薬品と作戦
-第38説 薬品と作戦-
扉を開けた瞬間、選也は雑多な薬品の匂いに、思わず咳き込んだ。
「げほっ………これは酷いな。」
棚は元立っていた位置さえ分からないほど乱暴に倒され、床にはフラスコや試験管の破片と、それらの中に入っていたであろう液体が飛び散っている。
(無事な薬品は無いか………? )
他の教室と比べても悲惨な有り様だ。
それでも必死に目を走らせ、棚を持ち上げようとしている選也に悠斗は声を掛ける。
「選也さん、もしかしたら隣の資料室になら無事な薬品が残ってるんじゃないですか。」
悠斗が指差しているのは、教壇の裏辺りにある、小窓のついた白い扉。
扉には《生徒立ち入り厳禁》と書かれた張り紙が残っており、確かに、軽く見たところ他の扉より無事そうだ。
「分かった、そこを探そう。」
選也は悠斗の意見に同意すると早速、資料室のノブを掴んで回す。
「あれ? 」
しかし、扉は開かない。
一瞬戸惑う選也だが、ノブのすぐ真下にある小さな縦長の長方形の穴を確認して、ようやく納得した。
ここには鍵が掛かっているのだろう。
「開きませんか? 」
何度もノブを回して困惑した様子の選也に悠斗が心配そうな声をかけてくる。
選也は作業を一旦止めて息をつき、悠斗に応えた。
「うん、鍵がかかってるみたい。」
仮にも普通の生活を送ってきた選也に、鍵開けなんて特殊な技能はない。
諦めるしかないのだろうか。
そんなことを考えていた時、悔しそうに扉を睨む選也の後ろから、何かの倒れる大きな音が聞こえた。
「今の、隣の教室からですよ。」
驚いて振り返る選也に、悠斗が言う。
彼の言うとおり、警戒しながら隣を覗き込むと、津波の様な凄まじい勢いの黒い集団が、様々な物をなぎ倒しながら、廊下の窓から反対側にある教室の窓へと一直線に抜けていくのが見えた。
急がなければ、次はここに来るかもしれない。
選也は恐怖を覚えて、先程まで自分が前に立っていた扉を、廊下の見える位置に留まったまま確認し、必死に思考した。
鍵の掛かった無事な扉。
烏の直線的な動き。
そして選也は、なんとか一つの答えを導きだす。
(アイツら、もしかして急には曲がれない? だからあの扉は無事だった? 鍵や扉の強度は関係ない? )
つまり、あの扉は頑丈ではない可能性があるということ。
意を決した選也は、施錠された扉に駆けて行って、その勢いのまま、扉に蹴りを入れた。
すると、予想どうり、彼の攻撃をまともに食らった扉は、音を立てて崩れる。
「よし、開いたぞ。」
選也は喜び、ガッツポーズをした。
悠斗はそれを少し引き気味に眺めながら、呟く。
「あの、そんなことしなくても、一旦外に出て、窓から入れば良かったんじゃ………。」
とてつもない正論。
しかし、選也は悠斗の言葉に呆れたようにため息をつくと、こう反論する。
「悠斗はロマンが分かってないな。普段ならこんな事したら怒られるからね、でも、今なら出来る! そうだろ!? 」
要するに、一回やってみたかったのだ。
悠斗はそれに苦笑いを返す。
「そうですね………。」
なにはともあれ、これで資料室に入れるだろう。
資料室の中は、物置の様でもあるが、それなりに片付いていた。そして、部屋の中に重ねられた資料や段ボールの間からは、悠斗の言っていたように、選也の身長と変わらないくらいの高さに、人一人がようやく通れる大きさの窓が見える。確かに、外から入ることは不可能でなかったかもしれない。
しかし、わざわざ言うのはなんだか悔しい気がして、選也は悠斗にはそのことを言わず、代わりに質問した。
「なぁ、薬品があるとしたら何処だ。」
悠斗は積まれた段ボールを乗り越え、奥から声を掛けてくる選也に、感心した様子で答える。
「多分、研究所の名前が入った段ボールの中にありますよ。」
「分かった。悠斗も探すの手伝ってくれ。」
「はい。」
捜索はそんなに難しくなかった。
2、3個程だが、2分とかからず、薬品の入った段ボールを見つけられる。
「中身は無事みたいだし、種類も揃ってる。なんとかなるだろ。」
選也はようやく思った通りの結果が出せて、笑顔を溢した。
「なにをするんですか? 」
悠斗はまた一つ薬品の箱を抱えて部屋から出てくると、選也に質問する。
上機嫌な選也は、薬品を取り出して、軽く掃除した机に並べると、得意気に説明した。
「あの時、烏が光に反応してただろ。だから、それで誘導して、何処かに閉じ込められないかって考えてるんだよ。幸い、奴等は殆ど直進しか出来ないみたいだし、簡単だと思う。」
「なるほど、凄いですね。」
悠斗は無関心とも驚きとも取れる無表情で、選也に頷く。
選也は正直、《凄い》の後ろに続く言葉が気になっていたが、まぁ、それはそれ、今は仲違いしている場合じゃないし、褒め言葉だと考えることにした。
「俺、こういうの得意なんだよ。」
学校で習った化学反応は大体頭に入っているから、光を産み出すのは困難ではないが、導くためにはそれなりの量が必要になってしまうため、時間はかかるだろうし、今は少しでも早く、準備をしたい。
その焦りは沈黙となって現れた。
それを破ったのは、熱中する選也を後ろから見ていた、悠斗の唐突な笑い声。
笑い声といっても、「ははは。」とか「ケラケラ。」とかそういう、年相応のふざけたものではなく、「ふふ。」というどこか愛らしささえ感じる、柔らかいものである。
選也はなんだかそれで気が散って、悠斗に話しかけた。
つづく。




