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#17

前回までのあらすじ★師匠クライに反発し、シーナは蒸発して新しい仲間とともに魔物を倒そうと計画する。一方ロッテは師匠ヴァレンが魔法協会のメンバーだと知る……。

「もうフームの山を離れるんですか?」

 さっさと支度を整えたクライは、ルイーゼに頷いた。山から降りて来た時は疲労の色が濃かったように感じられた彼も、一晩経てば顔色が戻っていた。あれは幻だったように思えてくる。

「あたし、魔物には会えないんでしょうか?」

「うーん、会って面白いようなものではないですよ。だいたい、マエストロと認められた人以外が会いに行くなんて、自殺志願者の沙汰です」

 それでシーナを止めなかったお前はどうかと思ったが、ルイーゼはしばらくはクライとの間で兄弟子の名前は出すまいと心に決めていた。なにより、クライ自身が今は彼のことを構わないと決定してしまっているので、なにを言っても反応してくれないだろう。クライが放っている反動か知らないが、ルイーゼは妙にシーナのことを考えるようになっていた。

 マエストロの本義が分かれば、こんなに振り回されることもないのに、と思う。

「先生、あの、それなら、いつどうやって弟子に伝達するんですか? マスターマエストロしか使えないという究極の魔法――あたしは実態も知らない」

「教える必要はありません」

「はあ」

「あれは、教えるとか教えないというものではありませんよ」

「じゃあどういうものなんですか」

「説明できません」

「へーえ……」

 二人は宿を引き払い、再び山の列車に乗り込んだ。不穏な空気はもう微塵も感じられない。

「ところで、魔物はお元気でしたか?」

「元気ですよ。あの人は、もう200年くらいは生きているはずですが、ぼくの予想ではその倍くらい生きるでしょうね」

「ということは、弟子もこの先、まだ何代も必要ってわけですか……。スケールが大きすぎる。あたしがマエストロになったとしても解決しないんですね? また弟子を取って託さなくちゃならない……魔物が滅びるところを見届けられないなんて」

「いいえ、ぼくは見届けるつもりですよ」

 ボックス席の向かい側で、握り飯の弁当をぱくぱくとつまみながら、クライはあっさりと告げた。

「この際だから白状してもいいですか?」

「えっ?」

 また白状か!! ルイーゼは思わず腰を浮かせて、口の中にあったハム卵サンドウィッチを飲み下した。しかも今度はどんなだ?

「先生。また嘘つくと、ヒドイですよ!?」

「今回は真実です。きみたちを弟子に取ったのは単なるカムフラージュです。ぼくは弟子を取るつもりなど毛頭ありませんでした。しかし弟子を取っておいたほうが世間的には見栄えがいい。だから適当に取ったんです。魔物はぼくの代だけで倒します。つまり、ぼくは、最後のマエストロになって、マエストロの魔法とともに心中するってわけですね」

「心中?」

 突込みどころは、やっぱりたくさんあった。けれどルイーゼはその点について言及しようと思った。

「命を投げうるってことですか」

「ぼくは自分の魔法を誰にも渡しません」

 クライは質問には答えなかったが、肯定と取れる表情だ。

「え、でもアグリー様が、先生に教えたじゃないですか? アグリー様には出来るはず」

「彼はただの老いぼれ魔法使いです」きっぱりとクライは師匠を評した。「もう魔法の力はほとんど残っていない。マエストロの力を行使できるのはぼくだけです」

「だってずっと歴史的に、何代にも渡ってマエストロが伝承されてきたわけでしょう? なぜ、先生は逆らうの?」

「気に食わないからですよ、この踏襲制度が。たとえぼくが一人で反抗したとしても、誰もぼくを殺そうと思う人はいません。なぜなら、ぼくだけがマエストロの魔法、《ブレイン》を扱える唯一の魔法使いだから。魔法使いは皆、この魔法が欲しくて仕方がないんです」

