターがここまで抜け目がないとは……! 

 僕は戦慄(せんりつ)した。

 このダンジョンでは獲物(えもの)は自ら罠に飛びこんでいってしまうに違いない。幸福な幻影というエサに釣られて……!


 さて、お遊びはここまでだ。


 この次元構造体ダンジョンと幻影魔術。

 よくできてる。

 拷問とあめの使い分けだ。

 僕はダンジョンマスターの上、空間支配者スペースドミネーターである。

 結界を破ること自体は簡単だ。

 その上でダンジョン内をあちこち走り回っていたのはなぜかというと、ゆったりくつろげるいい感じの部屋を探していたのだ。

 結界を破るのには15分ほど時間がかかるし、その間にリビングアーマーに追われまくるのも趣味じゃない。


 拷問と(あめ)なら、僕は断然、飴派だね。


 このダンジョンは、獲物を幸福な幻で捕らえるためのもの。

 つまり、むこうが僕を楽しませてくれようというなら、僕だって全力で遊ばせてもらおうじゃないか! 

 それにしたって、困ったのは、僕のリクエストが相手になかなか伝わらないことだ。

 道中のいかがわしいトラップの数々。

 僕の好みがわからないから、女も男も用意したんだろうな。

 幻影魔術の使い手にしては、大雑把おおざっぱなところがある。

 やれやれ、僕好みの部屋に当たるまで、骨が折れたよ。

 僕はお父さんとお母さんの幻影に目を向けた。


 名残惜なごりおしいが、そろそろ現実へ帰還(きかん)するとしよう。


 ポケットに入れていたラットの収納ケースを取り出し、指示を出す。

 内容は、僕の元へと帰ってくるように、という帰還命令だ。

 このダンジョンを成立させるリンク・ピンをこちら側から探すのは無理だ。

 僕なら、現実世界にリンク・ピンを置いておく。


 おそらくリンク・ピンは鏡だろう。


 鏡はホテルにはどこにでもある。エレベーターに、そして全客室に配置されている。

 現実とのつなぎ目にするのに持ってこいだ。

 ホテルの鏡に仕掛(しか)けられたリンク・ピンには、現実世界側からしか干渉できない。

 だが、やはり、ラッキーなことに、ラグナロクを未練がましく探査していたおかげで、僕のクラッキング・ラットは現実世界で走り回っていた。

 帰巣本能に従って、彼らはケージに戻ってくるだろう。

 現実世界側から、鏡の術式を食い破りながら。


 このクラッキング・ラットとは簡単に言うとコードを食うコード。


 つまり結界破りの術式コードだ。


 僕はラットを設計する際、魔王兵器を探査するだけでなく、魔王兵器の保存される神殿や遺跡に架けられた防壁セキュリティを食い破る能力を持たせた。

 ラットの帰りを待つ間、僕はもう少しくつろぐことにした。

 アップルパイの甘い香り───魔族の呪術である血の香によるものが空間にただよっている。

 これを嗅ぐと頭がふわっとするのだが、問題はない。

 僕が結界を破る必要もなく、鼠たちによって穴が開く。

 どんな堅固(けんご)な城にも鼠は入り込んで土台に穴を開けるものだ。

 椅子(いす)に背を預け、お母さんにアップルパイを口に運んでもらいつつ、お父さんに頭をでられる。至れり尽くせりだ。

 個人的な趣味で僕もこの手の幻影を楽しむが、やはり自分で作るのと、他人が作るのでは全くの別物。


 ───彼女にはお礼をしないといけないな。


 僕は思った。

 魔導士は()()を起こす前に、じっくりと準備をするものだ。

 僕ら魔導士が勝負を仕掛ける時、それはコツコツ計画を立て、必要なアイテムを用意して、勝利を確信した時だけだ。

 向こうはかなりのやり手だったし、かなり気前がいい。

 僕一人のために、僕が泊まるかもわからない、こんなにホテル一棟分の構築物を用意して待っているとか、時間も手間てまもかかりすぎる。

 もし、万が一、僕がこのホテルに泊まらなかったら、どうするんだろう。

 全ての準備が水の泡だ。

 だから、そんなことはありえない、と僕ははじめに違和感を無視した。

 でも、そんなことをわざわざやってくれる人がいるなんて!

