ep6-稚拙な翼④-
窓から差し込んでくる朝日を顔に浴び、カイルは
穏やかな目覚めを迎える。
寝ぼけ眼をこすりながら上体を起こし、軽く伸びをする。
そこはカイルにとって見慣れない情景だった。
ふかふかなベッドに、主張しない程度の木目を持つ木材で整えられた部屋。
窓から見える景色は、必要以上に綺麗な空とそこを優雅に流れる白い雲。
「あぁ、そうか…」
カイルはここが地下都市ローグ・ベグルである事を思い出す。
立ち上がり窓辺に移動したカイルは、その窓から身を乗り出し、爽やかな風が頬を撫でるのを感じた。
一家団欒、友人同士、恋人同士。
街から聞こえてくる賑やかな声は、この穏やかな空間を形作る大切な要因と言えるだろう。
「カイル、起きてますか?」
ドアをノックすると同時に、聞き覚えのある声が聞こえてくる。
「あぁ、おはよう。エウレリア。」
カイルは未だパジャマではあるが、最低限の身なりを整えて、ドアを開き客人を迎え入れる。
顔を合わせたエウレリアは、昨日までと同じ紺色のゴシック衣装を身に纏っている。
彼女にとっては、この姿が正式な服装であるということなのだろう。
ふと昨日の3人の会話が脳裏に浮かんだ。
『ボク達は軍部所属だから、ここまでしか行けない。この下には研究所やこの街の維持施設がある』
軍部の所属。
移動できる階層の制限。
直接王に謁見できる人がどれ程いるというのだろう。
目の前の彼女はどれ程特別な存在なのか。
規則的な瞬きをしてこちらを見つめるエウレリアを、カイルは先日までと同じ扱いをして良いものなのかと、少したじろいでしまった。
しかし立ち話と言うのはどうだろうと、椅子へ案内してベッドの脇に用意されていた茶器を用いてお茶を勧める。
「早朝から申し訳ありません。あなたの乗機についてなのですが、意見を聞かせてください。」
「意見?」
「はい。残念ながら私共の軍事規模は比較的小さい為、新品のエンヴィスを用意するには時間がかかります。」
そういう事か。
自分の配属先が決まったとはいえ、すぐにパイロットとして前線に立てるわけではないと。
まずは部隊の一員として、戦闘の何たるかを学べと、そう言う事なのだろう。
「わかった。下働きでも何でも言ってくれ。」
しかし、それはエウレリアにとって思わぬ解答だったのか、目をパチクリさせた。
「いえ、そう言う事ではありません。通常のエンヴィス以外に選択肢が1つあるという事です。」
早とちりだと気付くや否や、顔を真っ赤にするカイル。
「エンヴィス高速機動試験型。最低限の起動試験しか行っていない、私の、試作機です。」
「私…の?」
エウレリアはカイルの質問には答えなかった。
その言葉の意味する所は何なのか。
私の専用機になる予定の機体か?
それとも、『私』が開発そのものに携わったのか。
はたまた、更に別の意味を含むものなのか…。
「下半身が先行で完成しましたが、開発中に出力や機体バランスが安定せず、実戦で使うのは至難の業だと判断され、他に一部先行開発された部品を組み合わせた状態で、開発が凍結されています。」
冗談ではない。
それは、戦場に出る前に死ねと言っているようなものだ。
開発が凍結された機体。
つまり、安全に動く保証すらないということではないのか。
「そんな機体を…俺が動かせると?」
「いえ、考えてはいません。あくまでも一つの提案に過ぎませんので。」
「時間はありますので、ゆっくりと考えていただければ結構です。貴方用のエンヴィスN型がロールアウトするのは1ヶ月後の予定ですので、それまで好きに過ごすのもありです。」
1ヶ月。
この選択は今の自分にとって、非常に大きな意味を持つのではないだろうか。
先程の自分の考えの通り、雑用をこなしながら戦い方を覚える事も一つの選択肢ではあるのだろう。
これは今すぐに戦う術を手に入れるチャンスではあるが、それに釣り合う以上のリスクを負う。
それだけの価値があるのだろうか。
1ヶ月の下積みで得た知識や技術を元手に戦線に立つ方が、今功を焦るより生き延びて、少しでも役に立つ機会は増えるかもしれない。
…それでも…。
「わかった。俺は…そいつの訓練をしたい。」
やはり、その機会を無駄にはできない。
ただ待っているだけでは、あの日失ったものに顔向けできない。
せっかくチャンスを作ってくれたのだから。
「かしこまりました。操作マニュアルも完成していないので実践して覚えるしかありませんが…早速取り掛かりましょう。」
エウレリアが淡々と答えると、カイルは意志を示す為、深く頷く。
「…その前に。」
エウレリアは、カイルの格好を下から一瞥する。
「着替えて、朝食を取りましょう。」
そこでカイルは、ようやく自らがパジャマ姿であった事を思い出し、この格好のまま決意を語っていたのかと、顔を赤くするのだった。
そしてその数十分後。
カイルは、自分が選んだ選択の意味を、否応なく知ることになる…。




