#33
全回までのあらすじ★ルイーゼたちは禁断の魔法<ブレイン>を使うことなく魔物シュカを倒すことを決意し、シュカの恋人だった(かもしれない)アンダーソンのもとへ急ぐ……。
「アンダーソンさん、もぎたてのりんご食べる?」
「ああ、美味しそうな赤だね」
ベッドサイドでリンゴを剥きながらモモエはにこにことほほ笑んでいた。久しぶりのアンダーソンとの再会が素直に嬉しかったのだ。
「今日は急に帰ってきてどうしたんだい。村の噂だと、モモエちゃんはかっこいいイケメン俳優に求婚されて、リンドウ町で暮らしてるって言われてるよ」
「やだぁ、求婚なんてされてないよ! ちょっと遊びに行ってただけ。それよりアンダーソンさん、昔の恋人のことだけど、出会ったのっていつ頃?」
「うーん、うんと昔だけど、私がまだ二十歳くらいの頃だったかな」
「……じゃあ六十年くらい前?」
「そうなるね」
「……あのう、すごく変なこと聞くけど、それが200年前だーとかいうことってない?」
「200年?」
はは、とアンダーソンは笑った。
「それだけ生きていたらすごいものだ。200年の恋も覚めないなんて、ロマンチックだね」
「ほんとだね、あはははー」
ダメだ、いくらなんでもアンダーソンさんがそんなに長生きしているわけない。モモエは引き下がりそうだったが、彼が恋人の名前を知らないということだった。この話を始めて聞いたときも、恋人の名前も出身地も、プロフィールはなにも知らなかったのだ。普通付き合っていたらそのくらい教えあうものだとモモエは思ったが、アンダーソンは多くを語らない彼女に深く追求しようとはしなかった。気にならなかったのだろうか――。
「もしかしてあの子は宇宙人で、遠い星から来のかもしれないね。だから、ひゅうっとどこかに帰っていってしまったんだ……」
アンダーソンはそんなふうに笑って、年の割に皺の少ない目もとを緩ませた。シュカも同じことを言っていた。シュカも恋人の名前を知らなかったのだ。
――名前なんて、そんなもの。二人が愛し合っていれば名まえなど知らなくてもなんら問題はない。
そう、シュカは言ったのだ。二人はお互いに素性を知らぬまま愛し合ったのだ。
(これは、ビンゴかも……!)
* * *
真っ赤なワンピースに着替えたシュカは、ルイーゼとロッテに連れられて、足元を浮き足立ってふわふわさせながらシャボン村にやってきた。林の傍にある木造の小さな家が見えてきた。ログハウスである。
「ああ、ここにあの人が……」
シュカは白い肌で頬だけ赤く染め、まるで赤ずきんちゃんのようにバスケットを持って、中に手作りのチーズケーキを持っていた。狼に食われるどころか、狼を食いかねない魔物。
(でも、魔物っていうより、ただちょっとヒステリックな女の子に見える)
と、ルイーゼは隣でそんなのんきなことを思ってしまった。
すると、玄関が開いてモモエが飛び出し、笑顔を見せて手を振った。ルイーゼとロッテはちらと目を合わせて頷いた。このぶんだと幸先はいい。うまくいく、きっとうまくいく。
ルイーゼが確信したその時だった。
「今いくわ」
強くつぶやき、猛スピードでシュカはアンダーソン家に向かって駆け始めた。ルイーゼの頬に風が当たる。俊足にシュカは、モモエの傍すらすりぬけるようにして――消えた。
「早っ! モモエ、追って早く中に入ってっ」
ルイーゼは駆け出しながら野次を飛ばした。
「へ、ふえええわかった」
しかしモモエが家の中に振り返った瞬間、玄関や窓からまばゆいほどの光が溢れた。状況が飲み込めないまま、アンダーソンの家が赤い光に包まれる。ぞくっと背中が凍った。危ない。
「ダメ逃げてモモエ!!」
ロッテの鋭い声が飛ぶ。ロッテは走り出していたルイーゼの背中を掴みとめると、魔法の杖をふりかざして防御の壁をつくりだした。
「モモエっ」
ルイーゼが叫んだ瞬間、アンダーソン家が崩壊していく音がした。爆発……ではない。光に触れられた木造の家は砂になってぼろぼろと地にくずれていった。
