#23
これまでのあらすじ★ツキコとのデートの最中に突如現れた少女シュカは、クライと抱きしめあう。一方、魔法協会の一味(ヴァレン&ロッテ)に監禁されたルイーゼを助けに来たのはシーナだった――
「おとなしくルイーゼを開放しろ。代わりに俺が捕まってやる」
きっぱりと告げ、シーナは魔法の杖を構えた。腰の剣帯に刺しているショートソードは抜かなかった。武道で一戦交えるだけのスペースがそのホテルにはなかった。
「うわー。なんか、あんまり意味のない人が来ちゃいましたね!」
ロッテは軽く頭を抱え、ヴァレンに言った。
「うん。もうクライの弟子じゃないしね。あいつの弱みでもなんでもないよね。だいいち男が人質っていうのも美しくないよ。どうせ〈ブレイン〉も伝授されてないだろうし。ちょっとロッテちゃーん、クライじゃなくて間違えてこいつに脅迫文送ったんじゃないのぉ?」
「脅迫文の担当はお師匠様じゃないですか! ちゃんと届けなかったんでしょ!!」
弟子に鋭い突っ込みを受け、ヴァレンは「えへへー」と頼りない笑みを浮かべた。
「だって俺ってクライと知り合いだから、直で渡すわけにもいかず……」
「どうしたんですか?」
「紙飛行機で」
「紙飛行機で!?」ロッテの頬がゆがむ。
「ん。クライをめがけてこっそり飛ばしたんだけど。外れちゃったみたいね」
「駄目じゃないですかぁぁぁぁぁ!!」
ロッテは師匠の肩をぽかすかと叩いた。
「ちょっと待て。俺の存在を無視するなっ!」
黙って聞いていたシーナは、侮辱を受けたように顔を火照らせてヴァレンたちに叫んだ。
「だめよ、シーナ。あんたには関係ないことだもの。逃げたほうがいいわっ!」
「関係ないだって? そんな無様な姿をさらして、よくもまあそんな悠長なことが言えたものだな」
ヴァレンたちを挟み、シーナが鉄格子のなかにいる捕らわれの身のルイーゼを睨んだ。
「なんですってぇ?」
「この娘が友人だからということで気を許したんだろうが……それにしても注意がなさ過ぎる!」
「友人じゃないわ」と、ロッテ。
「まあいい。しかしおまえは本当に間抜けだな。なんでこんな罠にひっかかる?」
「むっかぁー。助けにきておいてなによっ! あんたなんてもうあたしとなんの関連もないんだからごちゃごちゃいう筋合いないんじゃない?」
言い合いをはじめた二人に、逆に今度はロッテが両手を振り上げて叫んだ。
「ちょっとー! あたしたちを無視して痴話喧嘩しないでちょーだいっ! 誘拐犯として屈辱的よっ!」
「痴話ゲンカじゃないわよっ!」とルイーゼ。
「断じて痴話じゃない!!」とシーナ。
「ああもうなんでもいいのよ。とにかくシーナ。魔法であたしたちに勝てるとでも思って? お師匠!」
「ほいきた」
軽く受け応えると、ヴァレンは指をぱちんと弾いた。その瞬間シーナの全身に重力が何倍も押しかかったように、ずとんと床に崩れ落ちた。床にはいつくばり、小刻みに震えている。
「シーナ――」
ヴァレンはシーナの首根っこを捕まえて、「たぶん役には立たないだろうが、エサは多いに越したことはない」とつぶやき、鉄格子の鍵を開けてルイーゼの隣に放り込んだ。壁に背中を打たれ、シーナは地べたに沈む。
「ばかね……」
麻痺の魔法だ。しばらく気絶して動けないであろうシーナを見守り、ルイーゼは唇を噛んだ。こんなことにじぶんから巻き込まれに来るなんて。
クライを招待するために今度はロッテが外に出て行った。見張り役のヴァレンはしばらくのあいだおとなしく文庫本を読んでいたが、飽きたのか、本を閉じて伸びをした。
「ふうー、おそいなぁロッテちゃん。汗かいちゃった。シャワーでも浴びよ」
ぼやきながら、余裕しゃくしゃくな様子でふんふ~んと鼻歌をうたいながらバスルームへと消えた。
めちゃくちゃ、ばかにされている!! これにはさすがのルイーゼも完全に立腹した。
「これでもクライ先生の弟子だもん、こんな鉄格子からは今すぐ出てやる!」
氷の兵士を出したり、剣を出したり、火の玉を出したり、いろいろしてみたが、魔法のレパートリーが尽きていき……。
「うう。あたしって駄目な子……」
強行脱出をあきらめ、ルイーゼは鉄格子を背中にしてため息をついた。視界には、横たわっているシーナの金髪が床に垂れているのが見える。
「髪、切りなさいよ」
「そんな金はない」
ふてくされた声が返ってきたので、ルイーゼはびくっと手を震わせた。
「あんた起きてたの!?」
「意識はあったんだ。ただ動けなかったから、気絶したように見えたかもしれないが」
シーナは額を押さえながら身を起こした。
「……だいじょうぶなの?」
「このくらいは平気だ。そんな強い魔法をかけられたわけじゃないからな。一時間ほどで動けるようになるさ」
「そう……」
「もう夜だな」
シーナは窓の外からの光が消えたのを見ていた。
