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ダンジョン・ホテル・イスランデ

 あたりに夜の闇が落ちる時刻。

 マクダレン邸の居間では、エリック・ガルケルが暖炉の前のカウチに座るマクダレン教授に話しかけた。

「なあ、トミー爺さん、考え直してくれないか?」

 話の内容は、先ほどやってきたアルビレオと名乗る魔導士の提案についてだ。

「魔導協会に魔剣を運ぶにしても、だれかの力を借りた方がいいって。大体だいたい、あんた一人でどうやって、この国からその魔剣を持って、西央まで行くつもりなんだよ。俺だってできなかったのに」

 バルムンドは国王であると同時に、腕ききの鍛治職人でもある。そんな彼の工房には、数多あまたの宝剣・魔剣・聖剣といった類の魔導加工エンチャント武具・ウェポンが並んでいる。

 そんな父の工房に忍びこみラグナロクを盗んだのはエリックだ。

 盗んだまではよかったが、そこから先だ。

 東魔国の軍人やイスランデ市警といった連中に追い回されることになり、しかたがなく、知己ちきであるマクダレン教授の元を頼ったのだ。

 東魔国の件がなくとも、現在のイスランデは混沌とした状態だ。

 大武闘会の参加者だけでなく、魔王兵器目当てのギャングやマフィアめいた犯罪集団もうろついているほど、治安が悪い。

 やせおとろえた老人一人が、ラグナロクを持って出国できるとは思えない。

「あのアルビレオってやつのことはよく知らないが、本物の西央所属の魔導師なんだろ? あいつだったら、出国するのだって簡単だ。信頼できないかもしれないが、同じ魔導協会員じゃないか。手伝ってもらえばいい」

