ダンジョン崩壊
「それで、それでね、そのドラゴンがね、すっごく嫌なやつなんだ、僕を八つ裂きにしたし! 大武闘会にも出てくれないんだって!」
「そうかそうか、それは悪いドラゴンだな。いつかお父さんが懲らしめてやるぞ」
「わーい、お父さん、ありがとう!」
頭がふわふわする。幸せだ。
僕は明るいリビングで、家族団欒を楽しんでいた。
窓からは陽光がさんさんと降り注ぎ、テーブルには焼きたてのアップルパイが並んでいる。
「お父さんも、お母さんも、だーいすき!」
お母さんからケーキを食べさせてもらったりしつつ、僕は満足のいく時を過ごしていた。
なんて恐ろしい魔術なんだ、次元呪縛牢。
居心地が良すぎて、ずっとこの部屋にいたくなってしまう。
くっ、敵のダンジョンマスターがここまで抜け目がないとは……!
僕は戦慄した。
このダンジョンでは獲物は自ら罠に飛びこんでいってしまうに違いない。幸福な幻影というエサに釣られて……!
さて、お遊びはここまでだ。
この次元構造体と幻影魔術。
よくできてる。
拷問と飴の使い分けだ。
僕はダンジョンマスターの上、空間支配者である。
結界を破ること自体は簡単だ。
その上でダンジョン内をあちこち走り回っていたのはなぜかというと、ゆったりくつろげるいい感じの部屋を探していたのだ。
結界を破るのには15分ほど時間がかかるし、その間にリビングアーマーに追われまくるのも趣味じゃない。
拷問と飴なら、僕は断然、飴派だね。
このダンジョンは、獲物を幸福な幻で捕らえるためのもの。
つまり、むこうが僕を楽しませてくれようというなら、僕だって全力で遊ばせてもらおうじゃないか!
それにしたって、困ったのは、僕のリクエストが相手になかなか伝わらないことだ。
道中のいかがわしいトラップの数々。
僕の好みがわからないから、女も男も用意したんだろうな。
幻影魔術の使い手にしては、大雑把なところがある。
やれやれ、僕好みの部屋に当たるまで、骨が折れたよ。
僕はお父さんとお母さんの幻影に目を向けた。
名残惜しいが、そろそろ現実へ帰還するとしよう。
ポケットに入れていた鼠の収納ケースを取り出し、指示を出す。
内容は、僕の元へと帰ってくるように、という帰還命令だ。
このダンジョンを成立させる楔をこちら側から探すのは無理だ。
僕なら、現実世界に楔を置いておく。
おそらく楔は鏡だろう。
鏡はホテルにはどこにでもある。エレベーターに、そして全客室に配置されている。
現実とのつなぎ目にするのに持ってこいだ。
ホテルの鏡に仕掛けられた楔には、現実世界側からしか干渉できない。
だが、やはり、ラッキーなことに、ラグナロクを未練がましく探査していたおかげで、僕のクラッキング・ラットは現実世界で走り回っていた。
帰巣本能に従って、彼らは檻に戻ってくるだろう。
現実世界側から、鏡の術式を食い破りながら。
このクラッキング・ラットとは簡単に言うとコードを食うコード。
つまり結界破りの術式だ。
僕は鼠を設計する際、魔王兵器を探査するだけでなく、魔王兵器の保存される神殿や遺跡に架けられた防壁を食い破る能力を持たせた。
鼠の帰りを待つ間、僕はもう少しくつろぐことにした。
アップルパイの甘い香り───魔族の呪術である血の香によるものが空間に漂っている。
これを嗅ぐと頭がふわっとするのだが、問題はない。
僕が結界を破る必要もなく、鼠たちによって穴が開く。
どんな堅固な城にも鼠は入り込んで土台に穴を開けるものだ。
椅子に背を預け、お母さんにアップルパイを口に運んでもらいつつ、お父さんに頭を撫でられる。至れり尽くせりだ。
個人的な趣味で僕もこの手の幻影を楽しむが、やはり自分で作るのと、他人が作るのでは全くの別物。
───彼女にはお礼をしないといけないな。
僕は思った。
魔導士はことを起こす前に、じっくりと準備をするものだ。
僕ら魔導士が勝負を仕掛ける時、それはコツコツ計画を立て、必要なアイテムを用意して、勝利を確信した時だけだ。
向こうはかなりのやり手だったし、かなり気前がいい。
僕一人のために、僕が泊まるかもわからない、こんなにホテル一棟分の構築物を用意して待っているとか、時間も手間もかかりすぎる。
もし、万が一、僕がこのホテルに泊まらなかったら、どうするんだろう。
全ての準備が水の泡だ。
だから、そんなことはありえない、と僕ははじめに違和感を無視した。
でも、そんなことをわざわざやってくれる人がいるなんて!
