37話 最悪の選択
西浦あかりは見渡して状況を整理する。特殊能力が戦闘に光景できるものではない以上、能力抜きにできることをやって貢献するしかない。
アカリ自身含めてチームメイト六人のうち、美南哀月に加え日比谷興奈が大手町白に生気を吸われて気絶した。川口青空澄は行方不明で恐らくこのお化け屋敷の中にいる。
だがさっき会った茅場久遠が同行し力を貸してくれて、今動けるのは四人。このメンバーで皆を連れて脱出する。キヨシを助けるか倒すか、どちらもできず撤退するか。それは皆を助けることを最優先にして考える。クオンと三郷楽阿で意見が割れているが、皆で帰還するために選ぶ道で争うことはない。牽制し合って脱出失敗するのは本末転倒だから。
「アイリは俺が預かる! お前はオキナを」
脱出のためにまず気絶した二人を運ぶ人が要る。ラクアは先に気絶したアイリを抱えていた大森憩に、彼女は自分が引き取る代わりにオキナを運ぶよう提案した。
「その方が楽だ。お前は誰を持っても同じ。俺は軽い方がいい」
イコイの能力は最低限の力を込めると最大限で発揮されるもの。軽く力を込めるだけで全力で持てる重さを持ち上げられる。だからアイリを抱えて全速力でキヨシから逃げ回っても平気だった。一方でラクアも力はあるものの素の筋力依存であり、重いほど疲れる。
イコイはアイリとオキナのどちらを担当しても負担は同じで、ラクアは体重の軽い方を担当する方が負担が少ない。得られる結果が同じなら、労力を抑える方が合理的。それだけのメリットがあるから、イコイが一度降ろして別の人を抱える手間など大したものではない。
「ラクアが触りたいだけでしょ」
理屈を並べておいて本心は好きな子を抱きたいがための提案なのではないかとキヨシは指摘しつつ迫る。イコイはアイリを降ろす前に彼の接近に気づき、抱えたまま素早く移動した。
ラクアの案は一見合理的だが、アイリとオキナ、二人の立場が違う。キヨシの狙いは前者で、抱えた方をしつこく追い回すだろう。目的は彼女に好意を寄せるラクアを、自身と同じく霊体にすること。もう拒めなくなるように、まずは彼女を霊体にする。だから彼女を運ぶイコイはさっきまで追い回されていた。
どちらを担当するかによって追われる負担に差がある点を無視して担当分けするのは危険だ。ラクアがアイリを抱えれば、キヨシはイコイたちを無視して彼が疲れるまで追うだろう。標的の二人が一緒にいるとなれば好都合だ。
つまりラクアの案は、キヨシの意図を無視すれば合理的な選択だが、考慮すれば逆に最悪の選択なのだ。
ともあれイコイが機転を利かせ、キヨシの狙いであるアイリとラクアが二手に分かれた。とはいえ前者を追うのは面倒でもない。確かにイコイは人を抱えても機敏に動き回れるが、うっかりぶつけたり落としたりするリスクがある。それをキヨシがさっき指摘して、彼には迷いが生じている。
「……おい、お前が足止めしろ」
労力とは別に考慮が必要な、狙われやすさという要素。無視できないとはいえ考えに組み込むと複雑になる。なら考えなくて済むようにすればいいと開き直ったラクアは、クオンを利用することにした。彼女がイコイの動きを妨害してくれれば、狙われることはなくなり無視していい要素になる。そうなれば当初の案でいい。
クオンは頷いた。脱出の達成にあたりラクアの案に異論はない。そして足止めに留まらずキヨシを仕留めていいということは合意を得ている。能力で影を集めて棒して握り、叩きに向かう。
キヨシは手に纏う布を放って影の棒を絡め取った。だがクオンは瞬時に影を分解し、布から引っこ抜く。すぐさま再形成し、彼の頭振り上げた。ガードできないと悟った彼は飛び退いて避ける。だが彼女は諦めず再び特攻する。一度当てると決めた攻撃は、成功させるまで何度でも仕掛ける。
一方アカリはアスミを探す。相変わらず見当たらないから、考えを予測する。彼女なら何ができるか、そこからどんな思考でどこへ向かうか。
「諦めが悪いね」
キヨシは飄々と躱しながらクオンにしつこさを指摘する。だが彼女は止めない。相手が鬱陶し思うほどの執着が、彼女の武器であり勝算だ。
彼は霊体ゆえいくら激しく動いても疲れないから、躱し続けていれば先に息切れするのはクオンの方なので、近いうちそうなるときが来るだろうとたかをくくっていた。だがそうなる気配を感じず、彼女は半端な覚悟で向かっているわけではないと実感し、称賛する。
すると彼の呟き、諦めのフレーズでアカリは閃いた。もしかしたらアスミは、諦めているのかもしれないと。
