#32
前回までのあらすじ☆シュカの元恋人はアンダーソンだった!? シュカの暴走を止めるため、ルイーゼ・モモエ・ロッテの三人娘は策を練る。<ブレイン>を使うこと以外の方法を探す彼女たち。一方、<ブレイン>を密かに習得してしまったシーナは……。
「いちかばちか、アンダーソンさんとシュカを会わせようと思うの」
あとから追いかけてきたシーナに、ルイーゼはこう言った。
ロッテの実家の裏にある庭園の中である。園丁が手入れをしている庭は、こんな場合でもなければ時間を忘れてしまいそうなほどに整い、花が鮮やかに咲いていた。
「それはかなり危険だぞ。会った瞬間に、魔物が暴走するおそれがある。もし本当の恋人じゃなかったら? そっちの可能性のほうが高いだろう。単に、互いに別の人と勘違いしているだけかもしれないからな。もしくは、たとえ本人だったとしても、どう証明する? 姿が変わり果てている。魔物に理屈は通じないだろう。じぶんは若い姿のままなのに、相手はベッドの上の老人だ……シュカは、出会った瞬間、『うそつき!』とわめきだし、暴動を起こすのではないか?」
「だから、いちかばちかだって言っているじゃない」
「駄目だ、ルイーゼ。リスクが大きすぎるよ」
「いちおう、先にモモエに行ってもらって、アンダーソンさんにそれとなく聞いてみることにはしているわ。大丈夫よ、こっちにはロッテがいる、それにモモエも。シュカの暴走は止めることができると思う、話し合えばわかる」
「そんな甘い話じゃない。シュカは見た目は可愛らしくても、中身は凶暴だ」
「あーもう、そんなことわかってるわよ。でも、女の子の恋路は応援したくなるのが、人情ってものでしょ!」
人情、という場に似つかわしくない不可解な言葉を聞き、シーナは一瞬黙った。眉をひそめる。
「ルイーゼ。なにを言っている? 女の子じゃなくて、ヤツは魔物……」
「魔物だろうが女の子だろうが、心があればみんな一緒よ。話がわからないのはそっちでしょ。だいたいね、今までのマエストロはアホばっかりだったのよ。アグリー様にしても、先生にしてもさー、もっと、禁断の魔法に頼らないやり方を思いつかなかったものなのかしら! あたしたちは違う、男なんかにできない、女同士にしかわからないものがあるわ。シュカのことは、あたしたちに任せて」
腰に手を当て、エプロン姿のルイーゼは――キッチンでケーキ作りに励んでいる最中に抜け出してきたのだ――憤慨した。
「歴代のマエストロを愚弄する気か?」
シーナの目の色が変わった。ルイーゼは、そういえばこいつってマエストロマニアなんだった――強い魔法使いが好きっていうだけじゃなく、じぶんも後継者になりたくて仕方なかったんだ。
「えーそうよ。男は邪魔なの」
「わかった。君たちだけでどこまでがんばれるか、せいぜい応援しておいてやるよ」
「わかったなら、さよなら。さっさと先生のところへでも戻れば!?」
売り言葉に買い言葉で、シーナはそれ以上長居をすることなく、家の敷地内から出て行った。背中を見送りながら、ルイーゼはぐっと拳をにぎりしめていた。
「ルイーゼ~、いいの、あんなこと言っちゃって?」
心配そうに物置の中から姿を現したのは、なぜか白いエプロンに醤油やソースなどをこぼしたあとが残るモモエだった。
「なんでそんなとこに隠れてるのよ……表から鍵閉められて閉じ込められて一晩中発見されなかったら、どーすんの?」
「ふぇぇっ! 考えてなかった……」
「だと思った……」
ため息をついてから、向き直る。
「いいのよ。他に方法がある? あいつはついてきたら、ぜったいに<ブレイン>を使うもの。あたしたちを危険にあわせまいとしてね。そういうやつだもん。ぜったい使わせないからね。先生の二の舞になったんじゃ、なんで先生がこれまで一人でがんばってきたのかわかんなくなっちゃう」
「でも、心細くないの?」
「なんでよ」
「ルイーゼ、旅に出てから、ずっと一緒だったんでしょ。おにいさんと」
「誰よ、おにいさんって?」
言葉遣いに呆れて、ルイーゼ肩をすくめる。
「シーナさんだよ。ルイーゼの兄弟子さんでしょ」
「うん、まあ、兄っていえば兄だけど」
「それに、ルイーゼ。シーナさんを拒否したとき、なんか哀しそうだったから」
「いいのよ、気にしなくて」
ルイーゼはモモエの肩をぽんぽんと叩くと、換気扇が回る音がする勝手口へ近づいていった。
「そろそろケーキが焼けるわ。行きましょ」
「うん……」
ルイーゼはさっきの言葉を半数していた。本当はシーナに一緒に来て欲しかった。けれど、<ブレイン>を獲得してしまった、ただそれだけの事実が足かせとなっていた。
その魔法を使わせたくなかった。絶対に。
心を操られたら、崩壊してしまうから。
* * *
出発前に、どうしても一目、クライに会いたくて、ルイーゼは一時間だけの余裕をもらった。その間、恋人に会うためにシュカは新しいワンピースを買いにいきたいと言ったため、それにロッテとモモエがつきあうことになったのだ。
病院へ行く道を、ルイーゼは駆けた。
リンドウ町の総合病院の個人病室にクライは宛がわれていた。
面会時間を過ぎているらしかったが、気にせずに入った。
南側の病室だった。
ドアの前に立ちすくみ、ルイーゼは深呼吸した。
会うのは、何ヶ月ぶりだろう。
ルイーゼは、いつもふざけているのだか真面目なのだかわからない、真面目にとぼけるマスターマエストロ・クライの姿を思い描く。
変わり果てた姿になっていたらどうしよう……。
あんなにすごい先生なのに、シュカにはかなわなかったなんて。
シーナの言葉がよみがえった。
わかっている。無謀なことをしようとしている。でも可能性はゼロではない。最初からあきらめて、おろかな歴史を繰り返すよりはずっといい。
クライを守りきることはできなかった。だけど、せめて、次の世代に、禁断の魔法を継がせないこと――。人の心をあやつる魔法など決して使わせないこと――。
それが、クライの弟子に選ばれた自分に課せられた使命なのだと、ルイーゼは思う。
意を決して、ルイーゼは扉を開ける。
白いカーテンが揺れていた。
青い花が花瓶に生けられていた。殺風景な、広い病室には、王様のように真ん中にベッドがひとつ置いてあった。
クライが仰向けに、姿勢正しく眠っていた。
安らかに、規則正しい呼吸をしていた。
病院から支給されたらしい、水色の手術着のようなものを着ていた。
貫禄も、風格も、オーラも、天才としての趣も、なにもなかった。
ただひとりの、命をかけて魔物をとめようとした青年がいるだけだった。
「せん……せ……」
なにか言葉をかけようと思った。けれど、なにも、なにもでてこなかった。
ルイーゼはぐっと涙をこらえた。
「……いってきます。シュカをとめてきます。二度と暴走しないように」
唇をかみ締めて、一礼する。
「生きて、帰ってきます」
* * *
そんな彼女の言葉を聞いていた、廊下で背をあずけた少年がいた。
(当然だ)
シーナはゆっくりと歩き出した。魔物と人間の再開の地へ向かって。
(命に代えても、俺はルイーゼを守る)




