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最終回

前回までのあらすじ☆シュカをとめるための最後の希望の星として、ルイーゼは未完成の<ブレイン>をシュカに浴びせる! 恋人ではなく「友人」としてシュカに語りかけるルイーゼ。「あなたとアンが離れない方法が、ひとつだけあるわ」それはアンとの心中だった。シュカはついに、アンとともに死ぬことを決意する。

「アン。アン!」

 三人で篭っていた大木の家から地上に顔を出すと、まっさきにアンが倒れた。寿命の限界が迫りつつあるのだ。

手を両手でしっかりと握って、シュカが名を叫びつづける。

 ルイーゼは家のなかで起こったことをクライたちに報告した。

「……というわけで、先生! なんとかならない? シュカが決意してくれたんだもの。あたし、全力でその気持ちに答えたい」

「なるほど。アンと共にシュカの息の根を止めるアイデアは思いつきませんでしたね。まあ、無謀ですね」

「え、無謀って?」

 クライは涼しい顔で、倒れたアンに寄り添うシュカを遠くに見定めて、言った。

「例えこの世界の最強の魔法使いを集めたところで、魔物であるシュカを倒せるわけがありません」

「そ、そんなの、やってみないとわかりません!」

 せっかくの手立てを否定され、ルイーゼは泣きそうになりながら反論した。

「そうですね。なにもしないよりはいい……おや」

 クライはルイーゼの後方に目をやった。魔法協会のロゴがプリントされた魔法使いのローブを羽織った集団が、列を成してやってきたのだ。

「にぎやかな人たちが、ようやく来たようですね」

「え?」

 先頭に位置していたのは、オルビアだった。こざっぱりとした黒ローブを羽織り、長い髪をひっつめのみつあみにして編みこんでいる。小柄で細身のため若く見えるが、これでも魔法協会の会長を務めている。

「不穏な空気が山の下の町にまで届いてるわよ、クライ。やはりあなたという者をマエストロにしたのは、人類が犯した大きな過ちだったようね?」

「わぁ。久しぶりですねー、オルビア女史。元気でしたか? 変わってないですねー。薄いけど綺麗な顔してますね」 

 学生時代の同級生に再会したクライは、気軽に彼女に手を差し出した。

「人の話聞いてんのっ! こののほほんうすらボケ男がぁ!」

 さっそくヒステリー気味になったオルビアは、マントのなかに隠し持っていた黒水晶の杖を取り出して、黒い霧を生み出した。うさぎのようなジャンプ力でクライはそれを避けた。

