ep5-地下都市の光④-
ホテルを後にしたカイルは、来た時とは逆方向に向かって足を進める。
特に目的地があるわけでもなく、何かあてがあるわけでもない。
強いて言うならば、この街の案内をしてくれる人を探してだろうか。
ホテルの受付で、案内所的な場所が無いか、聞けば良かったと肩を落とす。
落胆しても仕方が無いと、立ち止まり改めて街を見渡す。
ここは商業地区なのか、周囲には多様な店が軒を連ねている。
店先には果物や焼き菓子、見慣れない機械部品まで並び、通りを歩くだけで目移りしてしまう。
ベクレルの街に似た雰囲気だが、建物全体の質はこちらの方が遥かに上だ。
同じ石造りの建物がメインだが、使用されている素材や塗料が違うのか、街全体にどこか高級感が漂っている。
行き交う人々からは貧困を感じる事はなく、この街全体が活気に溢れていると言えるだろう。
それらを踏まえて見ても、やはりここが地下であるとは理解し難い。
天井には空、雲、太陽が当然のような顔をして存在し、気持ちの良い風まで感じる程だ。
そんな風が運んできたものは、食欲を掻き立てる甘い香りと、予想もしない出会いだった。
「ん?あれ〜?カイルちゃんだ〜。」
少し先にある角地のテラス席から、カイルに向かって元気よく手を振る女性の姿が目に入る。
店先のテラスには白い丸テーブルが並び、甘い香りに誘われた客達が思い思いにスイーツを楽しんでいた。
その言葉に反応して、両脇に座る2人もこちらを振り返り手を振る。
見知った顔を見つけた瞬間、胸の奥にあった不安が少しだけほどける。
ペゼリア、フレンツェラ、シンディナの3人との再会が偶然であれ、今のカイルには運命のように思えた。
こっちこっちと、手招きするペゼリアに誘われて、カイルは3人と同じテーブル席に腰掛ける。
「帰ってきたら、ここのパフェっすよ!」
「ん、おいしい。」
美味しそうに頬張るペゼリアの手元を見ると、本当に一人で食べるのかと疑わざるを得ないまでの、チョコレートソースたっぷりのパフェが所狭しと並べられており、すでに半数の10杯程が空になっている。
店員らしき女性が空になった器を片付けながら、もはや見慣れた光景なのか、笑顔を浮かべている。
そんな店員に同じ物をもう一つと注文するペゼリアには、流石の店員も口元が引きつっているように見えた。
続けてペゼリアの脇を見ると、フレンツェラの元にあるのは一つだけだが、周りのパフェに負けない程の辛味を帯びた香りが、そのパフェにかけられた赤い粉から漂ってくる。
しかし一方のシンディナの手元には、フルーツたっぷりのパフェが一つあるのみで、カイルは自らの感性を疑わずに済んで、ほっと胸を撫で下ろした。
「あの、何も言わず艦を降りてしまってすいませんでした。お礼も言わずに…。」
カイルを眺めながらスプーンを口に運んでいる3人を前に、カイルは俯きながら謝罪をする。
「私たちもバタバタしてたっすからね。」
「ん、しかたない。」
「ありがとうございます。」
三人ともまるで気にした様子もなく、普段通りの調子で返してくる。
その空気に触れた瞬間、カイルの胸に張り付いていた重たい何かが、少しだけ軽くなるのを感じた。
「この街の事、どこまで知ってる?」
フレンツェラは辛味の赤い粉を追加しながら、淡々と問いかける。
「えっと、名前がローグ・ベグルって事と、元々軍事施設や研究所だったこと。後は…何階層かに分かれてるって事かな。」
カイルは、これでもかと追加される赤い粉に視線を置いたまま、思い出せる範囲を口に出す。
「基本は知ってるんっすね。」
シンディナは感心したように頷きながら、器用にパフェを口へ運ぶ。
「ボク達が教える事…ある?」
「ウチらもそんなに詳しいわけじゃないからね〜。」
ペゼリアは新しく運ばれてきた巨大なパフェを受け取りながら、のんびりと笑った。
「説明だけより実際に見た方が分かりやすいっすよね。どうするっすか?行ってみるっす?」
「いいんですか?」
思わず身を乗り出したカイルに、シンディナは得意げに胸を張る。
「もっちろ〜ん!ウチらも今日一日暇だからね〜。」
「とりあえず、パフェ、食べてからね。」
フレンツェラの一言に、シンディナとペゼリアは同時に頷く。
だが、予想外だったのは、ペゼリアが先程受け取ったパフェを、そのままカイルの前に置いたことだ。
食べるつもりは無かったのだが、回してもらった以上いただくのが礼儀だろう。
しかしいざ手元に来ると、その大きさに目を疑った。
視線を上げると、3人共がカイルを見て屈託の無い笑顔を見せている。
「い…いただきます。」
恐る恐る一口頬張ると、口いっぱいに広がる甘さに、思わず顔がほころびる。
3人はそんなカイルを見て、どこか安心したような自然な笑顔になる。
再びパフェに視線を戻した3人を横目に、この3人といると自分がまだ子供なのだと思い出させてくれる。
もう一口、甘さを確かめるようにスプーンを運ぶ。
それだけで、胸の奥に残っていた冷たいものが少しずつ溶けていく気がした。
カイルは思った。
これも、1つの日常の形なのだろうと。




