屍肉喰い
屍肉喰いと呼ばれた男がいる。
誰よりも疾く戦場を駆け、誰よりも長く戦場に立つ。
死体を喰らうカラスが空を舞うころになって、ようやく彼の戦争は終わる。
クオンは、一瞬、判断が遅れた。
ラグナロクを持つバルムンド王、突如として現れた討伐対象であるレイヴン。
───どちらを優先するべきだ。
膠着する一瞬、機先を制したのはバルムンド王だ。
拳銃を連射しながら、リビングの真ん中に鎮座している小型戦闘機械兵ブリッツに向かう。
背部にあるハッチを開け、乗りこむドワーフを追うように、黒衣の男が動きだす。
一直線に小型戦闘機械兵に斬り込む。
両断する気だと、そうクオンにはわかった。
小型戦闘機械兵を移動手段と見てとって、まずはそちらから一太刀のもとに斬り伏せる、そういう腹づもりだ。
白刃が閃く。
───させるか……!
クオンは反射的に動いた。
考えている余裕はない。
レイヴンは───先輩はこの場で最も危険な男だ。
進行方向に割り込み、水属性魔術【氷壁】起動。
黒衣の男の目の前で、魔力が凝集し、空気中に縦横二メートルの氷塊が現れた。
寸刻おかず、氷解が真っ二つに割れる。
東魔刀でただ、斬られたのだ。
純粋な腕力による一撃。
竜の持つ身体能力は鬼に次ぐ。
レイヴンは剣を振るう必要もなく、素手で人の首を捩じ切れる身体能力を持っている。
クオンにしたところで、これで止められるとは思っていない。
攻撃の手を緩めないように、氷壁を割って突進するレイヴンに向けて【氷弾】を六連放つ。
氷の擲弾が六つ、バルムンドと男の間の宙に発生する。
これが、わずかな数秒の戦闘の間に起きたことだ。
機械兵がリビングの床を踏みつけながら、爆速で発進し、閑静な住宅街を走り去る。
レイヴンは逃げ去る機械兵に気を取られていたようだが、即座にターゲットを変えた。
自らに向かって飛来する六連の氷の弾に頓着することなく、漆黒の颶風となってクオンに接近する。
踏み切る。
───来る。神速の一太刀。
その瞬間、クオンは時間を停止させた。
体の中心を捉えた斬撃を、目で見て避けることは不可能だ。
クオンの生来持つ魔族としての特殊な魔術。
【時間凍結】───時間をわずかな0.5秒間停止させるもの───それを回避のためだけに費やす。
時間が動き出す。
先ほどまでクオンがいた場所を刀の一撃が襲う、のみならず、その地点から5メートルほどの床が圧壊する。
見えない竜の足に踏み潰されでもしたかのように。
レイヴンの操る力場の魔術だ。
いくら時間を停止させたところで、次の瞬間、力場に巻きこまれて圧死しては意味がない。
───とにかく、距離を取らなければ……!
