#28
あらすじ★クライを取りもどす手がかりを求めてフームの山にのぼるシーナ&ルイーゼ弟子コンビ。山奥の洞穴を見つけた二人は、シュカが魔物<闇の長>だと直感する。そして鏡に師匠クライの姿が浮かび上がり……
懐かしい声がした。
ただの聴き慣れたいつもの声。人を小ばかにしたようなすっとぼけた声。でも、深い森のなかの洞穴で、しっとりと濡れた清い空気に包まれていると、その声は浄化されて素直に胸に届いてきた。
ルイーゼはたまらずに叫んだ。
「先生!」
「あっ、待て――」
シーナの注意が間に合わず、ルイーゼはまともに鏡に向かって突進し、ガラス板に激突した。べたっとその場に座り込む。鼻の頭がぺしゃんこにつぶれていた。
「いでえ……」
「鏡だよ。本物じゃない」
「わかってたけど、つい……」
額をさすりながら、ルイーゼは改めて鏡に向き直った。クライはただのビデオテープのような映像ではない証拠に、弟子のドジをみてくすくすとほほ笑んでいた。
「相変わらずですね、ルイーゼ」
「ふぁい、しぇんしぇい。ところで、なんで、ここにいるんですか」
「きみたちがここに来たときにメッセージを伝えられるように、あらかじめ魔法でこの鏡に残留思念を残してあります。私が自由に喋れるのは、あと一分っていうところでしょうか」
「一分だって!!」
シーナが激昂した。
「じゃあ無駄話などしている場合ではない! クライ様、はやく重要な話を手短にしてください!!」
シーナは師匠の姿をくっきりとうつした姿見をぐいと掴み、左右にゆらゆらと揺さぶった。
「きみも相変わらず短気ですねえ。そんなんだからいつまでも彼女ができないんですよ」
「はっ、話を逸らさないでください! だいたい彼女の有無がそんなに人生で重要ですか? いいですか、世の中にはいま軟派な人間が多すぎるんです。しかし恋愛などで人間の価値は決まらない――」
「ちょ、ちょっとシーナ、あんたそれこそムダ話以外のなんでもないじゃない!」
慌てたルイーゼがシーナの肩を掴んで落ち着かせる。
「まあ、慌てないで聞くことです。そこにお座りなさい」
おとなしく師匠の言葉に従い、シーナとルイーゼはその場に正座した。
「さて、はじめます。私は今君たちの傍にはいませんね? シュカとともにいるはずです。この小さな家はシュカの住まいです。つまり、長年人間たちをおびやかし続けている魔物<闇の長>の家です。少女趣味、メルヘンチックで驚いたでしょう。
シュカは魔物ですが、中身は乙女なので、魔力で人間の少女に化けています。大昔、シュカはそのかわいらしい姿で山を降り、町で出会った人間の男と恋に落ちました。しかし、人間と魔物なので、うまくはいきませんでした。人間の寿命はせいぜいが80年。それに対し、魔物は千年も二千年も生きるといわれています。
シュカとその恋人は結婚を約束しましたが、ある日、恋人はシュカが魔物であることを知ってしまい、彼女の元から逃げ出してしまいます。しかしシュカは恋人と過ごすうち、じぶんがおそろしい魔物であることをすっかり忘れてしまった。シュカは恋人を狂うように捜し求めた。恋人を求める思いが爆発し、山のふもとの町の住民に被害がでるほど暴れることもありました。それは恋人が寿命を迎えて死んだあとも続きました。
そしてそんなシュカを見かねた青年が、手を打ちます。その青年こそが、初代のマスターマエストロでした。マエストロはなんとかシュカの気持ちを静めようと、自ら、シュカの恋人になることを誓いました。一時しのぎのつもりだったのです。魔物の暴走はすさまじく、町まるごと焼き尽くすほどの勢いでしたから。身を呈しても止める必要があると感じたのでしょう。
シュカは新しい恋人を認めませんでした。そこでマエストロはついに、禁断の魔法<ブレイン>を使って、シュカの気持ちを封じ込めようとしました。しかし、彼女の思いが強すぎるあまり、<忘却させる>ということはできなかった。その恋人への思いを別の誰かに転換させることでしか、鎮められなかったのです。だからマエストロは、シュカの気持ちがじぶんに向くように魔法をかけました。マエストロはシュカに身を犠牲にして、暴走を止めました。