素晴らしいホスピタリティだ。おもてなしの精神。僕はこのダンジョンが気に入った。
お礼だけでなく、是非とも、このダンジョンの感想を伝えたいものだ。
きっちり15分後、僕の鼠たちは、15匹分すべての収容を完了した。
空間がねじれる。
楔が外れて、構造体が崩壊する前触れだ。
このままここにいるとダンジョンの崩壊に巻き込まれる。
───僕はさっそく、彼女に会いに行くことにした。
ダンジョンマスターは心理領域の中に自分の構築したダンジョンのマップを持つ。
空間支配者である僕の心理領域には、大きく広い世界の天球儀があって、実はこれで、どこの座標でも大まかに掴めるのだ。
世界の外殻をなぞり、彼女の居場所を探知する。
ゼロ空間から、有限の空間へ。
僕は転移を開始した。
*
次の瞬間、僕はどこかのカフェルームにいた。
ここは、現実世界のホテル・イスランデのようだ。
ガーデンに併設された瀟洒なカフェ内には、人気はなく、窓際の席に若い女性がいるだけだ。
彼女は古びた朱色の手鏡を覗きこんでいる。
艶やかで長い黒髪に、真紅のドレスのような改造軍服。
それに真珠のような二本の角が額から生えている。
彼女が鬼人の呪師───モクレン・ラガ。僕の対戦相手だ。
彼女は僕を知覚できない。
僕はあっさりと彼女の隣を横切って、テーブルに向かった。
なぜなら、僕は彼女の心理領域を掌握しているからだ。
これが魔導士の戦い。
心理掌握と呼ばれる技術。精神面での戦争である。
こういうのが一番得意なのは魔導士の中でも特殊な職種、解析士連中なんだよね。
でも、僕は忍びこむだけなら、やつらにも負けない腕前だと自負している。
テーブルにはアフタヌーンティーのお菓子なんかが用意されている。
どうやら彼女は、僕と遊んでいる間に、お茶の用意なんかをしていたらしい。
僕はご相伴に預かることにした。
使われていないカップにポットから紅茶を注ぐ。
それから三段目のお菓子の段から、小さなショートケーキを取り分ける。
彼女は鏡を覗きこみながら、言った。
「あたしの術が壊れている。通信ができないわ」
紅茶に砂糖壺から砂糖を入れる。
今日はケーキがあるので甘さ控えめってことで五粒。ぐるぐるかき回す。
「なにがあったのかしら、これじゃ、アルビレオが無事かわからないわ。まさか次元崩落に巻き込まれたりしてないでしょうけど」
僕の身を案じてくれているようだ。それならあんな……いかがわしい場所に放置しないでほしいな。
でも、悪い人じゃなさそう。
僕は指を鳴らした。心理領域を解放する。
彼女がはじかれたようにこちらを見る。
「なぜ、あたしの場所がわかったの」
「僕の心に触ってくれたじゃないか」
あの時、モクレンが僕の記憶を探っていた時、僕は心のガードをちょっと緩くした。
いつもなら探知者を崩壊させる防御障壁をちょっとの間、停止。彼女との間に経路を作るため、わざと隙を作ったというわけだ。
「初めまして、モクレン・ラガ。君の弟さんのクス君とツバキにはもう会ったよ」
僕は彼女の頭の中から、情報を盗み見た。
鬼の魔術師は、魔族の体に宿る莫大な魔力───多くは、血液や髪を媒介に術を刻む。
これを人類の魔導器官に対して、魔導心脳と呼ぶ。
魔族とは、心臓と脳に魔力が満ちる種族だ。ようは魔力に体が適応した人種が魔族だ。
基本的に彼らは、心理領域を使わないものだが、それはこういった危険性があるからだ。
心理領域を経由する西欧式魔導記述式には、頭の中を読み取られる可能性がある。
それでも、東魔の鬼にも心理領域を探知する術はある。
幻影魔法があるのだから、効きを強くするために相手の心を読み取る必要があって、これは読心術とか呼ばれる分野のものだ。
いや、本当に、彼女が乗ってきてくれてよかった。
僕は忍び込むことにかけてはピカイチだ。
読み取りは下手だけど。
モクレンは、現状を悟ったようだ。手鏡を手近な場所に置いた。