「はっはっは、激しいですねぇ、相変わらず。こんなことで貴重な魔力を浪費するなんて、なんともあなたらしい愚かさです」

「うっさいわー! もし私がマエストロになっていたのなら、こんな世界滅亡の危機を招いていなかった自信があるのにぃぃ!」

 きっちりとセットしてある髪を両手で押さえ、オルビアは絶叫した。

 オルビアはかつてクライと対決して、マスターマエストロの弟子に選ばれずに、涙を飲んだ苦い過去を持っているため、いまだにクライをライバル視しているのである。

「……でも冗談抜きで、本当にそうかもしれませんね」

「え?」

 クライはにこにこ顔になって続けた。

「恋人の代わりをするという発想がすでに古すぎました。これからは友情の時代ですよ、オルビア。ぼくらも憎しみは忘れて、友達になりましょう」

「意味がわからないわ。そしてきもいわ。前から思ってたけどアンタ変態よね。ロリコンだし」

「今は関係ないことは、言わないでもらえます?」

 さんざん関係ないこと喋ってただろうが、と横で聞きながらルイーゼは思った。

「……あんたが噂の、クライの弟子ね」

 オルビアににらまれる。こんな目線で見られることには、もう慣れっこだ。

「そうよ」

 堂々と答えてやる。

 オルビアは急にルイーゼの肩を付かんでゆさぶった。

「にーくーらーしーっ! 私の夢だった『初の女性マエストロ』を果たしたのが、こんなちんちくりんの小娘だなんてー!! 私の方が百倍も綺麗だし魔力も実力も上だわっ」

 むかむっかぁ。

 確かにオルビアのほうが美形といえる顔だし魔力はそりゃ適わないだろう。しかし、ルイーゼはさすがに切れた。

「あんたねー失礼にもほどが……」

「やめろルイーゼ。オルビアさんも」

 ふたりの諍いを止めたのは、その場に出てきたシーナの一言だった。

「今はそんなこと話しているヒマはありません。シュカを皆で力を合わせて、討つことになった。あなたにもご協力願います」

 金髪碧眼の少年シーナにマジメな表情で諭されたオルビアは、ころっと態度を変えた。ほほ笑む。

「こちらの坊ちゃんはかわいいから、許すわ♪」

(こ、この女、あたしと同じ属性か……なんか同族嫌悪がふつふつと……)

 25くらいの彼女にしてみれば、16歳のシーナはじゅうぶんに可愛い対象に入るのだろう。でもなんだかルイーゼにはふくざつな気分であった。




 オルビアは魔法協会の戦力になりそうな主要メンバーを集めてきていた。総勢50名ほど。

「はあい。加勢に来たよー。ロッテちゃん」

「あ、ヴァレン様!」

 ロッテの師匠であるヴァレン。

「オルビア会長とクライ様って、やっぱり仲悪かったんですねぇ」

「そうでもないよ? あれでオルビアはツンデレだからね。クライはからかいがいのある人が一番好きだし」

 全身に装飾してある金属アクセサリーをじゃらんと慣らして、ヴァレンは肩をすくめた。

「え、そうなんですか……!」

 ロッテはまじまじと、ぷりぷり怒っているオルビアを眺めた。確か、クライにぞっこんLOVEのツキコも彼らの同級生である。

「……ってことは、ヴァレン様たちの同窓生組みって、けっこう複雑な関係?」

「ていうか、俺だけはずれてて、ツキコもオルビアも愛情表現はまったく違うけどクライにラブラブなんだよねぇ。なにその少女マンガみたいな設定? なんでこんなモテるんだろーな、あいつ」

「ヴァレン様は常に彼女が三人くらいいるから、いいじゃないですか」

「まーね」

 ヴァレンは片目をつぶった。 




「よ、シーナ。おまえそろそろあれ、バレた?」

 シーナの友人テオも山頂にやってきていた。しかしテオは世界の危機よりも、シーナのことに興味津々のようで、眼鏡を光らせて尋ねた。

「ああ。バレた……」

 シーナは極力目を逸らしつつ、薄情した。

「なああああにいっ!? それでどうなったんだ? ルイーゼちゃんとどうなったんだ!」

「うるさい今はそれどころじゃねーよ!!」

 シーナに一蹴され、テオはおとなしくなった。

「じゃあ、世界を救ったあとに詳しく聞くわ」とあっさり態度を変えた。




「モモエちゃーん!」

 なぜかマネージャーのアズマがサングラスを光らせながら駆け寄ってきたので、モモエは絶叫した。

「明日から舞台の本番なのに、なにしてるんだよー!」

「いやぁぁぁぁ、なんでここがわかったんですかぁぁ、アズマさんっ!?」

 半泣きでモモエは逃げた。すでにマネージャーではなくストーカーと化している。

 こいつだけは戦力になりそうもないが……まあ、とにかく、いろんな人が集まってきたのだ。



 

 *   *   *




 皆を一箇所に集めて、クライは説明した。

「……というわけで。無謀だけど、希望を信じましょう。皆の力を合わせて、シュカを止めるのです」

「攻撃の仕方はどうするの?」

「はっきり言って、最も実力があり魔力もあるのは、このぼくなので、ぼくが先頭に立ちます。他の皆は、へたな攻撃魔法などは使わずに、ただ魔力をぼくに送ってください。そのほうが集中的に攻撃できるでしょう」

