16. 時々、ふかふかパン
はやては目を覚ました。まだ、薄暗い早朝だ。
ぼんやりしたまま、ベッドを見渡す。みんなはまだ、夢の中。けれど、ファスの姿がない。
そっと抜け出し、ぐいぃ、と体を伸ばすと台所へ。
嗅ぎなれたいい匂いがする。ひょいと覗くと、ボウルを運ぶファスが居た。
「なぁう」
「はやて、おはよう。起こしちゃったかな」
「なーな」
挨拶代わりのすりすりを終えると、椅子に上り一緒にボウルを覗き込む。そこには、すっかり発酵して膨らんだパン生地。はやての尻尾がピンと立った。
確認の為、人差し指を入れ頷くファス。はやてもいそいそ手袋をつけ、そっと触れる。
柔らかくてふかっとしていて、ほんのりあたたかい。
「なー……!」
ふか、ふかふか。
はやてが喉を鳴らして楽しんでいる間、ファスは準備を進める。いつもの丸いパンもいいけれど、今日はちぎりパンにしてみるつもりだ。打ち粉に刻んだドライフルーツ、大きめの四角い容器、めん棒を台の上へ。
「まずは生地の空気を抜いて、平らに伸ばす。あ、はやてもやる?」
「なうっ」
めん棒を持つはやてに、にこりと微笑み生地を台に広げる。一緒に空気を抜くと、めん棒を器用に転がし、均一に広げていく。はやては真剣だ。平べったくし過ぎてもいけないと、力加減に気を配る。
「な?なーおう」
「すごく上手だよ、はやて。次はこれを生地に散らして……」
生地にドライフルーツを満遍なく、そして破れないよう巻いていく。初めて見る作り方に、はやての目が輝く。フルーツがこぼれない様巻き込んで、うずまき状の筒ができあがった。最後にしっかり端を合わせておく。
「あとは切って、並べて二次発酵」
「なう、にゃ!」
「切ってくれるの?…じゃあ、お願いしようかな。八つにして、この中に入れたいんだ」
「なー…」
はやてはあちこちから筒を観察、そして肉球を光らせ、小さく風の刃を作った。一つ二つ三つと数を増やし……、
「なうっっ」
整列した風の刃が、すぱんっと優しく筒を切った。綺麗なうずまきの断面に、ファスは思わず拍手。ふたりで慎重に並べ入れ、笑い合う。
「発酵が終わったら、後は焼くだけ。その間にスープ作っておこうかな。ありがとう、御蔭で早く終わりそうだよ」
優しく撫でられ、はやてはゴロゴロ喉を鳴らした。
今日の朝は焼き立てパンと、スープ。みんなで食べるのを楽しみに、はやてはお手伝いを続けた。
……ふんわりと巣に広がる、焼き立てパンの香りに、パクたちはばっちり目を覚ました。
それぞれぐいぃぃ、と体を伸ばし顔を洗い、いそいそと台所へ向かう。
「にゃあ、にゃーあ」
「あ、みんなおはよう。よく眠れた?」
「なーう、なー」
「にゃんにゃ、にーい」
全員にすりすりされ、ファスも笑顔で優しく撫で返す。今日もぽわぽわはあったかい。パクたちは挨拶を終え、一緒になって台を覗き込む。そこには、ふっくらうずまきパン。甘いフルーツと香ばしい香りが食欲をそそる。まんまるの目が輝いた。
「ぶにゃ!」
「綺麗でしょ、はやてが切ってくれたんだよ。まだ熱いから、もう少し冷ましてからね」
「にゃむむっ」
「んにゃ!」
みんなから褒められ、テーブルを拭いていたはやては、ででんと胸を張っていた。
にゃあにゃあとお皿を運び、セッティングを終えるとスープがよそわれ、パンも運ばれてくる。
「ちぎりパンっていうんだって。こうして一つ一つ、取れるんだよ」
「にゃー…」
まだあったかいので、ファスが一つずつお皿に入れていく。いつもより大きくて、食べ応えがありそうだ。全員に行き渡り、いただきます。
まずは、小さくちぎってふうふう冷まし、ぱくりと口へ。外はさくさく、中はふかふか、ほんのり甘い。
全員の尻尾がピンと立ち、ゴロゴロ大合唱。その様子でよく分かったファスは、にこりと笑った。
「ゆっくり食べてね、スープのおかわりはあるから」
「にゃ!にゃにゃ!」
琥珀色のスープは、優しい野菜のおだし。薬草も少し入っているようだ。ハーブの香りもよく合う。これもゴロゴロ大合唱。ゼイタクで幸せな朝ごはんだ。
このパンも好きジャム入れてもきっと合う、とにゃあにゃあ賑やかな中、はやてはパンをゆっくり味わっていた。
「なー……!」
いつものまるパンも好きだが、はやては特に、ふかふかが好きなのだ。こうして大きくて、外はさくっとしているパン。中がふんわり過ぎず、ぎゅっと詰まっていない、その中間が好きなはやて。
そのふかふか好きは、パン生地にも。一次発酵が終わった、膨らんだ生地の感触も気に入っている。
初めてこっそり触れた時は楽しくて、加減せずにふかふかしたせいか、うまくいかなかったとファスを落ち込ませてしまった。それからはそっと、優しくふかふかを楽しむようにしている。
「ぶにゃ、ぶーにゃ」
「なう?なーな、にゃ」
そんな、はやてのふかふか好きを知っているパクたちは、分け合うようにしている。ふかふかは大体大きいので、一つずつなのだ。けれど、はやては受け取らない。おいしいからこそ、みんなにも食べて欲しいと思っているようだ。
今も、ダイチのパンを返そうとしているので、そのお皿をファスは受け取った。
「じゃあこれは、俺がもらうね。はやてとダイチにはこっち……半分こだよ」
渡されたのは、一つ残っていたちぎりパン。ファスはにっこり微笑み、ふたりのお皿に入れた。
勿論、ファスも気付いているので、はやて好みのパンを作る時は、多目に作るようにしている。
「にゃあ…」
嬉々と食べるふたりをパクが見ていたので、ファスはそっと自分のパンを渡した。
仲間思いの魔猫たち。今日も巣の中には、優しい風景が広がっていた。
「…早起きしてよかったー……」
「………」
「モフモフがほわほわで尊い。そして絶対おいしい。かわいいがかわいい。今日も私がんばる」
……遠征に行く前に会いに来た、冒険者三人組が仲良く倒れているのを見付けるまで、あと少し。




