研究者の話
-第39話 研究者の話-
「なんか可笑しい? 」
選也は手元の薬瓶を見たまま、倒れていた椅子を立てて、自分の後ろに座っている悠斗に声を掛ける。
悠斗は先程まで黙々と作業を続けていた選也がいきなり声を掛けてきたことに驚いて一瞬黙るが、慌てて首を横に振った。
「いえ、そんな。」
どうやら、本当に悪気はないらしい。
選也は調合しながらため息をつくと、悠斗に聞く。
「じゃあ、何に笑ってたんだ? 」
悠斗はその質問にやや戸惑った様子だったが、少し考えてから、説明する。
「………僕の両親、研究者で、それで、いつも今の選也さんみたいに、夢中で実験してたから、なんとなく、懐かしくて………。すみません。」
最後に詫びの言葉を入れたのは、悠斗の臆病さ故だろうか。
選也は初めて悠斗が自身の身の上話をしてくれたので、少しは親密になれたような気がして、薬品を一回り大きい、別の瓶に流し込みながら笑った。
「へぇ、そうなんだ。」
そしてそうなると、時間が無いのを分かっていても、悠斗の話をもっと聞いてみたいという気にもなってくる。
選也は思いきって話を繋げてみた。
「懐かしいって、今はご両親、研究を止めちゃったのか? 」
悠斗はそれに「はい。」と少し残念そうに答えると、こう付け加える。
「二人とも、死んでしまったので。」
選也はその言葉に背筋が凍った。
たった一言で、まさかの、踏み込んではいけない領域に踏み込んでしまったのかもしれない。
言葉を失う選也に、悠斗は慌てて、「すみません、暗くなるようなこと言って。」と謝ると、こうも続けた。
「でも、大丈夫です。今は別に困ってはいないし、好きなこともやらせて貰えるし、皆優しいし………。」
選也はその言葉に幾分安堵して、悠斗が罪悪感にかられないようにと、出来る限り明るい口調で聞く。
「皆って、親戚とか? 」
悠斗は選也がそうやって元の調子に戻ったことで彼も救われたのか、優しい笑顔を浮かべながら答えた。
「いえ、同じ町に住んでいた人達です。といっても、小さな町ですから、皆親戚みたいなものですけど。」
「ふーん、ちょっと変わってるな。」
選也はそう言いながら、写真の優しげな二人の姿を思い出す。類は友を呼ぶとは良く言ったものだ。
悠斗は選也の言葉を聞くと、嬉しそうに笑った。
「僕もそう思いますよ。」
それから、選也は悠斗にこんな提案をする。
「そうだ、悠斗、研究者の息子なら、ちょっとは分かるだろ。手伝ってくれ。」
実は両親の死を聞かされたあたりから、調合する手が止まってしまっており、その遅れを取り戻さなければいけないのだ。それに、早くやるには、一人よりも二人だろう。
「わかりました。」
悠斗は嬉しそうに頷くと、手際よく段ボールの中の薬品を取り出して、作業を始めた。やはり、こういうのには慣れているのかもしれない。
二人での調合はあっという間に終わった。
「まぁ、これくらいでいいかな? 」
元々余り物で作っただけだから、大した量では無いが、見つかる限りの大瓶にたっぷりある。
導くのに問題は無いだろう。
「さあ、準備しに行こう。」
しかし、そこで邪魔が入るのはいつものことで、瓶を抱えて廊下に出ようとした選也の足を、背後から聞こえた電話の呼び出し音が引き留めた。
振り返ると、悠斗の左ポケットが震えている。
長いバイブ。
「どうした、出ないのか? 」
選也は思わず、悠斗に聞いた。
自分が掛けた時もそうだが、悠斗は明らかに何かに警戒している。
だから、拳を固め小刻みに奮えている、悠斗に近づいて、彼のポケットから携帯を取り出し、代わりに通話ボタンを押した。
ボタンを押した直後、マイクから聞こえてきたのは、不安定に上下する狂ったような男の声。
男は言う。
「火無ちゃぁん、かくれんぼは止めにしようよぉ、僕に用があるんだろぉ? 僕も君に用があるからさぁ。僕たちのやり方で、早くケリを付けちゃおうよぉ。」
選也は青ざめた。
どう考えても、この電話の先にいる相手はマトモじゃない。
しかし、この男のせいで悠斗が怯えているのだろうと思うと、黙ってその電話を切る気にはなれなかった。
「あんた、誰だよ。」
選也は出来る限り強い言葉で、相手の男を威圧する。
男は電話の相手が悠斗でないことを知ると、少し考え込むような間を作った後、選也に言った。
「君はもしかして火無ちゃんのお友達なのかなぁ? 悪いことは言わないよ、その子とは関わらない方がいいの。なにせ、その子は《禁忌を侵す》聞き分けの無い子だからさぁ。」
《禁忌》、その単語に選也は、工場で見た紋章を思い出して、言葉に詰まった。悠斗があれを設置した張本人なのかもしれないと思ったからだ。
しかし、当の悠斗は黙ったまま、選也を横から見つめるばかりで、慌てて訂正する様子もない。
選也は自分の疑問を掻き消すように頭を振ると、男に言い返した。
「なに訳の分からないこと言ってんだ。俺の質問に答えろよ。」
すると、男は人を馬鹿にしたような大笑いの後、楽しそうに答える。
「そっかそっかぁ。君には僕の言葉は難しかったよねぇ。でも大丈夫、僕は優しいから君のレベルに合わせて説明してあげるよ。 」
選也はそれに反論しなかった。
反論して相手が自己紹介を渋る方が選也にとっては都合が悪かったからだ。
男はもったいぶった溜めの後、誇らしそうに言う。
「僕はダバア、魔道都市ってところでスッゴい魔法の研究をしてた、世紀の大天才だよぉ。そして、君たちの後ろにいるのが、僕の可愛いモルモットちゃん、《クロウ》。彼も君たちと早く遊びたいってぇ。」
男の言葉に、選也は慌てて後ろを振り向いた。
つづく。




