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魔剣買取交渉

 僕はドキドキしながらドアが開くのを待っていた。

 しばらくすると、ゆっくりと内側からドアが開く。

 中から顔をのぞかせたのは、茶色い髪の青年だ。見た目は22歳くらい。ドワーフにしてはややほっそりした顔立ちで、どこにでもいそうな青年だ。

 だというのに、どこかで見た顔だ。

「あんたが、アルビレオ?」

 青年が聞いた。

 僕は答えた。

「そうとも。僕こそ、魔導協会の新進気鋭の一番星、アルビレオだよ!」

「狂える星だ」

 レイヴンが後ろで注釈を入れる。うるさいぞ。

 僕はドアの向こうで、こちらを用心深くうかがっている青年に聞いた。

「君は、トミー・リード・マクダレン教授じゃないよね? 君は(だれ)?」

 トミー教授は76歳。目の前にいる青年はそこまでの年齢じゃない。

「教授は中にいる。俺は……、俺はエリックだ。エリック・ガルケル」

 ガルケルだって。

 これもどこかで聞いた名前。

 でも、どうでもいいや。

「よろしく、エリックくん。トミー教授はどちらかな」

 僕が聞くと、彼はこちらを警戒しつつも、家の中へと(まね)いてくれた。


 *

 エリックくんは僕らを居間に招きいれると、テーブルを示し、自分は台所へと姿を消した。

 人数分の紅茶を用意するらしい。

 僕はとりあえずそこに座る。

 レイヴンはテーブルには座らず、僕の背後から数歩離れた壁際かべぎわに立っている。

 向かいにはマクダレン教授が座っている。

 マクダレン教授は、痩身そうしんの老人だ。

 禿頭で鷲鼻わしばな、落ちくぼんだ眼窩がんかに丸めがねを乗せていて、目つきは神経質そうだ。着古したスリーピースのスーツにそろいのベストをつけている。 

 教授は、顔の前で手を組んで、こちらをじっと見据みすえている。

「呼んでいないのだがね、狂える星」

「呼ばれていなくても、僕は行きたいところに行くよ」

 どうやら教授は僕を知っていたようだ。さすが魔導協会所属の鑑定人だ。

 老人が吐き捨てる。

「化け物に何をいっても無駄か」

 ひどい言われようだ。

 僕は化け物ではない。


 ───常日頃つねひごろの行いを見てもらえていたら、すぐに誤解は解消するだろうに。


 まったく、困ったものだ。

 僕はトミー教授の誤解を解くのは後回しにして、用件を切り出すことにした。

「誤解は悲しいけど、僕が何者(なにもの)かを知っているようで良かった。それなら、さっそく交渉と行こうじゃないか」

「交渉だと?」

 僕はうなずいた。

「そうだよ、魔剣ラグナロク、この僕が買い取りたい!」

 単刀直入に切り出した。

 (うし)ろでレイヴンがため息をつく気配がした。

 なぜだろう。

 教授も、なぜかこちらを見る目つきをけわしくする。

 イスランデ大武闘会の賞品は、このマクダレン教授が持っていることは明らかだ。

 大会の優勝賞品である魔剣をマクダレン教授が持っているというのは、普通に考えるとありえないことだ。おそらく、教授は正式な所有者ではない。

 十中八九、ワケアリと見た。

 教授がラグナロクをかくし持っているのには、きっと何か深い事情があるのだろう。

 でも、そんなことはどうでもいい。

 どんな理由があったとしても、僕は美品にはこだわらない方。

 盗品だろうと、経歴も不問だ。

 ここにラグナロクがあるというなら、大武闘会はすっ飛ばして、こっちでこっそり買い取ってしまえばいい。そしたら、今回の僕の旅の目的完了だ。

 実に合理的だ。

 だというのに、僕の提案は、少なくとも、マクダレン教授からは歓迎かんげいされていないようだ。

「魔剣ラグナロクは、貴様のいう通り、たしかに私が所持している」

「話が早いね! それなら、君の条件を提示ていじしてほしい。僕もできるかぎり、こたえられるように努力するよ」

 値段の交渉を始めようとする僕を制して、教授が言った。

「だが、貴様にアレを渡すつもりはない」

「ええっと、どういう意味か聞いても良い?」

 まだ交渉すら始まっていない、というのに、断られるとはどういうことだろう。

 マクダレン教授の態度は強硬きょうこうだ。

「言葉通りの意味だ。あの兵器の威力は、おまえのような危険な人間が持っていていいものではないからだ。西央魔導協会の古代遺物保管室に運び、しかるべき処置をし、封印する」

