27話 被害は最低限に
遊園地で七つのアトラクションの制覇を目指す西浦あかりたちは、六つ目の施設をクリアした。残す最後の施設を目指し移動している。
いよいよラスト。制覇するとスゴいことが起こるようだが、ようやく明らかになるところまで来た。だが気持ちがそちらに向いていない者がいる。美南哀月はさっきの施設で落とした懐中時計を気にして凝視しながら歩いており、そうなったきっかけを自分が作ったことを気に病むアカリは、謝った。
「ごめんね…… 私が一緒に出ようって言ったせいで」
「いや、言い出しっぺは俺だから」
当初は三郷楽阿一人で並んで他のチームの客と四人一組で参加するところを、チームで組んで出たいと望みアカリやアイリたちも並んだ。そうしていなければ、海賊船での砲撃という普段できない経験に、加えてチームの連携でハイスコアを取りたいと夢中になるあまり、時計の鎖が切れて落下する事態は訪れずに済んでいた。
そしてそのトラブルのせいで記録は途中で途切れてしまい、メダルはゲットできたものの悔いの残る結末を迎えた。謝罪するアカリを大森憩が庇う。確かに彼女はチーム四人での参加に賛同したが、提案したのはイコイだ。もちろん彼もこんな事態は予測していなかった。ラクアが時計を拾いに海賊船の浮かぶ池に飛び込んだと聞いたときは耳を疑ったし、その割にピンピンしている彼の頑丈さに驚いた。
「気にしないで。私の不注意だから」
アイリは誰も責めない。時計の鎖が切れたのは、体を揺らして負荷をかけたせいであり、服の下にしまっておけば抑えられたことだ。普段はネックレス代わりに着けているので、咄嗟に時間を見られるようにしなくても困らない。ただあのときは、表に出していると海賊らしく奪った財宝を身に着けてアピールしているみたいで気分が上がり、普段以上の力を出せた。夢中になるあまり警戒を怠った。それは自己責任だとアイリは受け止める。
「でもおかげで目が覚めたでしょ?」
「まあな」
日比谷興奈は雰囲気が重くならないよう、前向きな捉え方を告げる。朝からやる気のなかったラクアが、いち早く時計を助けに動いた。バレるどころか頭と体が刺激されて逆に疲れが吹き飛んだのか、彼の様子が今までと違う。眠気覚ましにちょうどよかったと彼は振る舞う。好きな子の大事な物を守ってお礼を言われたことに内心興奮しているのも一因なのだろうとアイリ以外全員が察していた。
「そのやる気があれば、次もいけそうだな。最後だけど」
ラクアの調子が上がってオキナは心強く思った。最後の施設はお化け屋敷という情報は下見したときに掴んでいる。だがまだ皆には明かさない。先に知っておけばいざ目の当たりにしても動揺しなくて済むと考えての下見に過ぎず、一方でこれから直面して知る彼らの驚く反応は見たいので伏せておいた。
「もう最後か」
「半分以上サボってたせいだよ」
ラクアは施設のことをよく知らない。イコイがツッコミを入れたように、彼らが前半の施設を巡っている間、ベンチに腰掛け休んでいた。ラクアが合流してからは次で三つ目の施設になる。制覇までの体感時間が短いのは当たり前だ。
皆が一週間登校していなか、週の半分以上休み、もう週末かと呟くようなものだ。おかげで体力は有り余っている。
「それにしてもよく飛んだよな」
「アカリが教えてくれたから」
疲れてなかったとはいえ反射的に飛び込む勇気を出せたのは凄いと、イコイは改めてラクアを褒める。だが彼はズレた返答をした。当初はアイリの時計の落下に気づかず砲撃に集中していた。といっても全力は出していない。施設の仕様で制限時間内に指定回数を四人で撃って敵を倒せばよく、急いで早く終わらせても、その制限時間を過ぎるまで次のギミックは現れない。だから時間ギリギリに終わるように余裕を残して頑張っていたから、周りの声を聞き分けることもできた。
そしてアカリから事情を聞いたおかげで事態を理解し行動に移せた。彼女の連絡がなければ気づかず続けていたにちがいない。だから飛べたのは彼女のおかげだと告げたのだ。
「……今度からはすぐ頼るね」
「おう。いつでも来い」
