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#35

前回までのあらすじ☆アンダーソンはシュカと一緒にいるために行きずりの魔女に魂を売って長寿を手に入れたが、肉体は老人に成り果ててしまった。彼はもう一度青年の姿に戻り、シュカに会いに行くと決意する――。

 師匠の許可なくクライを踏襲し、21代目のマエストロに就任した少年シーナがシュカの恋人代わりになったばかりだというのに、フームの山付近には怪しげな雲が散乱していた。

 やっぱり年増のシュカにはシーナは若すぎたのだ、とルイーゼは勝手なことを思った。シュカを満足させるいい男など(要求するレベルがルイーゼの比ではないだろう)この世に存在するかも疑わしい。

「……にしてもシュカも薄情よね。本当にアンダーソンさんのことを思ってるならどんなに姿が変わってもわかるはずなのにさ」

 三人の魔法娘は机を囲み、熱心に古びた本に目を通していた。飽きたのかルイーゼが世間話をはじめると、モモエがすぐに話に乗ってきた。

「ルイーゼ、説得力ないよ。けっこう前に、初恋の人が地元に帰ってくるって聞いて喜んでたのに、横に太ってるのを見たら、一気に熱冷めちゃったじゃない」

「それはそこまで不摂生な身体になった怠慢なアキラ君の性格が許せなかっただけよ。別に外見そのものが嫌だったわけじゃないわ!」

「本当に~?」

 疑わしげなモモエをやり過ごし、ルイーゼは頬杖をつく。

「あんただって全然彼氏つくらないじゃない。よくコクられてるくせにさ。実は面食い?」

「そんなんじゃないよ。別にあたし、まだ彼氏とかいらないもん」

「あーあー、これだからモモエは。かわい子ぶっちゃって」

「ひどぉい! だってほんとのことだもん」 

「ふたりとも、魔法書をちゃんと読み込みなさい!」

 二人のお喋りを一喝したのはロッテだった。

「いいこと? 変化の呪文を間違えたら、私たちのもとに何が襲ってくるかわからないのよ。失敗したらカエルになっちゃうかもしれないの」

「カエル!?」

「魔女にカエルはつき物よ。自分はともかく、変化の魔法を他人にかけることは非常に難しいの。あんたたちカエルになりたいの? 集中しなさい」

「はーい……」

 さすがは優等生のロッテ。他愛もないお喋りをつい始めてしまうルイーゼたちを簡単にたしなめた。

 魔法の才能などほとんど持ち合わせていないルイーゼとモモエだが、集中力を高めるために再び呪文を胸中で詠唱しはじめる。全力を投球して、アンダーソンを青年の姿に戻すのだ。きっとそれ以外に方法はないし、それさえ成功すれば解決の糸口になる。

「さあ、そろそろ本番いくわよ」

 ロッテが立ち上がり、奥の部屋で休んでいるアンダーソンを呼びに行った。




 *  *  *




 ここはライヒ村、フーム山のふもとの宿である。アンダーソンに魔法をかけてさらに山奥へと移動するのが面倒ではあるが、山の中腹で薄い空気のなか魔法をかけることはさらに難しい。

 三人娘は林の少し開けた場所にアンダーソンを連れて行き、彼を真ん中に座らせた上で、三角錐になるように囲んで腕を振り上げた。

「では、行きます」

 ロッテが宣言すると、アンダーソンは皺の濃い目元を伏せてゆっくりと首肯した。大掛かりの魔法を使うため、彼女たちの力ではチャンスは一度きりだ。失敗は許されない――。

「せーのっ」

 ロッテの合図で、ロッテ、ルイーゼ、モモエの声が一斉に重なった。

「テシニタガスノロコ、イカワヲンソーダンアノモノカ、ウホマノゲンヘ!!」

 水色の光が三人の手から真っ直ぐ空に放たれ、アンダーソンの身体を三角形に包み込んだ。

(頼む、魔法の神様!)

 誰に祈ればいいのかよくわからなかったけれど、ルイーゼはこれ以上ないほど強く祈った。世界の平和を願うというより、単にシュカを早く楽にさせてあげたい、という思いのほうが強かったかもしれない。

 単に諦めが悪い奴だって思ってたけど、これは本当の恋、なのかもしれない。こんな二人のために世界が危機に陥って魔法使いたちが大騒ぎしてるなんて、愚の骨頂。

(お願い、もう先生やシーナに危険な目にあって欲しくないの)

 湖のような澄んだ色の光が、しゅうしゅうと音を立てて収束していくのをルイーゼは見ていた。姿を現したのは、ぱりっとしたシャツを着こなした清潔そうな青年だった。長くもなく短すぎない黒髪、少しぼんやりとしているけれど彫りの深い目元、曇りのない瞳、すらりと伸びた背、中肉中背の均等の取れた身体。えもいわれぬ色気――。

 ルイーゼは一目見ただけで胸がどきりとした。

「だ、誰っ?」

 全く予想外の人物が佇んでいるので、思わずルイーゼは尋ねてしまった。後ろ頭をポカッとロッテに叩かれる。

「ばかね、魔法が成功したのよ」

「アンダーソンさん、やったぁ、若い頃の姿だね!」

 モモエは無邪気に手を叩いている。

「うそぉぉぉぉ! アンダーソンさんって、こ、こんなにかっこよかったの!?」

「ありがとう。私のことは、これからはアンと。昔はそう呼ばれていたから」

 アンダーソン――アンは池の底から発せられるような低く暖かな声で答え、ほほ笑んだ。一気にルイーゼの頬が赤くなる。

「わわわわ、あたしわかったわ。あたしがもしシュカだったらアンを何百年でも待つわ!! 暴走する気持ちわかるし!!」

「やっぱりアンタは顔なのね……」

 と脱力し、ロッテ。

「あたし友達として情けないよ、ルイーゼ」

 と目元を押さえたモモエ。

「なぁぁによ!? 二人とも大人ぶっちゃって。外見は大事よ! もしずっと付き合ってる人に飽きてうんざりしてきても、顔がかっこよければまだ許せるっていうか、一緒にいられるじゃない? 夫婦円満の秘訣は顔よ!」

「ああもう……」

「そんなことどうでもいいから、早くアンをシュカの元へ連れて行くわよ!」

 ロッテの言葉にルイーゼもモモエもお喋りをやめて、頷いた。アンは何日、その若く美しい姿を保っていられるかわからないのだ。

それどころか、何日生きていられるかも分からない。

 アンはまだ目覚めたばかりという眠たげな瞳で空を見上げた。

 大きな傘雲に包まれた山が見える。

「皆、行こう」

 恋人を想い、アンは表情を引き締めて、一歩を踏み出した。

 そんなアンの横顔を見ながら、密かにルイーゼはどきどきしていた。

(馬鹿ね。今そんな場合じゃないのに。でも、なんだろ、かっこいい……)

 細身で線が細いリンゴとはまた違ったタイプだが、確かに少年が成人すればこれくらいの風格は出るものなのかもしれない。

 美少年ではなく、大人の男性に見とれたのはほとんど初めてのことだった。

(……あたしもちょっとは大人になったのかな?)

 こんなふうに運命や人生を捧げてまで愛してくれるなんて、シュカはなんて幸せなのだろう。

 早く気づいて馬鹿な魔女。アンはずっとここにいて、今すべてをかけて、あなたに向かっているんだよ。


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