 素晴らしいホスピタリティだ。おもてなしの精神。僕はこのダンジョンが気に入った。

 お礼だけでなく、是非ぜひとも、このダンジョンの感想を伝えたいものだ。

 きっちり15分後、僕のラットたちは、15匹分すべての収容を完了した。

 空間がねじれる。

 リンク・ピンが外れて、構造体が崩壊する前触(まえぶ)れだ。

 このままここにいるとダンジョンの崩壊に巻き込まれる。


 ───僕はさっそく、彼女に会いに行くことにした。


 ダンジョンマスターは心理領域の中に自分の構築したダンジョンのマップを持つ。

 空間支配者スペースドミネーターである僕の心理領域には、大きく広い世界の天球儀マインド・コアがあって、実はこれで、どこの座標でも大まかに掴めるのだ。

 世界の外殻をなぞり、彼女の居場所を探知する。

 ゼロ空間から、有限の空間へ。

 僕は転移を開始した。


 *

 次の瞬間、僕はどこかのカフェルームにいた。

 ここは、現実世界のホテル・イスランデのようだ。

 ガーデンに併設(へいせつ)された瀟洒(しょうしゃ)なカフェ内には、人気(ひとけ)はなく、窓際の席に若い女性がいるだけだ。

 彼女は古びた朱色の手鏡を(のぞ)きこんでいる。

 (つや)やかで長い黒髪に、真紅のドレスのような改造軍服。

 それに真珠のような二本の角が額から生えている。


 彼女が鬼人の呪師───モクレン・ラガ。僕の対戦相手だ。


 彼女は僕を知覚(ちかく)できない。

 僕はあっさりと彼女の(となり)を横切って、テーブルに向かった。

 なぜなら、僕は彼女の心理領域を掌握ハックしているからだ。


 これが魔導士の戦い。


 心理掌握マインド・ハックと呼ばれる技術。精神面での戦争である。

 こういうのが一番得意なのは魔導士の中でも特殊な職種、解析士連中なんだよね。

 でも、僕は忍びこむだけなら、やつらにも負けない腕前だと自負している。

 テーブルにはアフタヌーンティーのお菓子なんかが用意されている。

 どうやら彼女は、僕と遊んでいる間に、お茶の用意なんかをしていたらしい。

 僕はご相伴(しょうばん)に預かることにした。

 使われていないカップにポットから紅茶を注ぐ。

 それから三段目のお菓子の段から、小さなショートケーキを取り分ける。

 彼女は鏡を覗きこみながら、言った。


「あたしの術が壊れている。通信ができないわ」


 紅茶に砂糖壺から砂糖を入れる。

 今日はケーキがあるので甘さ控えめってことで五粒。ぐるぐるかき回す。


「なにがあったのかしら、これじゃ、アルビレオが無事かわからないわ。まさか次元崩落に巻き込まれたりしてないでしょうけど」


 僕の身を案じてくれているようだ。それならあんな……いかがわしい場所に放置しないでほしいな。

 でも、悪い人じゃなさそう。


 僕は指を鳴らした。心理領域を解放する。


 彼女がはじかれたようにこちらを見る。


「なぜ、あたしの場所がわかったの」

「僕の心に触ってくれたじゃないか」


 あの時、モクレンが僕の記憶を探っていた時、僕は心のガードをちょっと(ゆる)くした。