するとアイリは告げた。落としたとき、自分では何もできなかった。アカリが気づいて、ラクアに連絡するという最適解をとったから、大事にならずに済んだ。
だから今度からは彼女を介さず、困ったら彼を呼ぶように意識しようと思った。当初は彼に負けなくないと張り合う気持ちが強く、施設での競争は彼に勝ちたいと、協力なら彼と同じくらい貢献したいと思って臨んでいた。けれども想定外の事態における対応の早さと適切さに差があった。きっと経験と、そもそもの胆力の差なのだろう。
だから意地にならず、頼れる人と認識する。それが正しいと思えたきっかけがさっきの出来事なのだと、この時計を見るだけで思い返せる。
一方ラクアも快く引き受けた。問題事は適任者が対処するのが一番楽だ。そのせいで自分のやることが増えても、他の人が楽できるならその方がいい。実際被害は最低限に抑えられた。
「いつもの二人に戻ったみたいで良かったじゃない」
アスミも今回の選択は良い方向にはたらいたと思っている。これまで無気力だったラクアと、そんな彼にイライラをぶつけるアイリ。遊園地に来てからも和解の兆しは見られなかったが、本当にピンチなときには放っておけない彼と、その思いは素直に受け取る彼女が、ようやく衝突しなくなった。そんな結果をもたらした意味では、一緒に参加するよう促したことは効果的だったと捉える。
前向きな捉え方を聞いてアカリは罪悪感が薄れる。だが別の負の感情が疼いた。二人がこのまま拗れていれば、自分にもチャンスはあったのかと思ってしまった。
アイリの時計が落ちたことに気づいたときラクアに伝えていなければ、彼は砲撃に夢中で気づかなかったにちがいない。後になって知ったとき彼は、すぐ気づかなかったことを後悔し、彼女からより距離を置くだろう。
あるいはアイリがラクアに対し、気づいていたのに楽したくて、もしくは仕返しを込めて、気づかなかったフリをしていたのではないかと言いがかりをつけたかもしれない。いずれにしても二人の仲が好転する結果にはならなかっただろう。だからといって代わりに自分が彼と近づけるなんて考えは間違いだが。
ラクアがアイリ一筋なことは知り合った頃から気づいている。けれども思いがけない出来事によって拗れる可能性はなく、むしろそれは現実になった。そこにつけ入る隙ができたのに、自分で埋めてしまった。
「そういうことにしておこうかな」
アカリは笑顔でそう呟いた。もたらした被害と宿った邪悪な感情。それらに蓋をして、結果オーライと振る舞い、それでおしまいにした。
「まだ制覇した人は居ないのか」
「うん。それに空いてる……」
最後の施設が見える距離まで移動したが、それまで園内アナウンスなどで制覇報告は上がっていない。連絡があるかは不明だが、少しくらい騒ぎになっていても不思議ではないのに、まだ静かだ。
アカリたちがこれまでクリアした施設は全体的に難易度は控えめだったから、まだ行っていない施設が鬼門と考えられるが、それなら挑戦しては失敗しリトライする人が他より多く、待機列は長いはず。だから着いても長時間待たされると身構えていたが、実態はそうでもなかった。彼女はラッキーだとは思わない。むしろ不気味に感じた。
「やっぱりおかしいよ、この遊園地」
「お化け屋敷か」
時間が経つにつれ園内は空いているように感じる。それはアカリが当初から、申し込んでもいないのに一部の人に届いた招待状と、特定の施設をクリアすると謎の報酬が手に入るという、異様なまでのサービスの多さから、何か裏があるのではと警戒しているせいであり、他のメンバーはさほど怪しんでいない。定期的に訪れる、能力者が巻き込まれるイベントの範疇と思うだけだ。
冷静に施設の概要を確かめ、待ち時間で作戦を立てる。オキナはさも今知ったかのように施設のテーマを呟き、遊び方やクリア条件を確認する。
「ゴールした人はクリア」
「じゃあ手抜けねえのか」
まず条件は至ってシンプルで、出口に辿り着くとクリア。他の施設同様四人ずつ挑戦するが、その中で一位かどうかではなく、頑張って潜り抜けないといけない。
