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#37

 前回までのあらすじ☆魔法を掛けて若返ったアンは、ついにシュカとの再会を果たした。メデタシメデタシ!と思いきや……復活したクライがルイーゼの前に現れて、アンの命があと三日だと告げる。

 シュカの家の地下、木のぬくもりが漂う貯蔵庫で、一同は集結していた。世界最重要会議がはじまるのである。

 ルイーゼは、シュカとアンのように、ひしと抱き合ってクライとの再会を喜ぶわけにはいかなかった。ルイーゼはクライの放った一言で、いっぺんに感動の波を打破されていた。

「世界が滅ぶ」と、マスターマエストロは宣言したのだ。

 夢中でこの計画を推し進めてしまったため、「アンがいなくなったあとはどうするのか」を考慮に入れていなかった三人娘は、クライの前に勢ぞろいして頭を下げた。


「ご、ごめんなさいクライ様」

 モモエは小声で謝る。

「軽率な行動でした」

 ロッテも真摯に述べた。

「これはあたしの責任です。シーナがマエストロとして山に登っていったのを、どうにか止めようとしたの。先生、この二人は責めないで……」

「今は責任の追及などどうでもよろしい」

 クライはまったく笑うことなく、ぴしゃりと言い放った。

「解決策を考えましょう。一応魔法協会には連絡しましたが、助っ人が来る前に最後の審判は下されるでしょう。ようするにアンの命が持ちません。最も無難で確実なのは、シュカを取り押さえて再びぼくが<ブレイン>の魔法を掛けることです。これでも成功率はゼロに近い。シュカのほうが魔法使いより何百倍も強いので、いくら隙があるとはいえ、まず取り押さえられない可能性が高い。また、アンに再会してしまった今は、そんな下手な詐欺みたいな魔法にはおそらくもう引っかからないと見ていいでしょう。ですが、わかりますね。なにもしないままだと終わるのです。出来るかぎり、ぼくはあがく」

 クライの言葉に、誰もが口を噤んでいた。シーナが一人はなれたところで、なにか言いかけるが、すぐにやめる。

「なんですか、シーナ?」

「クライ様……その役目は、俺が」

「なりません。君は実際についさっきまで死にかけていたはずですね。ぼくに直接教わったわけでもないのに、<ブレイン>を使いこなせるはずがない。だいいち、君は天才ではない。少し魔法が使えるだけの一般人です。マエストロにはなれません」

「分かっています」

 シーナは厳しい師匠の言葉を真っ向から受け止めて、顔を上げた。

「クライ様、数々のご無礼、本当に申し訳ありませんでした。マスターマエストロにしかシュカをとめることができないという言葉、今になって身に染みています。自分だけでなにができると思っていた俺が、軽率でした」

「君らしくないですね、素直で」

 シーナは自らの意志でクライのもとを離れた。からかうような笑みを見せたクライに、シーナは顔を真っ赤にして、身を切るように唇をかみ締めた。

「……今さら言える身ではないのはわかっています。でもシュカを止めるため、出来るかぎりの協力をしたい。クライ様、またご指導してください。お願いします」

 シーナは改めて、クライに頭を下げた。クライは「顔を上げなさい」と軽くあしらった。

「そんな頼みは不要です。ぼくは君を破門したことなど一度もありませんよ。ただ君は自分探しの旅に少しの間行っていただけのこと」

「……クライ様」

 伸びた前髪をそのままにして、シーナは顔を上げた。その姿を見て、ルイーゼはなにかくすぐったい風に当てられたような感覚を覚え、どきりとした。シーナの姿が、誰かに似ているような気がしたのだ。とても愛おしい人に似ているような――

(なに、この感じ……。うちのお兄ちゃんと似てるのかな? 違うわ、似てない。これじゃ、まるで……)

