イスランデ王立博物館
僕はくしゃみを二回した。
なんだか寒気がするぞ。
イスランデ王立博物館への道中、マフィアだかギャングだかといった連中の銃撃戦に巻きこまれかけたりしたが、意外にも博物館周辺百メートルは静かなものだった。
今回の騒動の中心である本物の魔王兵器ラグナロクが展示されている場所だ。
博物館の警備は厳重で、イスランデ国軍の徽章をつけた警備兵が館内を巡回している以外は、普通の展覧会の様子だ。
博物館の入り口でチケットを二枚買って、入館する。
───イスランデは武具や刀剣の国である。
その歴史は古い。
王国の開祖であるドワーフの英雄ダンク・ガルケルは己の氏族を率いて、山野に囲まれたイスガルドの地を開墾し、この地から出土される赤い鋼をきたえて、見事な刀や剣、それに鎧を作り上げたという。
鍛冶職人の元祖だ。
以来、ガルケル氏を頼ってやってくるドワーフの職人たちや、腕に名のある他人種の職人たちが集まって、ここに一大職人街ができあがり、イスランデ産の装備といえば、世界的にも一目おかれるほどになったのだという。
その出来栄えは武具としての性能はもちろん、芸術品としても評価が高い。
むしろ最近では、戦闘用ではなく観賞用としてセレブの愛好家たちがこぞって買い集めるなんてこともあるみたいだ。
館内の展示物はおおむねガルケル一族の来歴とか、王国の発展の歴史とか、そんなようなものだった。
ラグナロクに関するものは一つもない。
───つまらない展示だ。
とはいえ、博物館にやってきて、観覧しないというのも敬意にかける。館内の展示物に一通り目を通す僕とは対照的に、レイヴンはほとんど展示物を見てなかった。
館内を巡回する警備の兵士や僕ら以外の入館者を気にしているのか、辺りに気を払っていて、ゆっくり博物館見学する心のゆとりはないようだ。
───まったく、何をそんなに警戒してるんだか。
イスランデに来てからというもの、やつは少しピリピリしているようだ。
順路通りに通常の展示物を見終わると、一番奥の現在のイスランデ王、バルムンド・ガルケル氏のムキムキの銅像を通りすぎたあたりに、目的のものの展示があった。
広めにスペースを取られており、一際、目立つように赤いスポットライトを浴びている展示だ。
専用のガラスケースに陳列されていて、大きさは縦二メートル、横三メートルほど。
その中に光り輝く赤い剣が寝そべるように鎮座している。
形は東魔刀に似ているだろうか。
やや反った刀身は、鉄というよりは宝石のように輝いている。
「これがそうなのか?」
レイヴンが聞いた。
「そのはずだよ」
展示物の横に置かれた説明書きのパネルを見る。
そこには魔剣ラグナロクと書かれている。
魔王兵器ラグナロクは、魔導協会所属の考古学遺物鑑定人により調査され、その後はイスランデ国内で密かに研究されていた、という経緯も小さな文字で説明されている。
西央魔導協会は依頼を受ければ、魔王兵器や古代の遺物の鑑定人を派遣することもある。協会の古代遺物管理課がそういった仕事を受け持っている。
とはいえ、僕がラグナロクについて知らないのも不思議なことじゃない。
協会の活動を真面目にやっている魔導師なんてごく少数だからだ。
となりでレイヴンが言った。
「見た目は、変わった刀に見える。実用には向いていない。これがそんなにすごい力を持っているのか?」
「さあ、解析してみないことには、なにもわからないよ」
研究室に持ち帰って、魔剣に刻まれた魔導術式を解析すれば、どんなものなのかわかるだろう。
「それで、どうする?」
レイヴンが聞く。
「どうするって?」
僕は聞き返す。黒髪の優男風の剣士は平然と言った。
「ほしいものはそこにある。奪うのか?」
「まさか! 盗みなんてやらないよ」
僕は頭を振って否定した。いや、協会の保存している魔導書や魔道具なんかをパク……拝借したことはあるが、それとこれとは話が別だ。
「それなら、どうやって手に入れるつもりなんだ?」
