#14
「どうやら、こいつ、うちの財産目当てとかじゃないみたいね」
いまさらになって危機感を覚えたらしく、ツキコは椅子にぐるぐるとロープで縛られた恰好でルイーゼに囁いてきた。それにしてもツキコは声が大きい。丸きこえである。
「わかってくれてよかったわ」
「パパに電話すればいくらでも積んでくれるんだけどね、そうもいかないわね」
ツキコは平然と言いのける。
「おい、そこの人質! いちいち、いかにも財産がありそうに自慢すんじゃねえよ!」
「あら、だって本当ですもの。うちは資産家よ。私のお爺様は、かの有名な魔法使いの英雄とも言われた、あのアグ――」
「ああああああツキコさん!? あなたお爺さんとは縁切ったんじゃなかったっけ!」
ツキコがアグリーの孫なんて知られたらどんな風に利用されるかわかったものではない。ルイーゼは慌てて遮った。
「そう、そうだったわ。私ったら、いけない子ね。また権力を行使するところだった」
それを言うなら、爺ちゃんの七光りだよ。
ルイーゼはそんなやりとりをしながらも必死こいて熟考していた。思いつめればつめるほど頭のなかは空白になっていく。どうすればこのピンチを抜けられる?
「そんなに悩まなくても平気よ」
ツキコは能天気に笑って言った。
「だって、いつでも、クライが助けに来てくれるもの」
「そんなこと……」
ない。先生は助けになんか来ちゃくれない――それに、ルイーゼは唇をかみ締めた。先生に助けてもらう、というのが嫌だ。それじゃあ、ただのどこにでもいる村の女子どもと一緒。私だって魔法使いだ。自分でやらかしたものは、自分で始末をつける。
ルイーゼはろくに呪文を覚えていないので魔法書なしで乗り切ることは難しかった。どうしよう、どうしよう……やっぱり助けを呼びたい。でも先生以外に誰かいる? ロッテ……が来てくれたら助かるけど、来るわけないしな。うーん、モモエなんて囮になるくらいしか役に立たないしな~……
兄弟子のシーナのことは全く頭に去来せず、ルイーゼは頭を抱えていた。
「お嬢ちゃんたちは、神頼みでもしていな。森のエルフでも来てくれるかもしれねえぜ」
「あっ」
――森!!
ピンチのときに鐘を鳴らすと、妖精が助けてくれる――!
「そうよ。これだわっ!」
ルイーゼは足元にあった自分のリュックを足で引き寄せ、≪蜂蜜のベル≫を探した。一度だけ会ったことのある、あの生意気な妖精BOY,こういうときに利用しないでいつ役に立つというのだろう?
ルイーゼは赤いリボンのついたベルが、ハンカチと隣り合わせてあるのを見つけた。手を伸ばそうとしてもロープのせいで動かなかったので、
「ていっ」
と椅子ごと自分で無理やり横倒しになった。ほこりが宙を舞い、マックがけほんと咳き込む。ルイーゼはリュックのなかに顔を突っ込んでベルを歯にくわえた。
そして、思い切り、首を横に振った。
リンリン……
◆ ◆ ◆ ◆
ノワール学園は夕暮れの色に包まれていた。
掲示板に成績優秀者が張り出され、取り巻きのミルとルコが左右から賞賛の辞を述べた。
「素晴らしいわ、ロッテ」
「さすが、我がノワール学園の主席ね!」
一呼吸置いてから、
「まぁね――……」
とロッテは答えた。
「ルイーゼという余計な奴がいなくなったおかげで、この学校はあなたの天下になったも同然ね」
「そうね。しかもロッテ、あなた、あの有名な召還魔法使いのヴァレン様の弟子としてスカウトを受けたんですって? 素晴らしいわ。きっとこうなると思ってたのよ。もちろん受けたのよね? もうすぐ旅立ちなんでしょ? 応援しているわ」
「そぉねー……」
くちぐちに褒め称えられても、ロッテの心は穏やかとはほど遠かった。スカウトは本当だった。ヴァレンは黒髪の短髪の割と幼い少年のような印象の魔法使いで(つまりオーラがない)、人助けというよりは遺跡を発掘したり魔法の研究をしたりすることが好きなオタクタイプだ。スカウトは悪い話ではなかった。彼はロッテの才能に惚れ込んでいた。でもロッテは、どんなに優秀な魔法使いが「かっぱらかっぱら」と馬に乗ってやってきても、それがクライでなければ――、マスターマエストロでなければなんの意味もない。
マエストロの後継者になるのはじぶんのはずだった、それを、それを、あの女に奪われてしまうなんて……。
取り巻きの輪から離れ、ロッテはひとり森の小路へと進み、切り蕪に腰を下ろした。
紫色のポシェットからベルを取り出す。≪蜂蜜のベル≫である。オーディション合格者のルイーゼにしか貰えないはずだったが、特別賞として第二位だったロッテにも授与されたのだ。あの日の失望感と敗北感から、まだ一度も慣らしたことのないベル……
ロッテはそれを、そっと振ってみた。
リンリン……
すると、間髪入れずに、光の珠が猛スピードで彼女の目前へとやってきた。蛍よりは強い光で、電球よりは神秘的でやわらかい光は、驚くロッテを包んでいた。