「なんか納得いかないけど、世界を救うために了解したわ」

 オルビアがてきぱきと答える。その後ろの魔法協会のメンバーたちは、むろん会長の意向に従った。

 そして彼らは、魔力の程度に応じた円陣をつくった。

 まずは先頭にクライが立ち、その後ろにヴァレンとオルビア。それから、その後ろにシーナ、ロッテ、テオが構え、その後ろには魔法協会のメンバーがずらりと並び、その最後尾にルイーゼとモモエがついた。

「なんであたし、一番後ろなのぉ……?」

 モモエがぽつりとつぶやくのを聞き、隣のルイーゼが突っ込みを入れた 

「あんた、魔法ほとんど使えないじゃない!」

「ああああ、そうだけどー! それは言わないでぇ!」

「あたしなんて先生の直弟子なのに最後尾なんだからね。でも今さらプライドなんてないわ。むなしいけど少しでも力になれるように、がんばるのよ。モモエ!」

「ルイーゼ……。うん。うん、あたしがんばる」

 ルイーゼはモモエと軽く頷きあった。

「――さて。行きますよ」

 クライが両手を伸ばして構えた。

「がんばってください、先生!」

 最後尾からルイーゼは叫んだ。

 そしてクライは呪文を唱えはじめた――。




「アン。アン」

 意識が朦朧として、シュカの呼びかけにも答えられなくなったアンのもとに膝を突き、シュカはただ、彼の手を握りしめていた。

 だんだんと冷たくなってゆく手。

「もうすぐだからね……アン……」

 シュカの瞳からはとめどなく砂があふれていた。いや、体じゅうから。

「もうすぐ、楽になれるわ。そして、わたしたちは、二度と、離れることがない……楽園へ、いくのよ……」

 シュカの背中に圧倒的な魔力がせまってきていた。

 彼女は後方に振り向いた。

 先頭に位置するクライと目が合う。

 ふくれて弾ける白い光――。

 シュカは覚悟を決めて瞳を閉じた。

 しかし……風はまわりの砂を吹き飛ばしただけで、シュカに直撃することはなかった。




「魔力が足りません。増幅頼みます、後援の方々!」

「はい!!」

 クライの言葉に力強く答え、彼らは魔力を込めた。

(やはり、ダメか……)

 クライのすぐ後ろにいるシーナには、シュカに全く魔法が効いていないことを悟っていた。それでも、弱音を吐くわけにはいかない。ただ黙って、師匠のクライに魔力を送り続けた。

(……もう、ダメなの……?)

 最後尾にいるルイーゼには状況の判断が難しかったが、魔力を送り続けるにしても、おのずと限界がある。

 どの人の顔を見ても、疲れがにじみ出ていた。

(ううん、あきらめちゃダメ)

 旅に出てからさまざまなことがあった。ルイーゼは楽しかったことだけを思い出した。前の自分だったら簡単に諦めていただろう。けど、今は――

(そうよ。かっこいい彼氏をつくるまでは、ぜえええったいに死ねないわ!!)

 目を凝らす。遠くのシュカを見る。

 シュカはゆらりと光の中で立ち上がった。

(シュカ……?)

 他のものは気づいていないようだ。ルイーゼはとっさの判断で、円陣を抜け出した。

「あれ、ルイーゼ?」

 モモエの言葉は聞こえるが、かまわずにルイーゼは外側を駆けて、シュカの傍まで近づいた。

「アン……!」

 ルイーゼは気づいた。

 アンはついに命果てていた。

 そしてそれを見取ったシュカが、ゆっくりと、魔法使いたちのほうへ振り向いたのだ。

「シュカ……」

 シュカはうつむいたまま、立ち尽くす。攻撃の光を全身に浴びながら、びくりともしない。

(一緒に死なせてあげることができなかった……!)

