ep6-稚拙な翼②-
「さ、地上はこの辺にして次行くっすよ。ここからはノンストップで下まで行くっすよ!」
「ではでは〜、そろそろスイッチ入れるよ〜。スクリーンにご注目〜。」
ペゼリアが楽しそうに指を鳴らすと、それに合わせるように、フレンツェラがボタンを操作し、エレベーターは再び動き出す。
今度は下へ。
そして先程まで無機質な壁だった面が淡く光を帯び、一斉に外の景色へと切り替わった。
壁面の映像が滑るように移り変わり、暗い縦穴を降りていく感覚と共に、次の景色が広がった。
「わぁ……!」
カイルは思わず声を上げた。
そこに映し出されたのは、先程目にした商業区よりもさらに穏やかな街並みだった。
石造りの家々が整然と並び、広場では子供達が走り回り、洗濯物が風に揺れている。
「ここが第一階層、居住区っすね。」
「ドーム型の全天スクリーンに外の景色を投影してる。」
フレンツェラの言葉通り、天井には青空が広がっていた。
地下であるはずなのに、そこには確かに朝のような明るさがある。
これと同じ物が商業階層や、各階層に存在しているという事だろう。
「一般の人々が住んでる区間だよ〜。私達が直接関わる事は無いんじゃないかな〜?」
ペゼリアは壁面の景色を見ながら、のんびりとそう言った。
眼下の人達は、どういった経緯でここに住むようになったのだろうか。
元々地上の王都に住んでいたのか、もしかすると自分と同じ様に故郷を追われた者が集まったのかもしれない。
しかし、楽しく走り回る、自分よりも小さな子供たちを見ると、この景色を守りたいと、カイルは改めて決意を胸にした。
「さぁ、そのまま第二階層に突入っす。」
映像はゆっくりと切り替わる。
しばらく岩肌だけが続いた後次に現れたのも、第一階層とよく似た居住区だった。
しかしよく見れば、建物の外観や道幅、行き交う人々の服装にわずかな違いがある。
第一階層よりも人々の服装は実用的で、広場の端には訓練帰りと思しき若者達の姿もあった。
「一階層と大差は無い。」
しかし、そう告げたフレンツェラの顔に、どこか陰りがあるように、カイルは感じた。
「フレンの言った通り、二階層も居住区っす。ここは軍に関係する人々の家族が多いっすね。」
「軍の家族……。」
カイルはその言葉を反芻する。
先程のフレンツェラの違和感はこれなのだろう。
仲良くなったとは思うが、自分は彼女らの事は何も知らない。
家族はいるのか。
どうして軍人になったのか。
だが、流石にそれを聞くのは野暮というものである事は、カイルにも容易に理解できた。
改めて外の景色に目を向けると、先程の階層のように外で遊ぶ子供の姿が目に入る。
戦う者だけが軍にいるわけではない。
帰る場所があり、待つ人がいる。
そんな当たり前の事実が、今更のように胸に残った。
「次行ってみよ〜!」
そんな重苦しい空気を断ち切るようなペゼリアの声と共に、映像はさらに下へ移る。
「ここは第三階層、牧畜区。食料の生産をする区画。」
今度の景色は街では無く、広大な牧場だった。
人工の空の下、草原が広がり、家畜と思われる動物達が柵の中でのんびりと歩いている。
遠くには巨大な換気設備らしきものが回転しており、空気の流れをより細かく管理しているのだと分かる。
「次も似たような区画っすけど、次は農耕区画になるっす。この二区画が一番自然が多いっすね。」
第四階層の映像に切り替わると、そこには整然と区切られた畑が広がっていた。
葉野菜、穀物、果樹らしきものまで、見える範囲だけでも相当な種類がある。
地下であるにも関わらず、そこには地上以上に管理された自然が存在していた。
「すごい……ここだけで食料を?」
「全部じゃないけど、大半は賄えるっすよ。まあ詳しいことは農耕班に聞かないと分からないっすけど。」
と、シンディナは軽く肩をすくめる。
「けどね〜、ここの人達が頑張ってくれるおかげで、私達はちゃんと生活して、戦えるわけだから。感謝しないとね〜。」
スクリーンをバックに、ペゼリアがカイルを見てにこやかに笑う。
「次が第五階層、商業区っす。さっき私達がいた場所っすね。」
画面には先程カイルが歩いた街並みが映し出される。
店が軒を連ね、人々が行き交い、甘い匂いや食べ物の湯気まで思い出せそうなほど活気に満ちた階層。
「また今度おすすめの店を紹介するからね〜!」
「次はパフェ以外でお願いしますね…。」
「甘いものは別腹だよ〜。」
カイルが苦笑すると、ペゼリアは楽しげに笑った。
「次っすけど、残念ながら私達が行けるのは次で最後っす。」
シンディナの声が少しだけ真面目になる。
「第六階層、第七階層が軍事施設。ウチらの勤務地だよ〜。」
その言葉とほぼ同時に映像に映ったのは、それまでとは明らかに空気の違う区画だった。
広い格納庫に整備ドック。
軍用車両の通る大通路。
兵士達が行き交い、所々に機械体の姿も見える。
その端に橄欖の姿が見えた事に感嘆とし、カイルは思わず身を乗り出す。
ローグ・ベグルに到着した際に、橄欖から最初に見た景色ではあるが、改めてこうやって見ると、先程までの平和な世界と隔絶された空間であると、認識せざるを得ない。
あそこに、自分も関わることになる。
そう思うと、胸の奥に緊張とも期待ともつかないものが生まれた。
戦争は軍属の人々だけが行うものでは無い。
それを支える生産者や、一般で生活する人々ですらも、戦争をするに当たって重要な存在であると。
自分は巻き込まれた被害者。
どこか心の中にそんな感情があったのかもしれない。
自分が軍属になるという事は、復讐心で名乗り出ただけに過ぎなかった。
それも戦争というサイクルの中では、自然な事なのかもしれない。
だからといって、ただ流されるだけと言うのは違う。
自分の戦いの意味、それを少し整理する必要があるのかもしれないと、カイルは思いを募らせた。
「ボク達は軍部所属だから、ここまでしか行けない。この下には研究所やこの街の維持施設がある。」
フレンツェラが淡々と補足する。
「研究所……維持施設……。」
「あと、一般にはもっと知らされてない区画もあるらしいけどね〜。」
ペゼリアが軽く言うと、シンディナがすぐに咳払いをした。
「ペゼリー、余計なこと言わないっす。」
「あはは〜、ごめんごめん〜。」
「覚えられる気がしないな……。」
カイルは正直にそう呟く。
階層だけでも多く、それぞれに役割がある。
しかもその下には、まだ自分の知らない施設が続いているという。
おそらく、玉座の間もその一つなのだろう…。
「気長に覚えればいいっすよ。とりあえず商業区に戻るっすよ。」
シンディナがそう言うと、フレンツェラはボタンを操作し、エレベーターは再び静かに動き始めた。