目を凝らすと光の中には、少年のような姿をした妖精がいた。
「よう! 呼び出し感謝するぜ。なんたって、仕事のノルマ果たさないと出世できないし、蜂蜜の量も少なくなっちまうんだ」
「あ、ああんた、ほんとに、妖精?」
ロッテは手のひらに乗りそうな小さな身体を持つ少年をまじまじと見つめた。
「ああ。お前は初めて会う主人だな。俺はミント。よろしく」
「じゃあ、主人って何人もいるの?」
「ああ。でも俺は下っ端だから、ろくな実力者の主人はいなくて、しかもベルのこと忘れてる連中も多いから、けっこう暇なんだよな。なんなりと用事を――」
「ちょっと! 聞き捨てならないわね、私が実力ないですって」
ロッテは腕組みしてミントを見下げるように睨みつけた。
「だってそうだろ。俺の上司エルファ様は、俺にあてがう主人は女子どもばっかりで……」
「あのね、言っておくけれど、私のほうが、あのルイーゼよりもよっぽど実力があるのよ! なのにクライ様はあいつを選んだ。これってどういうわけ? 一生恨む! だいたい私の方が美人だし清潔だし成績優秀で言語表現も豊か、料理もうまくて風船もふくらませられるし折り紙で兜だって折れるし器用でなにやらせても旨いわね天才ねって言われてきたんだからぁ! あー腹の立つっ!!!」
ロッテは切り蕪の上で地団駄を踏み、ついでにミントをぱしぱしと叩いた。
「いて、いて、おい、ちょっと、待て――、用は、なんなんだ、ないのか? それ、とも、ただ愚痴るために、呼んだとか、言わねえよなっ?」
「言うわよ」
あっさりとロッテが宣言した。
「だって私こういう弱みとかって人に見せるの嫌なんだもん、かっこいい自分を保ちたいの。それよりさあ――」
うんざりとミントが避けたときだった。
彼は誰かに呼ばれたかのように遠い目をした。
「あっ」
「あ、じゃないわよ、話聞いて……」
ロッテはミントを捕まえようと、手を伸ばして両手で光を押さえた。その瞬間、頭がぶうううんと揺さぶられた。
え? なに、なに、これ、これは……
異空間へと身体だけが引っ張られて、心は森の中にあるような、奇妙な半分夢のなかにいるような感覚がロッテに襲い掛かった。
目に映っていたすべてものもが、暗闇に混ざって消えた。
*
――光の速度で、助っ人はやってきた。
ルイーゼは目を輝かせて、ワープしてきたかのように忽然と現れた妖精を迎えた。
光の珠と、そして、人影……。
(人影?)
ルイーゼは固まった。
「うぅ~ん、眩しい。頭がくらくらする……」
目を覚ました黒に近い紫色をした肩までのストレートの髪の少女が、部屋の中の惨状を見るなり、青くなって、ひぃっと悲鳴を上げた。
「ここ、どこっ!?」
「ロッテ!!」
ルイーゼは叫ぶ。
「ああ、あんた……なにやってんのよ」
人質になっている旧同級生を見て、ロッテは数歩、後退した。
「要するにお前さんは、この場を脱出したいってわけだな?」
ミントが汗を一粒かいてルイーゼにつぶやいた。
「そうなの。よろしく、妖精BOY!」
「俺の名前はミントだっ!」
「へー、そうなの?」
「それにしても、難しいぜ」
ルイーゼとミントの会話を割ったのは、ロッテの声だった。
「ちょっと。ルイーゼ。あんたまさか、こんなチンケな場所で足止め食らってるってわけじゃないでしょうね」
「えっ?」
ルイーゼは、目を逸らして苦笑いした。こういうときはごまかすしかない。
「なに早速キレてんのよ、あんた。会わない間に、さらに性格きつくなってない? いやあねぇ、欲求不満が溜まってる高ピー女って……」
「いや、お前ぜんぜん、なだめてないぞ」
ミントの突っ込みで、ルイーゼは気付いた。
ロッテはうつむき、腰のところで拳を握り、ふつふつとなにかつぶやいている。
「あ、あはははは。本気にしないでよ。いつもの癖で、つい――」
「るうぅぅぅいいぃいぃぜぇえぇぇ」
叫びながら、ロッテは大仰に右手を天たかく掲げた。
「ビッグ・バースト・エモーション!」
これまで溜めてきたものを収束させて解き放つようにロッテが唱えると、乾いた空気がピリリと音を立て、そのあとは――煙と火と爆発音が鳴り響いた。
◆ ◆ ◆ ◆
ルイーゼが目を開けると、古ぼけたアパートは半壊し、二階部分の床が抜け、屋根が崩れ、がれきが積まれ、風が入り込み、夜になりつつある空が一望できた。
ツキコは半泣き状態でルイーゼの腕にすがりついていた。なぜ二階がまるまる抜け落ちて全員が無事だったのかは謎だった。
赤毛のマックはひいひい言いながら、おびえてどこかへ逃げてしまった。ミントは、ぽかんと口をあけていた。
「あ、あは、あはははは。あんたさ、今、私を狙ってなかった?」
「気のせいよ」
笑うしかないルイーゼに、ロッテはにやりと笑った。