「あたしを逆に読んだのね。それだけのことで」
「……うん。できるだけ僕の記憶を読んでほしかったからね。じゃないと」
僕は人差し指を立てて、真剣にいった。
「幻覚にリアリティが生まれない。ゆゆしき事態だ」
せっかくの古式ゆかしい純粋鬼人の幻覚魔術で、リアリティに欠ける体験なんてあっていいだろうか。いや、ダメだ。
僕の主張は取り合わず、モクレンは悔しげに言った。
「あたしの負けね、どうするのアルビレオ、あたしを倒しにきたんでしょう」
なにを言っているんだろう。
僕がなぜ、彼女を倒す必要があるのか疑問だ。
僕がここに現れたのは、ただただ、彼女に術の感想を伝えるためだ。
「まずはお礼から。僕を楽しませてくれてありがとう。それで、君の次元呪縛牢のユーザーとして、正直なレビューを届けに来たんだ。気になる点がいくつかあってね。僕のパパとママについてなんだけど、僕の記憶からディティールを引っ張り出したんだから、素体は僕製だけど、その動かし方は君だよね、それが意外と悪くなかったんだけど、表情の動かし方について参考にした資料なんかはあるのかな。今回はかなりのリアリティを感じたよ。僕がやるとどうしても、既存のドラマや映画なんかが資料になっちゃって、演技っぽいっていうか、リアルが感じられないっていうか、玄人の演技の方が素人のそれよりかえって本物に見える時はあるけど、やっぱり真実はそこにはないじゃない? 大事なのはリアリティだよね。ま、僕に言わせれば、ちょっと台詞回しなんかは大げさすぎって感じだったけどさ、そこも含めて作り手の心意気を感じるっていうか。それとシチュエーションも増やしてみるとなおいいね、朝食だけじゃなくて、せっかくベッドルームがあるんだから一緒にお昼寝とかどうだろう、親子三人で川の字だ。これができたらまた招待してくれないか、僕も喜んで実験台になるよ」
僕は真剣だ。
彼女は、僕の話を最後まで黙って聞いて、こう言った。
「あたしの魔術、楽しんでくれたようね」
「うん」
僕は頷いた。
そして大事な点を問いただした。
「それで、参考資料はなにかあるかな。できれば、僕もそれを保存したいんだけど」
彼女は残念そうに首を横に振った。
「残念ながら参考資料はない。あたしの家はそうだったのよ」
驚いた。彼女の実体験に基づいた幻影魔術だったようだ。
他人の生育環境をもとにした幻影だったなら、僕に再現する術はない。僕は少々、ガッカリした。
「実体験か、なら、しかたがない。でも、いずれリアルを超えるリアルを作り出せるようにがんばってくれたまえ、そのときには僕も招待してくれたまえ」
「いやよ」
ガーン。衝撃が僕を襲う。紅茶のカップを取り落としそうだ。
僕は聞いた。
「そ、それは僕がすでにケーキをつまみ食いしているからかい?」
それとも、ダンジョンに囚われた間柄とはいえ、さすがに直接、彼女に会いに来たから気を悪くしたのだろうか。
僕が訊くと、彼女は答えた。
「それはかまわないわ。どうぞ、召し上がって。あなたのために用意したの。甘いものが好きっていってたから、あなたをお人形にしたら、一緒にお茶でもするつもりだったのよ」
「そこまで僕の嗜好を把握してくれているとは嬉しいな」
なんだ。ただのおもてなしか。
僕は、お皿の上に取り分けたショートケーキを口に運んだ。
───あのままダンジョンに長居していたら、僕は危なかったらしい。
傀儡にする予定の人間を丁重に扱ってくれるなんて、とってもいい人だ。
このモクレンは。
六つ眼のクレイオスあたりに捕まったら、翌日にはホルマリン漬けの標本にされていてもおかしくない。
「それでアルビレオ、こんなところに一人で来て、不用心だと思わないの?」
「ええ? いまさら? 僕と君との仲じゃないか」
心を読み合った仲だ。僕らは今、他の人よりちょっと親密。
そうではなかったのだろうか。
