ep10-洗礼①-
「それで?」
ようやく一息つけると思われたカイルだったが、腰を落ち着けたソファの向かいでは、笑顔を浮かべたルミエナがふよふよと浮かんでいる。
「明日の予定を伝えておいてあげようと思ってね〜。」
そう言うと、カイルのポケットにあるタブレット端末を指差す。
カイルは煮え切らない表情のまま、タブレットを取り出し画面を確認する。
「使い方は知ってる?」
「地図だけならね。」
「そうだよねー…。」
わかってましたと言わんがばかりに笑顔を作り、カイルの横に移動する。
「ルミも詳しくわからないんだけど…。」
そうは言いつつも、どう操作すればいいのか口頭で指示し、カイルがそれに従ってタブレットの画面を操作する。
「これがエンヴィスのカスタム画面でねー…」
説明を耳にしながら、カイルは横で説明を続けるルミエナの顔を覗き込む。
顔越しに壁が透けて見える光景は、どうにも慣れそうもない。
艦船の制御を担当していると言っていたが、彼女はどういう存在なのだろうか。
制御用のコンピューターなのか、それとも自分と同じ…。
「ちょっと、聞いてるの?」
ぶつかるほど目の前にルミエナの顔が近づき、カイルは思わず仰け反る。
「ご…ごめん、なんだっけ?」
「やっぱり聞いてない!」
ルミエナは少し距離を取り、頬を膨らませる。
やはりこの性格を、コンピューターの人工知能が担っているとは考えにくいか。
これならまだ、エウレリアが人工知能だと言われるほうが納得できる。
だとすると、やはり目の前の彼女も…。
「まあいいや、これだけ覚えてれば困ることはないでしょ。」
ルミエナはカイルの隣に戻ると、タブレットの画面を指で示しながら、開く場所を案内していく。
「これが連絡用のページだよ。ほかの人との連絡はここからしてね。それでその横が…。」
カイルはルミエナの指に釣られるように、横のページへスライドする。
そこには、業務連絡と題されたページが広がっており、必然的に一番上の連絡内容が画面に表示される。
第一独立艦隊所属『カイル』。
明日十三時をもって第一独立艦隊所属『機械体搬送用泥灰型母艦改・零九式前線支援型艦』、『蒼玉』の乗艦を行うべし。
作戦目的は…。
「ベクレルの街近郊に出没する、ロンド共和国軍所属と思われる部隊の根絶…。」
カイルはタブレットを持つ手に、無意識に力が入った。
額から流れ落ちる一滴の汗は、恐怖によるものか、期待によるものか、はたまたそれ以外なのか。
カイル自身にも、それはわかるはずがなかった。
ただ一つ。
ベクレルの街に帰ることができる、それもこんなに早くに。
その感情だけは、確かに胸の内にあったのだった。
「どう?明日以降の予定、理解できた?」
ルミエナが、タブレットの裏から透けて眼前に現れる。
「うん、ありがとう。」
ルミエナの挙動に慣れたのか、ベクレルの街に帰れる喜びなのか、カイルはひどく冷静にルミエナに感謝を示すのだった。
「えへへ。」
カイルに褒められたことで、ルミエナは満面の笑みを浮かべる。
感情豊かなところは、ルミエナの長所と言って間違いないだろう。
「じゃあまた明日、蒼玉で待ってるね。」
ルミエナは軽やかなステップで距離を取ると、カイルに微笑みかけて消えたのだった。
「嵐のような子だったな…。」
カイルは、自身もアグレッシブな性格だと考えていたが、上には上がいるんだなと感心した。
その後カイルは、一通り部屋の中を物色してみる。
ティナが言ったとおり、この部屋は足りないものがないどころか、この街でこれ以上買えるものはないんじゃないかと思えるほどだ。
これが独立艦隊所属のパイロット全員分の部屋に用意されているのだとすると、いかに優遇されているのかを改めて理解する。
「カイル様、今よろしいでしょうか。」
「はい。」
扉を三回ノックし、エマが顔を覗かせる。
「失礼いたします。カイル様、お部屋の様子はいかがでしょう。不足しているものや、使い方の分からない設備などはございませんか?」
「いえ。むしろ十分すぎるくらいです。本当にこんな部屋を使ってもいいものかと…。」
カイルが苦笑しながら答えると、エマは安心したように微笑んだ。
「それは何よりです。こちらはカイル様のお部屋ですから、どうぞ遠慮なくお使いくださいませ。」
その言葉に、カイルは少しだけ肩の荷が降りたような気がした。
正直なところ、ここまでずっと無意識に気を張っていたのかと、今になって気が付いたのだ。
「あ、そうでした。夕食の準備が整いましたので、お迎えに上がりました。」
「あ、もうそんな時間なんですか。」
言われて初めて、カイルは腹の奥が小さく鳴るのを自覚する。
そういえば、昼からまともに何も食べていない。
エマはそれに気づいたのか、微笑みを浮かべたまま一歩身を引く。
「第一独立艦隊の皆様も、すでにお集まりです。どうぞこちらへ。」
「はい…。」
カイルは少し緊張を覚えながらも、身なりを確認する余裕もないまま、エマの後に続いた。
廊下に出ると、窓の外には赤い太陽らしきものが、空を夕暮れの色に染め上げていた。
静かな廊下を歩く間、明日の出撃とベクレルの名が何度も頭をよぎる。
訓練を経てから、初の実戦だ。
他のメンバーと比べると、自分が戦力になれるかはわからない。
…それでもやるしかない。
意を決して拳に力が入った時、エマは一階奥にある大きな扉の前で足を止める。
「こちらが食堂でございます。」
そう告げると、エマは両手で扉を押し開いた。