「買い取れるならそうしようと思っていたんだ。値段の都合が合えば」
「その程度で手に入るなら、他の連中がとっくに買い上げている。こんな場所にわざわざ展示するよりも、オークションに出品したほうが安全なくらいだ」
レイヴンの指摘は鋭い。
たたみかけるように彼は続ける。
「やっぱりノープランなのか?」
「そうだよ! 悪いか!?」
僕はわめいた。
盗むなんて問題外だが、レイヴンが言うのは合理的な解答のひとつだろう。
品位に欠けるが、手っ取り早く目的を果たすことが出来る。
ということは、ここにある魔剣とやらは本物かどうかも疑わしいものだ。
展覧会の会場には警備の兵士たちがいるとはいえ、荒くれ者たちが複数で襲撃すれば当然、盗まれる可能性だってある。
それなのに、こんなに目立つ場所に本物を置いておくだろうか。
───こっちは魔王兵器の偽物だったりして。
僕はそんなことを考えた。
ただし、この時点ではたんなる仮説にすぎない。
実際に確かめてみないと、今の段階では、なんとも言えないな。
だけど、博物館に展示されているのがレプリカだとして、なんで、そんなことをするんだろう。ただの安全上の理由だろうか。
ふむ。
イスランデにおける魔剣争奪戦───僕の知らない事情が隠れていそうだ。
僕はガラスケースに背を向け、博物館の出口に向かった。
まず、するべきことは、魔剣ラグナロクの所在確認だ。
*
ホテル・イスランデに戻る前に、まずは甘い物でも食べるのはどうだろうってことで、僕たちは博物館とホテルの周辺、ちょうど良い場所にあるダイナーに来ていた。
街中のあちこちを大会参加者や参加者を取りしまるための警察や軍人がうろついているが、一応、通常通りの営業をしているらしい。
落ち着いた雰囲気の店内には、そこそこに人が入っている。
入り口の手前側のカウンターを通り抜けて、僕は店の奥のテーブル席に座った。
黄色い制服を身につけた店主がカウンターの内側から、じろりとこちらに目をむける。
エプロンをつけた中年女性のウェイトレスがやってきて、レイヴンは食事を頼み、僕はドーナツを頼んだ。
十分足らずで食事が運ばれてくる。白い皿の上の砂糖がかけられたドーナツには手をつけず、ウェイトレスが去っていくのを待ってから、僕は足下のトランクケースを取り上げて、蓋を開く。
「なにをしてるんだ?」
向かいに座ったレイヴンが聞く。
僕は答える。
「鼠だ。この間、レーヴァテインを発見するのに使った術。莫大な魔力を検知して、追跡するための装置だよ、爆弾探知に使う鼠みたいに魔術の痕跡を追いかけるんだ」
鞄の中から檻と名付けた魔導術式の格納容器を取り出す。
檻は青く発光する正八面体の、サイコロのような見た目だ。
ここに僕の作った魔道具である鼠が収納されている。
正式名称は、魔導術式追跡改竄装置───クラッキング・ラット。
その名の通り、生物の生態を模倣した魔術によって構成されたプログラムだ。
情報を際限なく収集する蟲とは違って、探査する情報に指向性を持たせたもので、僕の鼠は目的のものを見つけ出すだろう。
まるで、チーズの匂いをネズミがかぎ当てるように。
正八面体のサイコロの上部に取り付けた蓋と筐体の隙間に爪を差しこんで押し開ける。
十五匹ほどの青い鼠が転がるように飛び出して、テーブルの上や床を駆けていく。
「これで、博物館の魔剣が本物なら、博物館に行くはずだし、どこかに隠しているならその場所がわかるってわけ」
言いながら、魔導演算端末WANDを起動する。
液晶画面に、十五匹のラットのデータがリアルタイムに表示される。
「へー、ずいぶん便利な魔術だな。そういうのって誰でも使うのか?」
「いいや、これは僕のオリジナルさ。もちろん探知魔導なら他にもあるけど、僕ほど魔王兵器に精通し、各種データサンプルを兼ね備えるのは滅多にいない。僕のコレクションは世界的に見ても、あっ」
しまった。
語るに落ちた。