「あたしは、あなたと馴れ合うつもりはない。あなたを捕まえるのが目的です。魔術では負けたけど、この距離で一対一なら、単独であなたを制圧できると思うわ。純粋鬼人だもの。腕力に物をいわせるわ」
「ああ、それは、まずいな」
純粋鬼人の彼女が本気でかかってくれば、パンチ一発、僕はあっという間にKOだ。
幻影魔術がどうこうとかではなく、普通に気を失う。
しかも、僕の方はすでにかなり彼女に気を許しちゃってるから、あんまり戦いたくないな。
そんなことを話していると庭の方で騒音がした。すごい音だ。これはなんの音だろう。バキバキとか、メキメキとか、なにかを破壊しているような音だ。
僕は窓の外に目を向けた。
綺麗なガーデンがあるはずのそこにはそれがいた。僕はちょっと思考停止した。
「なんなの?」
モクレンが音の聞こえる方を見る。先にそれに気づいていた分、こちらの方が反応が早かった。僕が視認したのは、ありえないものだ。
疑問に思う僕の思考が、次の瞬間動き出す。
それ、は壁や入り口をメキメキと破壊しながら入り込んできた。
鋼鉄の四肢を持つ濃緑色の騎兵。戦車よりも機敏で、格闘戦に優れたその姿。
───小型戦闘機械兵ブリッツ。
窓の外、こんな瀟洒なホテルで見かけてはいけないはずの機体が、ガーデンの生垣や花壇を破壊しながらこっちに向かってきているところだった。
ブリッツの肩口についた砲塔が光を発する。
こちらに光の尾を曳きながら飛んでくる、多連装型魔導誘導弾。
「うわっ、危ない! モクレン、僕の後ろへ!」
僕は、とっさに彼女の体を引き寄せて、前に出る。
同時に魔術障壁を展開する。
僕の眼前に青白い光の壁が展開。
これは簡易な魔力による防衛結界で、相手側の攻撃を防ぐことができる。
どれくらいの威力の攻撃を防げるかは、術者の力量による。術式が少なく、展開が速いが、シンプルなだけに、精密な魔力の操作とセンスが必要だ。
遅れて、目の前の空間を爆炎が包みこむ。
ガラスが割れて降り注いだり、爆発が店内を埋めつくす。
銃弾のような瞬間的な威力を防ぐのはお手のものだが、爆発のように持続する熱と炎を防ぐには、集中力が必要だ。魔術障壁の1ミリ向こう、圧倒的な熱と爆発のエネルギーが障壁を食い破り、押し寄せようとするのを、両手で必死に支える。
指先に魔力を扱う時のヒリヒリした感じがする。
魔力というものは生命とは相反する概念なので、素手で扱うのはこういった危急のときだけにしてもらいたい。
「アルビレオ、あたしを庇ったの!?」
モクレンが背後で言う。
何を当然のことを聞くんだ。
「しょうがないだろ、君もヴェルダンに焼けこげたいのか!?」
爆風が止むと、店内の何もかもが吹き飛んでいた。
アフタヌーンティーのセットもテーブルも、僕らが座っていたところも真っ黒焦げだ。爆音が鳴り止んだのを見てとって、数人の男たちが、ブリッツの後ろに現れて、こちらに銃口を構える。
イスランデ陸軍の制服だ。
なぜ、イスランデの軍人が、夜のカフェテリアを襲撃するのだろう?
───いったい、何が起こっているんだ。
小型戦闘機械兵ブリッツを見上げる。
魔族というのはとにかく頑丈で、銃器や火炎魔法や凍結魔法を無効にするやつなんかもいる。
そんな強力な魔族を制圧するために、設計されたのが、都市制圧用の小型機械兵。
その中でもこのブリッツは、ドワーフの魔導加工技術によって、雷撃収束砲を1分間に三発撃てる魔導砲騎兵。その威力は上級雷撃魔術一発分に値する。
もちろん肩口につけた多連装小型ミサイルも脅威だ。
それが僕の目の前で、両腕をガシャガシャ言わせながら、雷撃収束砲を撃つ体勢に入る。
魔導加工が施された腕部が青白く発光。
バチバチと雷撃の魔力が上がっていくのが目視で確認できる。
「え、ええっと、嘘だろ……!」
無詠唱の魔術障壁では、ブリッツの雷撃収束砲は止められない!