 いつもなら探知者を崩壊させる防御障壁ファイヤウォールをちょっとの間、停止。彼女との間に経路パスを作るため、わざとすきを作ったというわけだ。


「初めまして、モクレン・ラガ。君の弟さんのクス君とツバキにはもう会ったよ」


 僕は彼女の頭の中から、情報を盗み見た。

 鬼の魔術師は、魔族の体に宿る莫大(ばくだい)な魔力───多くは、血液や髪を媒介(ばいかい)に術を刻む。

 これを人類の魔導器官に対して、魔導心脳と呼ぶ。

 魔族とは、心臓と脳に魔力が満ちる種族だ。ようは魔力に体が適応した人種が魔族だ。

 基本的に彼らは、心理領域を使わないものだが、それはこういった危険性があるからだ。

 心理領域を経由する西欧式魔導(ケイオステック)記述式(・コード)には、頭の中を読み取られる可能性がある。

 それでも、東魔の鬼にも心理領域を探知する術はある。

 幻影魔法があるのだから、効きを強くするために相手の心を読み取る必要があって、これは読心術とか呼ばれる分野のものだ。

 いや、本当に、彼女が乗ってきてくれてよかった。

 僕は忍び込むことにかけてはピカイチだ。

 読み取りは下手だけど。

 モクレンは、現状を悟ったようだ。手鏡を手近な場所に置いた。


「あたしを逆に読んだのね。それだけのことで」

「……うん。できるだけ僕の記憶を読んでほしかったからね。じゃないと」


 僕は人差し指を立てて、真剣(しんけん)にいった。


「幻覚にリアリティが生まれない。ゆゆしき事態だ」


 せっかくの古式ゆかしい純粋鬼人の幻覚魔術で、リアリティに欠ける体験なんてあっていいだろうか。いや、ダメだ。

 僕の主張は取り合わず、モクレンは(くや)しげに言った。


「あたしの負けね、どうするのアルビレオ、あたしを倒しにきたんでしょう」


 なにを言っているんだろう。

 僕がなぜ、彼女を倒す必要があるのか疑問だ。

 僕がここに現れたのは、ただただ、彼女に()()()()()()()()()()()


「まずはお礼から。僕を楽しませてくれてありがとう。それで、君の次元呪縛牢イリュージョニウムのユーザーとして、正直なレビューを届けに来たんだ。気になる点がいくつかあってね。僕のパパとママについてなんだけど、僕の記憶からディティールを引っ張り出したんだから、素体は僕製だけど、その動かし方は君だよね、それが意外と悪くなかったんだけど、表情の動かし方について参考にした資料なんかはあるのかな。今回はかなりのリアリティを感じたよ。僕がやるとどうしても、既存(きそん)のドラマや映画なんかが資料になっちゃって、演技っぽいっていうか、リアルが感じられないっていうか、玄人(プロ)の演技の方が素人(アマチュア)のそれよりかえって本物に見える時はあるけど、やっぱり真実はそこにはないじゃない? 大事なのはリアリティだよね。ま、僕に言わせれば、ちょっと台詞回しなんかは大げさすぎって感じだったけどさ、そこも含めて作り手の心意気(こころいき)を感じるっていうか。それとシチュエーションも増やしてみるとなおいいね、朝食だけじゃなくて、せっかくベッドルームがあるんだから一緒にお昼寝とかどうだろう、親子三人で川の字だ。これができたらまた招待してくれないか、僕も喜んで実験台になるよ」


