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ホテル・イスランデ

 大会には戦う前から敗退したものの、僕はラグナロクをあきらめるつもりはない。

 この程度(ていど)の障害でほしいものを諦める魔導士は、はっきり言って魔導士失格だ。

 心のままに、ほしいもののため、あらゆる手段を試してみるのが良い魔導士である。

 つまり、それが僕。

 僕らは一度、閑散かんさんとした駅に戻って、首都ロスガルのメインストリート───電光掲示板がいくつもかけられた高層ビル街を抜けて、ホテル・イスランデへとやってきていた。

 人だかりができていた国立競技場からはなれてしまうと、幾分いくぶん、静かなものだ。

 みんな大武闘会の予選会場に行ってしまったのだろう。

 ホテル・イスランデは、大きな国際ホテルだ。

 首都にあって駅近十五分。

 自動ドアを抜けて、一歩、ホテルに足をみ入れると、違和感があった。


 ───なんだ?


 首筋の後ろがチリチリと総毛そうけ立つ。

 この感覚。

 僕にとっては、とても馴染なじみ深い。

 なんていうんだろう、人の家に入った時のような……。

「なんだろうな、コレは……ふーむ、でも、そんなことってあるか?」

「どうしたんだ」

「いや、別に、なんか変な感じがしたから」

 僕はちょっとあたりを見回した。

 ロビーには赤絨毯(じゅうたん)きつめられ、天井からは豪華なシャンデリア、正面には大理石の階段が見える。窓際(まどぎわ)には黒檀の椅子(いす)とテーブルがいくつか並べられていて、そちらには東魔鬼人たちが数名、陣取じんどっていた。

 人数は五名。

 皆、そろいの黒のコートを羽織はおり、手には東魔刀を所持している。

 明らかに鋭すぎる眼光。観光って雰囲気じゃなさそうだ。

 彼らも大武闘会の参加者に違いない。


 ───だが、僕の感じた違和感はこいつらではない。


 そっちの物騒(ぶっそう)な集団を警戒(けいかい)して無意味にガン飛ばしているレイヴンを無視して、ホテルの受付でチェックインをすませ、(かぎ)を受けとる。

 部屋番号は511号室。

 ロビーからホテルのエスカレータ前のボタンを押す。

 後ろから来たレイヴンが口を開いた。

「ところで、これだけの連中がほしがる魔王兵器ラグナロクってやつはどんな能力があるんだ。とんでもない代物しろものなんだろ」

「それがわからないんだよね」

「わからないって、ほしかったんだろ?」

「うん。ラグナロクは、長い間、イスランデで極秘ごくひに研究されてきた兵器だ。調べようと思えば調べられたけどさ、()しいものの中身を知らないほうが、サプライズみたいでドキドキするじゃないか、そう思わない?」

 表情からさっするに、思わないらしい。

「兵器の中身も知らずに欲しがってるのか?」

「そうだよ。正体不明の魔王兵器なんて、きっと面白おもしろいものにきまってるからね」

 彼は眉間みけんを押さえた後、しぼり出すようにこう言った。

無謀むぼうさと勇敢ゆうかんさは紙一重だな」

 いやみなのか…!?

「はっきり言え!」

 僕がっこんでいると、エレベータが到着。レイヴンをおいて先に乗りこむ。

 目的地は五階だ。

 僕は後をついてくる男に、言い聞かせた。

「無謀だったことなんて一度たりともないとも! なんせ僕は、協会の魔導士なんだからね。魔術的なそなえは十分してあるさ。君も知っての通りだが……魔導師というものはいつだって、奥の手を(かく)し持っているものなんだ!」

 そう、その通り。

 僕の持っているトランクケース。その中に詰めこまれた数々の魔道具デバイスたちもその一つだ。

 これだけの備えをしている僕が、まさか、そこらの魔導士の後手ごてに回ることなんてあるかな? 

 ないね。僕を相手どれるのは、13選帝侯、同格の魔導師連中くらいなものだ。

 レイヴンはたいして感心した風もなく、言った。

「アルビレオ。もしも、危険なことがあるなら、俺は無理矢理むりやりにでも、家につれて帰るからな。この意味がわかってるか?」

 なんかじっとりした圧を感じる。意味がわからない。

 レイヴンから発される謎のプレッシャーに気圧けおされているとでもいうのだろうか、この僕が?

