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25/42

#25

これまでのあらすじ★クライを捕らえて禁断の魔法〈ブレイン〉を盗み出そうと企むヴァレン+ロッテだが、クライの心(?)をすでに掴んでいる少女シュカが立ちはだかる!



 クライの胸に耳を寄せ、シュカは勝ち誇った笑みを浮かべた。

 まるで少女らしさのない、艶やかな笑みである。ルイーゼは森の奥の魔女にでも会ったような気分だった。もちろんそうとう年を重ねているけれど、魔法とか呪力とかで外見を若く美しく保っているエセ少女だ。いい男に目がなく、怪しげな薬を調合して相手に飲ませ、意のままに手に入れてしまう、そんな魔女――。

「シーナ、知り合いなの? あの子は誰?」

「あいつが人を探しているというから、手伝っていたんだ」

「じゃあ、その探し人っていうのが……」

 ――先生。

 ルイーゼはシュカのうしろに隠れてなにも物をいわない人形のようなクライをみていた。本当にあれがクライだとはどうしても信じられなかった。まるで廃人だ。

 将来を誓い合った仲の女性が、よりにもよってこんな年端もいかない少女……。

 ぼうぜんと座り込んでいるロッテに、ヴァレンは汗をぬぐいながら説明した。

「あの人を切り裂いたのは、砂だよ。手加減はしたみたいで、気絶しているだけだけど。でも今のはそうとう、きつい」

 いま、自分は殺されるところだった、とようやく知れたのはロッテを守ったヴァレンから軽口が消え、汗を噴いた彼の額に砂がはりついているのを見たからだった。

「次は殺します。もうわたしたちを、そっとしておいて」

 シュカは静かに告げると、なんの言葉も発さないクライの腕を取って、背中を向けた。

「待ちなさい!」

 威勢よく、ルイーゼは叫んでいた。その腕をぐっとシーナが掴んでくる。

「よせ、おまえに敵う相手じゃない――」

「先生を返してっ!」

 瞬間、ふたたび砂嵐が待った。クライたちの姿が砂塵に覆い隠されていく。

「!」

 砂が目に入り、ルイーゼは思わず目を瞑る。

(やだ、先生……!)

 心の中で念じても、クライには届かない。

砂風が止み、ゆっくりとまぶたを開くと、すでにシュカとクライの姿が掻き消えていた。魔法で移動したように。そんな。全身から気力が抜けていき、ルイーゼはその場に座り込んだ。





 しばらく砂場のようになった地面に腰を抜かしたまま、「お師匠」とロッテはつぶやいた。

「すみませんでした。軽率な行動でした」

「いや。無事でよかったよ」

 頭を下げるロッテに、ヴァレンはいつもの軽薄さに戻ってほほえみ、弟子の頭を撫でるように触れた。

「あの女、魔法使い……ですか?」

「そうだろうとは思うが、俺らとはケタ違いだ。どう考えても、人間とは思えないね」

「人間じゃないってことは、もしかして、竜……?」

 ひとつの可能性としてロッテが口にしたのは、大昔にこの大陸を支配していた最も強靭だった種族だった。寿命は千年とも二千年ともいわれ、人間が扱う魔力の数千倍の魔力を所有しているといわれている。今では人間の暮らす社会に現れることはまずない。絶滅寸前とまでいかないまでも、竜族は山奥や森、自然の残る大陸にひっそりと暮らしているのである。文献をひもとくと遥か昔は竜と人間に交流があり、言葉を交わせたこともあるようだ。魔法は竜族から人間族へと伝えられたという伝説が残っている。

 しかし、今では完全に隔離して別の文化を生きている。しかし竜が本気を出せば人間たちなどひとたまりもなく滅びるだろう。竜族をあがめまつる人々もいれば、恐れて災いの象徴とも見なす人々もいた。しかし魔法使いにとっては、竜族は特別な存在だった。

