#36
前回までのあらすじ☆魔法三人娘の協力を得て、アンは青年の姿に戻る。三人娘とアンは、シーナとともにいるであろうシュカに会いに、フームの山へ急ぐのだった。
「なあによ、この空気」
不満そうに空をにらみつけたのはロッテだった。ちょうど、フーム山の七合目まで上り詰めたときである。案内は一度シュカの棲家に行ったことのあるルイーゼに任せている。
「どしたの、ロッテ?」
モモエはアンを守るように脇に陣取りながら尋ねた。いつの間にか、「さん」付けがなくなっている。
「あの男の子、ほんとにシュカの暴走を止めてるわけ? 不穏な空気が充満してるわよ。まずいわね」
「シーナが危ないの!?」
「ばかね」
ロッテの胸に掴みかからんばかりの勢いでルイーゼが寄ってきたので、ロッテは顔をしかめて逸らした。
「あの子一人の話じゃない。もしブレインの魔法をかけるのに失敗してたら、この町がぜんぶ吹き飛ぶわよ」
「そ、そうか」
「そうよ。やっぱり、あの男の子まだ若いし、魔法も自力で学んだんでしょ。クライ様のようにはいかないと思うわ」
ロッテはつぶやいた。ロッテは隠し事をしないし、事実を率直に口にする。聞きたくなかった言葉だ、でも事実だ。確かにそれはルイーゼが最も恐れていたことだった。あのクライでさえ精神を壊しかけたのだ。今、シーナがどうなっているのか。思うだけで身が凍えそうになる。
「大丈夫だよ」
なんの根拠もなくそういいのけたのは、アンだった。アンはこれから命を懸けにいくのに、清清しい笑みを浮かべていた。それはただ、一心に想い人に会いたいと願う一人の青年の姿である。
「他の人に代わりは頼まない。シュカのなにもかもを、きっと僕が引き受けるから。だから安心してね、みんな」
「は、はい!」
三人娘は思わずアンの凛々しい横顔に見とれてしまった。
(やばい。惚れそうなんですけど……)
慌てているルイーゼは、やっぱりミーハーであった。
******
大木のほとりにあるシュカの家が見えてきた。ロッテは近づく前に膝を崩した。
「ロッテ大丈夫!?」
ルイーゼとモモエが両側から腕を支える。
「ったくも――、あんたたち鈍感でいいわね。この『気』を感じないの?」
「なんとなくは分かるけど」
とモモエ。
「まあ、あたしたちロッテほど魔力が強くないからね」
「――君たちは危険だから、ここにいて」
アンはそう言い、一人で大木に向かって歩みだした。
「待って。あたしもいく!」
「え」
アンは大きく目を見開き、立ち上がったルイーゼを見返した。
「ルイーゼ、だめだよ、危ないよ~!」
モモエが後ろからわめきはじめる。
「うるさいわね、そんなことわかってるのよ。でも、ここまできて、じっとしているわけにいかないわ」
確かな決意を持って、ルイーゼは言った。
「あたしはマスター・マエストロ・クライの弟子よ。ここで起こることを、ちゃんと見届けたい!」
そうだ。この目で、確かめなくてはならない。ここでなにが起こるのか。たとえ暴走に巻き込まれるのだとしても。
「わかった。一緒に行こう」
アンが背を向け、ルイーゼはその背をしっかりと見つめながら顔を上げ、ついていった。
*******
家の中に一歩踏み込んだとき、そこは砂に溢れていた。ほこりっぽい匂いに喉が詰まり、ルイーゼは咳き込んだ。大量の砂はシュカが暴走しかけている印である。目を凝らそうとするが前が見えなかった。
「僕だ。僕だよ! わかる?」
アンの声がする。シュカにこの呼びかけは伝わるのだろうか――。
お願い、伝わって。気づいてシュカ。
(あなたに会うために、こんなに長生きして会いに来てくれた人がいるのよ!)
