#13
前回までのあらすじ☆魔法協会の幹部がルイーゼと勘違いして、ツキコを拉致! ルイーゼは単身で現場へと向かうが……。
赤毛に灯った赤いランプの魔法に導かれて走って辿り着いた場所が、なぜか空が薄暗くてカラスが多く群がっていて雷でも落ちそうな辺鄙な場所で、鬱屈した森に囲まれた古ぼけたアパートメントだったため、ルイーゼはひとりでここまで来たことを猛烈に後悔した。しかし後悔したときにはすでに遅く、後ろに振り返ると、来た道順なんてまるで覚えていなかったのでどうしようもなかった。
「ツキコさんを助けなきゃ。そうよ、あの赤毛の男、大したことなさそうだったわ。きっと軟弱よ」
ルイーゼは自分の身柄と引き換えにツキコを返してもらい、その後すきをついてうまいこと脱出しようと考えた。
「うしっ行くか!」
武者奮いし、ルイーゼはアパートの目星をつけた一室のドアを蹴破った。壁紙は剥がれ、カビくささが充満している部屋には、ツキコが椅子に座らされ、ロープで縛られていた。気絶しているよで、首がだらりと垂れている。
「ツキコさん!! 起きて。ツキコさんっ!」
ルイーゼが揺さぶると、案外あっさり彼女は目覚めた。
「あっ、あんたは、憎き我が恋敵!」ツキコは恐怖に染まった青い顔の中に希望の光が差し込んだ。
「それはいいから、助けに来たわよ!」
「えっ、そういえばここはどこ? 私誘拐されてたの? あらいやだ、どこの遺産目当てかしら」
どうやら、ずっと気絶していて把握していなかったらしい。
「あらいやだじゃないでしょ、大変なんだから。もっと驚いてよ」
ルイーゼは縄をほどこうと苦心していた。魔法で強化されているようで、なかなか開かない。仕方ないので旅で使う果物ナイフを取り出そうと鞄を探る。
「だあって、私って子どもの頃からしょっちゅう誘拐されたり身代金要求されたりしていたもんだから、慣れちゃって。それに、だいじょうぶなのよ。だっていつも、クライが助けに来てくれたんだもの――」
「先生が?」
ツキコは極上に幸福そうに頬を赤くして頷いた。
「クライはいつでも私を守ってくれたわ。クライは私の王子様よ」
「ツキコさん……」
「誰だお前!」
金属バットを手にして、誘拐犯である赤毛の男が奥の暗がりから登場した。ルイーゼは立ち上がり、彼に対峙した。
「だから、私が、ルイーゼよ! しっかり見なさい!」
「へえー、お前もルイーゼっていうのか。まあ、そういう名前が流行っているらしいな。アニメかなんかの影響か?」
「ちっがーう!! 私こそがルイーゼでクライ先生の弟子なの。このツキコさんは関係ないのっ」
「関係なくなんかないわ、私はクライの許嫁よ!」
「ああもう今余計なことしゃべんないでよっ!」
「なんですってどこが余計よ!」
無意味な口論を始めた女二人だが、赤毛は思いつめた表情でツキコの頭をぐっと掴んだ。
「な、なによ……」
「クライの許嫁というのは真実か? それが本当なら、返すわけにはいかねえ」
「えっ?」
ツキコの失言に気付いたルイーゼは、必死に否定した。
「いや、違うのよ。それはこの人の虚言で、そう、この人、ちょっとストーカーで……」
「私そんなんじゃないわよ!!」
ああもう黙っていてくれ、ツキコさん……。ルイーゼは脱力した。
「そんでもって、お前のほうがクライの弟子ってんだな」
赤毛はルイーゼに手をかざした。赤い光がまばゆく視界に溢れ、ルイーゼの背中が足場を失ったように冷えた。
「ひぇえっ」
身体が動かない。拘束の呪文をかけられたようだ。ルイーゼもあっという間に椅子に縛られてしまった。
「もうすぐ迎えが来るから、待ってな。こんなホコリくさいとこじゃなくて、本部に送ってやる」