エネルギーという概念そのものを支配する、力場の魔術。その最も脅威となる点がこれだ。圧倒的な攻撃範囲の広さ。
とにかくレイヴンの間合いから離れねば即死する。
屋外へと逃げる。
クオンが知るかぎり、彼の射程距離はおよそ22メートル。竜に変化した時と同じ射程は、レイヴンの力場の範囲だ。
範囲内にいれば、彼の気まぐれで限界重量30トンで即圧死させられる。
───彼の間合いで生きていられるのは、ただ彼が敵の生存を許しているからだ。
彼が剣を振るって、肉弾戦を挑むのは、たんなる人間の模倣に過ぎない。
ようは舐めプだ。
肉体強度がはるかに優れた竜が人と同じ戦い方をするわけがない。
レイヴンが刀を納めて、破壊された窓を踏み越えて、ゆっくりリビングから出てくる。
黒衣の高位魔族である男は閑静な住宅街を散歩のようにのんびり歩いて、クオンの元へと歩いてきた。
距離は5メートルほど。彼の間合いだ。
彼は、暢気に言った。
「逃がしちまったじゃねーか」
ゆったりとした雰囲気だが、クオンは警戒をとかない。
春の陽気に居眠りしているように見えて、次の瞬間には他人の首を掻っ切ることに躊躇いがない男だ。
レイヴンには、戦闘の区切りがない。
「先輩、ご自分の立場をお分かりですか。なぜ、こんな場所にのこのこと現れるんですか」
男は、決まりが悪そうに頬をかく。
「なりゆきだ。偶然。ちょっとこっちの都合でな」
クオンは会話を続けて、時間を稼ぐことにした。
「アルビレオとやらの命ですか」
「ああ、そうだ」
「西央の魔導士の元に下るなど、誇りはないんですか」
「誇りか、あったか、俺にそんなもん」
「……魔王の座を狙っているとか、こちらでは噂になっていますよ」
初めて、男の顔に驚愕が浮かんだ。
「はあ? なんでそんなことに」
「当然ですよね、アルビレオは選帝侯。その選帝侯と組んで逃げた、というのは、そろそろ、口さがない輩に知れ渡っているようで」
「……ふざけんな、あいつとはそういうんじゃない」
「では、なぜ彼と共にいるのですか。なぜ、我々を裏切った、レイヴン」
クオンは初めて、いらだちをあらわにした。細剣の柄に手をかける。
これまで二度、レイヴンに問いかけ、二度、躱されてきた問いだ。
───答え方いかんによっては、斬る。
斬れるか、どうかではない。
その覚悟を決めるのだ。
「俺は……」
男の目が狼狽える。
クオンの本気を悟って、彼はやむなく答えた。
「祖国を裏切ったつもりはない。東魔王陛下にも、叛意を持ったおぼえはない。アスラ王家にも背いてはいない。本音を言うと、お前も殺したくはない。俺を放っておいてくれ、クオン」
「そんな勝手な……ことが……」
剣の柄を強く握る。
今し方、聞いた男の言葉。
許せない。
東魔国を捨てていない、とのたまう身勝手さもさることながら、それよりも、殺す気はない、などと大上段から言い放つ、その傲慢さだ。
クオンが吐き捨てる。
「そんなことが、許されると思うかっ!」
激情がクオンを動かした。
クオンは【氷弾】を起動。レイヴンに向けて撃つ。
レイヴンが後退する。
「まだやる気か、無意味だな」
レイヴンが辛辣にいう。
「うるさいっ」
5メートルの距離をつめる。
レイヴンの現在いる位置に【氷槍】を撃つ。
【氷槍】は地上部から生える氷の大きな氷柱だ。相手を突き刺すように成長する。
属性魔術は、下級、中級、上級の三つに分類され、高位になるほど威力が高く発動は至難だ。
氷弾は相手の動きを牽制する下級魔術、氷槍は相手をその場に刺し、足止めする中級魔術。
さらに、中級魔術【氷壁】を男の背後に撃ち込む。時間凍結を解除した時に、レイヴンが後方へ下がって逃げれないように、壁で退路を断つ。
二種の魔術がレイヴンに向かう、そのタイミングで時間を凍結させる。
わずか0.5秒のタイムラグ。
だが、攻撃を集中させるには十分な時空の余白。
【時間凍結】を解除する。凍りついた時間が動き出す。
氷弾、氷槍、氷壁、全てが氷の波濤となってレイヴンに叩きつけられる。
凍れる時が動き出す───その刹那。
氷の属性魔術は、レイヴンに届くことはなかった。
力場の魔術を起点として、波を切り裂くように、氷の魔術が弾かれる。
わかっていた。
───私では、彼の操る力場の層を破れない。
だが、それでも。
クオンはサーベルを抜いた。
裂帛の気合いを込めて、男の首を目掛けてなぐ。
「はぁぁぁぁあああ!」
白刃が閃き、東魔刀が受け止める。