「ねえ、アスミはギブアップしたんじゃない? 逃げられないと思って」
アカリはラクアと並走しながら考えを述べる。さっきまではオキナの能力により施設内の一部が明るくなっていた。だから自分たちはそこを目印にイコイたちと合流できたし、同じようにアスミがここへ向かうこともできたはずだ。けれどもあえてそうせず留まった。それは合流したところでキヨシ相手に脱出成功できる予感がしなかったがゆえと考えられ、もしそうなら今の逃走も阻まれる可能性が高い。そんなことを告げても士気を下げるだけかもしれないと思いつつも、黙っていては何も進まない。
この考えはイコイにも伝えたいが、彼の全速力にはついていけない。
「勝手にしとけ!」
ラクアは突き離した。駄目と分かったら諦めて受け入れる。それは楽かもしれないが、受け入れたくなんかない。未来を動かす何かを起こせると信じて、やれるだけのことをやり続ける。そりが合わないのなら見限る。説得に労力を割くくらいなら、やる気のあるメンバーだけでできるように作戦を練り直す。そして今の作戦にアスミは関係ないから、変更せず突き進む。
「何?」
「えっと、アスミもしかしたら逃げられないって分かって諦めているんじゃないかって」
声を荒げてそんな意思を掲げたラクアに先を行くイコイが反応し、止まって様子を見た。アカリは彼にも伝えるチャンスと捉え、アスミが姿を見せないのはその場から動く気がなく、それは成功のビジョンが見えないがためで、要するに自分たちの作戦がうまくいくかは怪しいと、できるだけ手短に伝わるよう告げた。
「そうかもな。さっきみたくお化けの手が湧いてくるかも」
「そうね…… あ、でも私たちが来たときは無かった!」
イコイはうまくいかないかも言われてもラクアのように感情的にならず、考えられる要素を冷静に分析した。思い当たるのはお化け屋敷のギミックである無数の手だ。前にも彼らは脱出しようとしたが、その手によって一人ずつ脱落し、閉じ込められていた。
今回も同じように阻まれるのなら全員での脱落は不可能。だがアカリは、さっき入口からここまで来た際にその手は追ってこなかったことを思い出し、今なら襲われずに出られるかもと考えた。
だがその理由は、突入の目的が出口への到達ではなくキヨシに会うことだったから。だから行きでお化けの手は襲ってこなかったわけで、帰りは別。この先で待ち構えていることは三人とも知らない。
クオンは苦戦していた。キヨシのペースが一向に乱れない。彼女は不老不死の敵を殺す活動を、鬼ごっこで喩えている。本気を出してすぐ捕まえるより、逃げる側が諦めるまで追い回す方が、相手は嫌がる。だからいつまでも食らいつき、敵が鬱陶しいと感じるようになると、その感情をエネルギーして彼女は力が漲り、いっそうねちっこく攻める。不死であることを嫌に思い、死後の世界へ自分の意思で行かせる。それが不老不死の攻略法だ。
「息が上がってきたよ」
「うるさい」
だがキヨシは違う。追われることを楽しんでいる。嫌がってくれないからクオンは調子が狂う。癖があって厄介だと思ったが、彼女はふと気づく。単純に彼の実力が高いがために、追い詰めるに至っていない。
だがそれだけではない。キヨシが強いというのに加えて、彼女自身が普段の強さを発揮できていない。ラクアに絡まれたときの疲れが抜けず、本調子が出ないせいだ。普段通りにやれていればここまでてこずることはなかっただろう。
「……あいつのせいで」
そう気づいたクオンは憎悪の矛先をラクアに向けた。全員の脱出が最低限の任務と約束したが、彼だけはキヨシ同様に敵だと認識を切り替えて、襲撃に向かった。キヨシは今の彼女の独り言と向かった方向から意図を考え、疲労の原因と思われるラクアに八つ当たりしにいったと予感し、急いで追いかけた。
「いるじゃねえかよ!」
ラクアはキレた。ただ一つの退路を断たれ、ついに爆発した。アカリもショックのあまり笑いが溢れる。イコイはさっき彼女が脱出したときの隠し通路へ向かおうと提案しようとしたが、気絶しているアイリを連れて出られなかったことも思い出し、けれどもアスミを見捨てるラクアの判断に倣えば、出られる人だけ出るのが正解に思え、提案した。
「抜け道がある。でも結界が張られててコイツらは通れない」
「……え、置いていくの!?」
「仕方ない。そうだよな?」
「……行くぞ」
助けに向かった時点で、全員で助かる方法なんてなかた。そんな現実に直面した以上、目的の達成は諦めざるを得ない。行方不明のアスミも、気絶したアイリたちも、いざというとき切り捨てなくてはならないことに変わりはない。
