第六話 転送
【深緑の街】セルヴァに到着したコランとシオンは、新たな仲間である共生種の黒猫「ネロ」と共に、街の周辺に眠る古代遺跡へと足を踏み入れる。
セルヴァは非常に歴史の古い土地だ。
周辺には古代の遺跡が数多く現存しており、一攫千金を狙う冒険者や研究者たちが絶えずこの街を引き寄されていた。
街の住民たちの多くは、そうした冒険者たちを相手にした宿場や酒場で生計を立てているという。また、密林の恵みを利用しながら半自給自足のような生活を営んでおり、どこか浮世離れした独特の活気が街全体に漂っていた。
もちろん、そんな古代遺跡の存在を耳にして、シオンが興味を持たないわけがなかった。
「コラン! ある程度商売のフリができたら、絶対あの遺跡見に行こうね!」
シオンの瞳が少年のようにキラキラと輝き出す。こうなった彼を止められる人間など、この世に存在しないだろう。俺は静かに頭を抱え、半ば諦め気味にため息をつくしかなかった。
——そしてその晩。
俺たちは「いまだ最深部には誰も到達していない」と噂されるこの町の中でも一番有名な古代遺跡を目指し、見事に、何の問題もなく普通に道に迷っていた。もちろんネロもついてきている。
道は無数に入り組み、元来た道へ戻ろうにもどこを歩いてきたのかすらまるで分からない。完全に迷子だった。
「おかしいな、さっきもこの木を見た気がするんだけど……」
おどおどと周囲を見回しながら歩を進めていると、ふと足裏に奇妙な感触が伝わった。
それまでの柔らかい土や腐葉土の踏み心地とは違う、やけに固く、乾いた人工的な感触。
俺たちが足元を見下ろすと、そこには草むらに覆われた、苔むした古い石畳が広がっていた。
気になってしゃがみ込み、生い茂る草をかき分けながら注意深く観察してみる。
すると、石畳の一部に人工的な境界線……いや、地下へと続く扉のような四角い切れ目があることに気がついた。
表面には薄っすらと古い取っ手のような凹凸が残っている。
「……これ、開けられるんじゃないか?」
隠し扉のようなその場所を指さすと、シオンが身を乗り出して瞳を輝かせた。
試しに取っ手をつかんで引っぱり上げてみる。だが、まるで地面と一体化しているかのようにびくともしない。
「うそだろ、どんだけ重いんだこれ……!」
「コラン、二人でやろう! せーのっ……!」
シオンと並び、呼吸を合わせて必死に力を込める。浮き出る青筋、指先に食い込む冷たい石の感触。二人係で限界まで踏ん張り、力任せに引き上げると——ズズズ、と鈍い重音を響かせて、ようやくその扉が持ち上がった。
汗ばんだ体を無理やり起こしながら、開いた扉の先へ視線を落とす。そこには、どこまでも深く暗闇へと続くようにかんじる無機質な石の階段が広がっていた。
この時、俺の頭から任務の二文字は完全に消え去っていた。
胸を占めていたのは、ただ一つ。この暗闇の先に何が眠っているのかという、恐れを上回る純粋な好奇心だった。
「……行こう」
恐る恐る伸ばした足は、かすかに震えていた。
「——アーク、咲け」
静かに唱えると、俺の手のひらからぽっと温かな炎が立ち上り、不気味な地下回廊の壁を揺らめく橙色に照らし出す。
すると、その明かりを合図にするかのように、ネロがしなやかに躍り出た。続いてシオンも「待ってました」と言わんばかりに真っ先へ奥へと進んでいく。前方を頼もしく歩く二人の背中に救われ、俺も少しだけ肩の力を抜いて足を踏み出すことができた。
百メートルほど進んだところで、暗闇の中にひっそりと佇む大きな石造りの台座が見えてきた。
「なんだ、これは……?」
俺が呟く間もなく、興味津々のネロとシオンが迷わず台座の上に足を踏み入れる。その瞬間——台座の表面に深く刻まれていた不気味な幾何学模様が、生き物のように青白く発光し始めた。
背筋を凍りつかせるような、圧倒的な嫌な気配。
「シオン、降りろ——!」
俺も急いで制止しようと台座へ飛び乗ったが、時すでに遅く、青白い光は爆発的に広がり廊下全体を呑み込んでいく。
ヤバい、と直感が警鐘を鳴らした。俺は考えるより先に手を伸ばし、光の渦に巻き込まれかけたシオンの体を、台座の外へ向けて無理やり押し出していた。
___何かに顔が舐められている。目を開けるとネロがいた。あたりを見回す。なんともなかったのだろうか、、シオンがいない
——ざらり、と何かに顔を舐められている感触で意識が浮上した。
重い瞼をゆっくりと開けると、目の前には心配そうにこちらを覗き込むネロの姿があった。
「……ネロ、か」
体を起こしながら、痛む頭を押さえて辺りを見回す。光は収まり、静まり返った回廊は何事もなかったかのように静寂を取り戻していた。身体にも目立った傷はない。助かったのだろうか——そう胸を撫でおろしかけた、その時だった。
「……シオン?」
どこを見渡しても、相棒の姿が影も形もなかった。
「シオン! どこだ!?」
声を限りに叫ぶが、闇の中に虚しく響き渡るだけだ。
焦りを抑えながら周囲を観察して、俺はさらなる異変に気づく。周囲の風景が、先ほどまでいた場所と微妙に食い違っていたのだ。
一見すると同じような石造りの廊下だが、壁には来た時には存在しなかった奇妙な意匠が刻まれている。何より、足元の台座に描かれた幾何学模様の形状そのものがまるで変わっていた。
似ているが……違う。まさか、ここはさっきとは別の場所なのか……?
