第10話_隠密_
さっきまでこんなにいなかったはずなのに。
俺は階段の下を見つめながら考える。
ガラス扉を割った音に引き寄せられてきたのだとしたら、少し時間がかかりすぎている。
あの音は建物中に響き渡るほど大きかった。
もし音だけを頼りに動いているなら、もっと早く集まっていてもおかしくない。
かといって、今しがた女を殺した時の音はそこまで大きくなかった。
トンカチで殴る鈍い音くらいだ。
それが原因でこれだけの数が集まったとも考えにくい。
目視できるだけでも六、七体。
呻き声の数から考えれば、実際はもっといるかもしれない。
幸い、まだ俺には気付いていないようだった。
だがこのまま階段に居続ければ見つかるのも時間の問題だ。
ひとまず撤退するしかない。
俺は急いでカラオケ店内へ入った。
店内は相変わらず薄暗い。
するとスタッフルームの方から物音が聞こえた。
反射的に身構えながら扉を開く。
「うわっ!」
中にいたのはバイトAだった。
「びっくりさせないでくださいよ」
「ごめん。そんなこと言ってる場合じゃなかったんだ。奴らがこっちに来る。かなりいるぞ」
「え、やっぱり音大きかったからですかね」
バイトAは首を傾げる。
「にしては少しタイムラグありますけど」
「俺もそれが気になってる」
今は考察している場合ではない。
「とりあえず個室に逃げ込もう」
俺たちは近くの個室へ駆け込み、静かに扉を閉めた。
狭い室内に緊張感が満ちる。
「何かいいもの見つかった?」
俺が尋ねると、バイトAは肩を竦めた。
「いや、さすがに何もないですね。調理用の包丁とか工具はありましたけど、正直コンビニで確保した物と大差ないです」
少し考えてから続ける。
「まぁ、制服が大量にあるんで布として使えるくらいですかね」
「そうか……」
俺はため息をついた。
「引き続き探索するにしても、まずここにゾンビがいたら生き残れるかどうかが問題だな」
その時だった。
個室の扉に付いた擦りガラスが、不意に暗くなった。
俺とバイトAは同時に口を閉ざす。
誰かが立っている。
いや、人ではない。
呻き声が聞こえる。
奴らだ。
幸い大群というほどではなさそうだが、扉の向こうに感染者がいることだけは間違いなかった。
「どうしましょう」
バイトAが声を潜める。
「普通にピンチですよね」
「何かこの部屋で使える物ないかな……」
そう言いながら室内を見回す。
テーブル。
ソファ。
リモコン。
マイク。
どれも武器としては頼りない。
するとバイトAが小さく呟いた。
「てかゾンビって何につられて来たんでしょうね」
「……」
「さっきも思いましたけど、ガラス割ってからすぐは来なかったじゃないですか」
その言葉を聞いた瞬間、俺の脳裏にある可能性が浮かんだ。
もし奴らが音ではなく――。
俺は無意識に、個室の中へ視線を巡らせた。