指が痛いとか言っていられない。顔の前で両手を横向きに引っ張り合うように組んで、魔力を込める。
僕は詠唱した。
「【空間構築・空白】!」
僕とブリッツの間に、空白と呼ばれる擬似的な空間を構築する術だ。
例えば、100メートルなら100メートルの立方体が発生する。
ミサイルは結界の壁に着弾するが、爆発の威力は空白内の空間を泳ぐ間に減衰する。
そういう空間のねじれを利用した、簡易な空間構築魔術だ。
爆風が止まる前に、ブリッツの腕部の輝きが最高潮に達する。
雷撃収束砲が来る!
「かさねて【空白】追加。100メートル立方体×5!」
詠唱によって、サイズ、個数を指定。
僕は結界を保つほうに集中しないとならない。即席で作った空間のため、楔は、この僕だ。空間構築術の維持には精密な集中力と魔力を消費する。
ブリッツから放たれた電磁レーザーが視界を真っ白に染め上げる。
こんなの何度も耐えられるか……!
空白は空間を捻じ曲げる術とはいえ、耐久できる威力には限界があるのだ。
先頭、三つ目の空白があっという間に弾け飛んだ。
残り二個の空白の立方体が焼き切れる前に、僕は背後のモクレンに言った。
「モクレン! ポケットから携帯とって、魔導アプリで転送設定画面に飛んでくれ」
彼女は意図を汲んでくれたようだ。
僕の携帯を取り出して、開く。さすが鬼の呪師だ。最近の西央の魔導にも理解が早くて助かる。
「座標は……!?」
彼女が聞く。
「座標はレイヴン、転送開始だ!」
彼女は指示の通りにしてくれたらしい。
障壁が雷撃収束砲によって焼き切れる寸前、僕らは別の場所に飛んでいた。
───いや、まったく、なにが起こってるんだろうね、ほんとに!?
*
魔導協会イスランデ支部は高い時計台が目につく西央式の石造の建物で、首都ロスガルの官公庁通りの中程にある。
ロスガル中心部からは多少、離れた場所だ。
内部には蘇生施術室と地域住民が集まるためのサロンがあり、それ以外にも視察に訪れた魔導協会員の宿泊施設も併設されている。
人類と魔族の融和───魔導協会の理念のために、各国に開かれた公的な地域振興の場であると同時に、蘇生といった特殊な治療術を行う唯一の場である。
俺は施術室前のベンチで、マクダレン教授の蘇生が終わるのを待っているところだった。
集中蘇生治療施術室の鉄扉は固く閉ざされ、リノリウムの床は寒々しく見える。
魔導協会は蘇生術を扱える司祭を各地に派遣しており、蘇生という特別な治療術によって莫大な富を得ている。
蘇生が終了するのがいつ頃になるか、担当する司祭は口を濁していた。
蘇生術は特殊な魔術だが、万能ではない。
医療ではなく、治癒魔導術であり、魔術であるからには担当技官によって治療の精度は変わってくると、司祭は言い訳がましく言っていた。
西央の精鋭の治癒術師たちの集う回復術師の塔ならば助かるものでも、場所と人員が変わると難しいという説明を再三再四にわたり受けた。
どうやら、蘇生のために協会を訪れるイスランデ市民は後をたたないようで、支部の蘇生窓口は手一杯という雰囲気だ。
蘇生失敗したときのため、事前の説明も長くなるというもの。
───これは助からんかもなぁ。
俺がそんなことを考えている横で、意気消沈した様子のエリックがぽつぽつと話し出した。
「教授は。俺の母さんの考古学チームの仲間だったんだ」
「へー」
「親父の後を継ぐのは嫌でさ、俺も鍛治職人になって、エンチャンターとしての腕を磨いてさ。教授は、そういうのずっと応援してくれてたんだ」
「ほー」
「俺の母さん、カーリーンは魔王兵器発見のための考古学チームの一員でさ、ずっとラグナロクの研究をしてたんだって。俺がずっと子供のころに死んじまったんだけど、教授は母さんの件もあって、俺の面倒を見てくれて、よく相手してもらっていたんだよ、俺にとっちゃ、親父よりも、親父らしいかもな」
「ふーむ」
俺は頷きながら、エリックの話を聞いていた。
こういう時は話を聞く相手が必要だからだ。
意味のない会話だとしても、誰かと話していないと、心が壊れる時がある。