砂嵐のなか、ルイーゼは膝をついて、ただ祈ることしかできなかった。
視界も無く、砂にまみれ、アンの姿も見失い、ざあざあと流れる音だけがルイーゼの耳を直撃するなか――
「愛しい人」
かつての美しい響きが聴こえた。
その声の、なんと切なく愛しく、ちぎれそうなことか……。
砂嵐が止んだ。
ルイーゼがゆっくりと目を開けると、シュカは赤いワンピースを着て、棒立ちになり、その向かいには白いシャツを風になびかせたアンがいた。シャツの砂を払って、アンがシュカに微笑む。
「愛しい人、ぬぐいがたき思い、忘れがたい声、ぬくもり。あなたなのですね」
「そうだよ」
「名前をまだきいていなかったわ」
「僕はアン」
「――アン」
かみ締めるようにシュカはつぶやく。
「シュカ。おいで」
シュカはアンの胸に飛び込んだ。アンは大きな腕にシュカの肩を抱いた。シュカはアンの胸に耳を当て、もう他のものはなにも聴こえなくなるくらいに身をおしつけた。二人が重なり合う姿を見ながら、ルイーゼは気絶しそうになるほどの安堵を感じたが、すぐにそれは打ち消された。
なよなよと力が入らない足に鞭を入れる思いで、立ち上がる。
「シーナ、どこ? シーナ!」
見渡したところ、居間には誰もいない。この家には確か梯子のしたに地下倉庫があったと思い出したルイーゼは、まさか砂に埋もれているのでは、と思い急いで梯子を下った。
倉庫は食べ物などが貯蔵されていたが、砂による被害はみたところなさそうだった。
毛布の上に倒れている一人の少年を見つけ、ルイーゼは叩き起こした。
「シーナ。シーナ!」
やかましく叫び、肩を思い切り叩く。
気づいたシーナはまず咳き込んだ。
「ルイーゼ……?」
「あたしのこと、ちゃんと覚えてる?」
シーナはこくんと頷いた。自嘲ぎみにつぶやく。
「また会えるとは思わなかった……」
「会えるに決まってるじゃない」
「解決したのか?」
「バッチリよ」
ルイーゼが不適に微笑み、手を差し出した。シーナがしっかりとその手を握り返す。
「――なにがバッチリですか」
そのとき、上から降ってきた声に、ルイーゼとシーナは顔を見合わせながら一瞬で凍りついた。
(今の声)
ふたりして、頭上を見上げる。
一階へつづく四角い穴から顔を出しているのは、まごうことなき師匠、クライだった。
「せっせ、せせせせせっせ――」
「クライ様!!」
言語障害を起こしかけているルイーゼに代わって、シーナがクライの名を呼んだ。
「ど、どどどどうして――もうだだだいじょうぶなんですかあああ!!」
「落ち着きなさい。あれくらいでぼくがくたばるわけないでしょう」
クライは梯子を使わずに、ひらりと軽い身のこなしで地下に降り立ってきた。
感極まったルイーゼは、涙を浮かべながら駆け出した。
「先生―!」
ルイーゼがクライの腕にしがみつこうとしたその瞬間、クライは手近にあったフライパンでルイーゼの頭をはたいた。
カコンッ
けっこういい音がした。
「いたぁぁぁぁ、なにするんですか可愛い弟子に向かって!」
「シーナ、ルイーゼ」
クライは静かに名を呟いたので、二人の弟子はただ事ではないとようやく悟って、師匠の前に背筋を伸ばして整列した。
「はい、クライ様」
「はい。先生」
おとなしく二人は次の言葉を待った。
クライは冷ややかに、と同時になんでもないことのように、あっさりと真顔で言った。
「このばか者。きみたちの行いはなんの解決ももたらしていません。あの青年の命はあと持って三日です。そうなると愛するものを失ったシュカの暴走は避けられない」
クライは宣言した。
「世界は滅びます」