「あれが竜ってことはないでしょう? どう見ても人間の女ですよ」

「魔力が強ければ変身くらいできるかも」

「冗談でしょう」

 変化の魔法は、人間の魔法使いには難しく、習得できないといわれている。変身できたとしてもその効力は一分かそこらで、魔力も体力も大量に消耗するので、習得しようとするものずきも少ない。

 ヴァレンは気絶したままのツキコを見下ろすと、軽く砂を払い落とし、身体を支えて持ち上げた。

「早いところ、この人を病院に運ぼう」

「ええ……。ルイーゼ?」

 ロッテが振り向いて呼ぶと、その場に座り込んだままだったルイーゼはぴくりと肩を動かした。

「どうしよう、ロッテ。どうしたらいいの」

「あんた、珍しく弱気ね」

「だって……」

 目を伏せようとするルイーゼに、そっと手が差し伸べられた。シーナだった。

「ルイーゼ、行くぞ」

「う、うん」

 よろけながらも手を支えられ、ルイーゼは立ち上がった。

(先生がいなかったら、あたし、どうしたらいいのか……なにもわからないよ)

 




 *    *   *





 

 ツキコは心的なショックが大きかったようで、ケガは擦り傷だけで、大事には至らなかった。ひとまず安心するルイーゼだったが、安静のために一晩だけ入院することになった。

 ツキコはケガの処置を終えると、すぐに意識を取り戻した。

「ツキコさん」

 ベッドサイドで待機していたルイーゼはツキコに呼びかけた。ツキコは眼球だけ動かしてルイーゼに視線を合わせた。

「ああ、あんたは憎きクライの弟子その2……その1のほうがもっと憎いけど……」

「どうして、シーナのほうが憎いの?」

「だって、クライと仲がいいんだもん」

「そんなことないだろ」

 当人のシーナが、横から茶々を入れるが、ツキコはほほえんで首を横に振った。

「そんなことあるわよ。あたしにはわかるもの。その1のほうが後継者になるわ。だって、その1なんですからね」

「順番など関係あるか」

「ある。クライは一番弟子をいちばん見込んでいるはずよ。そういう人だもん。心配しないでいい、君は立派なマエストロになるわ」

「そんなはずはない……俺はもう弟子じゃないし、マエストロになるつもりも――」

 なおも否定しようと言葉を紡ぐシーナだったが、ツキコの真剣な瞳をみてすぐに引き下がってしまった。

「お願い、あんたたち」

 ツキコはクライのふたりの弟子に向かって懇願した。

「クライを取り戻して。あれは本当のクライじゃないの。きっとあの女はクライより強い奴だわ。あたしじゃ助け出せない。だけどあんたたちにならできる」

 




 病室を出ると、ロッテが待っていた。

「とりあえず、今回のことは悪かったわ」

「な、なにが? なんかしたっけ?」

 ロッテが謝ってきたことに驚いて、ルイーゼは聞き返した。

「あー。もういいわ。とにかくクライがいないんじゃ、あたしたちだって仕事にならないのよ。あの女のことをあたしたちのほうで……魔法協会に要請して調べてみるわ。なにかわかったら連絡するから」

「うん、ありがと」

 足早に帰っていくロッテの姿が消えるのを待ってから、ルイーゼとシーナはしばらく無言のままで廊下を歩いた。出口までやってくると、夜の風が吹き込んでくる。とりあえず今日は予約していた宿に戻らないとならない。

「シーナ……」

「なんだ」

「あたし、正直、先生がいなくなってもうほんと泣きそうなくらい怖いの」

「そうみたいだな」

 声が震えている。手も足も。もうすでにそんなことは、こいつには悟られていただろう。

ルイーゼは悔しさのあまり、顔を合わすことなく、点在する夜の灯かりを見つめながら行った。

「ねえ、弟子に戻らなくてもいい。もう無理強いはしない。でも、先生がいない間は、あたしと一緒にいてほしいの。今は、ひとりでいたくない……」

「あのなぁ」

 世闇に白いため息がこぼれた。ルイーゼは振り返った。シーナは照れたように頭をかいた。

「そんなこと言われなくても、そうするよ。仕方ない。クライ様のことを頼まれたんだからな」



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