第8話_遭遇_
「……うぅ……」
かすかなうめき声が聞こえた。
俺とバイトAは同時に動きを止める。
音は一階方向だった。
俺は静かに階段の手すりへ身を寄せ、下を覗き込む。
そこには初老ほどの女性がいた。
白髪混じりの髪を振り乱しながら、床を這うように移動している。その姿を見た瞬間、ただの怪我人ではないと確信した。
女性の下半身は酷い有様だった。
肉が抉れ、所々に明らかに食いちぎられた跡がある。
あれでは歩けるはずがない。
だから這っているのだろう。
「……あれくらいなら頭かち割って殺せそうですけどね」
バイトAが小声で言った。
「いや、そうとも言えなくない?」
俺は首を横に振る。
確かに今見えている限りでは大した脅威には見えない。這う速度もかなり遅く、年相応の運動能力程度にしか見えなかった。
だが妙な点がある。
あの女はおそらく、さっきのガラス破壊音に引き寄せられてきた。
しかし二階へ上がる前、俺は外を確認している。その時にあんな奴はいなかった。
共用部にも人影は見当たらなかった。
となると、あいつは自力で建物内へ侵入したことになる。
つまり扉を開ける程度の知能はある。
そして今は這っているだけでも、本当にそれしかできない保証はない。
いざとなれば立ち上がるかもしれないし、想像以上の速度で襲ってくるかもしれない。
弱そうだから倒せる――そんな思い込みで近付くのは危険だった。
「俺はあいつを見張るから、バイトA君は先に探索してきて」
俺は小声で言う。
「多分カラオケには誰もいないし探索しやすいと思う。もし倒せそうなら倒して追いつくから」
バイトAは少し考えた後、頷いた。
「わかりました。でも戻ること考えるなら、いずれあいつは倒さないといけませんよね。カラオケで使えそうな物があったら持ってきます」
「ありがとう。気を付けて」
バイトAは割れたガラス戸を跨ぎ、暗い店内へと消えていった。
俺は再び階下へ視線を向ける。
ズルッ。
ズルッ。
初老の女性は変わらずこちらへ這い続けている。
見つかるのも時間の問題だ。
もしゾンビが奇声を発して他のゾンビを呼びつけるなんて習性もあったとしたらかなりまずい。
まずはあいつがどう階段を上がってくるかを観察しなければ。




