決着と落雷
-第45説 決着と落雷-
橙の光を全面に受けて不気味に照る鎧は、その腕に抱えていた、筋肉質な巨人の左腕を炎の中に放り投げた。
既にダバアの笑顔は消えている。
彼がまともに操れるのはもう、この二首ゾンビしかいない。
ゾンビはダバアが何度が鎖を鳴らすと、鎧に対して、残った右手を叩きつけた。
だが、力の差は歴然だ。
鎧は軽々とその手を片手で受け止めると、掌から炎を放つ。
ダバアはたまらず、懐から取り出した針を化け物の左腕がついていた場所に投げ、突き刺すと、詠唱し、腕を回復させる。ここからは防戦一方になると悟っているのだろう。
(うわぁ、なんか俺の出る幕ない感じ? )
選也はそんな様子を紫烏の背後から覗いて、なんとなく動けずにいた。
自分が出なくて終わるなら、それはそれでいい。むしろ、そうであってくれれば、このぼろぼろの状態で戦わずに済む、こちらとしては好都合だ。
(でも、あれ。いちよう生きてるって主張で登場しとくのは必要だよな。)
選也は壊れかけの紫烏の背に乗ると、怪物の口から脱出する。
「おーい、悠斗! 俺、いらなそう? 」
鎧は選也の声に反応して、直ぐに振り向くと、似つかわしくない、泣きそうな声を発した。
「選也、さん? 本当に、生きて……。」
表情は見えないが、仮面の下はきっと涙目だろう。選也は慰めるように、明るい言葉をかける。
「ああ、生きてるよ。なんか大分やられたけど、全然平気! 必要そうなら手伝うけど。」
悠斗は襲ってくる巨人の足に飛び乗って、大剣を突き刺しながら答えた。
「いえ、大丈夫です! 僕が片付けますから、選也さんは休んでて下さい。」
実際、問題はなさそうに見える。
選也は一つため息を漏らすと、表情を笑顔に戻して頷いた。
「分かった。助かるよ。」
見れば、口から抜け出した紫烏は、すっかり元の状態に戻っている。
(まぁ、こいつはまだ余力がありそうだけど。必要以上に酷使したくないし。)
ここからは高見の見物。
とりあえず状況把握だけはしておきたいが、それ以上は必要ないだろう。
選也は幾分安堵して、二人の戦況を見守ろうとしたのだが、そうもいかないらしいことに、すぐに気づいてしまう。
(でも、あれ? これって。)
戦況は何故か硬直している。
戦闘能力で明らかに勝っている筈の悠斗は攻め続けているが、全て二首に防がれており、ダバアは回復に専念。
(これって完全に泥仕合じゃね? )
目に見えて、このままでは、戦いが長引くと分かった。長引けばどうみても、向こうが有利になってしまう。
(やっぱ、見物とはいかないか。)
選也には打開策が見えている。
ここは動くしかない。
(あー、やだなぁ。)
痛みを振り切って、選也は紫烏と共に、ダバアに突撃した。
当然紫烏は、巨人に通常とはかけ離れた、恐ろしい速度で妨害される。
「選也さん、なにやってるんですか! 」
はた目には奇行にしか見えない選也の行動を、悠斗は慌てて制止した。ダバアもまさか来るとは思わなかったのか唖然としている。
しかし、選也には十分な意図があった。
(やっぱり、どんな《魔法》も無意味ってそういう意味だよな。)
選也は烏から飛び降りると、走ってダバアに接近する。
ダバアはそれを見て大笑いした。
「あはっ! 君のお友達、大丈夫ぅ? 頭がくるくるになっちゃったのかなぁ? 」
悠斗も止めに入ろうと、何度も剣を振り回す。
選也はそんな二人を無視して、そのままダバアの目前まで来ると、拳を構え。
「いいか、歯食いしばれよ? 」
そして、顔を殴った。
「ぐふっ?! 」
大きく体勢を崩すダバア。
刹那にこんな言葉を口にする。
「な、んで、反応しな………。」
選也は解答代わりにもう一発、今度は腹に拳を叩き込む。
なにも魔法を使っていない、完全な素殴り。《魔法》に反応する人形が、反応するわけがない。
「よくも今まで散々追い回してくれたな。さて、フィニッシュだ。これぞ弓道部長直伝………。」
選也は息を大きく吸い込むと、渾身の蹴りをダバアの横腹に叩き込んだ。
「立てつけ解決蹴りっ! 」
流石は、数々の空かずの部屋を開拓してきた、究極奥義の威力。
簡単にダバアを失神させる。
ダバアが倒れると共に、動いていたゾンビたちも、どろりと溶け落ちた。
(あ、都市について聞いとくんだった。まぁ、後でいいか。)