顔面まで三センチの距離で、つばぜりあう。
「出直してこい」
彼は言って、力任せに刀を横に叩きつけた。
純粋なパワーの差。クオンが背後へ吹っ飛ばされる。
「俺を殺すには、火力が足りない。わかってるだろ。自分の強みを活かすべきだと」
着地するクオンを追いかけることはせず、レイヴンは言った。
「暗殺特化のお前が、なぜ先鋒を命じられたか考えろ。俺に正面から挑むな」
そう言って、彼は刀を納めた。
クオンはレイヴンを見上げる。
「殺さないんですか」
屈辱感と共に訊ねる。
レイヴンはもうやる気は無くなったようだ。
いつもの彼らしく、ぼんやりしている。
「ああ、うん。仕事じゃないからな、それにだ」
レイヴンが後ろを気にする。閑静な住宅街の路面は氷漬けになっている。さながら北極のブリザードでも起きたかのようだ。
騒ぎを聞きつけた住民たちによる通報で、救急車や警察のサイレンの音も聞こえてきている。
「そーいうことだ。俺はあっちの様子を見る。クオン、まだやり合いたいなら、いつでもこい。今度は不意打ちでな」
それだけ言い残し、レイヴンは民家の方へと去っていった。悠々と背中を見せる。
まるで、自分など脅威ではないと言いたげな姿。
実際、彼にとってはそうなのだろう。
もう戦いは終わったのだ。
───また、生かされた。
クオンは、屍肉喰いの背中を見つめていた。
*
一方、その頃、僕はというと、エッチな部屋にいた。
なんかやたらムーディーなピンク色の照明に、正面には大きなベッド、さらにその上には、きれいなお姉さんたちがいっぱいいる。
絡み合ってなんか、なんか、目が潤んだりしていて、ちょっと変だ。全員、下着しかつけてないし。際どいスケスケの下着で、見えちゃいけないところがあちこち……僕は目線を下げる。
僕は部屋を出て、ドアを閉めた。
この次元呪縛牢とやら、ホテルの構造をそのまま使っている異空間のようだ。
つまり、現実の建物を模倣した次元構造体。
この次元構造体が、僕を捕まえるための罠である以上、そこには仕掛けがあるはず。つまり、ダンジョンのコンセプトだ。
誰かの構築した物体には、作成者の理念がある。
魔術師の戦いは、相手を深く理解することから始まるのだ。
僕はダンジョン脱出の鍵を探して、あちこちの客室を見て回っているところなのだった。
気を取り直して、次の部屋行ってみよう。
廊下を歩く。
ホテルの廊下そっくりに作ってあるダンジョンの廊下には、特段、変わった点はない。強いていうなら、照明がちょっと暗いかな。
後ろから、なんかガシャーンと大きな金属音と重量のある音が聞こえてくる。
僕は後ろをみる。
四角い回廊の構造は、ぐるぐる回るようになっていて、一回りすると、階段が出現して、上か下に行ける構造だ。
これも現実世界のホテル・イスランデと同じだ。
ダンジョンを作成する際に、現実の構造物をコピーしたようだ。
ガシャーンという音が大きくなる。
さて、次元構造体というものは、ゼロ空間という仮想空間を構築した上で、魔術的な楔を食い込ませ、そこから構築物を貼り合わせて、ちょっとずつ拡張していくものだ。
あらかじめ作ったものに、楔を打ち込む人もいるけど、ここは人それぞれ。
空間構築を得意とする術師にも位階がある。
ようはレベルみたいなものだ。
複数人で、一般的な転移を行うことができるようになったものを、【転移者】。
複数人で空間構築をできるようになったものを、【構築士】。ここでようやく防衛結界を構築できるようになる。
一人で小規模な空間を作れるようになるとようやく一人前だ。このレベルでようやく、【空間構築士】と呼ばれる。
これがさらに範囲が大きくなって、今回の敵のように大規模な構築物を作れるようになると、【迷宮管理人】。免許皆伝の達人だ。
それで最上位が僕。【空間支配者】だ。僕は世界結界を構築できる。とにかく広大な空間の支配者ってことだ。
今回の敵はダンジョンマスター級だ。
だから、どこかに彼女の使っている楔があるはずなんだけどな。僕はホテルの廊下をキョロキョロと見回しながら歩く。
またガシャーンと音が鳴った。うるさいな。僕は後ろを見る。
僕は絶句した。
廊下の角から、全身、金属鎧の怪物が迫ってくる。手には巨大で、凶悪な棘つき鉄球を引きずった姿。
動く西洋鎧だ。それが、どうやって歩いてるのだか知らないが、ガシャーン、ガシャーンと大きな音を立てながらこっちに、走ってくる!
