36話 助けることが正しいか
「行くぞ、俺らでアイリたちを助ける。それだけは絶対だ」
三郷楽阿は茅場久遠と約束し、お化け屋敷の入口に突入する。目的は閉じ込められた美南哀月たちを霊体になった大手町白から守ること。
キヨシの幼馴染であるラクアは彼のことも助けたくて、殺し屋として彼を地上から追い出す使命があるクオンで、目的は対立している。だからさっきまで勝負をしていてラクアが勝った。
だがここでクオンを追い返してしまってはアイリたちを救出できないだろう。彼女の力が必要と受け入れたうえで、アイリたちをキヨシから解放する点はラクアと彼女で一致しているということで、それだけは達成すべく協力を持ちかけた。
「標的をどうするかは」
「そのときの結果がすべてだ」
クオンは念のため尋ねた。ラクアのいう目的に異論はないが、キヨシに対してはどうするのかと。そして彼は答えた。自分と彼女で、好きなようにすればいい。
救出までは足の引っ張り合いはしない。ラクアの説得中にクオンが奇襲を仕掛けたり、逆に彼女の攻撃を彼が妨害したり、そういった仲間割れのせいで失敗しては本末転倒だ。
だが終わってしまえば後は自由。お互い思い思いに動いて構わない。そしてどんな結果になろうと受け入れるつもりだとラクアは語る。
「俺だって、キヨシを助けることが正しいか分かってないんだ」
キヨシは数日前に死んだ。だが特殊能力のおかげで形を留めて地上に居られる。生前と同じように生活することも不可能ではないだろうし、ラクアとしてはそうなったら嬉しい。けれどもそれは理想であり、真実から目を背けている。行くべき場所へ行かせる点ではクオンのやり口の方が正しいとも思っている。
だから強い方が正義だと割り切った。クオンを止められずキヨシとお別れになってしまえば、それはそうなる宿命だと受け入れる。
だから殺すも助けるも、達成した方が正義。そう決めたラクアにクオンは頷く。本音を言えば、彼も殺しに協力してほしいが、標的が彼の友達というのなら仕方ないと割り切る。
一方その頃、施設の中ではアカリたちのチームメイトの三人がキヨシと対峙している。
「逃げて時間を稼ぎたいけど、アイリの体に負担がかかる」
最初は大森憩とキヨシの特殊能力で生気を奪われ気絶しているアイリの二人だけでキヨシから逃げ回っていて、そこに日比谷興奈が合流したところ。イコイは能力を使って長時間フルパワーを出せる。人を抱えて全速力で動き回れるが、霊体ゆえ疲れ知らずのキヨシからの逃走はいつまで経っても終わらない。
まだ続けられる余裕があるものの、担がれているアイリの身を案じるべきとキヨシに指摘され、躊躇うようになった。
「下ろしなよ。そしたら思う存分動けるでしょ」
キヨシはイコイを唆す。必死に守っているアイリを手放せばいいと。彼の狙いは幼馴染のラクアが彼女を好きということを利用して、霊体仲間に引き込むこと。直接誘ったときはまだ生きていたいからと断られたが、彼女を霊体にされたらそんな綺麗事を言っていられなくなるだろう。だからキヨシは彼女を狙っており、いつまでも彼女を連れて逃げ回るイコイは鬱陶しい。
けれども彼との追いかけっこは楽しい。アイリを連れて動くと彼女の体が心配だが、下ろせば解決する。そうすれば彼女を狙うのに追い回すこともなくなり、キヨシにとってはすべて都合が良い。
「そっちの友達に任せてさ」
お化け屋敷に気絶したアイリを置き去りにするなんて、キヨシに狙われているかは関係なく、気が進まないだろうというのは彼も分かっている。だが見張りがいれば話は別で、タイミングよくオキナが現れた。彼女は彼に任せて身軽になればいいとイコイに問いかける。
もちろんオキナが彼女を守るべく立ちはだかろうと打ち破るつもりでいるわけで、それができる自信があるゆえの提案だ。
そしてイコイは、オキナと合流したもののここからどうするか良い案が思いつかない。アカリかラクアが何か手を打ってくれると信じて時間稼ぎをするのが最善手と察しつつも、このメンバーで何ができるか分からない。彼は能力者になってまだ一月であり、すぐにこんなピンチに直面するくらいならもっと能力者との交流を深め、できることを増やしておけばよかったと後悔した。
