第9話_人殺し_
たいていゾンビ映画でゾンビが人を襲う理由は大きく二つに分かれる。
一つ目はウイルスを拡散させるための、いわば仲間作りだ。
この場合、ゾンビにとって人間は食料ではない。
一噛みすればいい。
噛まれた人間は感染し、やがてゾンビとなって別の生存者を襲う。そうして感染者の数を増やしていく。
二つ目は捕食目的。
こちらはもっと単純だ。
空腹を満たすために人を襲う。
ゾンビ化しかけた人間の視点で「腹が減った」「いい匂いがする」と描かれる作品もある。被害者が動かなくなった後も肉を食い続けるタイプだ。
ただ、昔から少し疑問に思っていた。
もし後者なら効率が悪すぎないか。
食われた人間は手足を失ったり、内臓を損傷したりする。仮に感染して仲間になったとしても、生存者を追う能力は大きく落ちるはずだ。
それに近いうちに自分たちの仲間になる存在を食い荒らしているのだとしたら、ウイルスとしては非合理的に思える。
もっとも、ゾンビ作品の多くは人間としての自我が完全に失われている。
死体を動かしているのはウイルスや寄生体であり、合理性など考えていないのかもしれない。
そんなことを考えていたら目の前のことから意識をそらしてしまっていた。
「うぁぁぁ……」
呻き声が近い。
女は階段を上っていた。
両腕だけで身体を引き上げるように、一段ずつ。
幸い速度は地面を這う時よりさらに遅い。
運動能力も特別高くは見えない。
声も大きくない。
なら――今のうちだ。
「……」
俺はトンカチを握り直した。
顔はほとんど傷付いていない。
見た目だけなら、どこにでもいる年配女性だった。
そこへ振り下ろすのは強い抵抗があった。
だが躊躇している時間はない。
「ごめんなさい」
小さく呟き、俺はトンカチを振り下ろした。
鈍い衝撃。
女の身体が震える。
もう一度。
さらにもう一度。
何度も。
何度も。
振り下ろすたびに動きは鈍くなっていく。
やがて頭部の形は崩れ、原型を留めなくなった。
本当に割れたスイカみたいになるんだな。
だが飛び散る液体は見慣れた赤色ではない。
どす黒い。
人間の血とは思えない色だった。
女の動きが完全に止まる。
終わった。
そう判断した瞬間、強烈な吐き気にも似た嫌悪感が込み上げてきた。
人を殺した。
相手が化け物だったとしても、その事実は変わらない。
この光景はきっと一生忘れないだろう。
そう思った、その時だった。
「うぅぅ……」
「ぁぁ……」
下の階から新たな呻き声が聞こえてきた。
一つではない。
二つでもない。
複数だ。
俺は反射的に階段の下を見た。
そして凍り付く。
なぜだ。
さっきまでこんなにいなかったはずなのに。
なぜ急に集まってきた――?




