ep9-曲者揃いの第一寮①-
カイルは、中央の昇降機から外へ足を踏み出す。
外に出た瞬間から、他のフロアと比べてはるかに大きな機械の騒音に襲われ、厚着でいるとじんわりと汗をかきそうな、生暖かい風が一方向から吹き抜けていく。
ここはローグ・ベグルの地下第七階層。
呼び出しを受けたカイルは1人、この軍事施設が密集するフロアに赴いていた。
この街に来た時に一度訪れているが、普段の生活空間とは違う奇っ怪な雰囲気は、1人で歩いたことがないというのもあり、どうしても不安感は拭えない。
カイルは渡された片手サイズのタブレットの地図を頼りに、柱に書かれた方角を目印にして歩き出すと、すぐに現れた大通りの動く通路に移動を託す。
移動中も、地図を頼りに辺りの景色と見比べる。
右手に見える景色は、完成された部品やエンヴィスそのものを運ぶ小綺麗な工場だ。
おそらく製造工場ではなく、機体の整備場なのだろう。
左手は、この工場地帯でようやく目にした緑一色で、木々に覆われたその一帯は、静寂に満ち溢れている。
しかし、その外周はレンガ造りの土台と鉄の柵で囲われており、外部からの侵入を容易にできないような作りになっている。
カイルは空を仰ぎ見る。
とは言っても、このフロアで視界に入る空は、一面の岩壁なのだが。
動く通路も終点へと近づくにつれ、風の流れの源へと近づいているらしく、次第に空気も爽やかなものへと変わっていった。
「ここか…。」
木々の生い茂る中に、獅子の装飾をあしらった立派な門が現れる。
カイルはそれを前にして、思わず生唾を飲み込む。
だが、いつまでも物怖じてここで立ち止まっているわけにもいかず、門を開く手段を探して辺りを見回す。
しかし、呼び鈴らしきものも見当たらず、途方に暮れるカイルは、ため息とともに門にもたれかかる。
すると、その門は誰が操作するでもなく静かに左右に開き、もたれていたカイルは仰向けに転がってしまうのだった。
「いてて…。」
打ち付けた後頭部を擦りながら、その身を起こそうとし、カイルは空を見上げて思わず動きを止めた。
「青い…空…?」
そこにあったのは、先程まで見えていた石でできた天井ではなく、居住区階層と同じ青い空だった。
立ち上がり辺りを見回すと、この敷地内は地上にいるのかと錯覚するほど澄んだ青空に、小鳥のさえずりさえ聞こえてくるのだった。
それは、シャフトが伸びる居住区よりも、よほど本物の空に近い再現がされている。
しかし一方で、門から見える外の景色は、それまで通りの石壁に覆われた地下空間そのものであり、外から入ってくる音は、この場所に似つかわしくない騒音そのものである。
カイルは振り返り、黒い街灯が左右に立ち並ぶ石畳の道を、森林の奥へ向かって足を踏み出す。
数歩歩くと、背後で何かを引きずるような物音が聞こえ、カイルは焦って振り返る。
それは先程同様、入り口の門が一人でにその扉を閉ざす音だった。
ホッと胸を撫で下ろすカイルは、扉が閉まりきった後に、再び驚かされることとなった。
先程まで聞こえていた外の騒音が一切聞こえなくなり、鳥のさえずりと、風に吹かれて揺れる草木の音のみが、その空間を満たしていた。
喧騒の中に現れた平穏な空間というよりも、隔離された空間と呼ぶほうが正しい気がした。
カイルは今一度地図を確認し、目的地がこの石畳の先にあることを確信して、その足を草木の囁く奥へと進める。
そうして歩き続けること約5分。
石畳の道はやがて、三匹の獅子を模したオブジェを中心に据えた噴水広場へと繋がった。
その周囲には、これまでローグ・ベグルにおいて見たことが無いほど立派な屋敷が7棟、庭付きの貴族邸宅のように並んでいた。
自分はあまりに場違いなのではないか。
そう思うだけで不思議と一筋の汗が頬を伝う。
しかし手に持つ地図は、間違いなくこの先の一棟、門扉に第一独立艦隊の表札が掲げられた建物を示していた。
本当に自分がこのような場所にいてもいいのか。
その考えが何度も頭を駆け巡るが、このまま足を進めるしかないと、その3メートルほどの門に手をかける。
すると、この空間の入り口同様、機械音と共に一人でにその門は左右に開き、カイルを中へと招き入れる。
誘われるようにそのまま足を進めたカイルだったが、建物の入り口の扉に近づいた時にふと、その足を止める。
到着を察知していたのか、扉はすでに開かれていた。
「おかえりなさいませ、カイル様。」
その前には、メイド服を着た四人の女性が並び、深く頭を垂れていた。




