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#40

前回までのあらすじ☆女の魔法使い初の〈ブレイン〉をシュカにかけるため、ルイーゼはシーナと共に静止した時の空間の中で猛特訓中。一方、アンはシュカに「すぐに行かなければ」と話し始め……。

「待って、どういうこと。わたし、この日をずっとずっと待ってた。ひとりきりでこの家で待っていたのです。これからは未来永劫わたしの傍で明るい未来を語るはずだった。あなたは愛を囁き続けてくれないのですか? アン。あなたは――」

「シュカ。落ち着いて聞いてくれ」

 目の色を失うほどカタカタと震え始めるシュカの小さな肩をぐっと掴み、アンはその瞳を覗き込む。

 シュカの正体がいかなる醜い魔物だとしても。世界を滅ぼす力を有しているとしても。いつ暴動を起こすか分からぬ生物だとしても。シュカならば全てを受け入れる。そんな覚悟の決まった瞳で、アンはたしなめた。

「ぼくも本当に、ここに帰ってきたかった。ぼくはきみのもとに帰ってくるためだけに、悪魔に魂を売って、現世に蘇ったんだ。だけど、本当のぼくの肉体はもうすでに死んでいるんだ。もうすぐ迎えが来る。行かなくてはいけない」

 ふるふる、と幼子のようにシュカは頭を振った。シュカが感情をあらわにするたびに、細かい砂が髪の先から、さらさらとこぼれていった。

「いや、いやいやいや。いやです。ひとりでいくなんて許さない。アン、あなたがどうしても行くというのなら。あたしにも考えがある」

「……シュカ?」

「その『迎え』にくるヤツを、この手で一網打尽にやっつけるのです! ぜったいに叩きのめしてやる! わたしたちを引き裂くものはなんであろうと許さないっ!」

 ざーっとシュカの身体から砂があふれ、アンとシュカの足元を流れる砂で埋めていった。

 砂のホコリのたつキッチンで、アンとシュカは向き合った。

「ぜったいに行かせません、アン。わたしから離れないで」

  シュカは宣言すると、アンの胸に飛び込んだ。

 その様子を、地上の出窓から覗き見ていたロッテとモモエは、それぞれの感想を漏らしていた。

「悪魔に魂を売ったですって……あたしたち美少女つかまえて、人聞き悪いわね!」

「ロッテ、あれはアンさんの方便だよ?」

「んなこと、分かってるわよ」

 ロッテは窓から身を離すと、大木に身を持たれ、肩をすくめた。

「強大な力を持つ魔物シュカ……でも愛する恋人の言葉には弱いみたいね。どうにかならないかしら?」

「うん。やっぱりシュカを止めることができるのは、アンさんだけな気がするんだよね。どうしたらいいんだろ……」

「案じていても始まりませんよ」

「クライ様!」

 夢中になっていた本を閉じ、クライがふたりの後ろからほほ笑んだ。

「ルイーゼが世紀の大挑戦をはじめようとしています。われわれはその可能性に賭けましょう。ルイーゼは、女子禁制区だった〈ブレイン〉を唱えようというのだから……やっぱり、ぼくが見込んだだけはある」

 クライは空を見上げ、一人ごちる。

「さて、時の狭間にいる二人はそろそろ帰ってくる頃でしょうか?」







 シーナは元の姿に戻って草原に腰を下ろし、ため息を付いた。元とはいえ、金髪に染めていた髪はすっかり銀色に戻っていた。

「やれることは、やったはずだ……」

 視線を転じれば、そこには、魔法書にかじりついて、ずっとぶつぶつと暗記を続けているルイーゼがいた。

 魔力を上げることなどもうできない。最終手段は、〈ブレイン〉という秘法の呪文を丸暗記すること――それしかない!