――なに、再会の喜び? それとも違う人だったことへの混乱? 怒り? なんだかわからない、わからないけど。
この空間に今まで感じたこともないほど熱烈な魔力があふれていることは確か。
くずれてゆく家のなかから、身体に砂がまとわりついている砂の女と化したシュカが顔を覆っているのが見えた。もう、赤いワンピースもあとかたもなく見えない。チーズケーキも砂に埋もれている。
「違うわ、あの人はどこなの、どこにいるの、永遠の愛を誓ったのに、約束は嘘だったというの!」
涙は一滴も出ていなかった。けれどシュカは、悲しみの底に突き落とされていた。暴走する。このままだと暴走する。ひとまずここにいる人たちはまもなく全員死ぬだろう。
「馬鹿、ぜんぜんダメじゃないのっ!」
「モモエ、大丈夫!? モモエ、アンダーソンさんっ」
失敗した。激しく後悔しながら、名前を呼ぶ。砂を蹴散らすようにアンダーソンを抱えたモモエが出現した。
「ルイーゼ~~、だいじょうぶだよ。私これでも魔法使いだし、その正体は正義の愛戦士ピーチエンゼルだもん!」
「わけわかんないこといってないで、早くアンダーソンさんを安全な場所へ!!」
「うんっ」
モモエはそのまま村の中心地のほうへと駆けていった。
「どうするのよルイーゼ。これじゃ暴走が始まっちゃうわよ! あんたなんとかしなさいよ!」
「よし。話せばわかる。説得してみる。シュカ、きいてー!」
大声を張り上げるルイーゼに、軽くロッテは杖を構えなおす。
「馬鹿! 話せばわかるってあれ嘘よ。言葉じゃ理解なんてし合えないのよ!」
「やってみなきゃわからないじゃない」
きっぱりと告げ、ルイーゼはシュカを見据えた。醜いばかりのその姿。わがままで、哀れで。そんな一人の男ばかりを愛するなんてことある? ルイーゼには信じられない。今がダメでも次がある。ひとつのことをそれほど引きずるなんて。まさに一生に一度しかないような身を焦がすような恋。そんなものが本当にあるなんて。
「目を覚ませぇぇぇぇ、恋なんて幻よぉぉぉ!」
「はあーっ!?」
隣でロッテが驚愕の眼差しで見てくるが、無視する。ルイーゼの声にシュカがゆっくりと両手を下げて瞳を見せた。兎のような赤い小さな瞳だった。それがくるりとこちらに見据えられる。胸がどうしようもなく高鳴る。
「聞いてシュカ。昔の恋人と運命の再会なんてね、通常ありえないのよ。年月とともに思いは変わるし、その元彼だって今頃、新しい恋を見つけてるでしょうよ。失恋して悲しくったって、立ち直らなきゃいけないの。新しい恋をしたり、別に恋なんかしなくても旅したり、楽しいこと見つけたり……世界は広いの。だからそんな恋人のことなんてさっさと忘れちゃいなさい。そんで、残りの人生もっと楽しく過ごしなさい!!」
「なんなの、その説得の仕方は……」
左手で額を押さえるロッテ。
「お前なんかになにがわかる」
シュカは再び砂を吐き出し始めた。ふくれあがる。このままだと砂で地上が埋まってしまうのではないか、というほど、砂を吐いた。
「なにがわかるというの!」
「わかるよ! だってあたし、学校時代は三ヶ月に一回のペースで違う人にふられてたんだからぁぁ」
「それあんまり関係ないじゃないの!!」
ロッテに激しく突っ込まれる。案の定、シュカはまったく落ち着こうとしなかった。ルイーゼは唇を噛む。すると――
「これまでだな」
「シーナ!」
木の陰から颯爽と現れたシーナが、「おさまれ、魔物!」と叫び、呪文の詠唱をはじめた。ルイーゼは呆けるように彼の姿を見ていた。
それは――禁断の魔法。
「だめ、シーナ。やめて」
ルイーゼはロッテがつくっている防御の輪からすぽんと抜け出した。
「このアホ、出たら死ぬわよっ」
ロッテに思い切り後ろ頭を杖で殴られ、ルイーゼはその場に突っ伏した。
「ダメだってばぁ……」
砂をかみながら、ルイーゼはつぶやいた。