その判断にアカリは戸惑う。ラクアも彼女のその反応は理解できるが、今立ち止まって考えても手捕まって誰かが脱落してしまう。出るかどうかはさておき、隠し通路を進みながら考えれば時間を稼げるので、とりあえず向かった。
「……分かったよ、探すよ! アスミも、全員で出る方法も!」
「もちろんだ」
そして少し得た考える時間でラクアは決断した。全員助ける方法を考えると。
見離すかどうかの境界を、それぞれの難易度を想像して考えて、皆が納得するよう説得して、けれども予期せぬ展開を前に破綻して仕切り直して。都度頭を回して苦渋の決断を下すくらいなら、いっそ理想を掲げて目指す。ここにいるメンバーで自分だけ助かろうとする人はいない。それなら文句ないだろうと割り切ったラクアは、説得するのと境界を考える手間を省けるという意味で楽になれる提案をした。
最低限のクリアさえ難しいなら最大限でのクリアを目指す。そう前向きになったことに、イコイは気が昂る。その意気だと頷き、まずは迫る手の対処だ。
そこにちょうどクオンが突っ込んできて、影で作った棒でお化けの手を薙ぎ払ってくれた。ホッとしたのも束の間、彼女はラクアめがけて影の棒を振り下ろす。
そこにキヨシが割って入り、彼を庇った。アカリは今の一瞬の出来事を見逃さなかったものの理解が追いつかなかった。なぜクオンはラクアに襲いかかり、それをなぜキヨシが庇ったのかが。
「……サンキュー」
一方ラクアは勘違いしていた。自分を狙っていたのはキヨシで、そこに先回りしたクオンが彼を仕留めてくれたのだと。動きを見逃して結果だけから考えればそんな展開だと考えるのは自然だが、実際は違う。
クオンとしても誤解されたが結果的にキヨシに痛手を負わせられたので、ラクアへの憎しみは収まり、仕切り直して彼を狙おうとはしない。
「今よ! 皆、外に!」
アスミの声が響いた。じっと固まって脱出するチャンスが到来するのを待っていた彼女は直感のままに動き、アカリたちのいる隠し通路に来た。そして今なら出られると告げ、裏口へ誘導する。
キヨシが吹き飛ばされたのを見たイコイは、今なら結界が弱まって気絶しているオキナたちも外へ出られるかもしれないと考え、実践した。アスミの言っていた通り、無事に外の明るい世界へ脱出した。他のメンバーも続き、七人全員が施設の外へ出られた。
「あ、アカリ動いた! オキナもっ」
すると日の光で回復したアイリたちに反応があった。結界の呪縛から解放され、意識を取り戻したのだ。
「あれ、ここ……」
「よし、遊園地を出る」
次のタスクは遊園地をで作ったこと。そこまですればきっとキヨシは干渉できなくなる。アイリたちに事情を説明するのは、安全圏に出てからでいい。そう決めつけて先導するラクアに、アカリは言いたいと思った。
「あの人、ラクアを庇ったんだよ?」
「は? 後にしてく」
「それじゃあ手遅れ!」
彼の言う通り、今から話したいことは脱出に必要な情報ではないから、後回しにするよう一蹴されても仕方がない。だがそれから話すのでは取り返しがつかない。気づいて黙って抱え込んでおくのも心が重くなる。
今話して、それでもこのまま出ようと決めたのなら、アカリも受け入れる。その方がきっと心は軽くなるだろうから。
「……さっきラクアを襲おうとしたよね」
「ええ。私の力が出ないのは、彼にやられたせいだもの」
「は? キヨシに勝てないのは俺のせいだって、それでやろうとしたのか」
クオンの自白からラクアと言い合いに発展した。そしてアカリは見たものが間違いではなかったと確信する。問題は彼を庇い結界の維持も追跡もできないほど消耗したキヨシを、このまま置き去りにしていいのかどうかだ。少なくとも彼を庇ったのは、友達だからのはずだ。
「さっき言ったよな? 全員で出るって」
イコイがラクアに告げる。さっき宣言した皆での脱出。そこにキヨシも含めるのなら、このまま出るのは間違いのはずだ。霊体とはいえ友達を助けることを諦める。そんな逃げ道に進むのは正しいか、いま一度問いかける。
すると施設の中からキヨシが現れた。眩しがっているが、体が消えたり薄くなったりはしていない。動きづらそうな一方、ラクアたちにとっては自由に動ける明るさだ。
「ここで決めるぞ」
もう逃げるという選択はない。キヨシを説得し、襲撃を止めさせる。そして一緒に帰る。そのための最後の勝負が始まる。




