第10話 天魔無明!イスランデ懐古譚 開幕
魔王兵器レーヴァテインへの追憶に、僕は苦しめられていた。
魔王兵器とは、3000年前の人間界と魔界の戦いのおりに製造された戦略兵器の通称だ。
いずれも戦局を勝利へと導く決定的な力があり、その圧倒的な戦闘力から魔王と呼ばれ畏怖された。
屋敷の研究区画にあるラボの一室。
制御盤の前に広がるモニターに、僕は以前、解析した魔王兵器のデータを映し出していた。
───魔王兵器レーヴァテイン。
クレイワーズ雪渓の百葉の滝の地下に眠っていた機神。
あの時は、不幸にも先客がいて、武装集団と衝突する羽目になってしまい、その時のゴタゴタが元で自爆させざるをえなかった魔導兵器。
あの時のことを思い返すにつけ、よくもまあ、こんな災難が続くものだと驚いてしまう。
まさか温泉宿を隠れ蓑にして、古代遺物の発掘をしているテロリスト集団がいるとは……。
誰だって予想できないだろう。よって僕は悪くない。
もとを正せば、A'から魔王兵器の所在地の噂を聞いたことから、起きたトラブルだった。
だが、しかし、それだって重々よく考えた上での行動だったし、魔王兵器を求める上でトラブルはいつだってつきものだし、深謀遠慮の上での計画が武力衝突で終わったのは本当に残念なことだった。
───こうやって深く考えてみても、やっぱり僕はぜんぜん悪くないな。
他国を脅かすほどの兵器の力は厄介な連中を呼びよせる。
兵器や戦争を好む連中だ。
魔王兵器はたった一体で一国を滅ぼすのに十分な脅威で、そんなものを誰かに渡すわけにはいかない、そう判断した僕は、レーヴァテインに自壊を命じた。
命じたのだが……。
───今となってはすごく後悔している。
深く、深く、考えぬいた上での判断だった。
きっと公序良俗に則った善良な判断だっただろう。
秩序の維持、という意味でも、責任ある位につく社会的魔導士として、正しい行動をしたのだ。
───だというのに。
僕は、モニター上に映し出されたレーヴァテインの全容を見上げた。
───すばらしい機体だ。
頭部についた全球観測用サーチシステムのコアは深い藍色に輝き、白を基調としたボディは魔導鉱で覆われ、厳粛さと勇壮さを兼ね備えた機体といい、胸部に格納された魔力変換炉といい、信じられないほどの叡智と技術がつめこまれた古代魔導兵器。
ほしかった。すごく、すっごく、ほしかった。
僕は歯を食いしばる。
あれを僕のものにできたら、今ごろ、どんなに楽しかっただろう。
古代魔導の技術の塊は、信じられないことに、今となってはミスリルの塊になって、大自然の中に散らばっていることだろう。
なんてかわいそうなレーヴァテイン。
何千年も使用者を待って眠りについていた機体に、跡形もなく自爆を命じるなんて、誰がそんなひどいことをしたんだ! 僕だ。
───レーヴァテインは最高のおもちゃだ。
この魔界でも、魔王兵器ほどの玩具はめったにない。
古代の魔術の産物は、まさに神代の奇跡だ。
それに、現代では禁止された神経系回路並行接続装置により実現された精密動作に、現代では禁止された疑似魂構成装置による人工人格。
当時の技術と英知の結集された最高峰の戦闘用工業製品。
これを求める連中は嫌いだが、僕自身はモノとしての魔王兵器は嫌いじゃない。
どころか、大好きだった。
───はやい話が、僕は魔王兵器がほしくてしょうがないのだ。
爆散したレーヴァテインについて未練はない。
でも、手に入るのなら、新しい玩具が欲しい。
すっごく強くて、かっこよくて、知的探究心がくすぐられまくるやつだ。
今すぐ、可及的速やかに、ほしい。
僕はモニターの片端にポップアップしてきたウィンドウを開いた。
メールの着信だ。発信元はA'。
グッドタイミング!
まるでこうなることを見越していたかのようなタイミングだ。
メールを開く。文面はない。
かわりに新聞の一面記事が画像データとして載っている。
そこには、こう書いてあった。
『イスランデ大武闘会、開催! 優勝賞品には、イスランデの王の座』
というものだ。
イスランデとは、東魔大鬼王国───通称、東魔国近隣の小さな国で、有名なのはドワーフたちによる鍛治製鉄だ。
そんな国がどうして武闘会なんてやるんだろう?