別に、相槌はなんでもいいのだ。
聞き役に徹していた俺は、ふと視線を上に向ける。
「む、なんだ」
空間がよれた、ような気がした。一瞬だが。
目を瞬きする。やはり、見間違いではない。
次の瞬間、天井近くに青白い光が走り、騒がしい声が飛び出てきた。
「うわっ、レイヴン! なんだっ、ここはっ、ぎゃっ」
うるさすぎるそいつ───アルビレオは空中から落下。
べちゃっと落ちる。
その後に、妙齢の鬼人の女が文字通り空中から降ってきて、アルビレオの上に着地。 少年魔導士が再びカエルの潰れたような声を上げた。
俺は心臓が潰れたかと思うほど驚いた。
俺の人生でこんなに驚いたことは、俺の師匠のレッドチャーチに首輪爆弾をつけられて滝壺に落とされたとき以来だ。
「なっ、なんで空中から出てくるんだ、お前」
「いや、だって、ダンジョンに囚われたと思ったら、えっちなトラップで、リビングアーマーが襲ってきて、そしたら鬼人がいたからレビューしてたらいきなりカフェにミサイル撃ちこまれて、ブリッツが雷撃収束砲を撃ってきたんだよ!」
アルビレオが床から半ギレ気味に答える。
なんだって。なにが起きたらそうなるんだ。驚きすぎて、口から本音が出る。
「なにが起きたらそうなるんだ」
「起きたんだからしょーがないだろ!?」
鬼人がアルビレオの上からどく。
少年は体を起こして、キョロキョロと辺りを見回した。
「ええとそれで、ここはどこだ? 集中蘇生施術室前。ってことは誰か死んだのか」
「サイコ発言はやめろ」
それでなくてもデリカシーにかける。
エリックという遺族が目の前にいるというのに。
俺がアルビレオに注意をそがれていると、甘い中にも棘のある声がかけられた。
「久しぶりですね、レイヴン」
「げっ、モクレン」
俺は、アルビレオと一緒に降ってきた少女の顔をまじまじと見た。
見たことのある顔だ。会いたくなかった。知り合いだ。
こんなイスランデなんかで、なぜ昔の知り合いばかりに出会うのだろう。
世間が狭すぎる。
「あたしの顔を覚えていたようね、逆賊レイヴン」
「逆賊って、君の二つ名かい?」
二人の魔導士から同時に見つめられる。
片方は俺を責め立てるモクレンの赤い瞳。
片方は、純粋に不思議そうにしている緑色の瞳。
緑色の方は、こっちに興味をなくしたようで、施術室のドアに向かった。
「ま、いいや、エリックくんの様子を察するに、マクダレン教授だろ。様子見てくる」
「おい、どこへ行く」
俺を置いていかないでくれ。
モクレンは完全にキレている。キレる理由は俺にあるのだが、ここで同郷と顔を合わせるのはキツすぎる。
俺の窮地は完全に無視して、アルビレオはこう言った。
「僕は完全復元術師だ。何があっても100パーセント蘇生確実だから安心したまえ」
アルビレオが去っていく。
そういえば、そんなことを大会参加する前にも言っていたな。
あのときはたいして感動しなかったが、こういう時にはひたすら頼りになる魔導士だ。
「あいつなんでもできるな」
俺が感心していうと、俺に酷薄な視線を一心に注ぐモクレンが同意した。
「ええ、彼は優秀を通りこした天才よ。さっきも助けられたわ。それで、あなたのことなんだけど、少し、話ができるかしら……」
敵前逃亡は死罪だが、俺は背中を向けて逃げたくなった。
気まずい。
しかし、ここで逃げ出すわけにもいかないだろう。
「うっ……悪いエリック、一人で大丈夫か」
いきなりの出来事に、目を丸くしている青年に声をかける。
「あ、ああ」
エリックはとまどいつつも頷く。
それを確認すると、俺は肩を落としつつ、モクレンに連行された。
これから起こることは火を見るより明らかだ。
モクレンは第一王子ライゴウに仕える宮廷呪師。
位をもたない戦争管理官よりも高位の貴族であり、ライゴウの第一の臣下である。
立場的には、ライゴウのそばにいる俺をよく思っていないが、王子の意を尊重して一歩下がって付き合ってくれていたちょっとした上役。
つまり、説教の時間が始まる。