 エリックは、アルビレオからもらった名刺のアドレスを携帯の連絡先に保存している。電話一本で高位の魔導士の協力が得られるのは考えられないほどの僥倖ぎょうこうだ。

 アルビレオと直接話した結果、エリックには彼が、そこまで悪い人間には思えなかった。

 親切で、善良な人間だ。

 老人はかたくなに首を横にった。

「あいつは信用がならない。13選帝侯は、魔導教皇猊下の意向とは別の意思で動く存在だ」

「だからって」

「ほとぼりが冷めたころにイスランデを出れば問題はあるまい」

「問題ないって……」

 言い返そうとした時、外からすさまじい爆音が響く。

 家屋がビリビリと振動する。

「うわっ……なんの音だ?」

 エリックが音のした方───窓の外に視線を向けると、とんでもないものが見えた。

 小型戦闘機械兵コンバット・ゴーレムブリッツが窓に向かって、突進(とっしん)してきている。窓へとせまる機影。

「う、うわああああっ!」

 エリックは横っとびに窓のそばをはなれる。

 間髪(かんぱつ)入れずに、轟音。

 ガラス窓がくだけ散り、家屋の壁が破砕はさいされる。

 機械兵ゴーレムはそのまま家屋を突き破り、リビングを半壊させながら、部屋の中央で止まる。

 濃緑色の機体の上部が開かれ、操縦席コクピットからある人影が顔をのぞかせた。

「お、親父」

 エリックは驚愕きょうがくした。

 中から現れたのは、紫色のスーツを身にまとった、筋骨隆々な壮年の男。

 ドワーフ王バルムンドがそこにいた。


 *

 求めているものが手に入らないのはかなしいことだ。

 僕の玩具おもちゃの魔王兵器は、マクダレン教授がそのうちしかるべき処置をするため協会に運んでいくだろう。

 そうなったら、僕がその玩具おもちゃで遊ぶことはできない。

 決定事項だ。とても残念だ。とてもかなしい。

 ホテル・イスランデの部屋に戻った僕は、寝る前の身支度みじたくをしてベッドの上に身を投げ出し、失った兵器を思い返しながら泣きべそをかいていた。

 涙がまくらに染みこんでいく。

 かれこれ三十分ほどそうしていると、隣のベッドに寝そべって、観光ガイドブックを開いているレイヴンが僕にたずねた。

「泣くほどのことか?」

 デリカシーのない発言だ。僕はジロリと、黒髪の整った顔立ちの男をにらんだ。

「泣くほどのことだ。ラグナロクをあきらめるなんて……うっ……つらすぎるよっ……」

 しかも、兵器のスペックもわからなかった。

 魔導協会の古代遺物保管室に入れば、手に入れることは事実上不可能。

 あそこは選帝侯の一人、戦魔術師ダリウスの領域だ。

 僕がノコノコ古代遺物保管室におもむけば、僕の脳天をかち割るプラズマ砲を無詠唱でってくることに躊躇ちゅうちょのない性格異常者だ。普通さ、人の頭をプラズマ砲で真っ二つにしないよね。やつは普通ではない。

「なぜ、そんなに魔王兵器がほしいんだ?」

 レイヴンが聞く。

 僕は答えた。

「そりゃ、おもしろいから」

「おもしろい? 戦争の道具だ」

 レイヴンがまた聞く。

 僕はまた答えた。

「……魔導による兵器は、そのひとつひとつに類稀るいきな魔術がこめられている、叡智えいちの結晶だよ。その時点での人類の最高到達点だ。おもしろくないわけがない」

「お前は異常なのか? それとも、こどもなのか? 殺戮さつりくのための兵器を、おもしろがるなんて。俺は、あの教授の考えに賛成だな。西央魔導教国が正義の使者かどうかはともかくだが、強大な力は、それを制御できるものがるうべきだろう」

 僕は枕から顔をずらして、レイヴンを見る。

 彼はガイドブックから顔もあげていない。

「君らしいご高説こうせつごもっともだ。君が好きなものは、体制システム、だもんね」

「国家が人を管理する。だからこそ、平和が保たれるってもんだ」

 僕は鼻をすすった。鼻の奥がつんとする。

 レイヴンの言うことは、非常に模範的で、良識がある。

 国家というものはつまるところ暴力装置にすぎない。西央だろうと、東魔国だろうと、それは同じだ。だとするなら、国家に従うことこそ、最善の選択だろう。

 レイヴンの以前語った彼独自の思想は知っているし、彼ならそういうふうに考えるだろう。ようは、そうしたほうが利口、ということだ。

 管理されていれば平和であるのだろう。

 だが、僕はいま、そんな小難こむずかしい話につき合いたくなかった。

 僕は僕自身のかなしみに沈みこんでいる。

「ううっ……ぐすっ……僕は、いま君と議論なんてしたくない……そんな気分じゃないんだ。でも、これだけは言っておくよ。僕は僕のしたいようにするし、好きなことを好きなようにやるだけなんだから」