「お前の相手はこっちだ」
だがオキナには案があった。イコイに付き纏うのはここまで。再開したければ先に自分を倒すようキヨシに宣言した。
「なら私に協力して」
「……嫌。だから俺は殺すなんて」
「違う」
とはいえクオンには任務が与えられているわけで、それがラクアと違う点。まだ彼には話していなかったから、もし彼が勝った暁には責任を取ってもらいたい。あるいは拒絶して、そんなことになるなら殺しに手を貸すと手のひらを返してくれてもいい。
「任務に失敗した私に帰る場所はない。私を住まわせて」
「ちょっと、何をっ」
拠点に帰れなくなるから代わりの居住地が必要と告げるクオンは、そうなった原因であるラクアに提供を求める。男女同居の提案に、これまで口を挟めず聞き手に徹していた西浦あかりがストップに入った。
「おう」
「おうって、いま頭回ってないよね!?」
アカリはラクアの様子から、彼はクオンの話を理解しないまま相槌を打っただけだと気づいた。さっきのキヨシからの逃走や彼女との勝負で疲れが溜まっているせいで、何でもいいから早く終わらせて楽になりたいと省エネモードになっている。実際彼女の思った通りでラクアとしては、この話はキヨシを救出した後の問題だから、今は理解しなくていいと反射的に判断している。後になって改めて告げられたとき、あっさり合意したのを忘れて、初耳だと慌てて抵抗することになる。
「とにかく駄目っ。男女でそういうの……」
「……あなた、さっきより分かりやすいわね」
仮に帰る場所を失ったとて、男子の家に転がり込むのは危ないとアカリは猛反対する。抵抗のないクオンは何をそこまで強く反対するのか疑問に思いつつも、客観的に良くないことだというのは彼女の態度から伝わってきて、今ようやく彼女の本心を表情から感じ取れたことに気づき言及した。
「最初会ったときは全然顔に出さないのに強い憎しみを持っていたのに」
「あれ、本当だ……」
言われてアカリも気づく。確かに普段ならもう少し屈折して顔に出ているはずだ。押すなと言っているのに押されることを期待されているとか、反対しているのに真逆のことを望んでいるよう受け取られることがある。けれども今は思っていることが素直に伝わった。
何か変化があったのなら能力の不自由な面が薄れて嬉しい。だがもしかしたら変化なんてなく今回もそれと同じで、心の奥では二人の同居が実現してほしいと願っているだけかもしれないとも思え、アカリは自分で自分を信じられなくなった。
一方ラクアはこれからやることとは無関係だと一蹴して気にも留めず、入口から中を覗く。
「なんだあれ!?」
「……オキナじゃない? 目印かもっ」
お化け屋敷に似つかわしくない見覚えのない景色に、ラクアは面食らう。キヨシの干渉かと焦ったが、追って覗いたアカリが気づかせてくれて安堵した。オキナが特殊能力で展開した、幻想空間。現実にある物や壁はそのままに、自室にいるのにまるで山の中にいるかのような風景に変えたりする、まやかしの力。屋内のレイアウトが変わったわけではないが、能力を使えばそこに自分がいると伝えられる使い道があり、中で何か起こったときに合流するために使う算段だった。おかげでアカリたちは探す手間が省けたのだ。
「あそこね」
「あっ、ぶつかる」
そのことを知らないクオンは最短距離で向かおうとして見えない壁に衝突した。場所が分かったところで元のお化け屋敷と同じように進まないと辿り着けない。あるはずの壁が見えないので、普通に進むより困難。だがアカリは一度、ラクアに至っては二度通った道なので、進み方は何となく分かる。二人の記憶を頼りにクオンを連れてオキナの元へ向かった。
「……なるほど、壁を見えなくしたのか」
オキナの勝負に応じたイコイは、お望み通り彼を追う。だが逃げ方が不自然なことに違和感を抱き、そして気づいた。彼が展開した幻想空間は、明るくするためだけが目的ではない。お化け屋敷本来のレイアウトと違う配置に障害物を見せることで、目で見る道と実際の道をこんがらがらせようという算段だと。