「あっ、てなんだ、あっ、って。アルビレオ、魔王兵器のコレクションってなんだ。聞いてないぞ、俺は」
僕は渋々、白状した。
「あー、えー、君には、話していなかった。説明しよう! 魔王兵器をコレクションするのは僕の使命なんだ! 世界監視機構員である君にも理解を示してほしいものだね。危険で、凶悪な魔王兵器を、維持管理するのも、世界監視機構としての重要な仕事なんだってことさ!」
ふー。うまく追求を切り抜けられたかな。
「十中八九、たんなる趣味の活動だな。今すぐ、それやめろ。危険すぎる」
ドラゴンは意固地だ。
彼は多少、表情を曇らせて言った。
「つまりこうだ。世界中のあらゆるゴタゴタに自分から首をつっこんできたってことだろ? 危機管理意識の足りなさはお前の欠点だ。この半年、世界監視機構とやらの活動に付き合ってきたが、俺が見ても、本当に、どこで死んでいてもおかしくなかったぞ」
「なんだと、この……」
僕は頭にきたが、ちょっと冷静になった。
ここで、レイヴンのペースに乗ってはいけない。
「ふっ。バイトスタッフごときに僕の趣味は理解できないか」
レイヴンは無表情ながらムッとしたようだ。
「あ、なんだ、バイトて。俺はお前の使い魔だし、護衛だし、忠実なシモベだろーが」
「忠実? どの口がそれをいうんだ。僕のいうこと、たいして聞かないくせに! だいたい、まだ、使い魔でもなんでもない。君の待遇については、そろそろ協議が必要だと思ってたんだが、君はね、今のところ、僕のバイトだ、バイト。被雇用者。世界監視機構員失格。あんまり口うるさいと、クビだからね」
レイヴンが、かなり怒っている。
ふっ、これは僕の勝ちだな。
僕がメロンソーダを飲んでいると、レイヴンがしぼり出すように言った。
「……黙って聞いていれば、この……だから狂える星なんだぞ、お前」
「なっ、その二つ名、気に入ってないんだ。まるで僕が人格異常者みたいだろ! 訂正したまえ。僕の二つ名は、僕が空間構築術の最高位で、どこへでも神出鬼没に現れるからついたもので、それ以外の意味は断じてない!」
「どーだかな。案外、大当たりだったりしてな。俺から言わせてもらうと、お前はトップクラスの奇人変人だ」
「……くそっ、この」
レイヴンに抗議しようと、僕が口を開こうとする。
その前に、急にWANDから通知が鳴った。
そちらに意識を向ける。
鼠たちが目的の場所にたどり着いたようだ。
*
戦争管理官クオンは頭を悩ませていた。
やるべきことは、まず第一に、レイヴンの抹殺である。
これは組織から命じられた最優先の指令だ。
その次に、魔剣の確保である。
こちらは、レイヴンの抹殺のついで、のようなものだが、わざわざ教父レッドチャーチに指示された命令だ。
レイヴン討伐にかまけて、ラグナロクを回収できませんでした、では納得しないだろう。
こちらも最優先で行うべきだ。
そして、そのためには、盗まれた魔剣の捜索を行う必要があり、さらには、捜索するために、組織としては際だって仲の悪い情報部と協力せねばならず、ついでに情報部がどんな伝手で抱きこんだものかはしらないが、東魔国第一王子ライゴウ付きの宮廷呪師モクレンの『手助け』も必要だという。
現在の状況を簡単に整理してみたが、頭が痛くなりそうな複雑さだ。
一体、どうして、ここまで事態が複雑になったのか。
クオンは運転席に座る男をちらりとうかがった。
アラン・篠崎と名乗る男は、信用がおけない。
クオンは、彼の運転する自動車の助手席にいた。
現在、中央情報局とギルド【魔獣の巣】は一時的な協力関係にある。クオンと篠崎の乗る車の後には、情報部の人間、篠崎の部下たちの乗る車が続いている。
クオンは刺々《とげとげ》しい口調でたずねた。
「いいかげん、どこに向かっているのかを明らかにしてほしいのですが」
「協力者のもとですよ」
「協力者?」
問い返すと、平然と篠崎が答える。