「そうだな、それがお前だ。よく知っているぞ。俺はお前がどんなやつだか、最近、理解してきた」

 言って、レイヴンはガイドブックを閉じて、サイドテーブルに置く。

「だからこそ、俺は疑問に思うわけだ。今日のお前はらしくないんじゃないか? アルビレオ」

 体を起こして、レイヴンがこっちにやってくる。

 らしくない? どういうことだろう。

 僕が寝転がっているベッドの真ん中にレイヴンは腰を下ろす。

 こっちに手を伸ばして、僕の首筋から襟足えりあしのあたりをでる。

 なんだこれ。

「お前は、お前の意思の通りに動く。それが魔術師なんだったな。意志の生き物だ。それじゃ、なんで、手をこまねいているんだ?」

 レイヴンの指先は、僕の急所をくすぐっている。

 こいつがちょっと力を入れると、僕の首は簡単に折れる。小枝を折るより簡単だろう。この全身凶器人間が。

「なにが言いたい。あとくすぐったいぞ。無遠慮ぶえんりょに触るな」

 男がのどの奥、低く笑う気配がした。

「そんなに欲しいなら、力づくで手に入れるのはどうだ?」

 レイヴンが愉快そうに言う。

 その提案に僕はあきれた。

 そういえば、こいつも筋金入りの東魔の魔族だった。そんなことを僕は思い出す。

 なんていうのかな。あの国は、全体的に即物的(そくぶつてき)っていうか、超軍事大国っていうかで、早い話が、レイヴンが一番の危険思想の持ち主だ。

 ちょっと悪役っぽいっていうか。

 僕は呑気のんきなことを言っている竜に、抗議するために体を起こした。

「それ、東魔流の考えってやつ? 物事ものごとそんなに簡単にいくならね、誰も苦労なんてしてないんだよ!」

 ビシッと男の顔に指を突きつける。その手を取られる。

「わっ、おいっ、何をするっ」

 彼は、僕の体を引っぱる。

 視界がくるりと回り、天地がひっくりかえる感覚が僕をおそう。

 あまりにも鮮やかな手腕は、やはり彼が体術に優れているからなのだろう。

 僕に抵抗する術はない。なすがままだ。

 一瞬のあとには、僕はレイヴンのひざの上にいた。

「あの、えーと、なんで僕を膝に座らせる」

「んー、ふふふ……主従のスキンシップ?」

 レイヴンがニヤニヤしている。 

 顔は見えないが、たぶん、きっと、絶対にニヤニヤしている。

 こいつ、僕を子どもあつかいしてるんだな。なんて嫌なやつだ。

 僕はというと、頭が上にきたせいで、また泣けてきた。涙をてのひらでぬぐう。

「僕を泣かせといてよ、傷心なんだから。従者だったら、主人(あるじ)の意を汲むべきだろ」

 僕は言って、背後にいるレイヴンを振り払おうとしたが、できなかった。

 レイヴンは、僕の体を抱えこむようにすると、僕の手を握った。

 大きい掌で外側から握りこまれる。

 彼が耳元でささやいた。

「奪えばいい。俺に命じろ。そうしろと」

 首筋が総毛立つような感覚がある。

 僕は黙った。

 彼は続けた。

「たかが、魔導師一人と一般人一人。すぐに殺してきてやる」

 くらい声音だ。

 彼は言葉の通り、すぐに実行出来るだろう。彼にはそれだけの力がある。 

 レイヴンはさらにつづけた。

「それが道理だろ。力のあるものが、奪うのが世界のルールだ。お前は俺の主人あるじで、その資格がある、それなのになぜ、交渉する?」

 レイヴンはまるで、僕の手のひらに、望みのものを乗せてくれるとでもいうように、僕の手のひらを開いたり、閉じたりして、もてあそんでいる。

 このレイヴンという男の出自を、僕は知らない。

 過去に何があったとか、どんな生き方をしてきたのか、とか。

 この男を雇ったのは僕だが、本当のところ、レイヴンがどういうやつかなんてこと、一つも知らないんだ。

 彼のことは、なにも知らない。

 今からでも、聞くべきだろうか。


 ───しかし、そんなことより、重要なことがあった。


 僕はバタバタと暴れて(これが本当に大変だった。やつの腕はジェットコースターの安全バーなみにかたい)、なんとかレイヴンの手を振り払うと、ベッドから立ち上がる。それでくるっと振り返って、もう一回、やつに指を突きつけ直した。

「君は、面白おもしろくない!」

 びしっと言ってやる。

「はあ」

 面食らったらしく、間延まのびした返事がかえってくる。

 僕は、レイヴンに言いたいことを言ってやることにした。

 それに(くら)べたら、こいつの過去なんてどうだっていいね!

「君のそれはとても面白くない発想だよ! この効率厨! 殺したら簡単だけど、そんなものもらったって、うれしくないだろ!」

 先ほど会ったばっかりの、エリックくんとマクダレン教授。

 彼らの血に濡れた魔剣。

 それってかなり、最悪な想像だ。()()()()()()()()

「結果は大切だけど、経過だって同じくらい大事なものなんだ!」

「そういうの、気にするタイプなんだな」

「だいたいね、ほしいものを、はいどうぞって、君に、とってきてもらっても、面白くないだろ! 僕は自分の手で手にいれたいんだ。玩具おもちゃを手に入れるまでの過程かていもわくわくしないと!」

「兵器を手に入れる過程が、楽しいって?」

「そうだよ! ほしいものは手に入れるまでが一番楽しい! それがどんなものでも」

「……倫理がないなあ、アルビレオ」

 ふっとレイヴンが笑った。ような気がした。

 声音は、先程よりも、やわらかい。

 なんだこれ、けなされたのか? 