 僕は頭をふって、否定した。

「それこそ無理な話だね。僕はしたいようにする。だれにも、僕のしたいことに指図さしずはさせないし、そもそも家に連れて帰ったところで、またここまで来ればいいだろ? 転移術があるんだから、一瞬だよ」

 国境を守る領土結界グラン・ウォールも、実は僕にとっては紙のようなものだ。

 たやすくやぶって、どこでも行ける。

 それをしないのは、僕には良識があるからだ。

「転移術があるなら、なんでわざわざ、鉄道でここまできたんだよ」

「そっちのほうが面白いから!」

 鉄道を使った旅行は風情ふぜいがあって悪くなかった。風景が移り変わるのをながめたり、持ってきたキャンディをなめたり、いつもは空路だが、陸路も悪くないものだ。

 とくに西央とは植生しょくせいが違うから、東部地方の魔界の濃密な魔力をめこんで燐光するサボテンを眺めるのは滅多めったにできない体験だ。

 レイヴンがふっと気配をやわらかくする。

 謎のプレッシャーが消滅した。

「わかった、俺の負けだ。だが、言っておくが、危険な真似まねはするなよ。とくに、銃を持ってたり、剣を持ってたりするやつの前にはでないこと。流れだまでも、人間は死ぬからな。まったく……」

 なにやらお説教(せっきょう)めいたことを言いはじめたレイヴンに、僕は釘をさしておくことにした。

「というか、危険なのは、僕ではなくて、君だろ? 君って逃亡中じゃなかったっけ?」

「……そうだった。街にもそれっぽいやつがウロウロしてた。俺の顔を知らないからよかったものの、万が一にも、こんなところで知り合いになんか会いたくないもんだな、世も末だよ」

