#20
前回までのあらすじ☆リンドウ町に戻ったクライとルイーゼはつかの間の休息を楽しむのだが……魔法協会の追っ手はすぐそこにまで迫っていた!!!
「リンゴかい?」
薄暗い店の奥にいた店主は、手入れが面倒なのか灰色の口ひげを蓄え、身を乗り出すように訪ねてきた。といっても、ここは八百屋ではない。
「ええ。なにかいいもの、ある?」
「どうかな。ないと思うよ。もうだいぶ、少なくなってるからなぁ。なにせ、ついこの間、ほとんど買いつくすようなファンが来て」
「ええ、そうなのー? 一足遅かったか」ルイーゼは口を尖らせる。
フームの山から帰還した一行は(といっても、師弟の二人パーティに過ぎないが)、一日の休暇を取ることにした。旅に出てからは移動や魔物退治ばかりしてきて、丸一日の自由時間は初めてだった。シーナがいなくなってからというもの、やたらと時間や規律には厳しくなくなった。
「てきとうに遊んで、夜までに帰ればいいですから。じゃ」
と言い残し、クライは朝っぱらから姿をくらましている。元来、ひとりでいることを好む人なのかもしれなかった。特に用事がなければ、ルイーゼはまったくほったらかしだ。この前、クライはこう言った。
「君を弟子に取ったのは、たんなるカモフラージュです。魔法を教え込むつもりもないし、後継者にするつもりもない、育てる気がまったくない」
そう宣言されてしまった手前、レッスンをせがむのも気がひけた。
(それがシーナをぶち切れさせた所以でもあるんだけどねぇ)
ルイーゼはひとしれず、ため息をつく。本気で後継者になろうとしていた彼にとってはきつい事実だ。逃げられるのも無理はない。
(でも、あいつ、先生のことすごく好きなくせにさ……無理しちゃって)
少なくとも自分よりは優れた魔法使いだ。しかし、ひよっこのシーナになにができるというのだろう? フーム山の魔物を、クライの手を借りずに倒すなど! そんな戯言は、鼻で笑ってもいいだろう。
「リンゴの現在の行方って、わからないのかしら」
繁華街を(むろん昼間の、である)散歩していたら、アイドルグッズばかりを取り扱うマニアックな中古雑貨店を見つけ、地下階段を下っていくと、プレミアの値段がつけられたTシャツやサイン色紙、古いコンサートのパンフレットなどが置かれていた。
「さあねえ。聞かないな。もう生きてないんじゃねえかい」
「それもありそうなのよねー」
ルイーゼは、壁に張り巡らされたあらゆる年代のアイドルポスターを眺めた。リンゴほどのカリスマ性を持った美少年アイドルを、ルイーゼは他に知らない。ぱったりとファンの前から姿をくらませたあとの彼の行方を知る者は、誰もいない。修行僧になって山ごもりしているとか、角刈りになってどこか遠い国でサラリーマンになったとか、海の向こうに渡ったとか、さまざまな噂が流れているが、もうファンの人たちは、リンゴを忘れかけている。新しいアイドルはどんどん出てくるし、そっちを追いかけた方がずっと楽しいからだ。
熱心に探すが、残念ながら、リンゴグッズはひとつもないようだった。
「いまどき、まだいるんだねえ。リンゴマニアは。続けてふたりも来るなんて珍しい」
「どんな人だったの、さっき来た人って? 可愛い子だった?」
「ああ、可愛いといえば、そうだね」
「どんな子?」ライバル心から、いや、仲間意識から、ルイーゼは尋ねた。店主は思い出しているのか、含み笑いを漏らしながら、カウンターテーブルに頬杖をついた。
「女優さんみたいな、きれいな金髪のね、かわいい男の子だったよ。リンゴグッズを買い占めながら、ひどく不機嫌そうだった」
はあ、とルイーゼは首をひねった。
* * *
「なにを怒っているの」
シュカの問いに、彼はすぐに答えなかった――シーナな仏頂面で、「別に、なにも怒っていないさ」と言い、買い占めたリンゴグッズ(ポスター三枚、きっと偽者で出回っているサイン色紙四枚、生写真二枚……しかも一枚は犬の散歩をしている、めちゃくちゃプライベートな写真である)を腕に抱え直した。