 西央魔導協会には魔王兵器や貴重な魔導の品なんかを保存する部署がある。

 それが古代遺物保管室だ。具体的には複数の部署があり、それぞれ勝手な研究を進めているのだが、ざっくりいうと遺物の回収や維持を行う部署である。

 老人の話を小耳にはさんだのか、台所から戻ってきたエリック青年が声を荒げた。

「おい、待てよ、教授。話が違う! なんで勝手に西央に渡すことになってるんだ。あれは、イスランデで再封印するって言ってただろ」

 お盆にせたカップが落ちそうだった。

 たたき付けるようにカップをテーブルに置く青年に、老人はぴしゃりと言った。

「黙れ、エリック。お前は口をはさむな。これはすでにお前にどうこうできる問題ではないのだ」

「なんだとっ、あんたしか頼れる人がいなかったから、アレを持ってきたっていうのに、今更(いまさら)、裏切るつもりなのか」

「裏切ってはいない。逃げてきたお前を、こうしてかくまってやっているではないか」

 僕の見ている前で、2人がめはじめた。

「元を正せば、魔剣は俺のものだ、それを勝手に誰かに引き渡すなんて」

「違う。アレはバルムンドのものだ。お前の父親のな」

「だがっ、いずれは俺のものだ。それに、なんのために、アレを持ち出したと思ってるんだ。あんたのことは信頼しているが、西の魔導士どもに渡すためじゃない!」

「もう事態じたいはその段階ではないのだ」

 だいたいそんなやりとりが目の前で行われた。

 2人の会話から推測するに、これが教授のワケアリの事情だ。

 この栗色の髪の青年はエリック・ガルケル。理由はわからないが、彼が魔剣を盗んで、逃亡中のところをこの老人にかくまってもらったということだろう。

 僕は紅茶のカップに、テーブルにあった砂糖壺から角砂糖を連続で5個入れる。6個目に手を伸ばしたところで、レイヴンが僕の手のひらをつかんで止める。

 ちっ……。

 スプーンで砂糖液をぐるぐるかき混ぜる。

 エリックくんの父親はバルムンド。

 彼は、この国の王、バルムンド・ガルケルの息子で、つまり……王子様だ。

「エリックよ。こうなった今、我々にラグナロクを守り切る力はない。皆がこれを狙って争っている。速やかに、魔導協会に引き渡すのが最も安全な方法なのだ」

 教授が重々しく言い切る。

 これで話は終わったと言わんばかりだ。

 勝手に終わってもらっちゃ困る。

 僕は2人の話に口をはさむことにした。

「悪くはないアイディアだけど、まるで、協会なら、しかるべき処置をしてくれるとでもいいたげだね。僕をふくめ、高位の魔導師はおのれの利益のみで動いている。危険な度合いは変わらないと思うけど?」

