#11
ルイーゼとシーナの目は点になった。彼女の乗ってきた馬はおとなしく主人を見守っている。見たところ非常に手入れもしっかりしていて、良い馬のようだ。
「もうクライったら、帰ってたなら連絡くれればいいのに! さっきお見舞いに行ったとき、お爺様にあなたのこと聞いたのよ。私のうちに寄らずに黙って行っちゃうなんて、ホント照れ屋さんなんだからっ」
「く、クライ様。そ、そそそのずうずうしい女性はなんですか、変質者ですかストーカーですか。まさかよもやお知り合いじゃあありませんよね!」
明らかに動揺して失礼なことを口走るシーナ。彼女はキッと目の色を変え、金髪の少年に鋭いデコピンをくらわせた。
「なんていう失礼な坊やなの! 私はれっきとしたクライの恋人よ。ちなみに名前はツキコよ!! いい名前でしょ?」
「ええええええっ!」
シーナはまともにショックを受けて後ずさった。潔癖症クライ狂崇拝者バカである。
「そんな、大魔法使いの、男の中の男、クライ様に……クライ様に女なんて女なんてそんな不潔で淫らで淫猥なことあるわけが……!」
「シーナ、あんたねー馬鹿じゃないの。先生だっていい年したオッサンなんだから、女のひとりやふたりいるわよ!」
ルイーゼが呆れて発言したその瞬間、
「クライは私ひとすじなのよ! ふたりもいるわけないでしょ! なんてこというのこのお嬢ちゃん!!」
「女の一人や二人……嘘だああああ! クライ様はそんな人じゃないやい!」
「ああもうあんたらはー! 例え話だっての!」
右から左からデコピンされ肩を揺さぶられ、叫ぶルイーゼ。その脇から、低い声が聴こえた。
「ルイーゼ、どさくさにまぎれて師匠であるぼくを『おっさん』と言いましたね、まだ25なのに……」
「あっ、先生それは表現の雅というものです。親しみやすさを込めました……そうです弟子の愛の表現です」苦し紛れにルイーゼが自分でも意味の分からないことを言うと、ギュイインンとツキコが目の前までやってきて身長差で見下ろしてきた。
「ところで貴方たちは一体なんなのかしら。なぜ私のクライと一緒にいるの?」
「俺たちはクライ様の弟子です。つまりクライ様が恋人とかそんなもんよりずっと大事にしている愛弟子、つまり愛です。な、ルイーゼ!」
「え、ええまあそうね」
あまりにぎらぎらした目で言われたので仕方なく同意しながら、ルイーゼは思った。いやシーナ、いくら愛弟子を強調しても『女』という生物にはたぶん勝てないぞ。あんたそこまで好きならクライの恋人にでもなれば……? 止めないわよ私は。
「ふんっなにが弟子よ。許嫁である私には勝てないわ。ねっクライ!」
「その、残念だけどツキコ」
観念したのか、ついにクライは許嫁(?)であるツキコに向き直って、真面目に告げた。
「ぼくはたった今、アグリー様に破門を言い渡されてきたんだ。ぼくなんかに構うのはもうやめてくれ。もうなんの関係もない」
「クライ、お爺様のことなんて気にしないでいいのよ。さっき話をつけてきたんだから」
「は、話って?」
クライは汗を垂らして目を逸らした。ツキコの瞳が輝き始める。
「うん、どうしてもクライと結婚したいって言ったら、お爺様と皿の投げあい・椅子の投げあい、血も滴る大喧嘩になってね」
血って。確かにツキコはなぜか額にみっつもバンソーコを貼っている。こ、これか……。
「もうお前は私の孫じゃない勝手に結婚でも何でもしろ二度と帰ってくるなって勘当されてきたわ。私はもう自由な、恋する小鳥。だから心置きなくあなたと結婚できるの★」
それはぜんぜん心置きなくないだろう!!
簡単に家捨てるなよ! と突っ込みたいところだったが、その前にクライがツキコにこう告げた。
「あのねツキコ、残念だけどぼくはマエストロという使命があるから結婚どころじゃないんだ。そういうの興味ないから」
「そうです!! クライ様はあなたより俺のほうが大事なんです!」
だからシーナ、そこは直結しないって……。
* * *
「さて次の街に行きましょう。次はどこにいくんですか先生って言いたそうですねルイーゼ?」
「いえべつに」
ルイーゼは正直につぶやきながら、後ろに未練がましくついてくるツキコをちらりと見た。彼女は般若のごとき顔で睨みをきかしてきた。クライは一度も彼女と目を合わせない。
「そうですか聞きたいんですね。次はなんとフームの山のふもとの町に行って、魔物の状態を観察してこようと思うんですよ。場合によっては封印もします。初めてマエストロらしい仕事です。気合入れて行きましょう、さあっ、レッツゴー!」
わざと明るく喋るクライを見ながら、ルイーゼはふと思った。ツキコって人はともかくとして、先生は恋人っていないんだろうか? いくらマエストロだとか大魔法使いといっても、プライベートな生活が存在するはずだ。それとも、人生投げ打ってまでマエストロの仕事に専念しなければならないの? それほどにこのマエストロという地位は重いものなの? それなら私はそんなものにはなりたくないわ。私は自分の人生が欲しいし、恋人も欲しいし、いずれは結婚もしたいし……使命の前に自分を犠牲にするなんて絶対に嫌。
「ねえシーナ」
「なんだ」
「あんたって好きな人とか、いないの」
「な、なんだ突然? そんなのいるわけないだろう」
わかりやすいほど目を泳がせるシーナを見て、ルイーゼは思わず笑ってしまった。
「あんたもマエストロ一本道って感じね。余興ってものがないわ」
「余興などどうでもいいよ。俺はマエストロになって偉大な役割を果たしたい。クライ様に立派な後継者だと認められたいんだ。他にはなにもいらない」
「なら、私は後継者の席をあんたに譲る」
ルイーゼはほほ笑んでそう言った。
「なんだって?」
シーナは不審そうに目を鋭くして驚いた。
「だって私は自由が好きだもの、人の尊敬を集めたり世界を救ったりとかより、自分の運命の王子さまと出会って、恋に落ちるほうがよっぽどいいわ……」
予想通り、シーナはルイーゼの夢を鼻で笑った。
「なら、なぜお前、クライ様についてきているんだ?」
「うん? そうね、なんでだろ……」
その答えはまだとうぶん出そうになかった。でもクライの背中を見て、隣にシーナがいて、この距離感は悪くない。学園にいたころも自由だったけど今は旅が楽しいと感じる。マエストロとか将来とか関係なく、ただこの人たちと一緒にいることが楽しいのだ。