戦闘終了である。
駆け寄ってくる悠斗に、選也はひらひらと手を振って、言葉をかけた。
「悠斗、ストーカー退治終わったぞ。」
悠斗はそんな選也の冗談にぎこちない笑顔を返しながら、返答する。
「ええと、ストーカー………? そう、ですね。 ありがとうございます。」
どうやら、冗談は通じないらしい。
仕方がないので選也は、さっきの言葉は忘れてくれと、自分の黒歴史を抹消してから、話を戻そうとしたのだが。
それは雷鳴に遮られてしまう。
「ん、雷………? 」
選也はその音に違和感を覚えた。
当然だ、その雷鳴はあまりに近い。
思わず、振り返った。
「………!? 」
しかし、そこには、なにも無い。
ダバアの身体さえも。
「なにが、あったんだよ………。」
直後、気配。
それは学校の屋上にあった。
黒い人影、距離と暗さのせいで、男か女かさえも分からないが、確かにそこにいる。
選也は紫烏に飛び乗って直ぐに追いかけたがもう遅い。
人影は選也と悠斗を一瞥すると、すぐに死角に消えていった。
「くそっ、やられた。」
屋上には誰もいない。
悠斗も魔法床を幾つも産み出して直ぐに屋上についてきた。悠斗は言う。
「選也さん、やめてください。《賢者》は他の奴らとは違う、特にあれは。」
この言葉の意味は分かっている。
まぁ、予想はしていた。
しかし、言われて簡単に引き下がる選也ではない、申し訳程度に頷いて、頭の中では別の考えを巡らせる。
(《賢者》、か。前に会ったトラバは、水害の原因を知っている風だった。やっぱり、あいつらに接触するしかない。)
そこに、電話。
「あれ? 誰だろ? 」
発信元は母だった。
母は『選ちゃん、なにかあったの? ちゃんと帰れる? 』と心配そうに電話の先にいる息子に語りかける。
選也はそこでようやく出掛ける前にした約束を思い出して、赤面した。
(ミスったぁ! こんなことしてる場合じゃないじゃん。)
それから、迎えに行こうかと提案する母をなんやかんや説得し、ようやく自分で帰る権利を獲得、隣の悠斗に謝る。
「ごめん、悠斗。俺、帰らないと。」
すると悠斗は選也の両親よろしく、心配そうに聞く。
「なにか、大切な用事があったんじゃ? 大丈夫なんですか………? 」
選也はそれにありのままの解答をするのは何だか恥ずかしくて、嘘をついた。
「ええと、そうじゃないけど。テストの赤点地獄にはまってる親友を、補習の海から掬い上げないといけないから、その準備をね。」
悠斗は選也の回答に特に疑問を持つことなく、それに頷き、
「そうなんですか、大変ですね。」
それから、思い付いたように携帯を取り出すと、その中に挿入されていたマイクロSDを、選也に手渡す。
「あの、だったらこれ、使ってください。電子化した魔道書です。きっとテストの役に立ちますから。」
選也はそれを眺めながら、聞いた。
「これって、書籍化してるやつとは違うやつ? 《猿でも分かる》と《魔法指導書》っていうのはもう読んだんだけど。」
悠斗はそれを聞くと、少し得意気にこんな答えを返してくる。
「そうなんですか? 《猿でも》はしっかり基礎が押さえられてるし、いい本ですよね。でも、そのSDに入ってる、僕の両親が作った魔道書もそれに負けていません。絶対役に立ちます。」
随分、饒舌だ。
選也はなんだか悠斗と打ち解けられたような気がして「なら期待しちゃおうかな。ありがとう。」と、笑顔でポケットにそれを納めると、悠斗に別れを告げて、烏に飛び乗る。
烏を見送る悠斗は、選也から見えなくなるまで手を振っていた。
※
ひどく壊れた校舎を、事件性を疑った警官たちが取り囲んでいる。
彼らは、「酷いもんだ、一体誰がやったんだろうな。」とか「学生を標的にした卑劣な犯行だ、絶対に犯人を捕まえてやる。」とか正義感に溢れる言葉を交わしながら、捜査を進めていた。
しかし、そこに綺麗に制服を着こなした、一人の男が現れると事態は一変する。
男は言った。
「災害が原因だ。調査の必要ない。」
すると、あろうことか誰もが先程まで口にしていた疑問を失い、「そうか」と納得する。誰もが、だ。
それがおかしいと思う人間さえもいない。
一瞬にして、
「これは災害、犯人はいない」
という考えこそが、ここの正当であり、正義になった。
※
つづく。