次の見出しに目が止まる。
『優勝者にはさらに、魔王兵器ラグナロクも進呈』
なんだって。
僕は先を読み進めた。
現イスランデ国王バルムンド・ガルケル氏のインタビューが載っている。
それによると、イスランデで出土した魔王兵器ラグナロクの研究は国内で秘密裡に進められていたが、この度、大武闘会の開催を機に、優勝者に与えることにしたらしい。
───すぐにでも行かなくては!
椅子から立ち上がりかけて、座り直す。
危ない、危ない。
またA'のやつの耳より情報にだまされるところだった。
こんなすごいニュースが新聞なんかで取り上げられているわけないだろう。
僕は、はやる気持ちをおさえて、ラボのテレビをつけてみた。
西央メディアによるお堅い報道番組ではニュースキャスターが、イスランデ国におけるこの大ニュースを興奮した様子で伝えている。
番組で映された現地の映像では、武闘会に向けて、物々しく武装したいかつい男や女たちでごった返していて、バカ騒ぎというしかない。
勝った人間に王の座を与えるなんて、正気とは思えない珍事だ。
そのおかげで、我こそはと腕におぼえのある魔族が魔界中の方々から集まったようで、ちょっとした戦争状態のようだ。
魔王兵器ラグナロクについては少しだけ取り上げられた。
なんでも能力や姿についての詳細は不明。
ただ三年ほど前に出土して以来、国内での研究を経て、大武闘会の数週間前からイスランデ王立博物館にて公開される予定だという。
───最高だ。行ってみよう。
僕はモニターの電源を落とした。
ワクワクする。
ラグナロクの詳細は一切が、秘密のヴェールに包まれている。
他国で研究されている魔王兵器は、基本的に世間に知らされることはない。
当然だ。
魔王兵器の形や能力は、重要な国家機密だ。
だからこそ、今回のイベントはなんとしても逃すことのできない絶好のチャンス。
そういうわけで僕は次の目的地をイスランデへと定めた。
*
手近な場所にあったトランクケースを引っつかんでラボから出る。
ラボの出入り口から続く階段はリビングにつながっていて、階段を降りるとすぐにリビングだ。
ドアを開けて、リビングに入る。
「レイヴン、イスランデに行くよ! 今すぐ用意して!」
「いきなり、あわててどうしたんだ?」
僕にそう言ったのは、黒髪の長身の青年だ。
均整のとれた体つきで、顔は、認めたくないが、整っている。
優男といっていいだろう。
表情がもう少し明るければ女の人たちはきっとほっとかないだろう。
そんな顔立ちだ。くそ、腹が立つな。
レイヴンは屋敷のリビングでテレビを見ていたところだった。
テーブルには、お茶とせんべいという東の方のお菓子がおかれている。
テレビには東魔系列のドラマ番組が映っている。
レイヴンが最近ハマっているらしい深夜の番組の再放送だ。東魔刀を持った民族衣装の男たちが一人を相手に取り囲み、ジリジリとにじり寄っているが、真ん中の男は臆することなく、東魔刀を頭上に取り上げ、バッタバッタと敵を返り討ちにする痛快なアクションドラマだ。
───はっきりいって、すごく暇そうだ。
だから、レイヴンはすんなり了承するはずだと思っていた。
予想外にもレイヴンの答えはこうだった。
「別の場所じゃだめなのか?」
別の場所には、目的のものがない。
「ダメだ。目的がまったくちがう」
「だがなぁ、イスランデか。あの国は東魔国よりの国なんだ」
「そんなことないさ。イスランデは西央魔導協会の加盟国だよ! だから、領土結界が張ってある、新人類派のドワーフの国さ」
「東魔に近すぎる。人類派というのは建前で、実質的には東魔軍人がウヨウヨだ。鍛治をするドワーフの国と、いい武具が好きな鬼の国は昔から、仲がいいんだよ。ほら、東魔刀を作ってるのだって、ドワーフなんだ」
「うーん、受益者と生産者ががっつりくんでるのか」
「そういうこと。数少ない友好国だ」
「それで、なんで君が行きたくない理由になるのさ」
「俺は東魔国では死んだことになってるんだ。万一、古巣の連中に見つかったら、厄介なことになる」
「厄介なこと?」
「そうだな。死刑になるな」
僕は、レイヴンの顔をのぞき見た。
いつにも増して、得体のしれない暗い目つきだ。
「そんな、死刑になるなんて、ありえないよ。大体、君は僕の被雇用者なんだから、君はもう人類側の存在だ。西央魔導教国側という意味だよ。選帝侯というものの権力を甘く見ないでほしい」