「ええ。魔王兵器、いえ、魔剣ラグナロクが出土した際、我々はとある人物に接触しました。国王であるバルムンド・ガルケル氏です。氏は、我々に剣を供出することを長らく拒んでいましたが、最終的に合意しました。彼とは、今から行く場所で合流することになっていましてね」
「情報局のやり方は悠長ですね。東魔国軍人ならば、力づくで奪えばいいでしょう」
クオンが言うと、アラン・篠崎は冷ややかに笑った。
「いやですねえ。戦争管理官は野蛮で。そうしようにもできない理由があったんです。その魔剣は発見当時、壊れていました」
「壊れる?」
篠崎は頷いた。
「ええ、剣ですからね、刀身が無残に朽ち果てていた。本体を、修復する必要があったのです」
「そのまま持ち帰って、東魔国で修復を試みることはしなかったのですか?」
「ガルケル氏は魔界有数の刀鍛冶です。東魔国にも、魔剣を鍛え直せる鍛冶師はいません」
「完全に修復するのは無理でも、それなりに腕の立つ魔導師はいるでしょう。なぜ手をこまねいているのです」
篠崎はため息をついて答えた。
「無理に奪えば、西央魔導協会とやり合うことになります。我々が関与したとき、すでに西央から派遣された鑑定人が魔王兵器ラグナロクの調査を始めていました。イスランデなら多少の無理は効くので、大人しくこちらに預けた、という次第です」
「なるほど」
魔王兵器の管理は、西央魔導協会が主導するものと、創界教令によって定められている。
3000年前に起きた魔界と人間界の戦いの後、定められた最古の約定だ。
現在では、重要な歴史書程度の価値しかないものを、西央魔導教国はいまだに振りかざしてくる。
他国で魔王兵器を奪取するなど、あからさまな動きをすれば、当然、西の魔導士たちにかぎつけられることになる。
そうなると厄介だ。
「魔剣ラグナロクの存在はすでに西央に察知されていた。こうなると、我々の動きはあちらに筒抜けです。東魔が堂々とラグナロクを手にするのは外聞が悪い。そこで、一度、この街の博物館に展示する、その際に、本物を我々が受け取り、博物館にはレプリカを置く、という手順になったのです」
「それは手間ですね」
西央魔導協会の目を避けるため、表だって魔王兵器を接収できなかった情報局は、一計を案じたというわけだ。
だが、ややこしい手順を踏んだせいで、トラブルが起きている。
それが現在の状況だ。
アラン・篠崎がため息をつく。
「いざとなれば、すぐに回収できると思っていたのですがね、ここでトラブルが起きました。博物館から、本物を誰かが盗み取ったようで」
ここからが事の本題のようだ。
クオンは腕を組んで、話の続きに耳を傾ける。
「今、私の配下に彼を追わせていますが、実は、盗人の行き先はわかっているのです」
「魔剣の行方はわからないって言ってましたよね、さっき」
「現在の行方は、わからない、という意味です」
これだから情報部は信用できない、とクオンは心中で毒づいた。
「それで、彼って? 身元はわかっているんですよね?」
「ええ、エリック・ガルケルという青年で、我々の協力者であるバルムンド氏の一人息子ですよ」
クオンは頭の中で、今の話について思い返す。
ラグナロクの盗人であるエリックはバルムンドの息子で、バルムンドはドワーフの国王。
ということは、盗人は、この国の王子。
───事態がまた複雑になってきた。
頭を悩ませるクオン。なぜだか、通常の任務よりも、重大な事態が起きそうな……。
ある人がこういう時はよく言っていた。
嫌な予感がすると。
「では、向かいましょうか。まずは、魔剣の本体を回収しなくては、話になりませんからね」
アラン・篠崎はそう言うと、信号待ちのため停車していた車を発進させた。
*
鼠が示したのは、トミー・リード・マクダレン教授という人物の家だった。簡単に僕が調べたところによると、なんとこの人、魔導協会から派遣された魔王兵器の鑑定人だって話だ。
魔導協会所属の魔導士───つまり僕の同僚だ。
なんだか、ラッキーな流れじゃないか?