ラクアは残念がった。四人の中で一番粘った人にメダルが渡される形式なら、その四人をチームメイトで固めることによって、誰が何しても一回で誰かがメダルをゲットできる。だが完走となると話は変わる。誰かがゴールまで耐えないといつまでもクリアできない。かといって自信がないわけではないが。
「でも、逆に全員でゴールすれば皆クリアってことでしょ?」
自信があるのはアイリも同じだ。問題はラクアに勝てる見込みがないことだが、今回は一位を取る必要はない。遅れて二位でもクリアに変わりはない。そしてその発想がきっかけで気づく。そして自分たちだけではない。四人全員でクリアできたら、さぞ気分が良いことだろう。意図せず最後に回る施設が、フィナーレを飾るに相応しいクリアを達成できると期待した。
「そうもいかないみたいよ」
だが淡い夢は打ち砕かれた。アスミが指差す先には道中のギミックが書かれていて、お化けから逃げるのが一番遅かった人は脱落とある。今までのどれだけ手加減しても誰かが一位になれるのとは真逆で、どんなに全員が頑張っても誰かは最下位になる。その重みを思い知る瞬間が待っていると予告された。
「じゃあ一人で行く?」
そこでラクアは提案した。今まではチームメイト同士で組んで参加する利点があったからそうしていたが、最後は違う。協力せず、むしろ蹴落とし合う。
一人で参加すれば組む相手は他の参加者になり、競争を制した結果見ず知らずの人が脱落しても心は痛まない。
前の施設で一人で出ようと考えていた彼だから、今回もそうする発想にいち早く至り、その利点に気づいたがゆえの提案だ。かといって自分が出たいと思ってはいない。さっきと違って頑張らないとクリアできない点を面倒に感じるせいだ。
他のメンバーが参加できないことはさほどデメリットではない。少し遅れてから並べば同じ組になるのを回避できる。それぞれで一位を目指せば味方同士争うことはない。
「そうね。負けたら脱落ってのも怖いし」
アカリもラクアの意見に賛成した。一人ずつ並んで適当な客と競うのなら、今日でなくても皆と来なくてもできる。後日一人で再びこの遊園地に来ても体験できるものだ。それよりはせっかくこのメンバーで来たから、今しかできないことを優先したい。
だが脱落者を出すためにメンバー同士競うのは気が引ける。それこそさっきのアイリのように、夢中になるあまり注意が欠けて後悔する可能性だってある。
今回に限っては、少なくとも味方同士の潰し合いは避けるべく、一人ずつ順番に挑戦したい。
「その脱落が何かだけど…… 分からない。出てこないから」
顔や服にイタズラされるとか、笑い事で済むレベルなら仲間同士張り合うのも悪くない。実態がどうかは先に挑戦した他の客を見れば分かるので、オキナは出口を眺めていた。
だが誰も出てこない。入口では次々と入っていき列も動いているから、渋滞しているわけではない。けれども出口と書かれたその場所に人はいない。そう聞いてアカリはいっそう不気味に思った。挑戦することを躊躇い、誰かが行くのを引き留めたくなるほどに。
「止めない? 何か怖いわ」
「誰も出てこないってことはクリアすらできないってわけか」
「脱落したらどうなるかも分からない」
出口から出てくる人を見れば、四人ずつ挑んで何人くらいがゴールに辿り着けるのかが予測できる。だが誰もいないとなると手がかりがない。脱落したのか、あるいは中が相当広いか。
これまで制覇報告がないことを踏まえると、この施設で皆詰まっていると推測がつく。納得すると同時に、生半可な心持ちで挑んでは駄目だと警戒した。
ものは試しで突っ込み再挑戦でクリアするための情報集めに行くという作戦でも、出てこられないのではリトライの前提が成り立たないので却下だ。
「協力した方が良さそう」
この施設のタイプは対決。蹴落とし合いで脱落者を決める要素があるからだろう。だが他で協力できないわけではない。二人で参加し、途中の脱落者はよその人にさせて、二人は連携してゴールを目指す。それならクリアは現実的に思えたが、問題は誰と誰が出てどうするかだ。




