#30
前回までのあらすじ★
少女の姿をした魔物シュカは、はるか昔の恋人を捜し求めて正気を失い、人害を及ぼすまでに暴走する世界の脅威となっていた。魔物の暴走を止めて封印するため、心を操る禁断の魔法<ブレイン>を使って代わりの恋人になることが歴代のマスターマエストロの使命である。
しかしこんなことを続けてもその場しのぎだけで根本解決にはならないと、先代のアグリーからマエストロの襲名を受けた若き青年クライは、自らの命をかけて魔物シュカを倒そうとしていた。しかしシュカの恋人の身代わりになることで実際には逆に精神を支配されつつあるのだった。
クライの弟子、シーナとルイーゼはそんな師匠の決意を知り、このままにしてはおけないと動き出した……。一方、モモエは老齢アンダーソンの初恋の相手を探し、シュカにたどり着く。
弓の弦が極限にまでひきしぼられるような緊張感を持って、武道の達人のような俊敏な目で、アンダーソンから預かった恋人の写真と同じ顔をした彼女は目を細めてにらんできた。
モモエは腰が抜けそうになる。ダメもとで声を掛けたのに、本当にこの少女がアンダーソンのかつての恋人なのだろうか?
アンダーソンの若い頃の写真をモモエの手から引ったくり、少女は低い声で言った。
「あなた、この人のことを、知っているのですか」
「え、ええ」
「会える?」
「え。うん」
モモエは頷く。静謐な声のなかにある狂気めいたものを感じ取り、モモエは全身を小刻みに震わせながら一歩ずつさがっていた。魔法少女としての彼女の鈍い勘が働き、今すぐこの子は暴走してあたしは殺されるかもしれない、という直感があった。だから、脅されているのに近い。
「会えるのね?」
「ええ、もちろん……」
「ありがとうございます」
少女はほほ笑み、白い粉のような色の左手を差し出してきた。モモエにはその手が鋭利なナイフに見えた。
「わたしはシュカ。あなたは」
「モモエ………です」
そっと、その手に触れる。細かい砂利に柔らかい皮膚を引き裂かれるのではないか、という恐怖と戦いながら。
すると、この世のものと思えないほど冷たい感触が、モモエの手から全身へとつたってきて、気を失いそうになる。
この子は、幽霊かなにか?
間違いなく、躰には血が通っていない。それくらいに冷たいミイラのような手……。
「わたしを連れて行って、彼がいるほうへ。彼方まで」
こくこく、と顎を縦に振る。
モモエに寄り添うように、シュカはくっついてきた。モモエはカチコチとぎこちない動きで歩き出した。
(どうしよう、大変なことになっちゃった。アンダーソンさんの恋人が、人間じゃなかったなんて……!)
すると、シュカは当時からまったく年を取っていないということだろうか?
アンダーソンはすでに老齢で、もう身体も若い頃のように自由ではない。シワが刻まれた顔に、青年の頃の面影は残っていないのだ。
しかしシュカは、まだあの頃のままの青年に会えると信じているような物言いをした。
「やっと会えるのですね、愛しい方。わたしたち、永遠にそばにいると約束したのです」
夢見るように、シュカは歌うように語る。
(どうしよう、どうしよう)
どうしようもなく頭が混乱した。後ろをちらっと振り返るが、アズマの姿はすでになかった。さっき告白(?)されたときに思いっきり振ってしまったから、拗ねているのだろうか。
(ああー、しまった。もっと優しくしておくんだったよう。どうしよう。怖い。こんなとき、ルイーゼがいてくれたら……)
* * *
魔法協会本部の会議室で、ロッテは会長のオルビアに呼び出しを食らっていた。
オルビアはマエストロのクライが弟子に女を取ったことを根に持って恨んでいる。じぶん以外の女の魔法使いを認めていないからだ。
しかしロッテにはなぜか目をかけていた。
「ええと、お話ってなんでしょう?」
「マエストロのことよ。なぜ私がマエストロに選ばれなかったのかしら? クライなどよりよっぽど自信があったのに」
「オルビア会長も、マエストロの弟子の候補だったんですか?」