三人はリンドウの町に来ていた。シュカの思い人を探すには、まるべく栄えている町で情報を集めたほうが早いからだ。
「そんなに、男の子アイドルのグッズ買うなんて。シーナ、あなた、いわゆるオタクですか? それともゲイですか?」
シュカの純粋な問いかけに、シーナが足を止めた。隣にいたテオが、シーナの肩をばんばんと叩いて笑った。
「そうじゃないんだなー。なあ、シュカ。こいつにはさ、誰にもいえない秘密があるんだよ」
「ひみつ? 面白い秘密ですか?」
「テオ! くだらんことを喋るな、死者を蘇らせて、憑かせ」
「またまたぁ。そんなの幻覚だろ」
シーナはテオの胸倉をつかみかける勢いだったが、それをさえぎって、シュカは胸の前で手を組んで、シーナを見上げた。
「なになに、知りたい。教えて」
「……はぁ」シーナは手のひらを額に当てた。代わりにテオが指を一本立てた。
「説明しよう! この男さあ、実は元アイドルなんだよねぇ。今は家出して身元かくして、地味系の男になりすましてるけど。それもなんとなんと、あの伝説のカリスマ美少年アイドル――」
テオは眼鏡の奥の瞳で、にやりと笑ったが、隣からシーナに足蹴りされた。
* * *
特に目的も無く、ルイーゼは街をぶらついた。ちょうど休日らしく、大型のスーパーマーケットにはヒーローショーが行われている。紫の巨大な芋虫怪人を、正義の魔法使い、マジカルズノウ連隊が魔法をつかって退治する、という、子供向けのものだ。むろんショーでは実際の魔法が使われるわけではない。魔法使いはくだらないことに魔法を使ってはいけないことになっている。魔法は自然とともにある、自然の力を借りて行う、奇術みたいなものだ。
将来、魔法使いになって魔法協会に所属したいと夢見る子どもは多い。
「正義の戦士、マジカルレッド、参上っ!」
ききおぼえのある声に、思わず、声を上げる。舞台の上には五人の正義の戦士が! その中央に堂々と立つ小柄な少女レッドは……
「あんたっ、ロッテぇぇぇ!?」
客もキャストもいっせいに、ルイーゼにふりかえった。それくらいの大声で彼女は営業妨害していた。
「……ま、またお前らか、マジカルズノウ戦隊め!」
芋虫怪人がシナリオに戻ったため、その場はなんとか修正され、ヒーローショーは続行された。
役を終え、舞台の袖からいつものローブで姿を見せたロッテを見つけるなり、ルイーゼは飛びつくように駆け寄った。
「ロッテ、あんたすごいじゃない、ちびっこたちの羨望の的よ!」
「いやぁあぁあぁああぁあっ!!」
「あ、なんで逃げるのっ?」
ロッテは金切り声を上げると、そのまま逃走しようと駆け出した。ルイーゼは追いかける。
「あんな醜態、あんたにだけは見せたくなかったわぁぁ!」
「そう? あたし、ヒーローショーって好きだから、自分がやりたいくらいだけど」
「ああもう、ルイーゼは単純おバカね! 上流階級育ちのあたしが、安っぽい正義モノなんかやりたいわけないでしょっ!」
たしかにロッテにしてみれば、ひどい恥をかいたのかもしれない。仕事あとで疲れていたのか、ロッテは足を止めて、広場のベンチに力なく腰かけた。
「でも、なんだってあんなバイトしてるの?」
「ええ、ちょっともろもろの事情でね……ところで、あたし、芸能界に足つっこんだから、知ったんだけど」
「え、なにを」
「あんた、たしかこの前あったとき、リンゴが好きとか言ってたわよね」
「リンゴを知ってるの!?」
叫んでベンチから飛び上がった瞬間、ロッテはルイーゼの髪をつかんで制してきた。
「声が大きいわよ」
「ゴメン……」ルイーゼは自分の頭を撫でながら、えへへと笑った。
「とにかく、居場所の情報を掴んだのよ。あたしが持っててもしょうがないし、あんたにあげるわ」
「あたし、リンゴに会えるの?」
「まあ、ついてきなさい」
「うん」
ルイーゼはロッテに連れ立って、休日の繁華街を歩き出した。