 ブレインの呪文はおそろしく長い。舌をかまずに一字一句間違えずに叫ばなければならないのだ。

(たぶん、もう時間だな……)

 そのときだった。空間がくにゃりと曲がって、足元が揺らいだ。






 

 目の前の草原の空間がくにゃりとゆがみ、空中から、少年と少女が落ちてきた。

「ひぃやあああっ!」

 悲鳴をあげながら、ルイーゼがシーナを下敷きにして倒れる。

「おい、おまえ、重いっ……」

「華奢な美少女に対して、なんてこと言うのよっ!」

「いいから早くどけよ!」

 ぎゃあぎゃあとわめきながらも体勢を整えて立ち上がる。二人の前に、クライが立った。

「お疲れさま。魔法のできあがりはどうですか?」

「……あ、先生」

 ルイーゼは頭をかき、あははと笑った。ごまかしてもすぐにばれるので、素直に言う。

「どうにもいまいち、呪文の構造を把握しきれませんでした。ついでに、暗記もできませんでした!」

「すみません、クライ様。俺の力不足です」

 魔法が解けて、髪が銀髪に戻ったままのシーナは、率直に頭を下げた。

 クライはふたりの弟子を見比べて、にこにこと答えた。

「ふたりとも、正直でよろしい」

 ルイーゼとシーナは、戸惑ったまま顔を上げた。

「未完成でもいい。ルイーゼ、きみが憶えたままの呪文をシュカに唱えなさい」

「え……でも先生」

「ぼくのような偉大な魔法使いが、きみたちの力を知りながらそれほど期待するわけがないでしょう。三日間で〈ブレイン〉を習得できるほど、甘くはありません。これはすべて計算済みです」

 そう言って、子どものようにクライは片目を瞑って舌を出した。

「むしろ、これは魔法を完成させないことが狙いでした」

「ええー! そうだったんですかぁ! め、めちゃくちゃ頑張ったのにっ!」

「クライ様……あなたも人が悪い……」

 ルイーゼはわめき、シーナは頭を押さえて脱力した。

「ブレインは危険な魔法だから、禁断なのです。もし本当に完成させてしまったら、自分すら滅ぼします。自分の心すら操られてしまうからです。だからぼくも、完全には使いこなせません。実際、あまりに強大な魔力を持つ者がマエストロにならないほうがいいんです。そこでルイーゼ。きみの出番です」

「……はい」

 クライはしっかりと向き合い、ルイーゼの右肩にぽんと手を置いた。

「きみの良いところは、平凡な女の子だということですよ。それはなんにも恥じることではない。自信を持ちなさい」

「……は、はぁ」

 喜んでいいやら、複雑な気持ちでルイーゼは生半可に頷いた。

「先生。褒めてるんですか? それ」

「もちろんです。ぼくは天才ですからね。才能というモノには飽き飽きしている。だから、ぼくはふつうの女の子が好きなんです」

 嘘か本気か、いつものようによくわからない軽薄なセリフを吐くと、クライはルイーゼの頭を撫でた。







 シュカが何十年も愛しい人の帰りを待ち続けた、木の幹のなかにある家。

 砂が落ち続け、アンとシュカの膝まで積もった頃――

 突然、天窓が開いた。

「おじゃまします!」

 ルイーゼはぺこりと頭を下げると、窓から身を乗り出して、アンたちのいる居間に飛び降りた。砂がクッションとなり、たいした痛みもなく、ルイーゼが立ち上がる。

 突然の闖入者に、シュカが目くじらをたてる。

「なんですかあなたは」

 シュカが目を見張る。

「あたしたちの愛の巣に立ち入るなど、そんな、いけずうずうしい!」

「――まえに会ったでしょ。覚えてないの? あたしはルイーゼ」

 胸を張り、砂けむりの舞う部屋で、ルイーゼは名乗りを上げた。

「一応、魔法使いだけど、たいした実力もない。勉強とか、努力はきらいだし。魔力ではロッテに劣るし、可愛さではモモエに適わない。けっこうミーハーで、アイドルが好きで、憧れの人と結婚したいなーっていうのが、とりあえずの夢! クライ先生の弟子なんか、見合うほどのものは、なにも持ってない。そう、あたしは」

 顔を上げる。

 シュカと同じ目線で対峙する。

「ふつうの女の子よ。あなたとおんなじよ、シュカ」



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