「どうしてですか。どんな魔法なの?」

「この世のすべてを掌中におさめられる、人間ごときが扱ってはいけない禁断の魔法です」

「もっと、具体的に!!」

 夢中になって、ルイーゼは叫んでいた。クリアがにこにこと笑っているのを見て、仕方なく静々と席に座りなおす。

「操れるんですよ」クライは軽薄で透明な瞳を空に向けた。その目は空色が反射し、軽々と色を染めた。「人の心を」






 ◆ ◆ ◆ ◆






 ふてくされて煙草ばかり吹かしている師匠と決別したばかりのシーナを見て、シーナと同学年と思しき少年は苦笑した。

「お前さー、そんなに吸ってたら、馬鹿にならないだろ?」

「なにが」

「懐具合」

 余計に不機嫌になって、シーナは踵で火をもみ消した。二人はフームの山へ登るため、

「お前は余裕だな、テオ」

「クライにはとっくの昔に見限られてるからな、余裕だぜ。マエストロなんて古いんだ。僕らは新しい時代を築くんだから、元気にいこう!」

 テオと呼ばれた少年は、シーナの魔法学校時代の友人である。後ろ髪を短く刈り、前髪を長めにしたいわゆる坊ちゃんカットで、オレンジ色のベストと、黒いネクタイを締めていた。かつてクライが彼らの学校へやってきて、恒例の《弟子コンテスト》を開催したときのこと、クライが選んだのはシーナであり、学校イチの秀才&優等生だったテオはあっさりと落とされた。それまでガリ勉だったテオは、そのとき、十年間愛用したぐるぐるメガネを叩き割ったという……そして、今現在のようなピンク色のフレームのメガネに変わった。

「それにお前が選んだんだろ? 未練ったらしいな~。まあ、そーとークライには惚れ込んでたみたいだから、痛手だよな」

「惚れ込んでなんかないっ!」咄嗟に声を上げるシーナに、テオは余裕たっぷりに流し目を送った。

「そうか、じゃあなにか。あの妹分のお嬢ちゃんのほうに惚れられて、『行かないでください、先輩っ!』とか泣かれたから後ろ髪引かれてしょうがないと?」

「泣かれてないっ! その上に先輩なんて呼ばれてもいない! 小生意気な腹の立つガキだ、問題にもならん!」

「そんなムキにならんでもいいじゃないか。これからは僕と組んで、魔物を倒すんだから」

「当然だ……」

 シーナが顔を上げた先に、霧がたちこめて視界を遮った。クライが山を降りてから不穏な空気は一掃されていたはずが、シーナの背中にぞくっと新しい種類の悪寒が舞い降りた。

「なにか、様子が――」

「あ」テオが足を止め、目を細く鋭く奥を見据えた。人影が杖をついて、ゆっくりと身体を陽炎のように霧の中にゆらめかせて、降りてきていた。登っているテオとシーナとは反対に、山くだりをしてくる。人影はゆらめき、やがて顔を見せた。

 ただの少女だった。年頃はシーナたちと大差のない、黒髪を腰までまっすぐに垂らし、まだ世間の何者も知らないかのような大きな黒目をきょとんとさせ、シーナたちに近づいてきた。

「こんにちは」

 初対面の人間に対し物怖じすることなく、少女は頭をぺこりと下げた。

 野暮ったい黒いロングスカートと、上は飾りのないブラウスの上におしゃれのつもりなのか黒く長いマフラーを巻いていた。黒ずくめの少女である。荷物は小さなトランクケースがひとつだけと、驚くほど軽装だった。

「あ、どうも、こんにちは」とテオ。

「山の上まで行くの?」

 今まで上に行っていたと言わんばかりの口調で、少女は言った。

「ええ、魔物を倒しに来たんですよ」

「まあ。魔物なんてこの山にいるの? 会ったことがない」

「ご存知ないんですか、君。この山に住んでいるのに?」

 テオは拍子抜けの表情になる。

「あたしは、ずっと山の五合目あたりに住んでいるんです。でも、魔物がいるなんて初めてきいたわ。外にはほとんど降りないから、外界のことはよく知らないのよ。そんな噂もしらなかった。でも、人に会えてよかったわ。あたし、人を探しているの。その人に会うために、旅に出るのよ。まずはライヒの町へ下りて、聞き込みをするつもりなの」

「どんな人?」

「美しい人です」

 少女は即答した。

「何者にも代えがたい、あたしの生きる道すべてを持ちえている運命の人です。失くしてしまったなんて、あってはならないこと。あたしは命を投げ打ってでもその人に会うのです。あなたたち、魔法使い? 人探しが得意とお見受けするわ」

「得意ってほどでも、ないけど」

「俺は得意だぞ」

 虚勢を張って、という目でテオが見てきたが、シーナは黙殺した。

「よかったら、俺たちを頂上まで案内してもらえないか? その代わり、その人探しを手伝う」

「手伝ってくれるの? 本当に?」

 少女の大きな目がまるまると開き、あまり光を帯びない暗いままで、シーナの目前までせまった。シーナは真剣に頷いた。傍らで、だめだこりゃ、という顔でテオが呆れていたが、シーナは気にしないことにした。

 しっかりと立っているようで、どこかすぐに風に吹かれて倒れそうでもありながら、それでもすっくと歩いている少女から、彼はもう目が離せなかった。

「あなた、いい人。感激した。あたし、この山だったらどこでも案内できる。まかせて。あたしはシュカです」

「俺はシーナ。よろしく」

 シーナは右手を差し出した。シーナとシュカの手のひらがほんの少し、触れた。


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