夜の学校と追跡者
-第37説 夜の学校と追跡者-
「危ないっ! 」
選也は反射的に烏の前に飛び出して、悠斗の身体を上から押さえつけ、自分もその上に折り重なるように伏せた。
もっと他のやり方もあったのかもしれないが、それ以上の時間は無かったのだ。
その証拠に二人が倒れ込むように床に張り付いた次の瞬間、標的を失った烏はその勢いのまま教員入り口の左横に続く校舎の窓に突っ込み、硝子の割れる大きな音を立てる。
「まじかよ、いきなり襲って来た! 」
選也は直ぐに上半身を持ち上げて、抜け出せずにもがく烏の姿を確認すると、近くに隠れられる場所が無いかと目を滑らせた。
当然、真っ先に目についたのは、二人の一番近くにある建物、校舎。
幸いなことに入り口も近いし、一般的な廊下の広さならば烏は飛び回れない。
理想的な逃げ場所だろう。
「悠斗、こっちだ! 」
選也は足に力を込めて立ち上がり、倒れ込んだまま瞬きを繰り返している悠斗の手を掴んで彼の身体を引き起こし、目線で教員入り口を示した。
悠斗は烏の方を少し気にする様な素振りを見せた後、すんなり悠斗の指示に無言で頷く。
そして、二人は烏が抜け出すのと殆ど同時に校舎内に駆け込んだ。
「全く、訳わかんねぇよ! 」
選也は普段ならば靴を脱ぐはずの下駄箱を下足のまま通り過ぎ、あの化け物が突っ込んだのとは反対側の廊下を走りながら、叫ぶように不満を吐く。
帰ろうと思っていたのに、それどころではなくなってしまった。
このまま何処かに身を隠して、奴が諦めて居なくなるのを待つしかない。
後ろをついてきている悠斗は恐怖のためか黙ったままだ。
蛍光灯の一つも点いていない暗い校舎に二人。
このままでは寂し過ぎる気がして、選也は振り返って彼に言葉をかけた。
「大丈夫だよ、悠斗。どうせ烏なんて鳥頭だし、すぐに諦めるって。」
しかし、悠斗は選也の言葉を聞くと、むしろ暗い表情を浮かべ、うつ向く。
「悠斗? 」
選也にはそれがなぜか分からなかったが、彼が悠斗の様子を気にして立ち止まった次の瞬間、窓の外からけたたましい烏の鳴き声。
悠斗も選也も思わず顔を上げた。
そこには窓の外を黒一色に染め上げてしまうほどの烏の大群と、焦点の合わない両目を爬虫類のように不自然な方向に回す紫烏の姿。
そして、烏達はどの個体も自分が壁にぶつかり傷つくという恐怖がないのか、我先にと窓に飛び付いてくる。
明らかに異常な光景だ。
どうやら、待てば逃げてくれるなどという考えは甘すぎたらしい。
(ここで戦闘するか? いや、前の手ごたえを見る限り、普通にやったんじゃ倒せない………。なら。)
選也は打開策が無い今は留まるより移動したほうがいいと判断して、悠斗に声を掛けて階段を指差す。
「とにかく、早く、上に行こう! 」
二人が通りすぎたすぐ後ろで、硝子の粉砕される音。校舎内に入ってきたかもしれない。
選也は階段付近にある防火扉を閉め、階段を駆け上がった。
(なにか、なにか無いか? アイツを確実に停止させられる方法は………。)
だが逃げ場などないと警告でもするように、既に二階は廃屋のようにそこらじゅうの窓が割られ、足元には多量の烏の死体が転がっている、凄惨な状態。
選也は立ち止まりこそしなかったが、確かな恐怖を覚えた。
そして、廊下を走る横を流れていく景色は更にそれを加速させる。
外れた引き戸、散乱した椅子や机。
これは酷いなんてものじゃない。
何処かが重点的に壊されているのではなく、目につく全てが破壊されていて、むしろ、無事なものを探す方が難しい。
だからこそ、選也は曲がる一瞬目にした少し背の低い鉄扉に疑問を覚えた。
(あれって、もしかして、荷物用のエレベーター? )
断定は出来ないが、恐らくはその頑丈さ故に無事だったのだろう。
(何かに使えるかもしれないけど………。)
事実を確かめようにも、相手は長考を許してはくれない。
「選也さん! 」
悠斗の声が後ろから聞こえ、振り返ると案の定、窓枠にとまり、こちらを見ている烏の姿。
「ちっ! 」
選也は半分やけになって、烏が光り物を好むという知識から、黄金色に光る自分の携帯のストラップを引きちぎって、外に投げつけた。
するとどうだろう。
烏は二人には目もくれず、ストラップを追いかけていく。
「えええ!? まじで!? 」
選也は唖然とした。
自分でやっておいてなんだが、まさかあの濁った目の烏に光り物戦法が効くとは思わなかったからだ。
(でも、効くならむしろ都合がいいか。ここは学校だし、光は簡単に確保できるはずだ。)
これを利用しない手はない。
選也はすぐに近くの教室に駆け込んで、電源ボタンを押す。
「あれ? 」
ただ、電気はつかなかった。
まさかとは思ったが、電気線もイカれてしまっているらしい。
「悠斗! 」
選也は慌てて、後ろで不思議そうに自分の作業を見ている悠斗に声をかけた。
「理科実験室って何処にあるか分かるよな!? 」
悠斗は選也の問いにこくりと頷く。
「はい、一階の西棟にあります。」
西棟と言えば最初に烏が激突した方の校舎だ。もしかしたら、もう無事ではないかもしれない。
しかし、行かずに諦めるのは選也の主義に反するのだ。
「分かった、行こう。」
選也はベランダに出ると、防災用の器具が入った箱を開いて、縄と懐中電灯を2つ取り出し、片方を悠斗に投げる。
そして、手際よく縄を一番太い柵に結びつけ、引っ張って強度を確認し、下にたらすと、縄を伝って一階に降りた。
「悠斗、来れるか? 」
二階のベランダで、悠斗が頷く。
彼は華奢な身体に似合わず、消防団員かなにかのように悠々と、一階の内部に着地した。
選也はなんだかそれが悔しくて、つい意地の悪い言い方をしてしまう。
「なにそれ、悠斗、ちょっとズルくない? 」
悠斗は申し訳なさそうに頭を下げると、先導するように酷く壊れた廊下を歩きだした。
「ええと、すみません………。あの、実験室はこっちです。」
つづく。