 それとも、められてるのか?

「なんか、うれしそうだな。わかったら、自分のベッドに戻れ、君はデカくて邪魔なんだ」

「はいよ。好きにしてくれ。ひさびさに気分がいいぜ」

 僕はやっと解放された左手で目尻を拭った。

 最低の気分だ。

 どんなにレイヴンにえらそうなことを言ったところで、魔王兵器が僕の手にはいる見込みはない。

 僕は玩具ラグナロクで遊びたかっただけなのに……。

 レイヴンがのそのそ離れていく。

 ふたたびベッドに沈みこもうとする僕の耳に、携帯からの着信音が聞こえてきた。

「まさか……」

 ベッドから飛び起きる。トランクケースから携帯を取り出す。

 トミー教授の説得(せっとく)に成功したのだろうか。

「えーと、なになに」

 期待に胸をはずませつつ携帯を操作する。

 僕の目に飛びこんできたのは不可解ふかかいなメールだ。

「『助けてくれ』だって」

 僕はメールの送り主をもう一度確認した。

 送ってきたのはエリック・ガルケル。

 レイヴンが音も無く立ち上がって、クローゼットに向かう。

「……状況がよくわからないな。これを送っているってことは、エリックくんは無事なわけだよね」

「とは、かぎらない。最悪、もう死んでるかもな」

 身支度(みじたく)を整えたレイヴンが帰ってくる。

 昼間着ていたのと同じTシャツに、黒いコートに動きやすいズボンといった服装で、手には東魔刀をたずさえている。

「うーん、どうするべきだろう。これだけでは打つ手がないな」

 僕が携帯を片手に頭を悩ませていると、レイヴンが言った。

「とにかく、行ってみるしかない。状況が動き出したんだ」

 そうなのだろうか? 

 僕は携帯を閉じてベッドから降りる。

 レイヴンの言うとおり、状況は動き出している、というなら僕も行動するべきだろう。

 何が起こっているのかはまだ不明だが、即断即決、悩んでいるひまはない。

 とりあえず動いてみるのが先決だ。


 *

 とても幸運なことに、僕のはなっておいたラット探索中ランタイムのままだった。

 トミー教授宅を出てから、ショックのあまり泣きれていたおかげで、回収するのを忘れていたのだ。

 魔導演算端末WANDを広げて液晶をのぞくと、すぐに追跡のログを取得できた。

 これによると、魔剣ラグナロクの位置は、まだトミー教授宅にあるようだ。

 先ほどのメールを思い返す。

 助けてくれって、なんだろう。

 魔導協会へのラグナロクの運搬(うんぱん)のことだろうか。

 それなら、そういう風にメールに書くはずだよね。

 とりあえず、僕は洗面所にむかった。手早く着替えて、鏡を見る。

 (なみだ)の跡が気になったからだ。

 すると、変なものがみえた。

 鏡に映るのは、僕ではなく、女性の姿だ。

 髪の色は艶やかな黒、赤と黒色の軍服を着ている。 

 その影は一瞬にして消えた。

 見間違(みまちが)いだろうか? 見おぼえのない人物だった。

 まあ、幻覚を見ることはよくある。

 この世ならざる法則を扱うということは、当然、それらについて知覚(ちかく)することもできるっていうことだ。魔法使いには霊を扱うオカルトを専門としているやつらもいるくらいだ。