「ええ」
会話が、途切れた。ルイーゼは膝を抱える。先生、先生はなにをしているんだろう……あたしたちが捕らわれていることを知っても、来るつもりがないのだろうか? 〈ブレイン〉っていう魔法を守るために。それはたいした根性だ。そのためには弟子の一人やふたり、見捨ててもなんの問題もないのか。でも、そうよね。あたしの代わりなんていくらでもいる。でも、だからって利用されるだけなんて。
「先生、どうして隠すのかしら」
「え?」
「あたしだって先生の力になりたいのに。役に立たないことは、わかってるわ。でも、なにかに苦しんでるのに、放っておくなんてできない……」
シーナはなにも同意もしなければ、否定もしなかった。ルイーゼよりも長くクライと生活をともにしてきたシーナのほうが、ずっとその思いを抱えてきたのだろう。
「ぜんぜん頼ってくれないから、嫌になっちゃったのね」
「頼ってくれなくたって」シーナはつぶやいた。「身代わりくらいなら、できないこともない」
「なに言ってるの。あんたじゃ役不足よ」
「そんなことはない」
「もう弟子じゃないでしょ?」
シーナは、黙ってほほ笑んだ。自嘲に近い。自分自身に向けられたような、しずかな笑みだ。ルイーゼはそれを見て、胸があわだつように感じた。まだだいじょうぶよ。間に合うから。ね、戻ってきて。先生にはシーナが必要なの。――なんの根拠もなく、ルイーゼはそう思った。でもそんなこと言えなかった。
ガタン!と大きな音をたてて、ロッテが戻ってくると同時に、ヴァレンがバスローブ姿でバスルームから出てきた。コロンでもつかっているのか、ほんのりバニラ味をただよわせている。すっかり休みきった顔のヴァレンは働き者の弟子に破顔した。
「ロッテちゃん、おかえりぃ~」
「気持ち悪いんですよぉっ!!」
真顔で一括され、ヴァレンは肩をしゅんと落とした。
「そ、そんな本気で言わなくても……今、服着るよぉ」
「待ってください」
青ざめた顔でロッテはヴァレンの白いバスローブを掴んだ。
「クライの様子がおかしいんです。へんな女と一緒にいて……」
「へんな女? あいつに彼女なんかいたのか」
えっ、とルイーゼは思わず中腰になった。
「クライはれっきとしたロリコンですよ!! もうあたし、大ショックです。クライにけっこう憧れてたのに。十五歳くらいの女の子とのデートに夢中で、いちゃいちゃしてるんです。脅迫文を読んでも、そのまま捨てちゃったんですよ!」
うそだ――
ルイーゼは確信した。先生はそんな人じゃない。ぜったいにちがう。マスターマエストロという道をいくために、今まで、私生活を捨ててきた人だ。それが、そんな……
「ふざけるな」
シーナは鉄格子を掴み、大仰に揺らした。
「人違いかなにかだろう?」
「本物だったわ!」
ロッテはヴァレンに向き直った。
「お師匠、どうします?」
「うん、それなら、人質なんて必要ないよね?」
にこりとヴァレンは笑った。手には瓶牛乳が握られている。
「なにかの魔法にかかっているのかもしれないが、そんな腑抜けたクライなんて、敵じゃないよ。俺たちの手で直接、拉致できるじゃないか」
「あ、そうですね!」
「今すぐ行こう。場所はわかるね」
「はい。ばっちりです!」
ヴァレンは素早く服を着ると、ロッテとともに玄関口に向かって駆け出した。
「今の話が本当なら、まずいわ! 先生があぶない――」
ルイーゼはシーナの腕をつかんだ。
「待て! 俺が――俺が魔法を持っている!! 〈ブレイン〉を!」
ヴァレンもロッテも、シーナの叫びには耳を貸さなかった。あっという間に姿を消した。冗談だと思ったのだろう。
信じられない気持ちで、ルイーゼはシーナを見た。
「ねえ、いまの、口からでまかせ?」
「いや」
シーナはかぶりを振った。
「……本当のことだ」
「あんたも〈ブレイン〉を使えるの? ちょっと、待って。だってあれは秘伝の魔法でしょ? 先生からは教わらなかったって……」
「俺が勝手に盗み出した。おまえが弟子になるまえだ。クライ様が寝ている間に、〈ブレイン〉の魔法書を借りて、ノートに写し取ったんだ。それから密かに練習した。まだうまく使えないけど、でも、その方法は俺の頭のなかにある。これは重罪だ。見つかれば〈魔法律〉で裁かれる。継承が許されていない者が、盗んで習得するなんて……」
――たぶん場違いだし、じぶんは全くずれている。こんなときに。でも、ルイーゼは、シーナがまだクライのことを『クライ様』と呼んだことが、たまらなく嬉しかった。あの三人でいた日々がどんな時間よりも楽しかった。
「おい、ルイーゼ?」
シーナは真剣な表情を少し崩した。
「おまえ、なに泣いてるんだ」
「シーナ」
ルイーゼは涙をぬぐいながら、シーナの灰色のローブのすそを引っ張って、子どものようにつぶやいた。
「戻ってきて……」