 胸の鼓動が高鳴った。そんな場合じゃないと分かっていながらも、ルイーゼは涙があふれそうな懐かしさを憶えていた。

「お帰り、シーナ」

 クライが優しくほほ笑む。

「……ただいま。クライ様」 




 *       *      *




 腹が減っては戦はできない。

 食料庫にあった材料でまずは簡単な腹ごしらえをしながら話し合うことになった。ちなみに料理を率先して作ったのはモモエである。

「先生、あたしに考えがあるわ」

「却下」

 ナポリタンのパスタをすすりながらクライは即座に告げた。

「まだなにも言ってないじゃない!」

「だいたい何を言い出すつもりなのかは分かっていますよ、ルイーゼ」

「ええ!? そんなことないわ。じゃあ当ててみせてよ先生」

「いやいや。ぼくが先に言ってしまってはつまりませんからね。チャンスを与えますよ」

「それって人の揚げ足取ってるだけじゃない! 完全に馬鹿にしてるでしょ!」

「君は今から無茶なことを言い出すに決まってます、そうでしょう。だから訊かなくてもわかりますよ却下」

「ううっ」

 会話の応酬をする師匠と弟子を見ながら、モモエはびっくりした目で、ロッテはジトーとした目で顔を見合わせた。

「こんなすごい魔法使いと真正面から張り合うルイーゼって、やっぱりすごい~」

 と食器を出しながらモモエ。

「っていうか言い合いしてる場合なのかしら。世界が滅びるなんて嘘なんじゃ……」

 と、ロッテは緊張感のない連中にやる気を失っていた。

 いまだに低レベルの論争を続けているクライとルイーゼを見かねて、シーナは口を挟んだ。

「いい加減にしろルイーゼ。さっさとそのアイデアを言え」

「あー、なによう、シーナ。すっかり先生の味方になっちゃって。反抗期は終わったの? 現金なやつ!」

 皆の真剣な視線が集まったことを感じ取り、ルイーゼはごほんと咳払いして、話を始めた。

「……あたしがシュカに<ブレイン>の魔法をかけるのよ」

 誰もが言葉を失った。みんなの思うところはわかる。それは無茶すぎる、と。

「わかってるわ。<ブレイン>をたった数日で習得できるわけない。でもやってみる価値はある。だって、歴代マエストロには男しかいない。それはシュカの恋人が男だから当たり前の話だわ、けど、初めてマエストロの弟子があたし、女だったわけでしょ。これはなにか、改革につながると思うの。先生だってなにかを変えたくてあたしを弟子にしたと思う。そうでしょ」

「君は僕にたった今から<ブレイン>を教えろと、そういうわけですねルイーゼ?」

「はい」

 パスタを飲み込んで、クライが口元をナプキンで拭きながら問う。ルイーゼは真剣に返答した。

「お願いします、クライ先生。あたしに一度だけチャンスをください。先生の弟子として、一花咲かせたいの。そのためにはどんな危険があったっていいんです。だってあたし、この世界が好きなの。皆のいるこの世界が好き。シュカの失恋した逆恨みなんてくだらない理由で終わらせたくない。だから、この通りです!」

 ルイーゼは席を立って、クライの椅子の前で膝をついて両手を合わせた。

「ルイーゼ、馬鹿なことを」

 シーナは止めようとしてルイーゼの左隣に座って起こそうとしたが、ルイーゼは譲らなかった。

「止めないで、シーナ。あたし覚悟はできてるの。今までたくさん守ってもらってきたわ。それを返すときは今なの」

「ルイーゼ……」

 シーナはルイーゼの決意を目の当たりにして、言葉を失った。

「一理あります」

「先生……」

 反対されると思っていたルイーゼは、驚いてクライを見上げた。

「曲がりなりにもぼくの弟子です。ルイーゼには改革の旗を上げるパワーがある。希望を込めて、ぼくは君を弟子にした。ねえ、ルイーゼ。君と初めて会ったとき、君はオーディションを受ける生徒のなかで、最も気力がなく、魔法も手を抜きましたね。でも、ぼくはそういう女の子が好きです。偉大な魔法使い……あ、これはぼくのことですが……その前で、気ばっかり張っていいところを見せようと無理をする生徒たちのなかで、君だけはぼくにまったく畏怖しなかった。君は固定観念に縛られない。そういう女の子は、例え世間の目からはやる気がないと見られても、ぼくにはわかります、最も伸びる芽を持っている」

 これまで、幾度も、褒められたことはあった。けれど、最も尊敬する師匠に言われた言葉で、これほど過去に嬉しいものはなかった。ルイーゼは固まったまま、クライを見上げ続けていた。

「わかりました、やりましょう。ただしぼくの特訓は厳しいですよ」

「はい」

 ルイーゼは思った。いったいなんのためにこんな場所にまぎれこんでしまったのか、ずっと不思議だった。魔法の力があるわけでもないし、頭脳が明晰なわけでもない。こんな自分がなぜマエストロの弟子になったのか。場違いではないのか。ミスキャストだと。

 でも、今ならわかる。

 これがきっとあたしの使命なの。



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