#21
前回までのあらすじ★クライに久方ぶりの休日を与えられたルイーゼは、リンドウ町でロッテに遭遇する。「リンゴに会える」と聞き、ロッテについていくが……!?
「ねえねえ、あんた、リンゴには会ったの?」
ルイーゼは瞳の光にハートを入れて、ロッテの腕にべたべたと張り付いてきた。ロッテは振り払うこともせず、にこやかに答えた。
「いいえ。でも今、彼が泊まっている宿を知ってるわ」
「でも、いくら芸能界に入ったからって、なんでロッテがそんな個人情報を持ってるのよ?」
「え、そ、それは……」
ロッテは言葉を詰まらせた。さすがにルイーゼは阿呆ではない。
「いや、今度リンゴ、うちの事務所で再スタートすることになって……ちょっとリハビリに付き合うことになったのよ。ほら、ボイストレーニングっていうの? ボイトレの先生が同じだから、これから挨拶しに行くの」
もはや自分が何を喋っているのか分からないロッテだが、ルイーゼがぽかんと口をあけて見つめてくるのを見て、ぎょっとした。
(ばれた……か?)
一瞬の硬直ののち、ルイーゼは両手を広げて歓声をあげた。
「すっごーい、すごいわロッテ、リンゴと一緒にボイトレなんて!! ねえあたしも一緒にトレーニングさせてよ! あたしたち親友でしょ、ねね、お願いっ!!」
360度どこからどう考察しても親友じゃねー! と叫びそうになるのを押さえ、ロッテは「もちろんよ」とほほ笑んだ。
リンゴのことを持ち出されるとルイーゼの目は節穴になるらしい。
「やったぁー! ロッテ大好き!」
ぎゅうぎゅうと抱きついてくるうざったいルイーゼに半笑いしながら、ロッテは辛抱強く歩いた。
十分ほど歩くと宿に着いた。三階建てのビジネスホテル、要するに安宿である。打ち合わせどおりの時間だ。あまりにもうまく行き過ぎるので、よくない兆候なのではないかとロッテは心臓をどきどきと高鳴らせていた。ルイーゼはエレベータに乗り込みながら、黒い染みのついた壁を見つめていた。
「こんなチンケなところに、リンゴがいるのね……」
ぎく。
「あ、あの人は贅沢を好まないのよ、質素なの」
ロッテがフォローすると、ルイーゼは俯きかげんになった。
「ふうん。意外と地味なのね……」
うわあ失敗か!? ですよねールイーゼなんて見た目だけですぐ惚れるアホですもんねー
「皆のアイドルになっても謙虚さを忘れないなんて。す・て・き……★」
「……あ、そう……」
ロッテは汗を二リットルくらいかいている気分だった。
* * *
「やあ、そこにいるのはクライじゃないか」
「はい?」
クライが後ろを振り向くと、なぜかフリルがついている上質な黒いロングコートを着た派手な男が、サングラスの奥の見えない目で笑顔を送っていた。
魔法学校の同窓生のヴァレンだった。クライと同様に魔法使いである。しかし、彼は女ぐせが悪く、ちっとも定職に着かず、気ままに旅をして、自由な放浪生活を送っていると聞く。最近姿を見ていなかったが、ロッテを弟子にとったことだけは聞いている。
魔法使いのくせに軟派で酒飲みで、まともな生活は送っていないはずだった。
「どうよ、魔物さんは元気だった?」
「まあ、かなりね」クライは少し目を逸らして告げた。魔物に関しては多くを語らないので、封印方法も具体的にはヴァレンの知るところではなかった。
「うまいこと暴走を鎮められたのか」
「当然ですよ。抜かりはありません。疲れたんで、しばらく休暇を取っています」
「お前が疲れたって? そんなに手ごわかったのか、今回の封印は」
「そういうことですね」
「なあ、クライ。噂によると女の子の弟子を取って、魔法協会に大変な物議をかもしだしてるそうじゃないか」
「君もね」
クライは薄くほほ笑んだ。
「なぜ、よりによって女の子なんか取るんだい? アグリー師匠に半殺しにされるぞ」
「もう破門されたので、関係ありません。それに、単にぼくは女の子が好きなんです」
「まあ女の子は、かわいいから仕方ないね」
「その通り。ところで、君は今なにをしているんですか?」
「町をぶらぶらしてるよ」
「そうではなく……仕事とか」
「この俺が、仕事をしていると思うか?」
「まあ、詐欺師とかだったら君にもできるんじゃないですか?」
