ep4-眠れし街①-
警戒態勢に入ってから、いったいどれだけの時が経過したのだろう。
カイルは、永遠とも思える時間を客室で、落ち着かず右往左往して過ごした。
外の様子は廊下から聞こえる僅かな足音と、窓から見える景色でしか分からない。
TeX体。
インターフィラー。
聞きそびれたそれらの事が、頭の中を何度も何度も搔き回す。
考えても仕方が無い事は理解していた。
しかしそれでも、それらが何なのか。
自分は何者なのか。
忘れようとしても、それらは無意識に表層に現れてしまう。
ダメだと、自らの顔を両手で引っ叩く。
考えれば考える程、悪い方向に向かいそうだと。
「カイル、起きてますか。」
「エウレリア?大丈夫、起きてるよ。」
軽く3度ノックしたのち、部屋の扉が自動で開き、入室したエウレリアは軽く会釈をする。
そして落ち着いた足取りで部屋に入り、中央のガラス張りの机に備え付けられた椅子へ腰を下ろす。
「この2日間、大変だったと思いますが、もうすぐ私達の街に到着します。」
今のカイルにとって、その報告はこれ以上に無い吉報であった。
この緊迫した空気からも、自身の無力感からも解放される。
例えそれが一時的なものであっても、だ。
「その…敵のTeX体は…?」
「幸いな事に、その後の襲撃はありません。」
「最後まで警戒を緩めるつもりはありませんが」
そう淡々と話をするエウレリアは、壁のボタンを操作して、窓のブラインドを開放する。
窓から直接光が差し込む事で一瞬視界が奪われたが、次第に視界に入ったのは、ベクレルとは比べ物にならない規模を誇る、六角の外壁に囲まれた巨大な街。
「これが元王都…べクラール。」
まだ距離はあるはずなのだが、あまりのスケールのデカさに、カイルは無意識に生唾を飲み込んだ。
「王都べクラールは初めてですか?」
「うん…、大きすぎるよ…。」
今まで見た事の無いベクレル以外の街。
カイルは外の世界の大きさに、ただ呆然と立ち尽くした。
それを横目に、エウレリアは口を開く。
「王都べクラール。高さ20メートルの四重の壁に囲われた街であり、その直径は約10キロメートルあります。」
その街の構造は、ベクレルとよく似ていた。
中央に王城があり、その周囲を四重の外壁が取り巻いているという訳だ。
それは非常に堅固な作りに見える。
しかし、それらも8年前の戦争で崩壊、突破され、中央にそびえ立つ王城は見る陰もない。
「王都…崩壊した街が拠点って事?」
「いいえ。それそのもの、という訳ではありません。」
エウレリアはそうは言うものの、橄欖のモーターは唸りを上げ、その歩みは更に勢いを増していく。
橄欖が王都へと距離を詰めるにつれ、その惨状はより鮮明に姿を現す。
それはカイルに、この戦いが紛れもない現実であることを突きつけていた。
目の前に迫る最外壁は、周りを警備しているディダですら小さく見える。
その最外壁の一部が崩落した箇所へ、橄欖は艦首を向ける。
崩落幅は約30メートルと言ったところか。
ただ、その部分は綺麗に清掃されており、橄欖が出入りするのに不自由は無い。
『みなさ〜ん、そろそろ旧王都べクラールですよ〜。』
ペゼリアの艦内放送が響き渡る。
相変わらずの、気の抜けそうな声は、ようやく橄欖が安全圏に入った事の証だろう。
何となく、艦全体の空気も軽くなったと感じた気がした。
その後橄欖は、崩壊部分を僅かな隙間を残すのみで通り抜け、やがて旧べクラール王都に乗り入れる。
窓から見える景色は、散々たる情景であった。
崩壊した最外壁から、前に見える二つ目の外壁までは、恐らくベクレルの街が丸々1つ収まるだろう。
しかし目に見える範囲では、殆ど整備されず、人が住んでいるとは考えられない街並み。
いや、最早それは自然に還っていると言った方が正しいだろう。
崩れた石と草木ばかりが広がり、そこには人の暮らしの名残よりも、長い放棄の時間だけが残されていた。
そこに人の気配は無く、時折見えるのは、橄欖から逃げるように飛び立つ鳥類と、人が飼い慣らせるとは到底思えない獣達。
元々住居としての役割は少なかったのか、ここが街であったと言われても、すぐに納得するのは難しいだろう。
場所によっては木々が覆い茂り、ディダが隠れる程の森になっている。
そんな自然の中に出来た砂利道を突き進む橄欖は、次第に二つ目の壁に突き当たる。
しかしその壁には亀裂すら無く、橄欖が侵入できるだけの空間は見当たらない。
「結局王都に入ったけど…行き止まりだよね…?」
カイルがエウレリアに問いかけたとほぼ同時に、艦内放送が流れ出す。
『クルーのみなさ〜ん、橄欖は今からローグ・ベグルに入港しま〜す。大きく揺れるから、気をつけてね〜。』
ペゼリアの放送が終了するや否や、目の前の壁が地面ごと競り上がる。
表面上は、周りとの差を感じない程綺麗にカモフラージュされているが、その中身は地上の構造物と大きく異なっており、金属の冷たい内壁に、青白い灯りが反射する。
そこへ橄欖は、安全を考慮しながらゆっくりと前進する。
それは、橄欖が余裕で収まるほど巨大なハッチ。
地下から吹き抜ける風が周囲の木々を激しく吹き抜ける。
この下には、完全に地上とは別の世界があると感じた。
その構造物は、やがて橄欖全体を飲み込むと、静かに、しかし1度だけ大きな衝撃を立てて沈み始める。
陽の光が届かない薄暗い世界で、周囲の灯りが次々とゆっくり上へ流れて行く。
室内であるはずなのに、冷たい風がカイルの身体を撫でたような気がして、思わず身震いする。
「旧王都べクラールに作られた地下都市、それが私達の拠点…ローグ・ベグルです。」
長い時間をかけ、やがて周りの景色に変化が現れる。
「これが…ローグ・ベグル。」
昇降機の外壁の一部が巨大なガラス張りへと姿を変え、その視界には地下空間の巨大な施設群が現れる。
薄暗く、常に夜なのかと錯覚するが、無機質な中に点々とする灯りは、確かにここに人が存在するのだと示していた。