しかし、わかりますね? マエストロも人間だ。寿命が足りません。彼は仕方なく後継者を探した。二代目のマエストロを育て上げ、再び彼をシュカの恋人にさせました。そういうふうに、マエストロは、ずっと、続いてきました。嘘の恋人を演じ続けて、魔物の暴走を抑える。そうでなくては、冗談ではなく、世界は滅びの道を歩むほかないのです。
でも、シーナ。ルイーゼ。私は、歴代のマエストロとおなじように、そっくりそのまま弟子に同じ仕事を引き継がせようとは思っていません。魔物はこのままでは半永久的に人間たちを苦しませます。思いを覚まさせなくてはならない。あるいは彼女の息の根を止めなくてはならない。彼女もまた、とうに死んでしまった男を求めて苦しみ続けているのだから。さまよえるジゼルの亡霊のようなものです。哀れな存在です。
君たちに頼みたいのは、また同じことを繰り返してはならない、という事です。シーナ、<ブレイン>を習得したいと思っていますね? ダメです。これを使ったら後遺症が激しいのです。魔物の恋人になるということは、君がほんとうに好きな人への思いなど捨てなくてはなりません。というか、忘れざるを得ない。人生棒に振ります。師匠命令です。<ブレイン>は使ってはなりません。
そして私のことも助けてはいけない。死ににいくようなものです。この悲しみの連鎖を食い止めるためにも、色々策は練ってあります。大丈夫、私はシュカに取り込まれません。だから放っておくように。
なんども言ったように、君たちはただの『クライには弟子がいる』という世間的なアピールに使ったに過ぎません。なにをしてもらおうとも思っていない。使ってしまってすみませんでした。
以上です。長い講義になりましたね。これが最後の講義です。たいしたことを今まで教えてやれなくて、すまないと思っています。
君たちは平穏に過ごし、明るい未来を、それぞれに健やかな家庭を築いてください。決して身投げなどしないようにね。
幸せになってくださいね。
今まで、ありがとう。では、達者で」
長い話を終えると、クライは穏やかに、これ以上ないほど優しくほほ笑んだ。
「せんせ……」
声にならない声をルイーゼがあげる。
「まって。先生。あたし――」
言葉がまとまらないうちに、鏡のなかに映っていたクライは、すうっと、その姿を消した。
あとには、通常通りに鏡は、部屋の風景とぼうぜんとするルイーゼとシーナの姿をうつすばかりだった。
「待ってください。だめですそんなの、あたし、まだ先生と別れたくない」
ルイーゼは鏡に向かって叫んだ。どん、どん、とじぶんしか映らないガラスの板を叩く。
「まだ教えて欲しいことがたくさんあるんです……もっともっと一緒にいたいんです、先生!!」
ルイーゼの叫びもむなしく、魔法がきれた鏡はなにも言ってこない。
しばしの間、ルイーゼは鏡の前に座り込んでうつむいていた。
その後方で、シーナがゆっくりと腰を上げた。
「……策は練ってあるだって? 馬鹿な。馬鹿なことを言うな、先生」
ルイーゼが振り向く。その目は涙に濡れていた。シーナは拳を握りしめていた。
「あのとき、すでにシュカに操られていたじゃないか! このままではなんの意味も無い。クライ様がもし死んだら、またヤツは暴走をはじめるだけじゃないか!」
「シーナ」
ルイーゼは瞳をゆっくりと開き、シーナを見つめた。
「なにか方法があるはずだ。そうだろう? クライ様を救い出す方法が。俺たちはなにを見てきた? ずっとクライ様とともにいたんだ。同じ時間を過ごした。誰も気づかないことだってわかるはずだ。助け出せるのは俺たちだけなんだ。そうだろう。無力だってなんだって、なにもしないよりはマシだ。なあ、ルイーゼ」
うん、とルイーゼは答えた。
「じっとなんてしていられるわけ、ないわ」
ルイーゼは涙をぬぐった。まだとめどなく溢れてきたけれど、かまうものか。
時間は限られている。
すぐに出発しなくては。
「先生を助けに行くぞ!」
「はい!」
シーナの呼びかけに、ルイーゼは迷いなく答えた。