あの光の罠によって、自分だけが全く別の階層か、未知の空間へ飛ばされてしまったという最悪の可能性が頭をよぎった。
手元に炎を灯し、暗闇の先を照らし出す。すると、わずか15メートルほど先に、上へと続く石段が見えた。
(……間違いない。俺は別の場所へ飛ばされたんだ)
あの長さの回廊が、たった十数メートルで終わるはずがない。
すぐに元いた場所へ戻ろうと足元の台座に視線を落とすが、刻まれた幾何学模様は光を失ったまま、いくら念じても一切の変化を示さなかった。一度発動すれば一方通行の罠ということか。
そもそも罠でもないかもしれない。昔はこれを使って、自由に国を行き来していたのだろうか。
物体そのものを跳躍させる術式。一体どんな原理と技術が使われているというのか。
これもまた、歴史の闇に埋もれた古代文明の力の一端なのだろか——。
外を覗こうと階段を上ると先ほどのように、石の扉があった。
押し開けようと肩をぶつけるが、俺一人の力ではビクともしない。
「……なら、叩き割るまでだ」
階段を数段下り、呼吸を整える。全身の血肉からアークを絞り出し、右手に極限まで圧縮・加熱していく。
「アーク、爆ぜろ——『灼岩破』!!!」
解き放たれた強烈な炎の奔流が、壁となって立ち塞がる石扉を正面から正確に穿ち砕いた。爆風とともに石片が飛び散り、外の空気が一気に流れ込んでくる。
突破には成功した。だが、同時に猛烈な眩暈が襲う。転移の罠に巻き込まれた際にも大量のアークを奪われていたのだろう。全身の筋肉が削ぎ落とされたかのような、激しい疲労感がどっと押し寄せてきた。
膝をつきそうになりながらも何とか階段を上り詰め、崩れた扉の隙間から外へと顔を覗かせる。
「……な、んだ……これ……?」
視界を埋め尽くしていたのは、生まれて初めて目にする「圧倒的な白」だった。
どこまでも降り積み、世界を覆う冷たい粉——雪。
手を伸ばし、おそるおそる触れてみる。俺の指先で、それは瞬く間に溶けて水滴へと変わった。
(……これが雪か。こんなにも、柔らかくてふわふわしているのか)
俺はその不気味なほど美しい白い世界にただ圧倒されていた。
休むことすら忘れ、霞む視界の先にかすかに映る町影を目指し、重い足を一歩ずつ前へと進める。
空は晴れ渡っているというのに、見知らぬ極寒の空気は、アークを使い果たした俺の体から容赦なく体温を奪っていった。炎を宿すはずの体内が、内側から凍てついていくのが分かる。
(……くそ、身体が……動かない……)
感覚のなくなった足がもつれ、雪の上に崩れ落ちる。
10分と持たなかった。遠ざかる意識の中、白一色の視界がゆっくりと深い闇へと塗りつぶされていった。
——暖かい。
その柔らかな心地よさに包まれながら、ゆっくりと目を覚ます。
視界に飛び込んできたのは、見覚えのない木目調の天井だった。
「あ、起きたよ、父さん!」
聞き覚えのない女性の声が静寂を破る。俺は鉛のように重い身体をなんとか起こし、かすれる声で問いかけた。
「ここは……?」
「ここはアルスイリア皇国。その首都の外れにある私たちの家よ」
女性が何気なく口にしたその言葉に、俺の思考は完全に凍りついた。
アルスイリア皇国——。
俺たちの母国であるグローリアから、はるか北の果てに位置する極寒の巨国。そして何より、かつての大戦で血みどろの争いを繰り広げた、現在も冷め切った緊張関係にある「敵国」そのものだった。
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頑張るので、第七話もよろしくお願いいたします!