「う、うわあああっ!」
僕は前を向いて走った。
絶対に、あれに捕まったらやばい!
僕は走った。
手近な客室のドアを開ける。
すごい部屋だった。これはこれで絶句。
「うわああ」
半裸のお兄さんたちがいっぱいいる。みんなやけにムキムキで、なんか肌がテカってて、笑顔がすごい。すごいとしか言えない。みんな黒ビキニだし、熱気もムンムンしている。
僕はドアを閉めた。
「なんだこれ、なんだこれ、なんなんだここは!」
迫り来るリビングアーマーに追われながら僕は走った。
廊下を曲がって階段を上がる。
僕の間近に迫っていたリビングアーマーが、棘付き鉄球をブンブンと音がするほど振り回して勢いをつける。
僕は必死で階段を上がる。
モーニングスターというのは、鉄球に棘がたくさんついた打撃用武器のことで、用途は、敵の兵士の鎧兜を打ち砕いたり、あるいはたんに、人体を打ち砕いたりするために使われる殺傷武器である。
特に鎖のついたタイプの鉄球は、遠心力をフルに活用して、より大きな破壊力を出すことができる。
こんなふうに。
僕の頭上を、破壊の明星が通過。階段の壁を抉り取る。
「ひっ」
パラパラと瓦礫が降ってくる。
これが当たれば、ミンチ決定だ。
ここは異空間次元、とはいえ、死んだらどうなるんだろう。意識を失うくらいですむならいいが。
「ここのダンジョンマスター、趣味悪い!」
急いで階段を上がり、必死で逃げ隠れできそうな部屋を探す。
どの部屋も似たりよったりだ。
全裸の女に男に、美女から美男まで、男女各種取り揃えられていて、部屋ごとに、やたらギラギラしているピンクの部屋だったり、ムードのある青い照明の部屋だったり、なんか、いかがわしい部屋ばっかりだ。
そして、その部屋のどこからでも、甘い香りがした。
嗅いでいると、頭がぼうっとする。靄がかかったみたいに。
魔力のこもった血の匂いだ。
幻影魔術───五感に直接作用する、幻惑術。
構築したダンジョン内に、幻惑の香を流す。このダンジョンは二種類の魔術の合わせ技だ。迷い込んだものを的確に追い込んで、心神喪失状態に持ち込もうというのだろう。
しかも、あの西洋鎧で追い立てて、部屋を行き来させる間に、幻惑の香をしっかり効かせている。
そういうコンセプトのダンジョンだ。
この次元呪縛牢は。僕が名付けるなら夢幻迷宮ってところだね。
もう僕はクタクタになっていた。
走り疲れた。
どこかの部屋に入って早速、さっさと、可及的速やかに休憩するべきだ。
この仕掛けてきてる相手は、こういう考えだ。
意志の力で魔術を扱う魔術師は、意識を失えば、無力だ。
抵抗することもできず、捕えられる。
あのリビングアーマーで粉砕されても、おそらくそれも幻影魔術の一環で、死にはしないが、感じる痛みは相当なものだろう。
生きながらミンチになる苦痛に耐えられるか?
