第八話 潜入
軍の駐在所へ到着したコラン。
面接や書類審査といった手続きもそこそこに、そんな彼を待ち受けていたのは、兵舎裏の訓練場で行われるアークの実技試験だった。
数日後、俺たちは徒歩で軍の基地へと向かった。
ちなみにネロは、しばらくエレナたちの家で預かってもらうことになっている。軍の基地に連れていくわけにもいかないし、何よりあの家なら安心して任せられるからだ。
そして、無事に基地へ到着した。
エレナの父さんが直接、顔なじみの隊長との交渉を引き受けてくれたのだ。
口裏合わせのシナリオはこうだ。「森で真紅に襲われて瀕死だったところを助けた若者で、ショックのあまり自分の名前すら忘れている」。そして、身元保証人として彼らが与えてくれた仮の名が——「コリン・ベルグ」だった。
コリン・ベルグ……今日から俺はしばらく、この名で生きる
駐在所の重々しい扉の前で、俺は胸の中でその偽名を何度も反芻した。
奥でエレナ父が隊長と話している声を聴きながら、俺は掌にじっとりと冷や汗をかいていた。
やがて、基地の重々しい木製扉がギギギと音を立てて開いた。
入隊のための「点検」——面接と実力改めが許可されたのだ。
ここで一度、エレナたちとは別れることになる。俺は扉が完全に閉まりきるまでの間、二人の姿に向かってひたすら深く頭を下げ続けた。
「コリン! 張り切っていけよ!」
背後から届いた親父さんの腹の底からの大声援が、不安で押し潰されそうだった胸に喝を入れてくれた。
バタン、と静かに扉が閉じる。
俺は意を決して向き直り、目の前に座す隊長の姿を直視した。
年齢は四十代前半といったところか。まさに「叩き上げの隊長」という言葉がそのまま形になったような、隙のない佇まい。着衣越しでもわかるその鍛え抜かれた肉体は、連合の物差しで測るなら、間違いなく「上位の栄誉騎士」に匹敵する圧倒的な覇気を纏っていた。
隊長はそのまま建物内へと案内してくれた。
「では、面接をおこなう。……君、体力に自信はあるかね?」
隊長の低く重みのある声が室内に響く。俺は一瞬だけ息を呑み、素朴な山育ちの青年を演じるように言葉を返した。
「……まあ、人並み程度には」
「ふむ。実力はこちらで見て判断させてもらうとしよう」
隊長は深く頷くと立ち上がり、奥の部屋へと俺を促した。
言われるがままに建物内の訓練施設へと入る。どうやら、まずは身体測定——身長や体重、筋肉の付き具合や関節の柔軟性などを細かく改められるようだ。
プロの軍人に見られれば、俺の手のタコや全身の筋肉がただの「素人の狩人」のものではないと勘づかれるリスクもある。
俺は背中にじっとりと冷や汗をかきながら、平静を装って検査台へと向かった。
「ほう。なかなかの体つき、さすがだな。わが兵舎の未熟者どもにも見習ってもらいたい」
身体測定は何とか突破。問題はアークだ。本気を出すべきなのだろうか。
もっと色々と考えるべきだった。
更に兵たちが今まさに訓練している広い運動場へ案内された。
その場で隊長は『打て』と一言
……訓練兵時代はどうしていたっけ。あの頃の俺は、アークなんてほとんど満足に使えなかったはずだ
そうだ。特別な力に頼らなくても、泥泥になりながら泥臭く生き残ってきたんだ。
迷いは消えた。下手に手加減して不自然な動きになるくらいなら、今の自分にできる限りの一撃を見せてやる。
俺は深く息を吐き出し、全身に力を込めた
「アーク——貫け、灼岩貫破!!!」
轟音と共に、カカシとその一帯が瞬時に爆砕する。周囲に激しい土煙が舞い上がった。
その空間を包んだのは、全員が息を呑む静寂——そして次の瞬間、それを破るようにけたたましい大歓声が巻き起こった。
兵士たちが興奮気味にざわめく中、隊長だけが静かに俺へと歩み寄ってくる。その瞳は、まるで俺の裏の顔まで見透かそうとしているかのように鋭かった。
「……君は何者かね。本当に記憶を失っているのか、それとも記憶喪失のフリをしているだけなのか……まあ、それは追々わかることか」
隊長は一転して不敵な笑みを浮かべ、俺の肩をポンと強く叩いた。
「細かいことは後だ。とにかく入隊おめでとう、コリン」
「……ありがとうございます」
俺は胸を張りつつも、背中にじっとりと冷や汗が伝うのを拭えずにいた。
それから五日後——。
俺のもとに届いたのは、「コリン・ベルグ」の名が刻まれた書状だった。
そこには、世界中の軍隊をその支配下に収める『世界真紅討伐連合』の重々しい刻印——そして、胸が躍るような自身の階級が記されていたのだ。
……『準騎士』……!
思わず口元が綻ぶ。
あの全力の一撃が、連合の人間の目にもしっかりと留まったのだ。身元不明の志願兵がいきなり「準騎士」へと抜擢されるなど、破格の扱いと言っていい。
皮肉なことに、約一年間に及ぶ「真紅討伐作戦」の死線を潜り抜けてきた経験が、自分でも気づかないうちに俺を成長させてくれていたのだ。
アルスイリア皇国軍での俺の階級は、まだ入隊したばかりの駆け出しに過ぎない。
だが、今回手に入れたのは世界の軍組織を束ねる『世界真紅討伐連合』直轄の階級——『準騎士』の証だ。
自分の実力が認められた嬉しさが込み上げると同時に、温かく送り出してくれたエレナや親父さんの顔が思い浮かぶ。二人の後押しがあったからこそ、ここまで来られたのだ。
よし……ここからもっと上を目指していこう
俺を助けてくれた人たちの期待に応えるためにも、そして一刻も早く必要な内部情報に辿り着くためにも、俺は皇国軍で着実に実績を重ねていくことを強く心に誓った。
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