ダイナーから、車で一時間ほどの距離を、世界でも有数の空間転移術の使い手である僕は軽くぶっ飛ばして、そのトミー教授とやらの家の前に到着していた。
ドーナツを食べ終えてからきたので、まあ、かかったのは15分くらいってところかな。
僕は、周囲を見渡した。
閑静な住宅街には人気はなく、街路樹が風に揺れる梢の音さえ聞こえてきそうなほどだ。
まっすぐに舗装された道路のわきに同じような家が整然と立ち並んでいる。
家と家の間には鉄柵や煉瓦の塀で区切られていて、どの家にも似たような庭木が生い茂っている。
トミー教授の屋敷はそんな住宅街の真ん中にある一軒家だ。
見たところ、取り立てて外観に特徴はない。
赤ちゃけた色の屋根の大きな家で、玄関ポーチが石の柱で支えられていて、その手前に3段ほどの階段がある。
玄関すぐ横の窓は、鎧戸が閉めきられているが、ごく普通の作りの邸宅だ。
僕は面食らった。
魔導師が住むというからには、奇異なダンジョンのようなものか、無機質な実験棟めいた建物を想像していたが、よくよく考えるとそんな面倒な場所に好きこのんで住むような輩は神経過敏の奇人変人が多い。
トミー教授という人物はまともな人格の持ち主なのだろう。
それは僕にとってきっと良い傾向のはずだ。
まともに交渉が行える可能性があるということなのだから。
僕が家の門構えから、そう推察していると、レイヴンが口を開いた。
「それで、どうするんだ?」
僕は答える。
「普通に訪問するけど?」
それ以外に何かあるのだろうか。
レイヴンが肩をすくめる。
なんか腹立つな、こいつ。
僕はむっとしたが、レイヴンにはかまわず、とりあえずドアベルを鳴らそうと、庭に足を踏み入れる。
瞬間、防護用結界が作動した。
靴のつま先あたりに電撃のような衝撃。
魔力による衝撃が空気を揺らし、乾いた破裂音が甲高く響く。
慌てて足を引っこめる。
「大丈夫か?」
「びっくりしただけ。そりゃ、結界くらいあるよね」
一般的な防護用結界だ。
この手の類のものは、侵入者を排除する防犯用によく使われているものだ。なんなら一般家庭にも取り入れらている。今のかんじだと、魔導セキュリティ界隈ナンバー1のシェアを誇るラフター社製のバスケット型の防護ネット。
設定された敷地内を半球状に囲む形状から果物籠と揶揄されることが多い。
僕は先ほど衝撃を喰らったあたりに、そーっと指を伸ばしてみる。
道路と庭を区切る木の柵のあたりで、軽い魔力の破裂音とともに指が弾かれた。
どうやら、ここら辺に結界の区切りがあるようだ。
結界の種類と強度にもよるが、防護用結界は素手で触ると電撃のような衝撃があるものだ。
無理にはいろうとすると、消し炭になるだろう。どの程度の威力かを生身で試してみようとは思えない。
トミー教授というのは、とても用心深い人のようだ。
だからといって失望はしない。
むしろ、件の人物が、比較的まともな、魔導師であるという僕の推論は当たっているようで、喜ばしい。まともじゃない方の魔導士とは交渉すらできないからだ。
「解除できないのか?」
レイヴンの問いかけに、僕は首を横にふる。
「できるよ。ただ、気になるのは、トミー教授が礼儀にうるさいほうじゃないかってことだよ。結界破りは、マナー違反になると思う?」
僕が気になるのはそこだ。
なるべく人の家を訪問する際のマナーは守りたいものだ。
レイヴンがしばらく考えてから、口を開いた。
「……魔導師ではないからわからんが、ドアベルも鳴らせないんじゃ、マナーもなにもない。丁寧に、できるだけ静かに破ればいいんじゃないか? ドアを蹴破るみたいなのではなく」
そうだろうか。
そうかもしれない。
「それならできるだけ紳士的に」
僕は指先に少量、魔力を集める。
結界というものは、とても簡単にいうと外と中を区別するためのものだ。
今回の防護用結界はラフター社製の侵入者撃退用のプログラムなので、外からの異物に反応する。
外から破るよりも中から破るほうが簡単だ。
今回はすでに鼠が、この家の中にいる。
鼠は、少量の魔力を加えれば遠隔で指示を出せる。
そもそも、鼠には魔王兵器の探索時に障害となる結界や防壁を食い破るような機能を与えていて、だからどんな厳重に封印されている場所でも、潜りこむことができるってわけだ。。
僕が遠隔で与えた指令は、中から防護用結界の時間取得設定にアクセスして、五分ほどの休息を与えることだ。
結界は管理者の設定した時間の間ずっと存在しないと意味がないが、今から五分ほどの間の設定を鼠が囓れば、この五分間は空白だ。
この類の結界は一度中に入ってしまえば、あとは簡単だ。
鼠が結界を食い荒らした頃合いを見計らって、手を伸ばす。
今度は防護壁は機能しない。
「よし、あいた」
僕は庭に一歩踏み出す。
今度は緑の芝生になんなく着地。
うん。最高だね。
煉瓦の敷かれた小道を歩いて、玄関に向かう。
レイヴンも後からついてくる。
玄関ポーチの階段をあがって、ドアベルをたたく。
「こんにちは、えーと」
ちょっと考える。何を言えばいいだろうか。
相手は魔剣ラグナロクを持っていて、なんとか守り抜こうと気が立っているかもしれないし、僕はその魔剣が欲しい側だ。
悩んだ末に僕はこう言った。
「はじめまして! 僕はアルビレオ! 魔王兵器ラグナロクのことでお話があります!」
正直に、僕は自分の素性を明かした。
僕に、隠すことなど何もないからだ。