 かくいう僕も、魔力が不足して精神が弱ってくると、お父さんとお母さん(イメージ映像)の幻影がちらつくことがある。

 よくあることだ。

 僕はたいして気にせずに顔を洗った。

 ベッドルームに戻って、トランクケースを引きよせて、開ける。

 必要なもの、魔道具デバイスとか、魔法陣作成キットとか、プリント型簡易召喚陣とか、必要なものがそろっていることを確認して、ふたを閉める。

 よし。

 魔導士は、事前の準備が大切だ。特にこの魔界においては、いつ何時なんどき、どんな騒動に巻きこまれるかわからないため、僕は準備を欠かしたことがない。

 そういうわけで、僕のトランクケースの中には、いろんなアイテムがまっている。

 例えば、バグラットといった魔道具デバイスだ。魔法は補助用のツールがなくても扱うことができるが、僕が魔道具デバイスを多く持つのは、魔力不足を()けるためだ。

 魔力不足は、魔導士にとって致命的だ。

 魔力は心理領域に満ちる力で、その力を扱うには強い意志が必要だ。

 逆にいうと、魔力を失えば、意志の力が弱る。

 弱るなんてものではなく、魔力を失うということは、精神の崩壊につながりかねない危険な状態だ。ようは、気を失ってしまう。 

 魔法使いにとって意識があれば、どんな窮地(きゅうち)挽回ばんかいの目があるが、気を失っていてはそこで終わりである。

 だからこそ魔導士は、魔力不足を徹底てっていして避けるものだ。

 魔法は滅多めったに自力で使用せず、僕のように事前に準備しておいた魔道具デバイスでどうにかするのがかしこいやり方ってこと。

 トランクケースを手に持って、部屋を出る。

 レイヴンが(あと)からついてくる。

 ホテルの廊下はしんと静まりかえっている。

 時刻は夜の11時ごろだ。

 それにしては人気ひとけがないきもする。

 廊下の突きあたりを曲がり、エレベーターホールへ向かう。

 昇降ボタンのパネルのすぐ上にあるライトを見れば、四機のエレベーターが全て待機中になっていた。なんとなく、ラッキーだ。

 ボタンを押せば、ベルのような高い音がして、すぐにドアが開く。

 僕が乗りこむと、レイヴンがとなりに並ぶ。 

「それで、どうするんだ?」

 悪戯いたずらっぽくレイヴンがたずねる。

 僕は一階のボタンを押す。

「とりあえず、ラグナロクのある場所に向かう。現状、それしか手がかりがない。それで、エリックくんたちがどうなってるかを確認する」

 ドアが閉まり、エレベーターが降下する。

「魔剣はどうする? たとえば、あのエリックとかいうのと、ラグナロクなら、どちらを優先する?」

「事態が錯綜さくそうしていた場合の優先度の確認は必要だね。そうだな、その場合は、状況に応じてケースバイケースだ」

「結局、行き当たりばったりか?」

 レイヴンの軽口にどう返そうか考えている間に一階に到着する。

 ベルの軽い音とともに、ドアが開く。

 レイヴンが先に歩く。僕もドアをけようとする。


 ───だが、できなかった。


 透明な壁のようなものにひたいがぶち当たる。

「ぐわっ」

 軽い衝撃。

 けっこう痛かった。 

「しまった。トラップだ。やられたな」

 額の痛みよりも、忸怩じくじとした屈辱感がある。

 僕は前を向いて目をこらす。

 集中して魔力の流れを感じると、透明な壁のようなものが見えた。

 結界だ。くそっ、罠にハマったな。

「なんだと、どうした?」

 異変に気付いたレイヴンがこちらに戻ってこようとするのを、手を()って押しとどめる。

「どこかの魔術師が仕掛しかけてきてる。連絡は後でするから、君は先に行っててくれ。魔術戦はこっちでやる」

 言っている間にエレベーターのドアが閉まっていく。

 透明な壁の向こうで、心配そうな顔をしている彼に向けて、僕は指を鳴らした。

 【空間転移テレポート】を起動。

 心理領域から、魔導術式コードに転移用の片道ぶんの魔力が注がれる。

 座標は、もちろん、マクダレン教授の家だ。

 魔力を扱うとき特有の青白い燐光に気づいたレイヴンが(あわ)てたように言った。  

「おいっ、ちょっと待てっ」

 言い終わるのを待たずに、レイヴンが消失。

 転送完了だ。

 それと同時に、エレベーターが完全に閉まりきる。

 ボタンも押していないのに、エレベーターは勝手に上昇を始める。 


 ───まったく、僕をどこに連れていくつもりなんだか。


 僕は痛む頭を押さえつつ、考えた。

 この術を仕掛けた相手とは戦いになるだろうか? 

 そうなったら、面倒めんどうくさいだろうな。

 なんにせよ、レイヴンに言ったとおり魔術師を相手にするなら、僕一人で十分。

 魔術は僕の領分だ。




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