ep7-失敗作③-
踏み出した一歩はあまりに重く、対峙するディダと比較しても大差ないほどゆっくりだった。
「何だこれ、重くてまともに歩けないぞ!」
前に乗ったN型とは比較対象にすらならないほど鈍重な動きは、高速で展開される戦場において、これでは的でしかないと、カイルでも容易に理解できた。
だが、その状態で踏み出した2歩目は、動きはゆっくりだが、思いのほかバランスを崩す事は無かった。
不思議に思い、カイルは足元を見下ろす。
理由は足の裏側にあった。
足の長さの倍近いサイズの板が、左右それぞれ前後に備え付けられていたのだ。
それのおかげで、片足でも意外とバランスを保つ事ができるのだろう。
『歩く事を前提に開発はされてません。座席の手前側にあるペダルを踏み込んで下さい。』
「手前…」
前のめりになって身を乗り出し、足元を覗き込む事でようやく気が付く位置に、新たにペダルが増設されていた。
奥にあるペダルから足を離し、手前のペダルに足を乗せ、踏み込める状態にするために体勢を直そうとした。
しかし、それが良くなかった。
意図せず全開になってしまったペダルにより、脚部左右のユニットに備え付けられたジェットファンが急速稼働する。
その意図せぬエンヴィスの挙動は、体勢を整い損ねたカイルを乗せたまま、下半身が引っ張るように前へと吹き飛ばされ、そのまま木に激突して止まった。
本来であれば、上半身の重心が後ろに残ってしまったため、回転して宙を舞ってもおかしくは無かったが、脚部の板が引っ掛かり、強制的にそれを防いだ形になったのは偶然か必然か。
「いてて…何だ今の…。」
何とか体勢を立て直したカイルは、吸着式シートのおかげで何とか怪我無しですんでいた。
『ハイブリッドジェット機関です。02シリーズのTeXジェット機関を元に、機械体でも使用出来る様に簡易化されたものを、推進機として脚部に搭載しています。』
モニター越しに見えるエウレリアは、こちらを見つつも、その表情は無であった。
心配や笑いが込み上げている、といった事は一切無さそうだ。
けど、今は集中だ。
そう自分に言い聞かせるように、カイルは首を横に大きく振る。
「TeX体の武装…?…その結果扱いに難が出た…と。」
『そういう事です。左右ペダルの踏み込み具合で出力の調整が可能です。基本的に旋回は、腰に装備された杖=ヴィブロストックを地面に刺して行ってください。』
「腰の…」
その助言を元に、左右の腰に携えられたヴィブロストックを両手に持つ。
普通に直立しても手に持てば地面に届く長さの杖だ。
だがその先端は地面に突き刺せるほど尖っており、杖の片面は刃のように鋭利な造りになっているようだ。
「さて…」
エンヴィスの両手のヴィブロストックを握り直し、若干足を広げて腰を落とした。
そのまま前傾姿勢をとり、視線を前に固定する。
そして、ふっ!と勢い良く息を吹き出すと同時に、左右のペダルを一気に踏み込む。
モーター音が高くなり、僅かなラグが発生したが、機体は先程同様に前方へ飛び出した。
だが今回は、先程と違い挙動がわかっている分、体勢を整えられた事もあり、安定して直進する。
「くそ!…振動が!」
足の滑走板のおかげか、多少の凹凸は無視して進めるものの、その振動は直にカイルに襲いかかる。
シートやペダル、操縦桿からも伝わる振動が、カイルの手足の感覚を鈍らせていく。
しかし、現実はそんな弱音を言ってられない。
全速で直進するエンヴィスの目の前には、次第に壁が迫りくる。
「ぐ…曲がれ!」
カイルは、手足の感覚が鈍るのを耐えながら、無理矢理左腕の操作桿を引き込むと、エンヴィスの左手に握られたヴィブロストックが、堅固な岩盤に突き刺さった。
それと同時に左ペダルの踵側を踏み込み、左脚のジェットを逆噴射して制動をかける。
「ま…がれっ!!」
まさに激突する寸前、体勢を崩しながらも無理矢理な方向転換に成功する。
『ほぉ…』
感心するエウレリアをよそに、カイルのエンヴィスは体勢を立て直し、目標のディダの1機に向かう。
「よし、歩かせるより…楽だな!このまま行くぞ!武器は!?」
『その杖の前部は、高速振動する刃です。』
「なるほど!やってみるか!」
エウレリアの助言を元に、ヴィブロストックを逆手のまま構え突撃する。
それに反応してか、3機のディダもそれぞれ鈍い動きながら、手持ちの機関銃をエンヴィスに向けて発砲する。
「当たるか!」
迫りくる弾丸は、カイルの操作で機敏に左右にスライドするエンヴィスには当たらなかった。
カイルは膝の動きとペダル操作のみで、滑走しながらも左右に跳ねる事で、高速機動を可能としたのだ。
失敗作と呼ばれ開発凍結された機体。
それを、カイルはこの瞬間、確かに乗りこなしていた。
エンヴィスは軽快な動きで、狙いを付けたディダの1機に距離を詰める。
「いっけぇええ!!」
一閃。
すれ違いざま、ヴィブロストックの刃がディダの胴体を一息に断ち割った。
「やった…、やれたぞ!」
爆散するディダを横目に、カイルはエンヴィスを余裕を持って反転させる。
『これなら、任せられそうですね。』
一連のやりとりを見届けたエウレリアは、マイクを持つ手を下ろすと、その顔には薄っすらと微笑みすら浮かんでいた。
ほどなくして、カイルは残りの二機も撃破してみせた。
それは危うさを孕みながらも、初めて操ったとは思えないほど爽快な動きだった。
機体には、ほとんど被弾痕すら見受けられないほどに。
そんなエンヴィスをトレーラーの側に寄せると、カイルはハッチを開けてコックピットから身を乗り出す。
「お疲れ様でした。」
エウレリアがこちらを見上げているのを目視し、カイルは笑顔で手を振ろうとしたが、そのまま足を滑らせ、地面へ真っ逆さまに転げ落ちた。
幸いにも大した負傷は無かったが、その手足には激しい震えが見て取れる。
全身からは滝のような汗を流しており、如何にこの機体を扱うのが至難の業であるかが見て取れる。
どうぞ、とエウレリアが伸ばした手を取り、何とか立ち上がるカイルだが、その両手両足は産まれたての子鹿のように震えており、1人では立つのがやっとだった。
「ありがと…。」
「いかがでしたか?…これは。」
カイルの感謝を気にする素振りもなく、エウレリアはエンヴィスを見上げる。
カイルはその横で何とか踏ん張りつつ、エウレリア同様にエンヴィスに視線を移す。
「扱いは…難しいよ。けれど…これならやれる!」
そうハッキリと答えるカイルの顔には、決意が溢れていた。
「それは…何よりです。」
強く拳を握り締めるカイルの腕が、未だ震えているのを、エウレリアは冷ややかな横目で見つめていた。
「第一独立艦隊の寄港予定まで1週間ほどあります。それまではこれの訓練に励んでください。私に言付けてもらえれば、いつでもこの場所を使えるよう手配しておきます。」
「これで…この力で…皆のかたきを!」
エウレリアの言葉が耳に入っていないのか、カイルはそのままエンヴィスの顔を見つめている。
その日王城跡地では、昼下がりまで唸り音、そして金属や機械の鳴動が鳴り止むことは無かった。