 僕は真剣だ。

 彼女は、僕の話を最後まで黙って聞いて、こう言った。


「あたしの魔術、楽しんでくれたようね」

「うん」


 僕はうなずいた。

 そして大事な点を問いただした。


「それで、参考資料はなにかあるかな。できれば、僕もそれを保存したいんだけど」


 彼女は残念そうに首を横に振った。


「残念ながら参考資料はない。あたしの家はそうだったのよ」


 おどろいた。彼女の実体験に基づいた幻影魔術だったようだ。

 他人の生育環境をもとにした幻影だったなら、僕に再現する術はない。僕は少々、ガッカリした。


「実体験か、なら、しかたがない。でも、いずれリアルを超えるリアルを作り出せるようにがんばってくれたまえ、そのときには僕も招待してくれたまえ」

「いやよ」


 ガーン。衝撃が僕を襲う。紅茶のカップを取り落としそうだ。

 僕は聞いた。


「そ、それは僕がすでにケーキをつまみ食いしているからかい?」


 それとも、ダンジョンに囚われた間柄あいだがらとはいえ、さすがに直接、彼女に会いに来たから気を悪くしたのだろうか。

 僕がくと、彼女は答えた。


「それはかまわないわ。どうぞ、召し上がって。あなたのために用意したの。甘いものが好きっていってたから、あなたをお人形にしたら、一緒にお茶でもするつもりだったのよ」

「そこまで僕の嗜好しこう把握(はあく)してくれているとは嬉しいな」


 なんだ。ただのおもてなしか。

 僕は、お皿の上に取り分けたショートケーキを口に運んだ。


 ───あのままダンジョンに長居(ながい)していたら、僕は危なかったらしい。


 傀儡かいらいにする予定の人間を丁重に扱ってくれるなんて、とってもいい人だ。

 このモクレンは。

 六つ眼のクレイオスあたりに捕まったら、翌日にはホルマリン漬けの標本にされていてもおかしくない。


「それでアルビレオ、こんなところに一人で来て、不用心だと思わないの?」

「ええ? いまさら? 僕と君との仲じゃないか」


 心を読み合った仲だ。僕らは今、他の人よりちょっと親密。

 そうではなかったのだろうか。


「あたしは、あなたと()れ合うつもりはない。あなたを捕まえるのが目的です。魔術では負けたけど、この距離で一対一なら、単独であなたを制圧できると思うわ。純粋鬼人だもの。腕力に物をいわせるわ」

「ああ、それは、まずいな」


 純粋鬼人の彼女が本気でかかってくれば、パンチ一発、僕はあっという間にKOだ。

 幻影魔術がどうこうとかではなく、普通に気を失う。

 しかも、僕の方はすでにかなり彼女に気を許しちゃってるから、あんまり戦いたくないな。

 そんなことを話していると庭の方で騒音がした。すごい音だ。これはなんの音だろう。バキバキとか、メキメキとか、なにかを破壊しているような音だ。

 僕は窓の外に目を向けた。

 綺麗なガーデンがあるはずのそこには()()がいた。僕はちょっと思考停止した。


「なんなの?」 


 モクレンが音の聞こえる方を見る。先にそれに気づいていた分、こちらの方が反応が早かった。僕が視認したのは、ありえないものだ。

 疑問に思う僕の思考が、次の瞬間動き出す。

 ()()、は壁や入り口をメキメキと破壊しながら入り込んできた。

 鋼鉄の四肢を持つ濃緑色の騎兵。戦車よりも機敏きびんで、格闘戦に優れたその姿。


 ───小型戦闘機械兵コンバット・ゴーレムブリッツ。 


 窓の外、こんな瀟洒なホテルで見かけてはいけないはずの機体が、ガーデンの生垣や花壇を破壊しながらこっちに向かってきているところだった。

 ブリッツの肩口についた砲塔が光を発する。

 こちらに光の尾をきながら飛んでくる、多連装型魔導誘導弾(ミサイル)


「うわっ、危ない! モクレン、僕の後ろへ!」


 僕は、とっさに彼女の体を引き寄せて、前に出る。

 同時に魔術障壁マジック・ウォールを展開する。

 僕の眼前に青白い光の壁が展開。

 これは簡易な魔力による防衛結界で、相手側の攻撃を防ぐことができる。

 どれくらいの威力の攻撃を防げるかは、術者の力量による。術式コードが少なく、展開が速いが、シンプルなだけに、精密な魔力の操作とセンスが必要だ。


 遅れて、目の前の空間を爆炎が包みこむ。


 ガラスが割れて降り注いだり、爆発が店内を()めつくす。

 銃弾のような瞬間的な威力を防ぐのはお手のものだが、爆発のように持続する熱と炎を防ぐには、集中力が必要だ。魔術障壁の1ミリ向こう、圧倒的な熱と爆発のエネルギーが障壁を食い破り、押し寄せようとするのを、両手で必死に支える。