オキナ自身には正しく見えるのか、すでに施設の本来の配置が頭に入っているのか。いずれにせよ彼は幻想に惑わされず、躓くことなく動き回っている。やけに強気に勝負を持ちかけてきた理由にキヨシは気づいた。
「で、追い詰められたフリをして僕を壁にぶつける気でしょ」
「……考えれば、そっちも道に詳しいか」
オキナは作戦を見抜かれて悔しがる。しかしこれは相手の実力を甘く見ていた自分のミスと受け止めた。ずっと施設にこもって挑戦者を阻んでいる彼なら、障害物の元の配置が頭に入っていてもおかしくない。視覚での惑わしで思い通り倒せる相手ではなかったのだ。
とはいえそれならお互い対等で、どちらが先に惑わされるかの持久戦で、それなら自前の能力ゆえ慣れている自分が有利だと、オキナは前向きに考える。
「道? ここにある壁のことかな」
だが嘲笑うかのようにキヨシは差を見せつける。霊体である彼に物理的な障害物など無いも同然。今までは手の内を隠してイコイとオキナを追っていただけであり、自身の体質を活かせば律儀に追跡せずとも先回りで仕留められていた。
作戦を踏みにじるかのように本来の壁をすり抜けて、キヨシはオキナを補足した。
「待て!」
そこにラクアたち三人が駆けつけ、キヨシは寸前で手を止めた。ここで仕留めて幻想空間が消えてしまうと、彼らが自分と同じく壁を無視できるか分からなくなる。だからあえてトドメを刺さず彼らの動きに注目すると、見えなくなった壁を避けて進んでいるのが分かった。情報収集は済んだがその隙にオキナには距離を取られてしまったので、手に巻きつけた布を使って拘束を図る。
そして空間は元に戻ってしまった。
「オキナ! 大丈夫か!」
イコイはオキナの元へ駆け寄りつつ、彼の能力が効果切れで景色が暗転する直前、ラクアとアカリの姿が見えたがもう一人知らない人がいたのが気になる。顔をよく見て聞きたかったが、今はそれどころかではない。彼もアイリの二の舞を演じてしまった。
一方で暗くなったことでクオンにとっては動きやすくなり、キヨシを仕留めにかかる。彼も暗い中で目が見えるものの、慣れない明るさの下にいたのもあって適応が遅れた。彼女が影で作った棒が、彼の頭を直撃する。棒は素材が影なのですり抜けて避けることはできなかった。
「痛っ……」
「おい! 脱出するぞ」
「でもオキナが! それにアスミがまだ」
オキナのダウンとクオンによるキヨシへの奇襲。一度に問題が発生しラクアは頭を抱えつつも、当初の目的である皆の救出が最優先と割り切り、クオンたちをよそにイコイたちを誘導する。しかし今すぐ脱出と決断できる状況ではなかった。オキナもやられてしまったうえ、まだ川口青空澄と合流できていない。これはラクアにとっても想定外だった。
アイリの救出を最優先にするつもりだったがオキナも同じ状況に陥ってしまった。彼を連れていくかアスミの捜索に向かうか、ラクアは自分が何をすべきか考える。
「待ってよ。せっかく来たのに」
その思考を邪魔するかのようにキヨシはラクアを呼び止める。クオンの攻撃は食らったもののそれでダウンするほど軟弱ではない。そもそも彼女のパワー自体が弱まっていた。
「……仲間を連れてリベンジに来たのかな? さっきより疲れてそうだけど」
「そいつとやり合っていたからな。お前を殺すか助けるかで」
キヨシに図星を突かれた。ラクアのストレスはピークに達している。疲れの原因はクオンにある。彼女との勝負がなければもっと早く突入していたのでこうなる事態は防げたはずだし、万が一手遅れでも体力的に余裕があったから頭も回ったはずだ。とはいえお互い様であり、彼女のパワーが弱まっているのも彼との勝負で疲れが蓄積したせいだ。
思い通りにならないことばかりで、つい本音がすぐ飛び出た。
「大丈夫、味方よ」
そんな彼をアカリがフォローする。自分たちにとっては味方だとイコイに伝え、警戒を解かせた。攻撃的だが彼らを助けるためには力を貸してくれる頼もしい存在だと。