「協会の盟主たる魔導教皇猊下(げいか)であれば、それがどのような力であれ、世のために役立ててくれるはずだ」

 僕の脳裏に猊下の姿が浮かぶ。あいつなー。あいつはなー。

 何を考えているのか、世界中の誰にも理解できない異常な人間だ。

 それはあの六つ眼のクレイオスですら同意するだろうね。

「それこそ過信しすぎだと思うけどな」

 協会こそ、魔王兵器の発掘や保存に力をいれている最たる国だ。

 その目的は、別に人道的なものではない。

 ようは強大な力を、誰が使うかという問題にすぎない。

 僕が甘さひかえめの紅茶を飲んでいると、急にエリックくんが僕を指差ゆびさしながら言った。

「そうだ。西央に渡すっていうなら、なぜこいつじゃダメなんだ。こいつだって、魔導協会の人間だろう」

「お前は、この男がどういう人間かわかっていないのだ」

「僕は協会きっての平和主義者だよ。13選帝侯の中ではハト派だ。水精霊王ウンディーネと張るね」

「13選帝侯になど渡せるか。異常者どもめ」

 あらら。みんな評判悪いな。

 僕以外の選帝侯たちの日頃ひごろの行いのせいだ。

 トミー教授は、疑念にり固まった目を、ギョロリとこちらに向けた。

「とにかくいたずらに、力をもてあそぶような人間にはこの兵器を渡すことはできない。強大な力は、正義と平和のため、振るわれねばならないのだ」

 老人は固く、揺るぎのない口調で言い切った。

 その口ぶりからは彼の信念がうかがえる。

 西央魔導協会、および、西央魔導教国は彼にとって、正義と平和を体現する国のようだ。

 僕が彼の意見に賛成できないのは、僕の勝手だ。

 人には、人の信じるものがある。

「なるほど……君の信条はわかった。それなら、まぁ、いいさ。無理に奪うのは趣味じゃない。気が変わったら連絡してくれ、魔導協会のアドレスあてなら僕に直通だ」

 紅茶のカップをテーブルに置く。

 交渉は決裂けつれつだ。

 テーブルから立ち上がる僕に、老人は固い声音で言う。

「強大な力は、正しい者が振るうべきだ」

 カップを持つ指は骨が浮き出るほど強く握りこまれている。

 この老人は己の信念を曲げたりしないだろう。


 ───魔導協会のアドレス宛にメールが届くことはないだろうな。


 残念だけど。

 取引が失敗に終わったなら、この家にはもう用はない。さっさとホテルに帰ろう。

 僕はリビングを出て、玄関に向かった。

 僕の後を影のようにレイヴンがついてくる。

 たった数分に満たない交渉を終えて、玄関を出る。

 庭に続く階段を降りたところで、背後から呼び止められた。

 肩越かたごしに視線をやると、息せき切った様子のエリック青年が走ってくるところだった。

 彼は言った。

「なあ、あんた、協会の人間なんだろ、それも、なんだ、けっこう有名な」

「いかにも」

 僕は足を止めて、振り返る。

「僕は協会の13選帝侯の1人、狂える星のアルビレオだ。エリック王子、お目にかかれて光栄だよ」

 足を一歩後ろに引き、宮廷風の礼をとる。ちょっと気取きどりすぎたかな。

 エリックくんはおどろいたようだ。

「なんで、俺のこと知ってたのか?」

「そりゃ、バルムンド・ガルケルといえば、さっき博物館で聞いた名だ。この国の現国王で、ムキムキのマッチョの彫刻、君のお父さんだよね?」

「ああ、あれか……、うちのお抱えの石工たちが作ったんだ」 

 気恥ずかしそうに頬をいている。

「それに、君の指名手配写真、見たよ。東魔の軍人にまで追われるなんて、なかなかやるね! エリック王子」

 エリックくんをはじめて見た時に、どこかで見た顔だと思った。

 その答えがこれだ。

 ホテル・イスランデにいた軍人たちが探しているのはこのエリック王子だ。

 僕以外にも、魔剣ラグナロクを追っている連中れんちゅうがいる。

 その一つが東魔国なのだろう。魔王兵器獲得のためにあらゆる組織が動き出すことは、当然、予想していたことではあるが、事態じたいはずいぶん錯綜さくそうしているようだ。

「よしてくれ、王子なんて。俺は、そんなのガラじゃないんだ」

 気弱そうに、エリックくんは下を向く。

「そう? それで僕に何の用? 君も何か事情じじょうがあるんだろ?」

 僕が聞けば、彼は気まずそうにしていたが、やがて話し出した。


 *

 車に乗って、幾分いくぶんか時間が過ぎた。

 クオンは窓の外に視線をやる。

 街の明かりが遠ざかっていく。

 魔王兵器ラグナロクを追えば、あの男に辿たどりつくという。


 ───レイヴン。


 日暮ひぐれ近く、地平線の向こうへ落ちかかる太陽を見つめていると、どうしても、彼のことが思い出された。

 あの男はイスランデにいるという。

 一体、何を求めて、この国にいるのだろう。

 まさか、本当にラグナロクなどという大それた兵器を求めているとでもいうのか。

 クオンの知る彼は、そんな男ではなかった。

 脳裏に、一人の男の背中がぎる。


 ───私は、いつもあの男の背中を見ていた。


 彼は、先陣を切ることが多かった。誰よりも早く敵を殲滅せんめつし、最後まで戦場に立ち続ける。気がつくと、彼は死体の山を作り上げていた。

 それで、ついたあだ名が屍肉食い(グール)だ。

 戦闘が終わった後も、仲間の遺体の回収のために、レイヴンはその場に残ることがよくあったから、そういう印象もあって、いつしかそんな呼ばれ方をするようになった。

 彼自身はこのあだ名を嫌っていたが、屍肉をついばむためにやってきた鴉の群れの中、困った顔をしていた彼のことは嫌いではなかった。

 一度だけ、彼に問いかけたことがある。

 戦場に立ち、戦って、戦って、戦って、いずれ死ぬことに、意味はあるのかと。

 彼は答えた。

 はたして、あの時の答えと、今の彼の答えは、同じものだろうか。


 ───私は結局、それが知りたいだけなんだ。


 それだけのために、今も、彼を追いかけている。

 自嘲じちょうを浮かべるクオンに、アラン・篠崎が声をかけた。

「着きましたよ」

 過去への郷愁きょうしゅうに囚われていたクオンが、現実に引き戻される。

 気づくと、目的地についていたらしい。


 ───今は任務のことが優先だな。


 クオンは自戒じかいしつつ、車を降りる。

 目的地は、首都ロスガルの外れ、郊外にある工場らしき場所だった。

 駐車場のすぐ手前、一人の男が立っているのが見える。

「あの人は?」

 クオンは聞きながら、観察した。

 年格好は五十中頃(なかごろ)