 指先に魔力を扱う時のヒリヒリした感じがする。

 魔力というものは生命とは相反(あいはん)する概念なので、素手で扱うのはこういった危急(ききゅう)のときだけにしてもらいたい。


「アルビレオ、あたしをかばったの!?」


 モクレンが背後で言う。

 何を当然のことを聞くんだ。


「しょうがないだろ、君もヴェルダンに焼けこげたいのか!?」


 爆風が止むと、店内の何もかもが吹き飛んでいた。

 アフタヌーンティーのセットもテーブルも、僕らが座っていたところも真っ黒焦げだ。爆音が鳴り止んだのを見てとって、数人の男たちが、ブリッツの後ろに現れて、こちらに銃口を(かま)える。

 イスランデ陸軍の制服だ。

 なぜ、イスランデの軍人が、夜のカフェテリアを襲撃(しゅうげき)するのだろう?


 ───いったい、何が起こっているんだ。


 小型戦闘機械兵コンバット・ゴーレムブリッツを見上げる。

 魔族というのはとにかく頑丈がんじょうで、銃器や火炎魔法や凍結魔法を無効にするやつなんかもいる。

 そんな強力な魔族を制圧するために、設計されたのが、都市制圧用の小型機械兵メカニカル・ゴーレム

 その中でもこのブリッツは、ドワーフの魔導加工エンチャント技術によって、雷撃収束砲サンダーキャノンを1分間に三発撃てる魔導砲騎兵。その威力は上級雷撃魔術一発分に値する。

 もちろん肩口につけた多連装(たれんそう)小型ミサイルも脅威(きょうい)だ。

 それが僕の目の前で、両腕をガシャガシャ言わせながら、雷撃収束砲を撃つ体勢に入る。

 魔導加工が施された腕部アームが青白く発光。

 バチバチと雷撃の魔力ボルテージが上がっていくのが目視で確認できる。


「え、ええっと、嘘だろ……!」 


 無詠唱の魔術障壁マジック・ウォールでは、ブリッツの雷撃収束砲サンダーキャノンは止められない!

 指が痛いとか言っていられない。顔の前で両手を横向きに引っ張り合うように組んで、魔力を込める。 

 僕は詠唱した。


「【空間構築・空白ブランク】!」


 僕とブリッツの間に、空白ブランクと呼ばれる擬似的な空間を構築する術だ。

 (たと)えば、100メートルなら100メートルの立方体が発生する。

 ミサイルは結界の壁に着弾するが、爆発の威力は空白ブランク内の空間を泳ぐ間に減衰げんすいする。

 そういう空間のねじれを利用した、簡易な空間構築魔術だ。

 爆風が止まる前に、ブリッツの腕部アームの輝きが最高潮に達する。

 雷撃収束砲サンダーキャノンが来る!


「かさねて【空白ブランク】追加。100メートル立方体×5!」


 詠唱によって、サイズ、個数を指定。

 僕は結界を保つほうに集中しないとならない。即席で作った空間のため、リンク・ピンは、この僕だ。空間構築術の維持には精密な集中力と魔力を消費する。

 ブリッツから放たれた電磁レーザーが視界を真っ白に染め上げる。


 こんなの何度も耐えられるか……!