赤毛は得意気に、人質になった女二人を見下ろして微笑んだ。見るからに小物そうで、隙を見て攻撃が出来そうな気がした。
「あんたたち何者よ! 魔法協会ってなんなの」
「なんだ、そんなことも知らねえのか」
「だって私、この間まで魔法学校で普通に乙女な学生生活を送っていたんだもの。魔法使い界の常識に乏しくって悪いわね」
「じゃあ教えてやる。魔法協会っていうのは、魔法使いの規律と伝統を遵守し、後の世代の魔法使いを育て導くためにある営利団体だ。新人教育のために研修制度があったり、弟子とをったり、仕事を斡旋したりするんだ。ちなみに俺の名はマックだ。広報課に所属している。よろしくな」
「要するにあんたたちって、金もうけしてる魔法使いの会社ってこと?」
「人聞きの悪いことを言うなっ! 将来の魔法使いのために行っている慈善行為なんだぞ!」
目を血走らせているマックを見て、図星だったのね、とルイーゼは鼻で笑った。
「だって営利団体なら、立派そうなこと並べていても結局はお金で運営しているんでしょ? かっこつけても無駄よ。で、その金もうけ主義の人がなんで私に用があるわけ? こんな犯罪じみたことして、いいと思ってるの?」
「魔法使いの規律を守るためには、手を汚す以外に仕方が無いことだったんだ」
マックは赤毛を手櫛で整えると、犠牲は止むを得まい、とつぶやいた。
「それって私が女だってことと関係ある?」
ルイーゼは、射抜くようにマックを見つめ、尋ねた――。
*
約束の時間になってもルイーゼは訪れなかった。クライとシーナはしばらく土産物屋でルイーゼの姿を探したが、誰も知る者はいなかった。
クライはもう一人の弟子のシーナを横目で冷ややかに見た。
「なぜ、目を離したんですか? シーナ」
「え、なぜって……自由行動だったじゃないですか」
「自由行動といっても、見知らぬ土地で女の子を一人にするなんて常識から外れていますよ。もうぼくはルイーゼを待ちません、フームの山に行きます。時間がない」
クライは冷静そのものの表情で言ったが、ルイーゼを待たないと判断した彼はその実、ひどく焦っているのではないかとシーナは危惧した。それはルイーゼを心配してのことか、山の魔物を気にしてかは、判別できない。
「クライ様、俺も……」
「きみは駄目です、シーナ。ルイーゼを見つけて、この宿に先に行っていなさい」
そう言ってクライは宿の住所と名前が書いてあるメモを軽く手に押し付けるように手渡した。
「いいね。夜には戻る」
弟子の返事を待たずに、一方的に言うとクライは背を向けた。
「……わかりました」
選択の余地はなく、シーナが承諾の言葉をつぶやく。その顔は悔しさと後悔、さまざまな感情がもつれあっていた。
ルイーゼを見つけようにも、探索の魔法を使うためには彼女の身体の一部がないと出来ない。ルイーゼの髪の毛など持ち歩いているわけが無い。仕方なく、彼は歩きながらゆっくりと煙を吐いた。今日こそはクライのマエストロとしての仕事をこの目で見ようと思っていたのに。
ふいに、フームの山を見上げる。そろそろ陽が落ち、冷えてくる頃だ。山の天気は変わりやすい……。
(ルイーゼ、お前が帰ってこないせいで……それに、なぜ俺が悪いように言われなきゃならないんだ? くそっ、だから気に入らないんだ)
舌打ちをし、煙草を取り出す。同時に、少しずつひと気がなくなり、薄暗く怪しくなっていく町を見た。女の一人歩きは危険だ。迷子になって裏路地をさまよう後輩を想像した。ろくに魔法など使えない、力も弱い、態度だけはでかい、ろくでもない女……。
シーナは思わず煙草を箱に戻して、走り出した。
「ルイーゼ、どこだ。ルイーゼ!」




