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#24

前回までのあらすじ★自ら人質となったシーナは自分も〈ブレイン〉を使えることをルイーゼに明かす。一方クライを捕らえにヴァレンとロッテは町へ――。

「ねえ、早く脱出しよう。先生が危ない!」

 ルイーゼは捕らわれの身で、シーナを揺さぶった。

「あの連中に、簡単にやられると思ってるのか」

「でも、なんだかすごく嫌な予感がするの」

「骨抜きにされたって話」

 シーナが鋭い目を向ける。

「信じてるのか?」

「わからない。でももし本当ならなにか事情がある。わたしたちの知ってる先生は私生活なんて投げ打ってでもマエストロとしての仕事に忠実だったもの!」

「あるいは……その女がマエストロの仕事となにか関係あるのかも」

「え、どういうこと?」

「話はあとだ。強行突破するぞ! ルイーゼ!」

 シーナは後ろの壁に向かって、短剣をかまえ、氷の呪文をとなえてから、白い壁にふりかざした。さくっとケーキでも切るように、壁にナイフが入る。

「きゃああああ器物破損よぉっ!!」

「そんなこと言ってる場合か!」

 シーナはさくさくと壁を裂いていき、人ひとり通れるくらいの穴をつくった。

「あ、あんたが弁償しなさいよ、あたし知らないから!」

「いや、共同責任だ!」





 *    *    *





 クライの髪の毛を一本つまみながら、光の差す方向へロッテは髪を振り乱して走っていた。

「あ、あのへんです。確かに女と一緒だわ」

 視力が両目とも1.5のロッテは橋の上でワンピースを着た少女寄り添っているクライのシルエットを見つけた。

「うわぁー、彼女といちゃいちゃしてるって本当だったんだ! さいてー、公衆の面前で」

 ロッテは汚いものでも見るように顔を少し背けたが、走る足には躊躇いが生まれない。

「どうします? 隙だらけだし、正面からいきますか」

 斜め後ろからついてきていたヴァレンが「ちょっと待って!!」とロッテのローブの帽子部分の布を掴んだ。ぐえ、とロッテの首が締まると同時に、クライとシュカの目の前にもう一人の女の影が立ちふさがった。

「あなたは一体誰なの!」

 栗色の髪を堂々と風になびかせたツキコだった。瞳はあわあわとした色だが、今は闘争心に燃え上がらせ、いつもの目つきより数倍きつくなっている。クライの腕にしがみつき、見せ付けるようにしてシュカは優越感に満ちた視線で年上のツキコを見上げた。

「なあに、なんの用?」

 修羅場である。慌ててヴァレンたちは身をかがめて青く錆付いたガードレールの裏に隠れた(隠れようがないが)。

 ロッテはこそこそと師匠に耳打ちする。

「ど、どうするんですかー?」

「面白そうだからとりあえず見物しつつ様子をみて出て行こう」

「あなたは噂好きの近所の主婦ですか? そんな悠長なことやってる場合じゃないですよ。今がチャンスなのにー」

 ぶつくさと文句を言ったがヴァレンに無視された。

「ふざけないで。あなたは誰? クライのなんなの?」

「クライなんて、知らない」

「名前も知らないっていうの?」

 ツキコのうろたえた声に対し、シュカはまったく動揺の色を見せず、ごく当たり前の概念でも――たとえば牛乳は白いですね、というような――話すようだった。

「名前なんて、かんけいないわ。お互いの存在をつよく認識していればいいだけのこと。愛に言葉など必要ありません。言語など近代人が見つけてしまった心を堅くするための野蛮な方法です。だいじなのはこころ。あなた、そんなこともわからないなんて、かわいそうに。ほんとうの愛をまるで知らない。バカなんですね」

