第3話 屋敷の採用試験 1
アマリリスは膝の上に鞄が置いてあり、馬車の窓から風景を眺める。アマリリスの世界は自分の家と庭。たまに家族で家から1時間程歩き、辻馬車に乗って買い物に行く町。それだけで、両親の故郷の桜良国に行った事もないし、友人も出来た事がなかった。退屈だと思っていたし、外の世界で働く事が嬉しいのか、アマリリスには分からなかった。
馬車を降りて鞄を持ってティートリー達について行き、ハーブと花の広い庭園を歩いていく。
(綺麗だから、後で庭を探索したいな)
見たことない色鮮やかな花が咲き乱れていて、一輪くらい大丈夫だろうと黄色い花を摘む。
「君は今日からこの屋敷の使用人で、自分の家みたいに振る舞わないように」
「すみません」
「衣食住の不安もない良い暮らしが出来て、君にしか出来ない仕事だからクビになる事はない。そのかわり、君の運命は僕が握っていると思っていなさい」
アマリリスは花を捨てた。働くとは主人のいいなりになるものか?と、鞄の取っ手を強く握った。
カントリーハウスと一般的に呼ばれる大きな屋敷に入ると、菫色の目を釣り上げた美しい女性が仁王立ちしていた。女性はエキゾチックな雰囲気で、濡烏色の髪を編み込み鼈甲の簪で纏めている。太い眉に狼のような目つきで、鮮やかな七宝焼のネックレスをつけている。後ろに化粧っ気のない女性が、一人呆れた顔をしている。
「旦那様、お帰りなさい。朝早くから出かけたと思ったら、その子は誰?」
「シオリ。前に話したじゃないか、紅霞の純血なら君の子供が救えると」
「私と旦那様の子供ね。恩着せがましい言い方やめて。それに、私も母の故郷の町で紅霞の純血は不吉だと言われるようになったのを、私は話した」
老舗の呉服屋があり、跡を継いだ長男は平凡で何の特徴もなく本人は気にしていた。見合いをして妻を娶ったが、その女は輝くばかりの美しさだった。白銀の髪に紅色の瞳で、非凡に憧れていた長男は妻をとにかく気に入っていた。妻が結婚前から付けていたとんぼの装飾品を男が取り上げて、こっちの方が似合うと高価な装飾品を付けさせた。華美な着物を妻に着せて、まるで花魁のようだった。西洋の本を取り寄せて、美しい魔物の絵を妻に見せて「君に似ている」と語っているのを下女は見ていた。
数十年が経ち夫婦に子供はできず、親戚の子供を養子にとり跡を継がせた。妻は全く年をとらず相変わらず美しく、男は元々年上だったのもあり、白髪だらけでまるで親子のようだった。
妻はその色気で使用人や家業の従業員といった男達を魅了しては、男は嫉妬に駆られて全てクビにした。ある日、嫉妬深くいつもの様に浮気を疑った男は妻と喧嘩をした。カッとなった妻は男を突き飛ばし、金目のものを盗んで取り上げられた装飾品を持って姿を消した。男は妻がいなくなり廃人同然になり、仕事も出来なくなり失踪した。夫婦の行方は誰も知らない。
「桜良国の本当にあったかどうか分からない、君の母親の故郷の民話みたいなものだろう。また迷信を本気になって」
「あの子にあの格好させてるのは、それだけじゃないわよ。」
2人は罵り合い、フットマンと従者は慣れた様子だ。フットマンは屈んでアマリリスに耳打ちをする。
「喧嘩してる女の人がこの屋敷の女主人のシオリ様。君が治癒する子供の母親で1番目の奥方」
アマリリスは、あれ?と気づく。何故、1番目がいるのか。フットマンに聞くと、プランタン国は全ての妻子を養えられる人間のみ、一夫多妻が可能。
「普通は3人までだけど、旦那様は悪癖があるから。5人の奥方は流石に多い」
「しっ、子供にいう事じゃないだろ」
フットマンと従者はひそひそ話していて、主人達は子供の教育に良くない喧嘩を目の前でしている。
「どーせ、いつもの可哀想な女に弱いからこの子を連れてきたんでしょ」
「馬鹿な事を言うな、マレインのためだ」
「旦那様、奥様。子供とメイドが見てます」
従者が2人に割って入り、シオリを周りを見渡すとメイド達は顔を背けた。シオリはため息をついて、アマリリスを一瞥した。
「マレインは具合が悪くて、今寝込んでいるから具合が良くなったら採用する。それでどう?」
「僕が彼女を採用したのに、何故君が決める」
「使用人の面接は、うちでは女主人の仕事に含まれている。忘れたの?」
シオリに鼻で笑われる。紅霞の純血を雇ったと、馬車の中で鼻高々だったティートリーだったが、決定権は妻にあった。だが、ティートリーはスカウトしに行って、泉の情報を元にアマリリスに命令した事はある。アマリリスに手招きして呼ぶ。
「シオリ、君に採用を任せる。アマリリスは、先程話した通りにしてくれ」
「治癒は週一やるんですね」
「しばらくは、週一だ。マレインの体調次第だが」
馬車の中でティートリーが泉の話を無視して、一方的に週一と決めた。アマリリスは、反論しようとしたが無言の圧を感じて黙った。
「アマリリスと申します。よろしくお願いします」
アマリリスはシオリに向かって、お辞儀をする。シオリは度肝を抜く。紅霞の純血は異性を誑かす、毒々しくてお高くとまった美女をイメージをしていた。目の前の少女は童話に出てくるような可愛らしくて礼儀正しい少女だった。
「私に付いてきなさい。3階は旦那様と奥方の部屋で2階は子供達の部屋よ。そこに、マレインの部屋があるから。エメルトはこの子の鞄を持ってあげて」
「お客様、鞄は私が預かります」
「あの、この人も旦那様の奥様なんですか?」
シオリがプッと吹き出し、エメルトと呼ばれた侍女はシオリの顔色をチラリと伺う。
「この人は私の3人の侍女のうちのエメルト。マレインの部屋にバルバラというナースメイドがいるから間違えないでね」
「看護婦さん?」
「ナースは子供の世話係で、部下のナースメイドは力仕事担当。ナースは、高齢で数カ月前に辞めて今はいないわ。今は、マレインが体調崩した時はバルバラと私で看病してるわ」
アマリリスはシオリについて行き、階段を登っていく。広い廊下を歩いていくと、数枚の家族写真が壁に飾られていた。アマリリスは歩くスピードを落とす。写真には、色んなタイプの奥方と子供達がいた。次に目に入ったのは、ティートリーは白髪が全く無く、むしろ肌艶が良い。若い頃だと分かる。ティートリーと、おそらく妹と両親が一緒に写っている写真もあった。ティートリーと妹の肌の色は、母親譲りだ。全員、カメラに目線を向けている中、1人だけ俯いている2つ結びをした少女がいた。