 レイヴンが言うように、街中の警備にあたるイスランデ警察はもとより、東魔国の軍人らしき人間も、ホテルに来る前に度々《たびたび》見かけた。


 東魔とイスランデ───ドワーフの国は関係が深い。


 現在の国王であるバルムンド・ガルケル氏が親人類派の政策に転換するまでは、代々(だいだい)、鬼の国とは友好的な関係にあったのだと、僕は聞いている。

 そういうわけで、イスランデが西央魔導協会の加盟国となった現在でも、東魔とは友好的な関係にあるのだろう。

 鬼と人類の間で(あや)ういバランスをとるのがこのイスランデだ。

「生きた心地ここちがしないよ、俺は」

 とは、追われている人間のたわ言である。

 それと同時に五階に到着。 

「とにかく、荷物をおいたらすぐに出かけよう」

 僕は宣言して、歩き出す。

 五階のホテルのフロアは四角い回廊かいろうのようになっていて、僕らの部屋は廊下を曲がった先にある。

 一刻いっこくもはやく部屋に辿たどりつきたくて、足早(あしばや)に角を曲がる。

 すると、廊下の向こうに赤い制服が見えた。

 東魔国の軍人の制服だ。

 人数は二人。

 こちらに気づいたようで、向かって来る。

 レイヴンが気配を鋭くするのがわかる。一触即発(いっしょくそくはつ)だ。

 軍人風の男たちは近よってくると、居丈高いたけだかに口を開いた。

「そこの二人、ここの宿泊者か?」

 下手をするとここで、刃傷沙汰にんじょうざたになる可能性がある。

 さすがに軍人とここで戦闘をするのはまずいだろう。

 僕は様子をうかがいながら答えた。

「そうだけど、なにか用? 身分証明書でも見せようか?」

 僕には、西央魔導協会の発行した身分証明書がある。

 それがあれば、僕ら二人とも一般の旅客者だと証明してくれるだろう。

 二人組の軍人は目を見交(みか)わし、首を振った。

「それはいい……この男を見かけなかったか?」

 言うと、軍服の胸ポケットから写真をとりだす。

 そこに(うつ)っているのは、一人の青年だ。

 髪色は柔らかい茶色。年のころは十代後半。

 容姿は特段(とくだん)優れていないが、特徴的でもない、いたって普通の青年。

 見たところ、人種はドワーフっぽい。ほっそりとしているが、やや骨ばった体型だ。

「知らない。彼がどうかしたの?」

 それを聞くと、さっと写真をポケットにしまい、また居丈高にこう言った。

「ならばいい、行っていいぞ」

 えらそうだ。

 それで用は終わりだったらしく、彼らはさっさとエレベーターに向かって歩いて行く。

 どうやら、レイヴンが追われていたわけではないようだ。

 となりで気配(けはい)を殺していた男が、警戒をといた。

「なあ、やっぱり帰らないか? 面倒めんどうなことになる予感がしてきた」

 泣き言めいたことを言うレイヴンの提案を僕は却下した。

「面倒ごとは大歓迎だよ、僕は」

 まずは部屋に行って、準備をすませる。

 向かう先は魔王兵器の展示会場であるイスランデ王立博物館である。


 *

 戦争管理官ウォーマスタークオンがイスランデ首都ロスガルに到着したのは、昨夜のことである。

 やるべきことが山積さんせきしていた。

 まずはイスランデ交通局へと問い合わせだ。

 レイヴンが大武闘会の開催されるこの街へやってくるとするなら、陸路だろう。

 東魔国を経由しなければならない空路を使うわけはない、となると、必然的に、イスランデ鉄道ということになり、鉄道の乗客のリストが必要となるからだ。

 現地の警察にも協力を依頼した。

 レイヴンの捜索そうさくと、監視カメラの映像の提供などだ。

 そちらには、東魔国から連れてきた偵察班の数名を向かわせているが、現在のイスランデにはとにかく旅客が多い。

 そのせいで成果は思ったように上がっていない。

 レイヴン捜索は難航なんこうしているといっていい。

 さらに、東魔国側の問題も浮上していた。

 クオンは、とある場所にやってきていた。

 ホテル・イスランデのスイートルームの一室だ。

 広々(ひろびろ)とした部屋の中央、応接用のソファーには一人の少女が座っていた。

 少女と女性の中間といった年齢。

 つややかな黒髪を胸元に垂らし、豊満な身を東魔の近衛兵(このえへい)の改造制服に押しこんでいる。

 黒と赤のえりのあるジャケットに、真紅のプリーツスカート。

 西央風の人形めいた容貌(ようぼう)で、肌は白く、唇は血のように赤い。

 彼女は自らをモクレンと名乗った。

「クオンさん、ギルド【魔獣の巣】がどのような理由で、お出ましですか?」

 やわらかい声音の問いかけに、やや警戒して答える。

「任務のことは答えかねます」

 彼女は17歳ほどの少女に見えて、実年齢ははるか上の魔導師である。

 東魔国王家を代々(だいだい)補佐する一族。


 魔導五家の一角───ラガ家のモクレン。


 第一王子ライゴウのそば近くにつかえる宮廷呪師である。

「まあ、うふふ。そんなに気をはらなくても、大丈夫ですよ。知ってますから」

 平然と言ってのける。

 彼女がこちらの状況についてどれほどのことを知っているかはわからないが、相手は陰謀(いんぼう)渦巻(うずま)く宮中を自在に闊歩かっぽする化け物である。

 クオンの任務の内容はほとんど知られている、と考えていいだろう。

「では、なぜ、私を呼び出したのですか?」

「それは彼から聞いた方がいいかしら……」

 モクレンが背後に目をやる。

 彼女の背後につき従う青年が口を開く。

縄張なわばり争いですよ、クオン・アシュレイ管理官」

 仕立てのいいキザなスーツの若い青年。

 茶髪で、精悍せいかんな顔つき。純粋な東魔人ではないようで、ひたいには鬼特有の角も見あたらず、体つきはやや華奢きゃしゃだ。

 戦闘にけているとは思えない。

「お初にお目にかかる、私は中央情報局のアラン・篠崎(しのざき)というものです」

 中央情報局とは東魔国正規軍に属する諜報組織である。

 クオンは青年を警戒しておし黙る。

 情報局が魔王兵器獲得のために動いていることは知っていたが、向こうから接触してくるとは予想外だ。

「さっそくですが、かくしごとはなしでいきましょう。うちは今、魔王兵器ラグナロクについて追っている。それはあなたもご存じでしょう?」