 背丈はアラン・篠崎より頭一つ分低いが、体格は二倍ほど。

 たるのような胴体に、棍棒こんぼうのような二の腕。

 羽振りがいいのか、紫色の悪趣味だが仕立てのいいスーツに身をねじこみ、白髪まじりの栗色の髪を額の後ろへぴっちりとなでつけている。

 眉ねのあたりの筋肉はこぶのように盛り上がったいかめしい顔つき。

 体躯からも表情からも覇気がみなぎっている。

「彼こそが、イスランデ国王、バルムンド・ガルケル殿です」

 アラン・篠崎が彼のそばに立つと、そう紹介した。

 ドワーフの王、バルムンド。

 クオンは注意深く、そちらに目を向けた。

 バルムンドは、ふんと鼻息荒く、横柄(おうへい)にクオンを一瞥いちべつする。

「現在、逃亡中の、エリック・ガルケルの捕獲(ほかく)にご協力してくださるそうで。これから心当たりのある場所へ向かうつもりです」

「それは分かりましたが、背後のその機械兵ゴーレムはなんです」

「バルムンド氏のご厚意で、小型戦闘機械兵コンバット・ゴーレムブリッツを借り受けました」

 ドワーフの王の背後、肩口に砲塔を二門備え、両腕には雷撃収束砲サンダーキャノン用の術式が刻印された無骨な機影が騎士のごとくそびえ立つ。

「さて、氏にご足労そくろういただいたところで、ラグナロクの回収と行きましょう。ああ、そうそう、あなたのご同輩(どうはい)のあの元・戦争管理官レイヴンとかちあったときは、よろしく頼みますよ、クオン管理官」

 平然と言ってのけるアラン・篠崎をクオンは横目でにらむ。

 この男を斬り捨てるのに、1秒もかからない。

 腰の剣帯に帯剣したサーベルの柄を指で触り、離す。その気になれば、すぐだ。

 しかし、今は、まだ、その時ではないだろう。

 クオンは、そっと剣から指を離す。

 今は、ひとまず、目先のことだ。


 *

 長い話になった。

 僕は玄関の前の階段に座って、エリックくんの話を聞いていた。

 それによると、もともとラグナロクは、イスランデの古代遺跡を調査していた西央の考古学者たちによって発見されたらしい。

 魔王兵器というものは本来、人間界と魔界の間で起きた戦争、界滅大戦ワールド・フォールの際に、使用された兵器だ。3000年前の遺物であるため、保管状態はまちまちだ。

 レーヴァテインは次回稼働(かどう)するまで休眠のために隠されていたが、今回のラグナロクは厳重げんじゅうに、イスランデの地下深くに封印されていたのだという。

 その封印はおそらく、始祖の魔導士アルスノヴァによるものだと、西央の魔導士たちは推測した。

 アルスノヴァ自ら成した封印は、西央魔導協会の中でも最重要の禁忌として扱われる。

 なぜなら。


 ───それは世界の滅びに関わるものだ。


 兵器の危険性を見ぬいた西央の考古学チームは、ラグナロクの凍結を決定した。

 誰もラグナロクを振るうことのないように。

 そういうわけで、長らくラグナロクはイスランデで封印されていたのだが、ここで問題になったのは東魔国の中央情報局である。

 彼らはラグナロクに目をつけ、イスランデに引き渡すように要求しており、エリックくんの父親であるバルムンドは取引に応じたのだという。

 エリックくんがいうには、魔王兵器ラグナロクを景品にした大武闘会をかくみのにすることで、バカ騒ぎに乗じてこっそりと魔剣を取引してしまおう、ということだそうだ。

「親父は、何を考えてるんだか、全然わかんねえ。東魔のやつらの言いなりに剣を差し出すなんて、(なさ)けなくないのかよ」

 エリックくんは、泣き言をらした。

「だから、あの親父にだけは魔剣を渡しちゃいけないんだ」

 ラグナロクの危険性を知っていたエリックくんは、父親の手からラグナロクを守るため、(ひそ)かに魔剣を持って逃げた。

 とはいえ、逃げるあてもない彼が思いついたのは、西央魔導協会からやってきた考古学遺物チームの一人、鑑定人でもあるあのトミー・リード・マクダレン教授、というわけだった。

