第五話 新たな仲間
ヴァンダロアで密売人の三人組と「真紅の討伐」を条件に手配した密輸ルート。十二日後に国境の町「グラニテ」で落ち合う約束を交わしたコランとシオンは、道中の不気味な密林へと足を向ける。
真紅。かつては十五ほど存在していた系統も、淘汰と人類の討伐などを経て、現在確認されているのは九種類に留まる。
危険度の高い順から、捕食種、群生種、寄生種、硬化種、毒素種、適応種、休眠種、再生種、そして共生種……。
なお、真紅の通常個体に繁殖能力はない。代わりに『増殖主』と呼ばれる各種の王が存在し、単体で新たな個体を生み出し続けているのだ。
そして今、俺たちの目の前にいるのは——人類に寄り添う唯一の例外、共生種。
深い闇の奥から、その瞳がじっとまっすぐにこちらを捉えていた。
——数時間前。
ヴァンダロアの宿で一夜を明かした俺たちは、早朝から動いていた。食料や水、商売の擬装に必要な資材を買い揃えると、すぐさま街を後にした。もう一泊くらいして羽を伸ばしたかった気もするが、十二日後にはグラニテで三人組との約束がある。
前回の反省を活かし、今回は寄り道も近道もせず、しっかりと整備された安全な街道を進むことにしていた。
だが——しばらく馬車を走らせた俺たちの前に現れたのは、異質な気配を放つ深い森だった。
昼間だというのに日の光すら届きそうにない鬱蒼とした密林で、いかにも何かが潜んでいそうな不気味な雰囲気が漂っている。以前の討伐作戦で通った道ではなく、二人とも足を踏み入れるのは初めての場所だった。
「……ここが、本当に正規の街道なのか…?」
珍しくテンションの低いシオンが、引きつった声で横から聞いてくる。
「地図の上では一本道だ。仕方ない、行こう」
俺はため息を呑み込み、手綱を握り直して再び馬を進めた。
車輪が枯れ葉を踏みしめる音と、馬の荒い鼻息だけはやけに大きく響いていた。
慎重に手綱を握り、ゆっくりと馬車を進めていた、その時だった。
前方の茂みが『カサリ』と揺れ、馬が短いいななきを上げて足を止めた。
俺たちは瞬時に身構える。暗闇の奥、樹木の影からぬっと姿を現したのは、一見すると何の変哲もない小さな黒猫のような姿をした獣だった。
だが——その瞳を見た瞬間、背筋に冷たいものが走る。
暗がりの中で怪しく光を反射していたのは、血のように深い、鮮烈な「深紅色」の双眸だった。
しかしこちらを見ても襲ってくる気配がない。
__共生種
その瞬間、シオンの目の色が変わった。
珍しいものや未知の存在に目がないのが、彼の困った性分だ。さっきまでの警戒態勢はどこへやら、彼は疾風のごとき速さで荷台から飛び降りると、一瞬でその共生種のもとへ駆け寄り、ふんわりと抱き上げてしまった。
「……かわいすぎるんん……」
情けない声を漏らしながら、シオンがこちらを振り返る。
その瞳は完全に「この子飼っていい?」と、雨の中で捨て猫を拾ってきた子供のそれだった。
おいおい冗談だろ、と俺は心の中で頭を抱える。
確かに、共生種を相棒として連れている狩人や冒険者の話は聞いたことがある。だがそれは、互いの利害関係が一致し、厳しい訓練や信頼関係があってこその話だ。
「……シオン、連れていくのは無理だ。おいてきなさい」
そう言って諭そうとした、その時だ。
シオンの腕の中で、例の黒猫——共生種が「にゃあ」と低く喉を鳴らし、深紅の瞳で俺をじっと見つめてきた。
……かわいい。
なにこれ、めちゃくちゃかわいい。
本来なら並べるべき無数の理屈や警戒心が、たったひと目見ただけで一瞬にして吹き飛んでいく。この圧倒的な破壊力。敵として遭遇したのではなく、心から本当によかったと思えた。
「名前は?」とつい無意識に口が開いてしまった。もう自分でもどうしようもできないだろう。
シオンは黒猫と目を合わせたのち、少し考える。
「名前…おまえはネロ、ネロだー!」
黒猫…ネロも嬉しそうに「にゃあ」と返事をした。
後から知ったことだが、かつて共生種を飼育することは法で全面的に禁止されていたらしい。だが、共生種と共に生きることを望んだ多くの人々が連合と粘り強く交渉を重ね、裁判の末に「共生種は人間に害をなさず、むしろ有益な存在である」と認めさせた歴史があるのだという。
こうしてあっさりと新たな旅の仲間として共生種のネロが加わり、俺たちはひたすら森を進んだ。
鬱鬱とした木々をかき分けるように馬車を走らせること、丸二日。
俺たちの視界が急に開け、木々に埋もれるように佇む【深緑の町】セルヴァの姿が、ついに現れたのだった。
面白いと思っていただけましたら、下の★★★★★評価やブックマークで応援していただけると励みになります!
次回もよろしくお願いいたします!