 シュカの声は幼稚で、舌足らずなところがあった。その物言いに、しばらくツキコは呆然と拳を握り締めていた。

「なによ、それは。あんた、クライのなにを知ってるっていうのよ。クライの心があなたにあるとそういうわけ?」

「ええ、もちろん」

「笑わせないで欲しいわ。クライを愛してるのは、わたしよ」

 顔を真っ赤に高揚させ、怒り心頭してツキコは自分の胸に手を当て、叫んだ。

 シュカは薄笑いを浮かべ、「ふふ」と高い声で笑った。少女は、凍りそうなほど白い指先でぴったりとくっついているクライの胸をローブの上から撫でていった。

「あなたは、たとえ、愛しているのだとしても、この愛しい方があなたを愛しているとは限りません。いいえ、きっとそれはないでしょう。なぜなら、愛しい人の思い人はわたし、シュカだから」

「ふざけないでっ! クライの目は普通じゃない。なにか、だましているのね! 変な薬飲ませてるとか!」

「まけいぬのまけおしみ、って聞き苦しいものなんですね。ね、あなた」

 シュカが同意を求めると、クライは前髪をだらりと垂らして暗い瞳をシュカだけに向けた。クライはなにも言葉を口にせず、ただ半分廃人のように夢の中に漂う目で生気なくかろうじて意識を保っているだけの状態だった。

「ずいぶんと、疲れているのね。はやく休みに行きましょう。愛しい人」

「待って――」

 ツキコがロングスカートをはためかせて走り出した。シュカが近づいてくるツキコをひとにらみした。シュカの大きなふたつの瞳がどんどん暗くなってくる夜の闇のなか、紅く、光った。

 無数の細かい刃が艶やかにきらきらと夜に光り、ツキコの全身にふりかかり、まともに肌や衣服を切り裂いた。ツキコは瞬間にその場に倒れた。

「あ!」

 目の前であっさりと攻撃された人間を見て、反射的にロッテは腰を上げてガードレールをひとまたぎした。スカートがひっかかってこけそうになる。

「ロッテ、まずい正面は――」

 師匠の言葉も通じず、「あなたは被害者を介抱してください、はやく!」と命令を飛ばした。もう遅いか、とヴァレンは肩をすくめ、横倒れになっているツキコに近寄った。

「そこの女! 待ちなさい。クライをこっちに渡してもらうわ!」

 と、ロッテはシュカの前に堂々と立ちはだかった。

「まあ、まだ邪魔者がいたのね」

 外見だけでいえば同い年くらいのロッテを、やはり見下すようにシュカは冷たい視線を投げた。

「今の様子を見ていなかったの?」

「残念だけどあたしは、そのへんの凡人じゃないからね」

「誰でも同じことよ。わたしたちのジャマをする者は、殺します。二度と、わたしたちは、離れてはいけない」

「わけのわかんないこと言っていられるのも、今のうちよ!」

 ロッテは右手を目の前にかざし、小生意気な少女シュカの白い顔面めがけて気を集中させた。得意の炎魔法を放つ。

「バースト・エモーション!」

「ロッテ、やめて――!」

 なぜか、ルイーゼの声がきこえた。どうやってあの監禁をのがれたというのだ。いや、そんなことはどうでもいい。肌に感じている空気が一瞬、ざらりとする。

(え?)

 苦い砂の味がした。じゃり、と歯の奥に砂がはさまるような不快感。シュカの指先から、わずかに灰色のさらさらした物体が溢れ、ロッテの目に飛び込もうとしてくる。砂嵐が巻き起こった。目を瞑った瞬間、腹のあたりを後ろから引っ張られ、気圧の巨大な盾が目の前に張られた。ヴァレンだ。ぽつぽつ、と盾に砂粒が食い込む音が響いた。

 気がついたときには砂嵐が止み、そのかわり橋の上には大量の砂がばらまかれて敷かれていた。

 ヴァレンがツキコをアゴで示して言った。

「ツキコさんだいじょうぶ?」

 ツキコを介抱しているのは、ルイーゼだった。一方のシーナは、クライと、クライを守るように立ちふさがっているシュカを見て呆然としていた。

「シュカ、おまえ、どういうつもりなんだ!」

 え、知り合い? という顔でルイーゼがシュカに振り返った。

「どうって、なにがです?」

 シュカは苦い顔のシーナに、朗らかにほほえんだ。

「この方がわたしの愛しい方なんです。ありがとうございます、あなたたちのおかげで、ようやくめぐり合えました」




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