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#12


 前回までのあらすじ☆師匠のアグリーに勘当されたクライは、アグリーの孫娘のツキコに求愛され、逃げるようにフームの山へ向かう。山の魔物の怒りを沈めるという、マエストロの使命の内実とは一体?


 トンネルを抜けると、そこは一面の青緑色だった。見渡す限りの山が遠望でき、霧深く雲が傘のように被さっている。

「わー」

 盆地の地元で育ったルイーゼは、珍しい山道を眺めて窓際で声を上げた。

「見て見て、山って綺麗ねー。小旅行に来たみたいね!」

「遊びじゃないんだぞ、ルイーゼ」

 そう冷めた声で言いながらシーナも、新鮮そうに目を細めていた。ボックス席の窓側の二人は、もうすぐ着くフームの山のふもとの栄えるライヒ村に心を馳せていた。唯一、駅弁の海老シューマイを箸で突いていてほとんど食事が進んでいないクライが、煮え切らない顔でつぶやいた。

「どうやら、雲行きが怪しいですねぇ」

「え、何言ってるのよ先生? 雲も出てるけど、晴れてるじゃない」

「少しピンク色がかっている」

「なにが? 空?」

「不吉な兆候ですよ」クライはお茶を飲み干すと、半分も残した弁当箱の蓋を閉めた。頬杖をつく。

「魔物の気配がふくれ始めている。前回から約一年は経っていますからね。そろそろ、封印の時期が迫っていますね」

「えー、ぜんぜん何も感じないけど」

「クライ様がそう言うのなら、そうなんだろう。クライ様、俺たちも山に登れるんですよね?」

「うん、そう」

「今すぐに登るの? もう夕方よ。一泊してゆっくりしてからがいいわ。それに」ルイーゼはライヒ町のハンドブックを取り出した。

「田舎だと思ってたけど、けっこう可愛い町なのよね、ライヒ町って♪ 行きたいお店チェックしといたの。雑貨屋とか喫茶店とか! 観光しましょうよ、ね」

「ルイーゼ~」

 目くじらを立ててシーナはすぐにハンドブックを取り上げて没収した。

「あ、ちょっとなにすんの」

「物見遊山に来たんじゃないんだ! いいかこれは魔法使いとしての名誉ある公務なんだ。君はマエストロの弟子という自覚が薄すぎる!」

「なによー、つっけんどんに。そっちだって真面目すぎるんじゃない? シーナには余裕ってものがないわ。せっかく観光地に来たんだから私は無理やりにでも遊ぶわよっ!」

「じゃあ置いてくぞ!」

「もぉ命令しないでよっ、私は先生にしか従わないわ」

「クライ様にだって、しょっちゅうつっかかってるじゃないか」信じられないという目で睨んでくる。自分が反抗できないものだから、ひがみというものだろう。

 ぼんやりと窓を眺めていたクライは、瞬きを何度かした後、こう言った。

「じゃあ、見物しましょうか」

「えっ!」ルイーゼが歓声を上げた。「ほんと、先生!」

「えーっ……」反対にシーナは非難の声をあげかけた。

「はい。どんなときにも遊ぶ余裕を失わない精神は見習うべきですよ、シーナ。それに、元気な女の子は好きです」

 にこにこと、いつもの軽薄な顔に戻って、クライは夕方の一時間きっかりの自由時間を認めた。





 * * *





「ねえシーナ、これお土産にどうかしら。学校の友達に」

 むっつりと不機嫌に押し黙り、地域限定の緑黄色の『孫の手』を指し示すルイーゼを無視し、シーナはポケットからなれた手つきで煙草を取り出した。

「ここ禁煙よ?」

「堅いこというな。いつもざっくばらんのくせに」

「あんたこそ、いつも堅すぎるわ。……あ、先生っ!」

 ルイーゼは手を高く上げて後方に向かって振った。

 ぶっ。

 シーナは火を付けようと擦ったマッチを滑らせて指に当ててしまった。その上、くわえていた煙草を吹き出して咳き込んだ。

 集合時間を決め、クライとは別行動である。基本的に個人行動を好むクライは、旅の一行から姿を消すことが多い。

「冗談だって」

「もう知らん」

 シーナはそっぽを向いて足早にルイーゼから遠ざかった。まったく、すぐへそを曲げるんだから。こんな初めて来る土地で女の子をひとりにする? 普通。まあいいけど。

 ルイーゼも久しぶりの一人散歩を楽しむべく、土産屋に備え付けてあったトイレに行った。用を足して手を洗っている時だった。

「ふー」

 鏡を見て顔チェックをしていると、自分の隣にげっそりした顔の女性が出現した。

「うぎゃあああああっ!?」

 振り返ると、そこには、目の下に隈をつくって髪の毛の先を枝毛にとがらせたツキコが立っていた。