 ルイーゼは口を押さえた。

 彼女の心に渡来するものは果たして、憎しみか、絶望か。それとも――

「みんな。やめて、攻撃をやめてー!」

 その瞬間。

 ルイーゼに気づいたクライが、魔法を止めた。それに準じて、後ろの円陣も止まる。

 光が止み、砂埃があたりに舞った。

「……なにをしてるの? そんなところにいたら危ないですよ、ルイーゼ」

 クライがつぶやく。

 ルイーゼは、シュカの目の前に向き合った。

「シュカ!」

 名を呼ぶ。

 ルイーゼはシュカに飛びついて、砂だらけの小さな身体を抱きしめた。

「ルイーゼ……!」

 驚いて、クライが声を上げる。通常なら自殺行為に等しいほど危険だからだ。

 しかし、シュカはおとなしく、震える手でルイーゼの腕をそっと掴んだ。

「ごめんね、ごめんねシュカ。あたし偉そうなことばっかり言って、ぜんぜんなにもできなかったよ。こんな結果になっちゃって、アンのこと、ごめんね……」

「ルイーゼ」

 シュカは灰色の瞳でまばたきを何度かして、とめどなく流していた砂を止めていた。

「不思議です。あれほど憎しみに支配されていたのに、こうなった今はもう、恨みつらみはわいてきません。この世界にも、あなたたち人間にも……」

 彼女はそっとルイーゼの手を離して、空を見上げた。

 雲がぷかりぷかりと浮いている。

 なんてことはない、青空。

 シュカはほほ笑んだ。

「世界は美しいですね、ルイーゼ」

「……うん!」

 涙を溜めて、ルイーゼは頷いた。

「わたしは、アンに出会えて幸せでした」

 シュカは砂の山に手を突っ込み、そのなかから錬金術のように、太く重そうな灰色の槍を取り出した。彼女の魔力でつくりあげたようだ。シュカは、その槍の切っ先を自身の胸に向けて、構えて持った。

「ルイーゼ。あなたにも。会えてよかった」

 ルイーゼに向き合い、にこりと笑う。

 さらに、後方のクライたち、魔法使いたちにも視線を送る。

「みなさん、ありがとう。さようなら」

 シュカが槍をしっかりと掴み、彼女自身の胸に一突きすると、シュカの少女の姿は砂になってさらりと溶けた。

 一堂が見守る中、シュカは全身を砂に変えて、砂の山に還った。そして、彼女からあふれでた大量の砂は、風に乗って砂塵となり、空に舞った。





 *   *   *





 こうして長年近隣の町を、いや世界をおびやかしてきたフーム山の魔物は討たれ、世界に平和がもたらされた。マスターマエストロことクライは、一夜明けると魔物を倒した英雄として迎えられた。

 連日連夜、さまざまな偉い人たちが挨拶に訪れたり、イベントが開催されたりと、クライは一躍大人気者になり、まさに時の人となった。『世界一の魔法使い』の名を欲しいままにしたとともに、わりと顔が温和で親しみやすい雰囲気だったため今や世界一有名なアイドルとして、大フィーバーが起こっていた。

 パレードを終えたクライは、つかの間の休憩時間を、サングラスと帽子をして(といってもバレバレだったが)喫茶店でくつろいでいた。

「ていうか、あんたがシュカを倒したわけじゃないでしょーっ! むしろ、あんたはなにもやってないでしょーが!?」

 同席しているオルビアが珈琲片手に、真っ向から避難してきた。クライは後ろ頭を押さえて笑う。

「いやー、そうなんですけどね、ぼくがマエストロなわけで。そういうことにしておきましょう。経緯を説明するのが面倒くさいし」

「くやしー!」

 オルビアは黒いハンカチを握りしめた。

「もーなんでもいいじゃない、クライが私にとってヒーローであることには変わりないわ☆ こ~んないい男、二度と誕生しないわよ! ね、クライ」

 そう言ってクライの腕にもたれかかってきたのは、順調に回復して退院したツキコだった。オルビアににらまれると、ツキコは平然と指摘した。

「それにオルビアもたいして役に立ってないんでしょ?」

「それは言わないで」

 フォークをテーブルにつきたてて、オルビアは撃沈した。彼らの戯れを黙ってみていたヴァレンは、窓の外を見ながら言った。 

「たしかに今回、英雄として迎えられるべきなのはクライじゃなくって、ルイーゼちゃんなのかもね。でも常識で考えて、なんの力もないただの女の子が、世界中で大フィーバーになっちゃうのは、可哀相だもんね」 

