ep3-TeX体⑤-
「ただいま帰ったっすよ。」
静けさの中、機械音が響き渡る橄欖のブリッジ。
カイルら3人は、足取り重く、そこに入室する。
カイルがブリッジを見渡すと、ペゼリアはやはり椅子でクルクル回転していたが、こちらに気づくや否や動きを止める。
「おかえり〜!チョコ食べる〜?」
ペゼリアは、相変わらず緊張感の無い笑顔で、すぐ脇のコンソール下から、両手いっぱいにカラフルな包み紙のチョコレートを差し出す。
その屈託の無い笑顔の前では、自分達の気分も自然と軽くなり、思わず顔を見合わせた3人の表情も、不思議と軽くなるのだった。
「ありがと~、つかれたっすよ〜…」
「ボクも欲しい…」
シンディナとフレンツェラの2人は、ペゼリアの手から一つつまみ取ると、それを口に頬張る。
「ほら、カイルちゃんもど〜ぞ、疲れがとれるよ〜。」
「ありがとうございます。」
カイルもペゼリアの手から、恐る恐る一つ選び取る。
横の2人が幸せそうに頬張っているのを見て、カイルも紫の包を開けて口に入れる。
幸せの味、至福の一時とはこの事を言うのではないだろうか。
口いっぱいに広がるほろ苦い甘さは、今までの身体の硬直を、一度に解す思いだった。
「で、あんた達がいながら、どうしてカイル1人無傷で帰れないんだい?」
上段からのコルネリスの一言で、思い出したかのように身体が強張る。
それは、心音が周りの人にも聞こえるのでは無いかと思う程、激しく鼓動しているとすら感じた。
「それがさぁ、あいつら無傷で潜んでたんっすよ…。」
シンディナは、笑顔を崩さないペゼリアから、更にチョコレートを受け取りつつ、報告とは思えない程適当に返事をする。
「どういう意味だい?」
しかし、コルネリスはそれを意に介さず、淡々と質問を繰り返す。
この艦の人々は、軍人では無いのでは無いかと思う程に、常に無礼講であると感じる。
しかし、それは良くも悪くも、この艦全体のモチベーション向上へと繋がっているのだろう。
「ディダのやられ方を見てる限り一方的。ほとんど戦いにもなって無いと思う。」
「そうっす。恐らく囮として使っていたワーカービーも、纏めて砲撃したと思われるっす。」
橄欖は、1度も足を止めることなく今も動き続けている為、他の誰もハッキリと現場の検証は行っていない。
それはこの戦闘自体が、彼女達にとって取るに足らないイレギュラーと判断していたという事だろう。
しかしこの報告は、どうやら予想外の出来事だったようだ。
「つまり…」
深く考え込むコルネリスの前に、一同が静まり返る。
ペゼリアですら、チョコレートを持つ両手を静かに降ろした。
「敵はロンド共和国軍の…TeX体…って事かい…。」
その一言にブリッジ全体の空気が凍りつく。
恐らく、その理由が理解出来ていないのは自分だけだと、カイルは察した。
ペゼリアですら、額に汗が流れ落ちているのが見て取れる程だ。
「ペゼリア、第二小隊に先行偵察を。子供一人として見落とすな。それと付近に展開している部隊に、情報共有を呼びかける事。」
「了解です。」
ペゼリアが普段の楽観した雰囲気と一変し、先程までチョコレートを配っていたと人物は思えぬ程、コンソールに向き合うと手早く操作する。
他のブリッジクルーも、慌ただしく動き始めたのが見て取れる。
「緊急連絡。付近でTeX体出現の可能性有り。総員警戒態勢。第二小隊は付近並びに先行偵察を行ってください。繰り返します…。」
艦内放送で的確に指示を出すペゼリアに、彼女はこんなにも真面目に勤務する事も可能なのかと、呆気に取られた。
数人が慌ただしくブリッジに駆け込み、コンソール上の設備を操作し始める。
そこに先程までの静けさは無く、艦全体が慌ただしくなったのだと感じた。
カイルは、恐らくそこまでの大事なのだろうと、今になってその場の空気を理解したのだ。
「あの、TeX体って?」