 空白ブランクは空間を()じ曲げる術とはいえ、耐久できる威力には限界があるのだ。

 先頭、三つ目の空白があっという間に(はじ)け飛んだ。

 残り二個の空白ブランク立方体サイコロが焼き切れる前に、僕は背後のモクレンに言った。 


「モクレン! ポケットから携帯とって、魔導アプリで転送設定画面に飛んでくれ」


 彼女は意図をんでくれたようだ。

 僕の携帯を取り出して、開く。さすが鬼の呪師だ。最近の西央の魔導にも理解が早くて助かる。


「座標は……!?」


 彼女が聞く。


「座標はレイヴン、転送開始だ!」


 彼女は指示の通りにしてくれたらしい。

 障壁が雷撃収束砲によって焼き切れる寸前、僕らは別の場所に飛んでいた。


 ───いや、まったく、なにが起こってるんだろうね、ほんとに!?


 *

 魔導協会イスランデ支部は高い時計台が目につく西央式の石造の建物で、首都ロスガルの官公庁通りの中程(なかほど)にある。

 ロスガル中心部からは多少、離れた場所だ。

 内部には蘇生(そせい)施術室(せじゅつしつ)と地域住民が集まるためのサロンがあり、それ以外にも視察に訪れた魔導協会員の宿泊施設ラウンジも併設されている。

 人類と魔族の融和───魔導協会の理念のために、各国に開かれた公的な地域振興の場であると同時に、蘇生といった特殊な治療術を行う唯一の場である。


 俺は施術室前のベンチで、マクダレン教授の蘇生が終わるのを待っているところだった。


 集中蘇生治療施術室の鉄扉(てっぴ)は固く閉ざされ、リノリウムの床は寒々しく見える。

 魔導協会は蘇生術を扱える司祭を各地に派遣しており、蘇生という特別な治療術によって莫大(ばくだい)な富を得ている。

 蘇生が終了するのがいつ頃になるか、担当する司祭は口を(にご)していた。


 蘇生術は特殊な魔術だが、万能ではない。


 医療ではなく、治癒魔導術であり、魔術であるからには担当技官によって治療の精度は変わってくると、司祭は言い訳がましく言っていた。

 西央の精鋭の治癒術師ヒーラーたちの集う回復術師(ヒーリング)の塔(・クレイドル)ならば助かるものでも、場所と人員が変わると難しいという説明を再三再四にわたり受けた。

 どうやら、蘇生のために協会を訪れるイスランデ市民は後をたたないようで、支部の蘇生窓口は手一杯という雰囲気だ。

 蘇生失敗したときのため、事前の説明も長くなるというもの。


 ───これは助からんかもなぁ。


 俺がそんなことを考えている横で、意気消沈した様子のエリックがぽつぽつと話し出した。


「教授は。俺の母さんの考古学チームの仲間だったんだ」

「へー」

「親父の後を継ぐのは嫌でさ、俺も鍛治職人になって、エンチャンターとしての腕を磨いてさ。教授は、そういうのずっと応援してくれてたんだ」

「ほー」

「俺の母さん、カーリーンは魔王兵器発見のための考古学チームの一員でさ、ずっとラグナロクの研究をしてたんだって。俺がずっと子供のころに死んじまったんだけど、教授は母さんの件もあって、俺の面倒(めんどう)を見てくれて、よく相手してもらっていたんだよ、俺にとっちゃ、親父よりも、親父らしいかもな」