 ラグナロクの研究に(たずさ)わっていたトミー教授は、その件でエリックくんと面識があったようで、事態を重くみた教授は、今日までエリックくんを自宅でかくまっていた。

 そういうわけだったらしい。

 あまりに事態じたいは複雑で、こんがらがっている。

 僕はあごに指をおいて、ちょっと考えた。

「今の話を総合して考えるとだな、ラグナロクはとても危険なので、東魔にも、バルムンド王にも渡しちゃいけないってことであってる?」

「ああ、そういうことだ」

 エリックくんが首肯しゅこうした。

 エリックくんのこれまでの経緯いきさつは理解した。

 理解したが、いまいち、せないのは別のことだ。

「そんなに危険なラグナロクの能力って、一体なんなんだい?」

 僕が聞くと、エリックくんは首を横にる。

「それが、知らないんだ。ラグナロクは今にいたるまで、誰も起動したことがない」

 なんということだ。

 それじゃ、危険性もわからないものをみんな真剣に守ろうとしてるってことか。

 本末転倒ほんまつてんとうともいえそうだが、わからなくもない。

 世界をほろぼすほど危険なものの能力を、たしかめるわけにもいかないだろう。

 その瞬間に世界が滅んだら困るし。

 理解はできるが、納得(なっとく)はしがたい。

 西央の魔導士がチームで派遣されていて、誰一人としてラグナロクの詳細しょうさいを調べなかったのだろうか。そんなことありうるか?

 僕は疑問を一旦いったんわきに置いておいて、エリックくんに聞いた。

「それで、なんで僕にそんなことを話すんだい? 僕の信用のおけなさは、君にとって東魔と同じようなものと思うが」

「ああ、だが、あんたは西央の高位の魔導士だ。だったら、何か、教授とは違う考えがあるんじゃないかって思ってな」

「違う考え?」

「俺は、教授の言うようには協会を信じられない。できればイスランデで再封印したいって考えだ。あんたはどう思う」

「どう思うって、僕はラグナロクをほしいがわだよ?」

 そう言うと、露骨ろこつあわてたような顔をする。

 まったく。僕はため息をついた。

「ま、僕から言えるとしたら、これだけだ。マクダレン教授は正しい。彼の言う通りにするべきだね。とくに、ラグナロクの存在が東魔国にすでにぎつけられているのなら、さっさと魔導協会に引き渡すべきだ」

「あんたもそう思うのか」

 不本意だが、これは事実だ。

 僕はしょうがなく口にした。

「君は強いの?」

「なんだ、いきなり」

「僕は真剣に言ってるんだよ。東魔国は、というか兵器を求めるものたちは、容赦ようしゃがない。どんな手を使っても、兵器を手にしようとするだろう。ラグナロクを守り切るだけの力がないなら、手放すべきだね。強力な軍事力を持つ西央を頼るのは臆病(おくびょう)ではない。賢明(けんめい)な判断だよ。でないと、君や、君の周りの人々が傷つくことになる」

 エリック青年は線の細い顔に、くやしさを浮かべた。

 別に僕だって、こんなことは言いたくないさ。

 でも、誰かが言わないといけないことだ。

 手に入れたお宝をうばわれないためには、本人にもそれなりに力がいるってことだ。

 僕はトランクケースから紙切れを取りだした。

 こんな時のために作ってある、僕の名刺だ。

「これ、僕のアドレス。もしも、魔導協会に引き渡すつもりなら、力になるよ。君らだけでは、国外にも持ち出せなさそうだしね」

 エリックくんが名刺を受け取る。

 僕は、立ち上がる。話しこんでいたせいで、すっかり日が暮れてしまった。

「もちろん、心変わりして、魔王兵器を僕に売る気になったら、連絡して。そのときは喜んで、値段の交渉に応じようじゃないか」

 言って、僕は歩き出した。若干じゃっかん、足がふらつく。

 目的のものが手に入らなかったので、思った以上にショックだった。

 ショックすぎる。

 とりあえず、今日のところは、ホテルに戻ってゆっくり休もう。

 そうしよう。

 トミー教授との魔剣売買の交渉は決裂(けつれつ)したので、滞在一日目にして、イスランデでやるべきことはなくなってしまった。

 とはいえ、せっかくだし、明日は、イスランデ観光でもしていこう。

 ちょうど大武闘会の予選だってやってるし、観戦するのもいいかもしれない。






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