カイルはコルネリスが忙しい事を理解していたが、どうしても確認する必要があると考えた。
自らも適切な行動を取るために。
「そうだな…んー、簡単に説明すると、機械体とは違った神出鬼没で危険な兵器かな。」
「神出鬼没…危険…。」
与えられた情報は極僅かだったが、時間との戦いである今、その解答が精一杯なのだろう。
正直どの様な存在なのか、見当もつかないが。
「危険かどうか、感じ方は人それぞれっすけどね。」
カイルの横で、シンディナは腕のストレッチをしている。
「当たりのTeX体であると考えると、ディダ一個中隊なんて相手になるはず無いっすよ。」
「そう、正直言って強個体のTeX体に当たったら最悪。この部隊の全滅も有り得る。」
目の前で、あれだけの強さを見せ付けられたこの2人がそう言う存在。
自分に出来る事なんて、何も無いのでは無いか。
むしろ、大人しく邪魔をしないのが正解なのだろうと、カイルは拳を強く握りしめるのだった。
「あ、そう言えば、昨日カイル君を助けたのもエウレリア様のTeX体。」
「え…」
フレンツェラのその一言は、カイルの記憶をフラッシュバックさせた。
昨晩の惨状。
自らに手を差し出したエウレリア。
そしてその際に突如消えた、謎の機体。
あれがーTeX体ー。
「さあ、この話はここまでだ。王都までそう遠くは無い。みんな、気を引き締めて行くよ。」
そう言うと、コルネリスは階段を降りてカイルの下へ足を運び、カイルの肩に手を掛ける。
「カイル、TeX体は敵に回すと恐ろしい、けど味方ならこれ程心強いものは無いんだ。」
「はい…。」
今なら理解できる。
エウレリアがスティンガーを瞬殺してみせたように、敵のTeX体も多数のディダを葬ったのだと。
そして、今感じているこの感情こそが、恐怖なのだと。
「よく無事に帰ってきたな。今はゆっくり休みな。」
コルネリスは笑顔を見せて、カイルの頭を撫で上げる。
「ありがとうございます。」
カイルが返事をすると、うんと一言頷くと、すぐに立ち上がる。
「ペゼリア、副艦長として艦の全権限は譲渡する。」
ペゼリアは通信しながら、コルネリスと目を合わせて軽く頷く。
彼女が、副艦長だったのだ。
「第一小隊も警戒に当たる。シンディナ、フレンツェラ、補給が済み次第すぐに出撃できるように準備。」
了解と2人が返すと、3人は駆け足でブリッジを後にした。
「カイル」
一人取り残されたカイルに、背後から誰かが声をかける。
驚き、振り返った先にいたのはエウレリアだった。
「ここでは休息もままなりません。客室へ案内しましょう。」
エウレリアは話しながら、先にエレベーターへと足を運ぶ。
カイルも急いでその後に続く。
動き始めたエレベーターでは、2人の間に息苦しい程の沈黙が発生する。
ブリッジの奥から出てきたという事は、先程のフレンツェラとの会話も耳に入っていただろう。
「あの…。」
沈黙に耐え切れず、カイルが思わず口を開く。
「何か。」
エウレリアは正面の扉を見たまま、目線も動かすことなく単調に答える。
カイルは、その動作に息を呑んだが、意を決して口に出す。
「ベクレルの街で助けてくれたでしょ?」
カイルの言葉に、エウレリアはピクリとも動かない。
それを見てカイルは続ける。
「あの時消えた機体…あれが、」
「ユレクスサイト。」
エウレリアの声が、静かに遮った。
まるでその質問が来ることが分かっていた、と言わんがばかりに。
「TeX体No.0201、ユレクスサイト。それがインターフィラーである私の、TeX体。」
エウレリアがこちらを見る。
動かすことの無い、見つめ合うその瞳には、いったい何の意味があったのだろう。
扉が開くと、エウレリアは外に出て振り返る。
「あなたも…」
エウレリアは静かに言った。
「TeX体の、インターフィラー。」
インターフィラーが何なのか、カイルには分からない。
だが一つだけ、分かった事がある。
それが…選ばれし者…なのだと。