想像しただけで、そっこーで気を失う。
無理だ。
部屋に入れば、おそらくあのセクシーな男女の幻影に気を取られている間に、幻影魔術の香がさらにしっかり回って使い物にならなくなるはずだ。
でも、どうすればいいだろう。
この次元呪縛牢を仕掛けてきている相手は、かなり周到だ。
入念に準備をした魔導士は手強いものだ。
ホテル・イスランデそっくりのダンジョンを構築するなんて、手間と時間がどれだけ掛かったことだろう。
僕ら魔導士が勝負を仕掛ける時、それは勝利を確信した時だけ。
このダンジョンの主もきっと、勝利を確信しているはずだ。
僕は深く思考を巡らそうとして、次の瞬間、思考を放棄した。
───もうどこでもいいか。次の部屋で。
さっきから嗅ぎ続けた香のせいで、心の防衛が緩んでいく。
「だからって、相手の術にとらえられるなんて。うーん、僕としては屈辱」
これは心理領域に仕掛けられた精神攻撃だ。
心理領域は、あり体に言うと、頭の中。ここの防衛が緩むと、記憶を読み取ったり、相手の魔術の解析といったことがおこなえようになる。つまり、心を掌握されちゃうわけだ。
魔術師としての、魔術を扱う器官──魔導器官は心理領域を指す、全てを成すのは意志の力だ。
だから、ここを掌握されるというのは、致命的だ。
そんなことになったら万事休す。
魔術師としての沽券にかかわる大ピンチだ。
今だって、ダンジョンマスターである彼女は、僕の緩んだ頭の中に手を突っ込んでいる気配がする。僕はちょっと、ニヤッと笑った。
この感覚は慣れないね。
僕の、心の中を無遠慮に誰かがのぞいている。そんな感覚だ。
「ちょっと休憩するだけだ」
言い訳のように言って、次の部屋のドアを開ける。
僕は目をぱちぱちと瞬きした。
一瞬で心を奪われた。
そこは先ほどまでの悪趣味なギラギラした部屋とは違って、趣味のいい部屋だった。
リビングだ。
開かれたガラス窓から暖かな光が差しこみ、カーテンが風に揺れている。
テーブルの前には、長い金髪の女性がいた、肌の色は褐色。ニットセーターにズボン、エプロンをつけていて、反対側には、父親っぽい人がいた。
新聞紙を読んでいたけど、部屋の戸口に佇む僕を見ると、口元に微かな微笑を浮かべる。
金髪の女性が僕を見た。
「アルビレオ、お腹が空いたでしょ? こっちにおいで」
イタズラっぽく微笑んで、彼女が言う。
「ま、間違いない、ここは……」
僕はフラフラと部屋に入り込んだ。ここは……もしかして……。
───僕のお家ではないだろうか?
うん、間違いないね。
どこからか甘い匂いも漂ってきている。アップルパイの焼ける匂いかな。僕は息を大きく吸って、甘い香りを堪能した。
「どこにいっていたの、私の可愛い子」
優しく僕に話しかける。彼女は、きっと、僕のお母さんに違いない!
とてもリアルに感じるぞ。
僕はちょっと考えて、咳払いを一つした。こういう時はあのセリフだ。
「た、ただいま! おかーさん! おとーさん!」
うーん、最高の充実感!
僕は意気揚々と、勧められるままにリビングのテーブルに着いた。
*
クオンは去った。これ以上やるべきこともないし、態勢を立て直すのだろう。
賢明な判断だ。俺にしたところで、もうやるべきことはない。
ラグナロクは持ち逃げされた。
唯一、単独でラグナロクを入手する千載一遇の機会だったというのに、あの小型戦闘機械兵を操る老人、何者だろうか。
やたら場の判断が鋭かった。ただの老人には思えない。
疑問に思いはするが、アルビレオが戻るまでは、正直、何もわかりはしない。
お手上げだ。
俺はすごすごと、マクダレン教授宅に戻ることとした。
ラグナロクがああなった以上、アルビレオが気にするのは、こっちのことだろう。
そもそも、俺に与えられた指令はエリックを助けることだ。
そのアルビレオ本人の居場所も皆目、見当がつかない。
ため息をつく。
───あのお人好し、今はどこで何をしているものやら。
またぞろ、とんでもない目にあっていなければいいのだが。
俺は壊れた窓側から、リビングへと入る。周囲を見まわす。
昼間、来た時と同じ家とは思えないほどの惨状だ。
床板は剥がれ落ち、ガラスや建材がそこらじゅうに散らばり、テーブルや椅子なんかも転がっている。
一体、なにが起きたら、こういうことになるんだ。