「ええ、試験を受けて落ちたの。アグリーめいつか殺す!」
オルビアはくわっと目を光らせる。つまりヴァレンと同様に、クライの同窓生ということだ。
「まあまあ……」
「選ばれなかったのは、女だからという理由だけでよ。だから最高の魔女になって、いつか見返してやるって誓ったの。いつか<ブレイン>をクライから盗み出して、あたしこそが魔物を倒すんだって」
「そんなことできるんですか?」
「できるわけないじゃないの!!」
再び歯をきしらせるように唸ってくる会長を見て、ロッテは身を縮めた。「す、すいません」
「べつにいいのよ」
すぐに気を取り直し、表情を戻す。
「魔法を盗むことは無理だったわ。だからなんとしても、女がダメな理由をつきとめたいと思って、必死になって調べたの……」
オルビアはマエストロの秘密を語り始めた。
「――じゃあ、マエストロはシュカの恋人の代わりになることで……暴走を止めてきたんですか!」
ロッテはぐっと手に汗を握っていた。
「そう。だから女には無理なの。マエストロの伝統は、女性差別でもなんでもなかった。ただの単純な構造。でも女の魔法使いはダメだっていうレッテルだけが貼られて、今日までに至っているの。誰もマエストロの秘密なんて知らずに、魔法使いは男社会になってしまったのよ。そんなのって許せる!?」
熱弁で同意を求められ、ロッテは目を逸らした。
「そんなことはともかくとして、じゃあクライが大変じゃないですか。あんなワガママ女の恋人の変わりをするだけで一生を棒に振るなんて……!」
「あんたねっ、人の話きいてたの?」
ロッテはオルビアに真っ向から向かい合う。
「オルビア会長。魔女になにもできないなんて嘘だわ。マエストロの悲劇は、シュカが女だってことに縛られて、ずっと恋人の代わりとしての男ばかりを選んできたことです! 例えば女がマエストロになったことがないなら、まだ可能性が――」
「え、ロッテ。なにを言っているの?」
そのとき、コンコンとノックをして返事を待たずにドアを全開にし、ヴァレンが入ってきた。
「師匠!」
「シュカが動いたよ、ロッテちゃん」
ヴァレンはテオの協力を受け、シュカとクライの監視を行っていた。
山を降りたシュカがクライとともに隠れ家として新しく住み始めた、リンドウ町の住宅街のアパートから、シュカが消えた。買い物に行ったきり、何時間も帰らないのだ――。
「じゃあ今ならクライを捕らえられますね。捕らえるというか、助けられる」
「クライは俺に任せて。きみはシュカを追うんだ。彼女は本当の恋人のことを思い出しかけている。このままだと暴走するよ」
***
(ああ、ルイーゼ助けてぇ……って、都合よく現れるわけないよね、そうだよね! くすん)
なんとか時間を稼いで協力を頼めないものかと、さきほどからずっと、モモエは思考をめぐらせていた。アンダーソンが住むモモエの地元のシャボン村に向かうには、シャボン森を抜けるだけでいいのだ。今、とりあえずその森に向かっているのだが、少しでも行くのを遅らせたかった。
「ねえ、シュカさん、おいしいケーキでも食べない? ほらここワッフルとかもあっておいしいんだよ」
モモエは一度も入ったことの無いフルーツパーラーをてきとうに指差した。
シュカはキョトンとしている。
(ああもう馬鹿! こんなの行くわけないじゃん!)
「ケーキ、いいですね」
予想外にシュカがにこっと笑った。
「あの人においしいケーキを食べさせてあげたい」
「……あ、でもここから持っていくんじゃ、ダメになっちゃうかなぁ……って」
モモエがたじたじになっていたそのときだった。
「大丈夫よ、魔法で冷凍保存すれば!」
それこそが魔法であるかのように、声がした。二人の少女の前に現れたのは、上品な黒髪を肩まで伸ばし、魔女らしいローブを着て正装している少女、ロッテだった。
「わたしのうちでケーキをつくりましょう」
「ろ、ロッテさぁぁぁあん!!」
「ぐえっ」
モモエは救世主に向かって飛びついた。