「お久しぶりね……クライの弟子の憎き女の方。いやもちろん男のほうも妙に彼に懐いていて憎いけど」

「今日会ったばかりじゃない……」

 執念深くクライを追いかけてきたというのか。ルイーゼは引きながら同時に感動していた。

「ツキコさん、どうしたの」

「クライの調査研究をしているのよ。私は思ったの。クライはたぶん心に決めた人がいるって。そうじゃないと、この私がダメな理由が全く理解できないもの。だからクライを追い続けてその熱愛現場を目撃するまでの旅よ。辛く苦しい旅だわ、でもこれを乗り越えないと私は先に進めないの。たぶんしばらく追跡して背景のうしろの通行人に混じってると思うけど、どうか気にしないでね」

「いや、それは気にしないでおくことにするけれど、先生も罪な人ね。恋人がいるならはっきり言えばいいのに」

「きっと言えないような恋人なのよ」

「言えないような……」世間に顔向けできないような!? ルイーゼの妄想は一気に加速した。人妻とか幼女とか? あ、むしろ美少年? マッチョ男とか? ほえー、誰とでも絵になるわ。

「わかったわツキコさん。なにか情報をつかんだらすぐあなたに報告……」

「しらばっくれんじゃないわよぉ、ぜんぶわかってるんだから!」

 はい? ツキコの両腕がガシンッとルイーゼのわき腹を拘束した。

「あんったがクライを奪ったんでっしょお~~! そうじゃなきゃ、わざわざ女を弟子にするはずないもの。マエストロは男しかなれないんだからっ!」

「え―-? なに言ってるの。そんなの、決まってない……」

「決まってるのよ、お爺様からよく聞いてるもの。伝統とかじゃない、構造的にそうなってるの。だからあんたは全く意味のない産物なのよ、マエストロにするつもりなんか全然ないわ。後継者はあの坊ちゃんのほうに最初から決まってる。クライは、ただあなたが好きだから傍においておきたいだけ。騙されてるのよ!」

「そんなわけない、だって先生は!」

 そんなそぶり全くないもの。言いかけて口を噤んでいた。本当にそうなのだろうか? 急にわからなくなった。先生が私を? ものすごく馬鹿げた話に聞こえてならない。

 でも確かに自分が大魔法使いの後継者なんて、夢のその又夢だ。その基礎すら先生は教えようとしない。でもそれはシーナだって同じだし……。ああ、わからない。私って一体なんで先生のそばにいるの?

 しばし呆然となったその時だった。

「おまえがルイーゼだな?」

 洗面台に、黒いローブを身にまとった赤毛の男が一人、いつのまにかたたずんでいた。頭が混乱している最中だったが、思わずルイーゼは飛びのいていた。

「だああああっ、誰あんた、ここ女子トイレよっ!」

「手段を選ばない、それ魔法協会の掟!」

 協会って?

 黒い帽子をかぶっためちゃくちゃ怪しい男はローブをひるがえすと、「魔法協会の掟に反したルイーゼを拘束する!」と叫んで、微動だにせず固まっていたツキコを肩にかつぎあげ、颯爽と出口から駆け出していった。

「あっ、ちょっと、まってー!!」

 足をもつれさせながら走る。土産屋を出て大通りを見渡すが、それらしき人物はもういなかった。しばらくやみくもに周辺を駆け回って影を探したが、思いのほか賑わっていて人通りも多く、簡単に見失ってしまった。

「どうしよう……ツキコさんが誘拐されちゃった……」

 私の身代わりとして。助けに行かなきゃ。っていうか大体なんの目的なのかさっぱりわからん、説明していけよ! 無理な注文をルイーゼは腹の中でぐつぐつと考えた。

「あ、これあの人の髪の毛」

 ルイーゼは地面に落ちていた一本の赤毛を手に拾い上げた。染めたのではない、珍しい生粋の赤毛の青年だった。間違いなくあの男のものだ。

「身体の一部があれば、居場所を特定できるかも――」

 ルイーゼはリュックの中をごそごそと探り、学校の教科書を取り出した。ページを繰り、探索の魔法の呪文を見つける。

「先生」

 一瞬よぎるクライの顔。しかし、待ち合わせの時間まであと40分もあった。クライは神出鬼没だ、見つけるのは難しい。40分後には確実に捕まえられるが、その間、ただ手をこまねいて待っていることができるか?

 ――無理だ。関係ないのに巻き込まれたツキコさんを放っておくなんてできないわ。

 早急にそう判断して、ルイーゼは一人で敵地に乗り込むことを決意した。

「ベル・ベルル・ルベルト・キーピン!」

 赤毛を一本握り締め、ルイーゼは呪文を唱えた。


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