「なかなか、いい線いってるね、クライ――」
昔なじみの二人は、小さな緊張感を張ったまま、笑みを交わした。そのとき、闘牛のような音をたてて走ってくる者がいた。
「ヴァレーン、ぬけがけは、ずるいわよぉっ!」
「よっ、ツキコ。元気そうだな」
ヴァレンは、栗色の髪を振り回して駆け込んでくる友人に軽く手を上げた。クライは後ずさりしたが、ツキコはその腕を取って掴んだ。
「久しぶりね、クライ!! リンドウ町に帰ってたなら連絡くれればいいのにぃ。もう、あいかわらずの恥ずかしがり屋さんね★」
「いや。ついこの前、会ったばかりのような気がする」クライは額をそっと押さえた。
「恋人たちは、会えない間が永遠にも思えるものなのよ……」
「ああ、そうかもしれません」
「ヴァレン! 今の聞いた? クライがあたしを恋人って認めたわ!!」
涙目のツキコは、クライのローブの上から腕にしがみつきながら、叫んだ。ヴァレンは慈悲深い微笑で子どものようなツキコの頭をそっと撫でた。
「良かったね。よしよし。こんど二人に、お祝いにビンテージもののワインおごるよ。じゃあ、邪魔者は消えるとするかな」
ヴァレンはそう言うと、クライたちに背を向けて長身で颯爽と歩き出した。足が速く、あっという間に人混みに紛れてしまう。
「いや、ツキコ。ぼくはただ一般論をね……」
「今日はもうデート決定って感じね! ねえクライ、どこに行く? あたしリンドウ美術館がいいわ。今、古代の焼き物の至宝展やっているのよ」
「なんでそんな渋い趣味なんですか、あなたは」
「えっ、『ロマンチック・ラブ(映画のタイトル)』のほうがよかった!?」
「まあ、もうなんでもいいです……」
「そうよね。クライと一緒ならドブ川の中だって楽しいわ」
クライは、どうも今朝から落ち着かず、気分が優れなかった。いつものことだ、フームの山から降りたあとは、大抵、いつもこうなるのだ。
マスターマエストロにだけ使うことを許された、心を操る〈ブレイン〉の魔法を使ったあとは、魔力だけでなく、精神力を相当に消耗する。ツキコから逃げる元気すら、ない。ルイーゼに休暇を与えたのも、単に自分が一人で休みたかっただけだった。
しかし、クライは今回ばかりは、いつもと違う妙な違和感を覚えていた。
ふよふよ、と紙飛行機が飛んできて、クライの胸にあたりに当たって地面に落ちた。
「なあに、これ。子どものいたずらね」
「そう、きっとそうだね……」
クライは落ちた紙飛行機には目をくれなかった。
「さ、行きましょ。クライ」
ツキコに腕を引っ張られ、抵抗もせずに、彼は一緒に歩き出した。思考能力がうまく回らないまま、いつものように断る気力もわかずに、彼はなすがままに歩いた。
* * *
それから、数十分後――
シーナは道端に落ちている紙飛行機を拾い上げた。
「なんだぁ。いまどき、テスト用紙でも飛ばしたのか?」
隣からテオが覗いてくる。
「くだらんな……」
言いながら、シーナは折り紙をがさっと広げた。そこには四角い文字で、こう書いてあった。
【ルイーゼは預かった。五丁目、3104番のアパート・メルの三号室にいる。
お前の身柄と引き換えに、弟子は返してやる。クライ、お前の脳みそ〈ブレイン〉を差し出すがいい――
魔法協会】
シーナは瞠目した。
手が震える。なぜこんなところに、脅迫状が落ちている? ――いや、それより、ルイーゼが!
「おい、シーナ。それどういうことだ」
「分からない。でも、あいつが危険だ」
シーナは脅迫状をポケットにしまいこんだ。
「ちょっと待てよ、お前。もう関係ないだろ? あの連中とは縁を切ったんだから」
「テオ、済まない。夜には宿に戻る。シュカをよろしく頼む」
「おいっ、シーナ! お前にどうにかできるとは思えない……」
テオが制止するのも聞く耳もたず、シーナは瞬発力で走りだした。ぽかんとその様子を見ていたシュカは、ぱりくりとまばたきをして、テオに告げた。
「シーナは、愛する人のもとへ行ったんですね?」
「え――」
テオは言葉に詰まって、シュカを見返した。彼女は確信を持った目で宣言した。
「そういう目の色を、していたもの。愛する人を探している、わたしと同じ。だから、わたしには分かります」