選帝侯は超非合法的な存在だ。
魔王を選ぶために、ありとあらゆる無法がまかり通る。
通らないときはひたすらやばい事態を隠蔽している。
魔導士というものは、大なり小なり、そんなものだ。
「それは政治的な理屈。こっちは暴力の話をしている。連中がそんなお上品な理屈を気にするか。俺を見たらすぐに殺しにかかってくるだろうな」
「連中って?」
「……こちらの話だ。気にしなくていい。それより、なんで、そんなにイスランデに行きたいんだ。あそこには、お前の好きそうなものは何もないが」
レイヴンがわかりやすく、話を変える。
なにかレイヴンは隠しているようだが、僕はそんなことは、すっかりどうでもよくなってしまった。
「これだよ、これ、見て! 大武闘会に行くんだよ!」
僕は新聞紙の切り抜きの印刷したものをレイヴンの顔の前に突きつけた。
「なんだこれ、大武闘会だ? またなんかのガセネタかディープフェイクってやつだろ」
「ちがう! これはしっかりした情報源の情報だよ」
レイヴンは新聞紙を僕の手から取って、記事を読む。
それから彼はこう言った。
「イスランデの王になりたいのか? 意外な一面だな。野心に燃えるところも、悪くはないが……」
「ちがうってば! 僕がほしいのはこれ!」
新聞紙の小見出しを指で示す。
レイヴンが感心したように言う。
「ふむ。魔王兵器ラグナロク一般特別展示、イスランデ王立博物館。なんだ休日は博物館巡りか? 文化的だ、イメージ通りだ。さすが賢いアルビレオだ」
「そ、そうだよ、僕は文化的なんだ」
「まさか野蛮な大武闘会を観戦したいとかいうんじゃないよな? 魔術師らしくなく、野蛮で、粗暴で、知的さのかけらもない催しに行きたいわけがないもんな」
「……行きたいっ!」
「……ダメだ。家でじっとしてろ」
「そうだよ、野蛮で粗暴なバカ騒ぎを観戦するつもりだよ、参加者は君!」
「そう来ると思ったぜ。考えなおせ、優勝賞品からしてあやしすぎる。ろくなことがないだろ」
「べつにイスランデ国がほしいんじゃない。僕は副賞の魔王兵器がほしいんだ。国は君にあげよう」
「優勝する前提か? あと、いらん」
僕は顔を上げた。
「しないの? 優勝? 僕は最強のドラゴンを雇ったんだと思ったんだけど」
「する。戦えば、勝つ。お前の雇ったドラゴンは一流だ。だが、しかしだ、こんなロクでもないニュースは詐欺かそれ以上の厄介ごとと相場が決まっている。こんなもんにわざわざ首をつっこむのは、世間知らずの大馬鹿者のやることだ」
レイヴンが呆れたように言う。
まだまだ僕のことがわかっていないようだ。
「ふっ、こんなもんにわざわざ首をつっこむから狂える星なんだ。君が止めても僕はいく。僕は、いつだって一人でなんとかしてきたんだ。見てろよ、レイヴン、大武闘会くらいぶっ壊してきてやるよ」
「趣旨が変わってきてるだろ。それ。とにかく、厄介ごとに巻きこまれそうなことはごめんだ。旅行ならもっと治安のいい場所がいくらでもある。イスランデは……ガラが悪い。大体なんだ、博物館に展示されるようなものだったか? その魔王兵器ってやつは」
僕は言葉に詰まる。
正論すぎる正論だ。
レイヴンが続けた。
「魔王兵器というのは貴重なものなんだろ? 戦争の火種になるほどの兵器を、わざわざ展示するほど平和ボケしてるとは思えない」
「そ、それは行ってみないとわからないだろ」
「行ってみなくてもわかるだろ、常識的に考えて。それに……雇い主が危険な場所に行くのは、見過ごせないんだが」
「だから、君の力が必要なんだ」
彼の目を見て言う。
レイヴンは眉ねをよせる。
「特大の厄介ごとはごめんだぞ」
「それこそ甘いね! 厄介ごとにはもうすでに巻きこまれてるんだよ、君は」
今回、僕の目的はコレクションを増やすこと。
イスランデの博物館に展示予定という魔王兵器を手に入れるまでは、絶対に、あきらめる予定はない。
僕は好きなように好きなことをやるのが信条だ。
レイヴンはため息をついて、唸るように言う。
「危なくなったら、何が何でも、帰るからな」
これはOKということだ。
まあ、最初からレイヴンの意見なんて気にしていない。僕は一人でも行くし。
僕はリビングで意気消沈している様子のレイヴンをよそに、キッチンに向かった。
そうと決まれば腹ごしらえだ。いつものお決まりのチョコレートケーキを食べてから、荷造りを始めることとしよう。




