ep5-地下都市の光①-
王のいる奇妙な空間から抜け出した2人は、無言のまま来た道を戻る。
先程まで感じていた不快感は、行きに通った不思議な扉を抜けると、途端に霧散した。
辺りは再び、冷たい金属質の空間に戻る。
「現在第一艦隊は任務中ですので、合流は一週間後の予定です。」
昇降機の入り口に到着した時、ようやくエウレリアが口を開く。
ボタンを押して昇降機を待つエウレリアを見て、青ざめていた顔にも赤みが戻り、ようやく少し人間らしい雰囲気に戻ったとカイルは感じた。
「それまで、どうしますか?」
到着した昇降機に乗り込み、エウレリアが認証を通すと、昇降機は上方に向けて静かに動き出す。
ローグ・ベグルに到着して、すでに長い時間を過ごした気がしたが、よく考えれば未だ数十分…長くとも1時間というところか。
配属先に合流するまでの、とりあえず一週間。
生活の基盤を安定させようにも、この街の事は全く分からない状態。
ましてや今まで、アル父様やクレアママに、おんぶに抱っこの甘えた生活をしていた。
戦争に志願したのはいいが、その前に普段の生活の事すら右も左も分からないのだと、今になって気付いた。
着る物、食べる物、眠る場所。
当たり前のように与えられてきたそれらを、自分で考えなければならない。
そんな当たり前の事実が、戦場に出る決意とは別の重さでカイルの胸にのしかかった。
であるならば、今するべき事は…。
「第二艦隊の皆さんにお礼を言いに行きたい。」
それがカイルの出した答えだった。
お礼を言うことが出来なかった、という事ももちろんあるが、艦隊での生活やこの街についてであれば、彼女らに頼るのが最適解だと思う。
シンディナの豪快さも、フレンツェラの静かな気遣いも、ペゼリアの緩い笑顔も、ほんの短い付き合いだったはずなのに妙に頭に残っていた。
見知らぬ土地で、知っている顔があるというだけで、心細さはずいぶん違うものだ。
エウレリアにお願いするのも、一つのプランとしてはありだろう。
しかし部隊は違うとはいえ、同じく独立艦隊の所属であるあの3人であれば、自分が求めている以上の答えを得られる可能性は高いだろう。
それに、サイボーグを疑うほど機械じみた性格のエウレリアが、まともな生活をしている保証も無い。
それが、決定打である。
「第二独立艦隊が到着してから、すでに1時間12分と40秒経過しています。…おそらくですが、既に艦を降りている方が多いと思います。」
「そうか、そうだよね。」
あまりに正確な時間を示すエウレリアに、半分引きながらも、カイルは自らの考えの甘さに天を仰ぐ。
出鼻を挫かれるとはこの事か。
項垂れるカイルをエウレリアは一瞥し、少し考える。
「街を散策してはいかがでしょう。」
エウレリアの提案とほぼ同時に、昇降機はその動きを止め、エウレリアの背後にある扉が開く。
スカートのフリルをたなびかせて、エウレリアが外へ一歩踏み出す。
続いて外に出たカイルを待っていたのは、先程までいた金属尽くしのフロアの面影は全くなく、現れたのはベクレルの街を彷彿とさせる石造りの街並み。
ドーム状の空には、ここが地下である事を忘れるほど鮮明な青空が映し出され、太陽を模した光源が大地を照らしている。
行き交う人々で街は活気づいており、カイルはこの地下都市がいかに完成された空間なのかを思い知る。
耳を澄ませば、通りのあちこちから人々の話し声や荷車の軋む音が重なって聞こえてくる。
焼きたてのパンを彷彿とさせる匂いと、どこか青臭い野菜の匂いが風に混じり、そこが確かに人の暮らす街なのだと実感させた。
行き交う人々の衣服はベクレルの者達よりも色鮮やかで、軍服姿のカイルは少し場違いにさえ思えた。
唖然とするカイルを置いて、エウレリアは先へと歩みを進める。
エウレリアはこの景色にも何の感慨も抱いていないように見えた。
カイルが目を奪われている間にも、彼女の足取りは少しも変わらない。
同じものを見ているはずなのに、自分とはまるで別の世界を歩いているようだった。
「案内してくれるの?」
小走りで追いついたカイルは、期待半分諦め半分で問いかける。
「…申し訳ありませんが、お断りいたします。」
知ってた。うん、知ってたよ。
カイルの方を振り返る素振りもなく、エウレリアは街道をひたすら歩き続ける。
「宿まで案内しますので、本日はそちらを利用して下さい。」
「はーい…。」
2人は絶妙な距離を保ちつつ、人波に消えていくのだった。