「そうですよ」

 クライも同意した。自身のサングラスを掛けなおして、ほほ笑む。

「これはあの娘の要望だからね。ルイーゼはあくまでも、一般人でいることを望んだんです。ぼくはあの娘のそういうところが大好きなんですよねぇ……」

「!!」

 クライがなにげなくつぶやいた「大好き」の一言に、びくり、とツキコとオルビアが同時に殺気だった。同時に思いつめた顔をしてクライに視線を送る。

「やれやれ……」

 他人のふりをして、ヴァレンが息をついた。




 *   *   *




 山の上にひっそりと建つ墓石に花束をたむけて、ルイーゼは短い祈りを捧げた。

 フームの山の上、シュカがアンとの住み家のために用意しておいた家のすぐ近く、いわば庭のような場所に、アンは葬られた。棺には、シュカが溶けたあとの砂の一部を入れた。本当はすべて入れたかったのだが、砂の量が多すぎたため無理だった。

 残りの大量の砂は、庭に撒いた。

 ルイーゼには、この山そのものが、アンとシュカの墓に思えた。

「ここだったのか」

 声をかけられて振り向くと、同じように花を手に持ったシーナがいた。

「シーナ。来てたの?」

「連日、お祭り騒ぎの街にいいかげんうんざりしてな、ここなら静かだし」

「ほんとよねー。おかげで先生とぜんぜん会えないわ。挨拶しなきゃいけないのに」

「挨拶?」

「うん。あたし、地元に帰ることにしたの。もともと、先生に半ば無理やりに旅に出させられたようなもんだったしね……」

「魔法学校には?」

 ルイーゼは首を横に振った。

「もう行かない。魔法の修行は引退しようと思うの。もともとたいした実力もないしね。それより、普通科の学校に行くことにしたわ。当然、男女共学の!」

「べつにそこは強調しなくていい……」

「あ、そう」

 ルイーゼは強い風をうけて髪を押さえた。

「ロッテはこっちに残って、魔法協会で仕事するそうよ」

「そうか。それが合ってるかもな」

「あんたは、これからどうするの?」

 ルイーゼはあらためてシーナを見た。

 シーナは地毛である銀髪に戻っていた。己を偽って生きることをやめたのだ。とはいえ、別にアイドルに戻るわけでもない。アイドル時代からはかなり経っているために、面影はあるものの、彼はもうリンゴではないのだ。