先ほど、室内には東魔の戦争管理官と、もう一人、小型戦闘機械兵を操るドワーフらしき人物、それに俺が集まっていたわけだが、最悪の偶然というしかない接敵だった。
───いや、偶然、ともいえないのか。
おそらく、あの場の三人は、ラグナロクを求めて集まっていた。
マクダレン教授には悪いが、遅かれ早かれ、こうなったことだろう。
弱者が宝を持ち続けることはできない。いずれ奪われる。それが世界のルールだ。
だからこそ、誰かが、管理することが大事だと俺は思うのだが、アルビレオにその資格があるかないかでいえば、やつは専門家だしな、あると思う。
依怙贔屓ではない。やつは無軌道で、奔放で、わけがわからない変人だが、善意の側にたつ存在だ。
俺はガラス片を踏み砕きつつ、室内の片隅で、老人の遺体のそばに、膝を抱えて座っている青年、エリックの元へと向かった。
「しっかりしろ、なにを呆けてるんだ」
聞けば、
「俺が、俺が弱いから、こんなことに」
青年がうわごとのように言っている。
相当なショックだったのだろう。
俺から見ても、一体、何が起きたのか、瞬時には判断できないほどの事態だ。
一般市民からすると、気が動転しても仕方がないのだが、それでは困る。
「強いか、弱いかではなく、できることをやれ」
打ちひしがれている青年の肩を叩く。
「強かろうが、弱かろうが、誰でも最善を尽くすんだ、つまり一生懸命やれ。それが生死を分ける、俺が見てきた中ではだが」
世界は残酷で、たとえば、強者が弱者をすり潰すのが当然のルール、だとしても、弱者が懸命に抗わなくていい理由にはならない。
明日、死すべき定めの一頭の馬がいるとして、そいつだって死ぬそのときまでひたむきに走るだろう。俺だってそうだ。
俺はこういう生き方をしているから、そのうち酷い死に方をするんだろうな。
当然の成り行きで、特に意外ではない結末だ。
だとしても、その瞬間が来るまでは走り続ける予定である。
それが生物として、日々の勤めを果たす、ということだ。
「あんたは、一体」
エリックがこちらにようやく顔を向ける。
我に返ったようだ。よし。
「俺のことおぼえてるか」
話しかける。
「あんたは、アルビレオの連れていた」
「そーだ、アルビレオの名代だ。知らせを聞いて助けに来た」
「名前は?」
「レイヴンだ。ただのレイヴン。ラグナロクは残念だったな」
「なんで、なんであんなことを……」
青年が両手を膝の上で固く握りしめる。
また悲嘆に暮れだしそうだ。
そうなる前に俺は口をはさんだ。
「どーでもいいが、はやくイスランデの魔導協会支部に連絡しろ。蘇生は早ければ早い方がいい」
青年が目を見開く。
俺は続けた。
「イスランデ支部に在籍する司祭なら蘇生術が使用可能だろう、見たところ、傷は綺麗だ。司祭が渋れば、アルビレオの名前を出せ、矢も盾もたまらず、すっ飛んでくるぞ」
イスランデは魔導協会の加盟国であり、首都には魔導協会の支部がある。
エリックは王子様とやらだ。身元不明の俺が連絡するよりも、エリックに連絡させたほうが確実に救援を要請できるだろう。
「急げ」
エリックがポケットから携帯を取り出し、連絡をとりはじめる。最初はごねていたようだが、アルビレオの名前を出すと、連絡先の態度が急変した。
怯えているようだ。
五分後。
矢も盾もたまらず本当に協会の救霊車がすっ飛んできた。
アルビレオ───あいつの名前は、協会内でも最悪のトラブルメーカーとして恐れられているようだ。
一体、魔導協会で何をやっているんだ、あいつは。
白塗りの救霊車がマクダレン邸の前につくと、せわしない様子で数名の救命士が家の中へとやってくる。
救霊車から運び出されてきた、担架に、マクダレンを載せるのを手伝ってやる。
これで任務完了だ。
もうこの場で俺がすることはないだろう。
次にやるべきことは、ホテルで不審な様子で消息を絶ったアルビレオの捜索だ。
ホテルに向かおうとする俺を、エリックが呼び止めた。
「あんた、えーと、レイヴン、ついてきてくれないか」
「なんで俺が」
青年は気弱そうな顔をした。
「誰かに、そばにいてほしいんだ。親父のこと、整理しきれなくてな」
俺はムッとした。
これは任務のうちに、入るのだろうか。あの魔導士なら、なんと言うだろう。
あいつはお人好しだ。
「……俺は、保父さんじゃないんだが」
俺は肩を落として、エリックの待つ救霊車に向かった。