 もちろん知っている。

 その点では利害の敵対する相手だ。

 このアランと名乗る青年を制圧するのに、何秒かかるだろうかクオンは考えた。

 1秒もかからない。

 モクレンは魔導師であり、何をしてくるかがわからない相手だが、先んじて殺せば安全だろう。1秒。

 合計2秒あれば、この場を制圧できるという判断を戦争管理官ウォーマスターとしてのクオンは下した。

 だが、そうするわけにもいかないだろう。中央情報局と【魔獣の巣】は国内で対立しているが、敵対する組織というわけではない。

 戦争管理官の職務として殲滅(せんめつ)する対象ではない。


 ───つまり、ここでの答え方は適当でいい。


 情報部の人間と腹の探り合いをしても時間の無駄だ。

 どうせ、あちらはすでに国内外の状況を把握はあくしてから、こちらを呼び出している。

 クオンは適当に相槌あいづちをうった。

「……ええ、もちろん知っています」

「協力、とはいきませんが、無駄な争いをはぶきたいのです。事態をどれくらい把握していますか?」

「……まったく」

 クオンは首を横にる。

 この国には先日着いたばかりだ。

 現在の状況がどうなっているかなど、知るはずもない。

「でしょうね。イスランデは混乱の渦中かちゅうにある。事態を掌握できていないのは、我々とて同じことです」

「どういうことです?」

 情報局はクオンよりもずっと前にこの国で活動していたはずだ。

 その彼らをして、任務は難航(なんこう)している。 

 アラン・篠崎は言った。

「本物の魔王兵器は盗まれたのです。何者(なにもの)かによって。我々は、それを捜索(そうさく)している」

「冗談でしょう? 博物館の会場に、展示されているという話では? あなたがたは魔王兵器の所在について知っているはずでしょう?」

「……所在は把握していた、というのが正確ですね。状況が変わったのです」

 つまり、行方(ゆくえ)はわからないということだ。

 ラグナロクは、何者かによって、盗まれた。

 ありえない失態だ。

 クオンは批判的な目を向けた。

「それで、協力しろということですか? 我々になんのメリットが?」

「ここで争っていてもしょうがないということですよ。なんとしても魔王兵器が我々以外の手に渡るのを防がなくては」

 ずいぶん勝手な言い分だ。

 クオンは鼻白はなじろむ。

「しかしですね、私には私の任務があります。先輩……いえ、レイヴンの行方もわからないというのに、あなた方と協力しているひまなど……」

 ふいにモクレンが口を開いた。

「あら、あたしたちの目的は一致しているのよ。レイヴンは魔剣ラグナロクを追っている。ラグナロクを追跡すれば、彼をとらえることもできるでしょう」

「なぜ、そう言い切れるのですか?」

「……アルビレオが求めているから」

 レイヴンと行動している少年が頭に浮かぶ。

 選帝侯アルビレオ───レイヴンと共にいる魔導士だ。

 モクレンはなぞめいた微笑を浮かべた。 

「それに、協力するメリットというなら、もちろん、あるわ。あたしがあなたの任務を手伝ってあげる、クオンさん」

「手伝う?」

 聞き返す。

「アルビレオ。彼を(つか)まえる、そのお手伝いよ」

「民間人に犠牲を出すのはけるべきです」

 苦々しくクオンが言うと、モクレンが笑い声を上げた。

「民間人ですって? ふふふ、彼ほどその言葉が似合わない人はいないわ。彼の一挙手一投足が魔界に影響をもたらす、台風の目のような存在よ」

「とてもそうとは信じられませんが」

 クオンの目から見たアルビレオは、か弱そうな子供だった。剣を持って向き合えば、一秒もかからない。ひとひねりだ。

 モクレンは一瞬、思案しあんするように目を伏せる。

「彼は、とても優れた魔導師です。あたしが保証するわ。あなたには、捕らえられない。彼の相手をしていては、戦争管理官レイヴンの処断は不可能よ」

 モクレンはそう言い切った。

 東魔随一の呪師の家柄であるモクレンが言うのなら、そうなのだろう。

 だがに落ちない点もある。

「ですが、なぜ、あなたがそこまでするのです?」

 第一王子付きの宮廷魔術師であるモクレンは、本来なら東魔国の宮中にいるべき存在で、こんな場所に、諜報員(ちょうほういん)を従えているのはおかしな話だ。

「第一王子ライゴウ殿下のためです。戦争管理官ウォーマスターレイヴンのすみやかな処分を我々は望みます。もちろん殿下はそうとはおっしゃらなかったけれど、あたしはちがう。殿下の友情を踏みにじった不届ふとどきものを野放(のばな)しにしておくわけにはいかないもの」

 納得なっとくできるような、できないような理屈だ。

 第一王子ライゴウとレイヴンはかつては親しくしていた、という話は聞くが……。

 モクレンは続けた。

「それに、ふふ、アルビレオと術比じゅつくらべなんて胸が高鳴るわ。彼を(とら)えることも我々の任務であると考えてくださって結構けっこう。選帝侯はライゴウ殿下のものです、恩知らずの竜ではなくね」

 魔導師連中は秘密主義者が多い。

 それ以上聞いたところで答えないだろう。

 クオンは深く追求するのをあきらめた。

 魔導協会の選帝侯を取りまく思惑おもわくなど、クオンにとっては関係がないことだ。

「ま、いいでしょう。しばらく、休戦ということで。どうやら、ラグナロクを手に入れるという我々の目的は一致しているようだ。ですが、協力するのは一時的にですよ。魔王兵器を確保するまでの、一時的な協力関係です」

 一息に言って、モクレンに目を向けた。

「あと、モクレン殿、戦闘においては、私はあなたの身の安全までは保証できません。自分の身は自分で守っていただきたい」

「あら、うふふ。管理官殿はきびしいわね」

 ころころとモクレンが笑っている。

 食えない少女だ。

 いや、実年齢はクオンの数倍はいっているだろう。女性の年齢は謎めいたものなので、正確には知らないが。

 クオンはため息をついた。

 第一王子付きの魔導師と、情報局。

 イスランデには問題が山積(やまづ)みだ。


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