「俺はクライ様と旅を続けるよ」

「え、そうなの? まだやるんだ?」

「いろいろあったけど、やっぱりクライ様は尊敬する師匠だって分かったし。今度はマエストロとか関係なく、気ままな旅ができるだろう」

「よかったねー、待望のふたり旅に戻れて。思う存分、可愛がってもらいなー」

「……良かったような悪かったような」

 複雑そうな目で、シーナは腕組みして視線を逸らした。

「え、なんで? あたしが邪魔だったんでしょ?」

「そうだったけど、今は違う」

「……へ?」

「ルイーゼは確かにあの人の弟子だ……認めるよ」

 ほのかに顔を赤くして言うシーナを目の当たりにして、ルイーゼはバシン!とシーナの肩を叩いた。

「なぁ~によ。照れるじゃない!」

「いて」

 ふと沈黙が訪れた。ルイーゼはうつってしまい、頬を赤らめて答えた。

「ありがと……」




 ☆ ☆ ☆




 ルイーゼが故郷に帰る日と、クライとシーナが新しい旅に出発する日は、おのずと同じ日になった。それぞれに荷造りした荷物を抱え、ライヒ町の駅前で挨拶をした。

 天は高く、絶好の晴天だった。

 新しい旅立ちにふさわしい日和だ。

「元気でね、ルイーゼ」

「はい。本当にお世話になりました!」

「かっこよくて経済力もある男の人を見つけて、幸せになってください」

 にこにことクライは言った。

「はい、もちろんです、先生」

 ルイーゼはガッツポーズを返した。

「君もなにか一言くらい言いなさい」

 クライがシーナの肩を押した。「えっ」と慌てたようにシーナが身じろぎした。

「じゃ、じゃあな」

「うん。うちの近くに来たときは寄ってね」

「ああ」

 シーナは頷く。

「では、出発です」

 クライはじめじめしたことが嫌いなのか、挨拶が済むと、あっさりと背を向けて大またで歩き出した。シーナもあとについていく。

 



 しばらく歩いたのち、急にクライが言った。

「ところでシーナ。別れる前に、ルイーゼにちゃんと告白しましたか?」

 ぽかんと口をあけて、シーナは師匠を見上げた。

「って、クライ様なぜそれを……じゃなかった。なにわけのわからないことを言ってるんですか!!」

「なるほど。まだなんですね」

「ぐっ……」

 クライはにこりともせず、ひょうひょうと弟子を評した。

「ほんっとに君は甲斐性なし男ですねー。リンゴをやっと卒業したと思ったら、次は恋愛の壁ですか? わかりました。ぼくが女の子の気持ちからデートのしかたまで丁寧に指導しましょう。今度チャンスをつくってあげます。近いうちにルイーゼの実家に行きますよ」

「クライ様、そ、そんなどうでもいいことは置いといて、もっと魔法の修行をお願いしますよ!!」

「どうでもよくないですよ。いいですか、シーナ。かわいい彼女をつくらないことは、人生の楽しみの八割を放棄するようなものなんです。まあ個人差はありますが少なくともぼくはそうですね。君はただでさえアイドルなんてやってやさぐれて恵まれない幼少期だったのだから、これからは楽しい想いをしてほしいという師匠の愛ですよ、愛。聞いてますかシーナ? ではまず……」

 延々とつづくクライの講義に、シーナはぐったりと肩を落とした。

 これだから、師匠には適わない。




 ☆  ☆  ☆




「ったくもー、遅いなぁ、あの子は。列車が来ちゃうじゃないの」

 スーツケースを手に、ルイーゼはいらいらとプラットホームを見渡していた。

「ほんとよね」

 見送りにきているロッテは、あまり感慨なく同意した。

 そこに、人混みを掻き分けて、綿菓子のような髪の少女が登場した。

「ルイーゼ~~、ごめ~~~ん!」

 ルイーゼとともに故郷に戻る、親友のモモエである。モモエは腰で帯びをリボン結びにした、ピンクのミニスカートのふりふりワンピースを着ていた。頭には大きなお団子にハートマークのピンがくっついている。引っ張っている大きなスーツケースがまるで似合っていない。

「って、あんたなんなのよその恥ずかしいカッコは!」

「だって直前まで舞台の最終公演やってたからぁ」

「はぁー。今日もやってたわけ?」

「だって『魔法少女★ピーチエンゼル』が思いのほか人気出ちゃって、追加公演したりサイン会したりしなきゃいけなくって……あたしだって恥ずかしいんだよ!」

「いっそのこと、そのまま役者になりなさいよ。似合うわよ」

 とロッテが提案した。

「やだよ! あたしはうちに帰るの~~!」

「あーそう」とロッテ。

「そんで、ルイーゼと同じ学校行くの!」

「はいはい」と、ルイーゼ。

 そのとき、ちょうど車両に列車が滑り込んできた。

 呆れながらも笑みを浮かべて、ルイーゼはモモエとともに、故郷方面行きの列車に乗り込んだ。

「じゃあ、またね」

 ロッテがプラットホームから列車の窓に向かって手を振る。ふたりは手を振り返した。

「じゃあねー!」

 ゆるやかなスピードで列車は発車した。ルイーゼは窓から外を見上げる。ここから見えるフームの山は腫れ物がすっかり剥がれたように、青々とした新緑をつけていた。



                     (終)


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