「ふーむ」


 俺はうなずきながら、エリックの話を聞いていた。

 こういう時は話を聞く相手が必要だからだ。

 意味のない会話だとしても、誰かと話していないと、心が壊れる時がある。

 別に、相槌あいづちはなんでもいいのだ。

 聞き役にてっしていた俺は、ふと視線を上に向ける。


「む、なんだ」


 空間がよれた、ような気がした。一瞬だが。

 目をまばたきする。やはり、見間違いではない。

 次の瞬間、天井近くに青白い光が走り、騒がしい声が飛び出てきた。


「うわっ、レイヴン! なんだっ、ここはっ、ぎゃっ」


 うるさすぎるそいつ───アルビレオは空中から落下。

 べちゃっと落ちる。

 その後に、妙齢の鬼人の女が文字通り空中から降ってきて、アルビレオの上に着地。 少年魔導士が再びカエルのつぶれたような声を上げた。

 俺は心臓が(つぶ)れたかと思うほど驚いた。

 俺の人生でこんなに驚いたことは、俺の師匠のレッドチャーチに首輪爆弾をつけられて滝壺に落とされたとき以来だ。


「なっ、なんで空中から出てくるんだ、お前」

「いや、だって、ダンジョンに囚われたと思ったら、えっちなトラップで、リビングアーマーが襲ってきて、そしたら鬼人がいたからレビューしてたらいきなりカフェにミサイルちこまれて、ブリッツが雷撃収束砲サンダーキャノンを撃ってきたんだよ!」


 アルビレオが床から半ギレ気味に答える。

 なんだって。なにが起きたらそうなるんだ。驚きすぎて、口から本音が出る。


「なにが起きたらそうなるんだ」

「起きたんだからしょーがないだろ!?」


 鬼人がアルビレオの上からどく。

 少年は体を起こして、キョロキョロとあたりを見回した。


「ええとそれで、ここはどこだ? 集中蘇生施術室前。ってことは(だれ)か死んだのか」

「サイコ発言はやめろ」


 それでなくてもデリカシーにかける。

 エリックという遺族が目の前にいるというのに。

 俺がアルビレオに注意をそがれていると、甘い中にもとげのある声がかけられた。


「久しぶりですね、レイヴン」

「げっ、モクレン」


 俺は、アルビレオと一緒に降ってきた少女の顔をまじまじと見た。

 見たことのある顔だ。会いたくなかった。知り合いだ。

 こんなイスランデなんかで、なぜ昔の知り合いばかりに出会うのだろう。

 世間がせますぎる。


「あたしの顔をおぼえていたようね、逆賊レイヴン」

「逆賊って、君の二つ名かい?」


 二人の魔導士から同時に見つめられる。

 片方は俺を責め立てるモクレンの赤い瞳。

 片方は、純粋に不思議そうにしている緑色の瞳。

 緑色の方は、こっちに興味をなくしたようで、施術室のドアに向かった。


「ま、いいや、エリックくんの様子を察するに、マクダレン教授だろ。様子見てくる」

「おい、どこへ行く」


 俺を置いていかないでくれ。

 モクレンは完全にキレている。キレる理由は俺にあるのだが、ここで同郷と顔を合わせるのはキツすぎる。

 俺の窮地きゅうちは完全に無視して、アルビレオはこう言った。


「僕は完全復元術師クローナーだ。何があっても100パーセント蘇生確実だから安心したまえ」


 アルビレオが去っていく。

 そういえば、そんなことを大会参加する前にも言っていたな。

 あのときはたいして感動しなかったが、こういう時にはひたすら頼りになる魔導士だ。


「あいつなんでもできるな」


 俺が感心していうと、俺に酷薄(こくはく)な視線を一心に注ぐモクレンが同意した。


「ええ、彼は優秀を通りこした天才よ。さっきも助けられたわ。それで、あなたのことなんだけど、少し、話ができるかしら……」


 敵前逃亡は死罪だが、俺は背中を向けて逃げたくなった。

 気まずい。

 しかし、ここで逃げ出すわけにもいかないだろう。


「うっ……悪いエリック、一人で大丈夫か」


 いきなりの出来事できごとに、目を丸くしている青年に声をかける。


「あ、ああ」


 エリックはとまどいつつもうなずく。

 それを確認すると、俺は肩を落としつつ、モクレンに連行された。

 これから起こることは火を見るより明らかだ。

 モクレンは第一王子ライゴウにつかえる宮廷呪師。

 位をもたない戦争管理官ウォーマスターよりも高位の貴族であり、ライゴウの第一の臣下である。

 立場的には、ライゴウのそばにいる俺をよく思っていないが、王子の意を尊重して一歩下がって付き合ってくれていたちょっとした上役。

 つまり、説教の時間が始まる。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